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[154](1919年8月20日前後)保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

御葉書ありがたく拝見致しました。この度は県から只一人撰ばれて大会へ出られたり色々おめでたう存じます。

実際私はこの様なことが早くから感ぜられてゐたので今ひとりでに幾度かほゝえまざるを得ません。しかしながら我友よ、保阪嘉内よ、あなたと均しく数々の寂しさを私は感じます。保阪さん、化石しては我々はもう進めなくなりますから化石しないで下さい。祭り上げられてはもうあなたの考へてゐることができなくなりますから祭りあがらないで下さい。もっとほんとうのことを言せて下さい。県を代表して東京へ出る人はあなたの外にたくさん居ますからそう云ふことはその人たちにお任せなさい。さしてあなたは何もしないがいゝ。私なら何もしない。

今迄云ったことはみんな私ならのことですよ。私なら何もしない。みんなの食物をうまく大地のやつめから盗みとって、貰ふのでなく、うまくぬすみとってやらうとも思はず大豆粕で最上飛切の羊羹をつくらうなんとはてんで考へない。私の父はちかごろ毎日申します。「きさまは世間のこの苦しい中で農林の学校を出ながら何のざまだ。何か考へろ、みんなのためになれ、錦絵なんかを折角ひねくりまわすとは不届千万。アメリカへ行かうのと考へるとは不見識の骨頂。きさまはとうとう人生の第一義を忘れて邪道へふみ入ったな。」おゝ、邪道 O,JADO! O,JADO! 私は邪道を行く。見よこの邪見者のすがた。学校でならったことはもう糞をくらへ。アンデサイトアグロメレートが何となされた。うまいことを考へることは広告詐欺師へ任せる。世間がわき立たうが八釜ししからうがみんなおれのこのやかましさ、かなしさ苦しさの一部に過ぎない。

成金と食へないもののにらみ合か。へっへ労働者の自覚か。へい結構で。どうも。ウヘッ。わがこの虚空のごときかなしみを見よ。私は何もしない。何もしてゐない。幽霊が時々私をあやつって裏の畑の青虫を五疋拾はせる。どこかの人と空虚なはなしをさせる。正に私はきちがいである。諸君よ。諸君よ。

私のやうにみつめてばかりゐるとこの様なきちがいになるぞ。な。きちがいになっては困る。それですから、万一日本の秩序がみだれ青い幽霊が限りなく奔りまわり、肥った成金氏の血みどろの死骸、恐れて顔色もないみにくく悲むべき女等、これらが私の周囲になるときがあれば私は一言も言はず、だまった殺されるなり生きてゐるなりしやう。あゝさうならんで呉れ。とも言へない。さうなる方がよくて又はさうなるより仕方がなくてそうなるのなら、私は歯を食ひしばってかなしむまい。わが友の保阪嘉内は甲斐の国を鎮む。

保阪嘉内第二はyの国にあり、第三はzの国にあり。われもこの国にありと叫ばうか。わが友よ、かうも考へる。私の手紙と無茶苦茶である。このかなしみからどうしてそう整った本当の声が出やう。無茶苦茶な訳だ。しかしこの乱れたこゝろはふと青いたひらな野原を思ひふっとやすらかになる。あなたはこんな手紙を読まされて気の毒な人だ。その為に私は大分心持がよくなりました。みだれるな。みだれるな。さあ保阪さん。すべてのものは悪にあらず。善にもあらず。われはなし。われはなし。われはなし。われはなし。われはなし。すべてはわれにして、われと云はるゝものにしてわれにはあらず総ておのおのなり。われはあきらかなる手足を有てるごとし。いな。たしかにわれは手足をもてり。さまざまの速なる現象去来す。この舞台をわれと名づくるものは名づけよ。名づけられたるが故にはじめの様は異ならず。手足を明に有するが故にわれありや。われ退いて、われを見るにわが手、動けるわが手、重ねられし二つの足をみる。これがわれなりとは誰が証し得るや。触るれば感ず。感ずるものが我なり。感ずるものはいづれぞ。いづちにもなし。いかなるものにも断じてあらず。

見よこのあやしき蜘蛛の姿。あやしき蜘蛛のすがた。

今我にあやしき姿あるが故に人々われを凝視す。しかも凝視するものは人々にあらず。我にあらず。その最中にありて速にペン、ペンと名づくるものを動かすものはもとよりわれにはあらず。われは知らず。知らずといふことをも知らず。おかしからずや、この世界は。この世界はおかしからずや。人あり、紙ありペンあり夢の如きこのけしきを作る。これは実に夢なり。実に実に実に夢なり。而も正しく継続する夢なり。正しく継続すべし。破れんか。夢中に夢を見る。その夢も又夢のなかの夢これらをすべて引き括め、すべてこれらは誠なり誠なり。善なり善にあらず人類最大の幸福、人類最大の不幸

謹みて帰命し奉る 妙法蓮華経。南無妙法蓮華経