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[15](1916年4月4日)高橋秀松あて 葉書

  (表)宮城県名取郡増田町 高橋秀松様
     四月四日 岩手 宮澤賢治拝

旅行中はいろいろ御世話になりまして何とも有り難うございます。この旅行の終りの頃のたよりなさ淋しさと云つたら仕方ありませんでした。富士川を越えるときも又黎明の阿武隈の高原にもどんなに一心に観音を念じてもすこしの心のゆるみより得られませんでした。聖道門の修行者には私は余り弱いのです。東京のそらも白く仙台のそらも白くなつかしいアンモン介や月長石やの中にあつたし胸は踊らず旅労れに鋭くなつた神経には何を見てもはたはたとゆらめいて涙ぐまれました。こんなとき丁度汽車があなたの増田町を通るとき島津大等先生がひよつとうしろの客車から歩いて来られました。仙台の停車場で私は三時間半分睡り又半分泣いてゐました。宅へ帰つてやうやく雪のひかりに平常になつたやうです。昨日大等さんのところへ行つて来ました。