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[186] 1921年1月30日 保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

  保阪嘉内様 大正十年一月卅日  宮澤賢治

お葉書ありがたく拝見いたしました

お父様や弟さんを棄てるなんどは私ならば致しません。全体そんな事はいけません。私の今の場合は一時の変通です。「この経は内典の孝経なり」本当の孝道はこの道にしかございません。あなたが一本立ちになるとかならぬとかそんな事は一向よろしうございます。その場合によります。私の一本立ちは止むを得ないのです。曾って盛岡で我々の誓った願

我等と衆生と無上道を成ぜん、これをどこ迄も進みませう
今や末法救主 日蓮大聖人に我等諸共に帰し奉り慈訓の如く敢て違背致しますまい。辛い事があっても大聖人御思召に叶ひ我等一同異体同心ならぱ辛い事ほど楽しいことです。この一週間は色々の事がありました。上野に着いたらお金が四円ばかりしか無くあてにして来た国柱会には断はられ実に散々の体でした。御本尊と御書と洋傘一本袴もなく帽子もなく筒袖の着物きのみきのまゝ明治神宮に詣ったり次から次と仕事をたづねたりしました。

「何故学校の招介であらかじめ職を求めなかったか」これはみんなに聞かれませう。そしてそれにはあなたが御返事してやって下さい。

今や私は宿も定まり、仕事もつまらぬ労働乍ら、楽しくあなたに手紙を書きます。

お心持はよくわかります。判らぬほどの馬鹿でもありません。それがその儘善いか悪いか私は知りませんよ。けれども、それでは、心はとにかく形だけでそうして下さい。国柱会に入るのはまあ後にして形丈けでいゝのですから、仕方ないのですから

  大聖人御門下といふ事になって下さい。
全体心は決してそうきめたってそう定まりはいたしません。

形こそ却って間違ひないのです。日蓮門下の行動を少しでもいゝですからとって下さい。

  やがて拝眉の節を期します。尚私は今後は出版関係の仕事からはなれません。