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[166] 1920年7月22日 保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

オ便リ拝見致シマシタ。オ疲レノ申カラ何トモアリ難ウゴザイマス。私ノ様二陰気二引キコモッテ居ルモノハ手ニトル様ナァナタノオ便リヲ見テ甲州二寂二暮シテオイデノアナタノオ父様ヲオモヒ、オ心持ガ感ゼラレテ泣キダシサウニナリマス。コノオ便リガ甲州へ行ッタラドンナニオ悦ビデセウカ。オ父サマホド親身デナイ私ニサへコンナ悦ビハ少イコトデス。何ガ嬉シイノカナルホドアナタハ一寸判ラナイデセウ。アナタノオ手紙ニハ暑イトイフ語モナクソノ景色サヘナイノデス。実二清例デス 爽快デス数人ノ女性ノ名前モアリマシタガコノ人タチマデ実ニキレイサッパリト感ゼラレマス。

 陛下ノマコトノオホミタカラ。
 大菩薩タチノ正シイ子孫。
 ワガ勇マシイ若イ士官。

グヅグヅノココロヤ、変ナ理窟ヤワケモ判ラヌ悲ミヤ途方モナイウラミヤラハ若イ兵士ノ呼気トナリ汗トナッテミナ日光二曝露サレソノ特性ヲミナ失ハレ七色万色相融合スル光明ノ中ニイツカ正シイ勢カト変ル。

コチラノコトモ書カナイト変デスカラ書キマセウ。私ハ曾ツテ盛岡ノ終リノ一年半アナタト一諾ニイロイ回ノ事ヲシタコロカラモハヤ惑ヒマセンデシタ。(タシカニワレワレハロデコソ云ハネ同ジ願ヲタテタ筈デス。)ケレドモ今日ニナッテ実際二私ノ進ムベキ道二最早全ク惑ヒマセン。東京デオ目ニカゝッタコロハコノ実際ノ行路ニハ甚シク迷ツテヰタノデス。

(偶然乍ラ数人ノ人々カラアナタノ悪イ評判ヲ私ハ聞カサレマシタ。ケレドモドウセコノ人達ハ正シクアナタヲ判断スル筈ガナイシタトヘソンナ小サナ問題デナシニモット烈シイ大キナ悪イ事ヲ私ガ現ニアナタニ見タトシテモ曾ッテ盛岡デワレワレガ冥々ノ中二建テタアノ大キナ願ハアナタヲ去ラナイコトヲ少シモ疑ヒマセン。)

モット立チ入ッテ申セバ盛岡以来アナタハ女デヒドク苦シンデヰラレタデセウ。ソノ間私ハ自分ノ建テタ願デ苦シンデヰマシタ。今日私ハ改メテコノ願ヲ九識心王大菩薩即チ世界唯一ノ大導師日蓮大上人ノ御前二捧ゲ奉リ新二大上人ノ御命二従ッテ起居決シテ御違背申シアゲナイコトヲ祈リマス。サテコノ悦ビコノ心ノ安ラカサハ申シヤウモアリマセン。

コノ上ハ直チニ命ヲ捧ゲル覚悟丈デナク大キナ困難ヲ永ク忍ブカヲ感得シ奉ル為二私モ軍隊二入ッタツモリデ毎日ヲ送ッテ居リマス。

マダ申シアゲタィコトガアリマスガコノ事ヲ書イテシマッタ以上ハコレデコノ度ハオ別レイタシマス。

   七月二十二日
 嘉内様

賢治拝