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[168] 1920年8月14日 保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

毎日暑いでせう。お変りはありませんか。兵役ももう少しですな。十一月一杯でも百何日しかありません。九州へ行ったりすれぱ一寸の間に過ぎて仕舞ふ。どうせあなたはすぐは出られますまい。軍人になってはいかゞですか。いやうそだ、うそだ。とにかくしっかりお願ひしますよ。いくらあなたでも兵営を出たらがっかりするだらうな。まあこんなことは毎日自分から後光が射すほど慟いてゐる人には戯論だ。空論だ。それですからしっかりやりませうよ。

ご存知でせうが盛岡の関先生が今後学校をおやめになりました 二十日頃出京なさるそうです 暫らく西ヶ原で火山灰の研究をやると云ってゐられました。あなたは軍服を着けて一遍お見舞なさいませんか。

 この間大雨で私の町は内外大分害をうけました。

来春は間違なくそちらへ出ます 事業だの、そんなことは私にはだめだ 宿直室でもさがしませう。まづい暮し様をするかもしれませんが前の通りつき合って下さい。今度は東京ではあなたの外には往来はしたくないと思ひます。真剣に勉強に出るのだから。

暑いでせう。御健康を祈ります。

   大正九年八月十四日

佐々木又治といふ人が南洋でひどい目にあって殆んどはだかで帰って来ました。学校を出たまんまで変に横着にならない人はあの人だけです。
やあ、さよなら さよなら。