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[162](1920年4月)保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

お手紙ありがたうございました。

あなたの手紙を見たらほんとうに心持が直りました。直ったといふ訳はあなたが兵隊に入ってから何だかいつでも南の方に眉をひそめて堅くなって立ってゐる人がある様に思はれて私までが多少変な顔になるやうに感じてゐたのです。いかにもあなた方は始終馬に乗ってゐるのですな。たびたび曲馬をならったりまた灰色にうんざりしたり手紙を書かうと十日もねらってゐても日曜日やねる前やらはからだにやすみはあってもこゝろもちがとゞまらずまた苦しいことの最中にじっと目を瞑ってすこしも苦しいことのないことを観じたり斯う云う風に考へて見るとあの我儘な保阪さんがすっかりしょげてしまった像がどこかへ行ってしまひ何年か北上山地のなめらかな青い草をたべた馬が愉快に動き廻ってゐるのが見えるやうです。外山の四月をあなたは見なかったでせう。

 ゆるやかな丘の起伏を境界線の落葉松の褐色の紐がどこまでも縫ひ、黒い腐植のしめった低地にはかたくりの花がいっぱいに咲きその葉にはあやしい斑が明滅し空いっぱいにすがるらの羽音大きな蟇がつるんだまゝのそのそとあるく。すこしの残雪は春信の版画のやうにかゞやき、そらはかゞやき丘はかゞやき、やどりぎのみはかゞやき、午前十時ころまでは馬はみなうまやのなかにゐます。

ととのはないものですが外山の四月のうたです。

うまはみなあかるき丘に
ひらかれし戸口をのぞみて
     ひとみうるめり。

うるみたる
  うまのひとみにゆがむかな
五月の丘にひらけし戸口。

かゞやかのかれ草丘の
      ふもとにて
うまやのなかの
      うすしめりかな。

 御返事は無理に御書き下さるには及びません。勿論いたゞければ結構ですが。

さよなら。