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[144](1919年4月)保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

お手紙ありがたう存じます 私こそ永々と御無沙汰致しましたがその間何をしてゐたかと御訪ねを受けますと御恥しい訳ですが周囲の事情は今のあなたの通りです。全くその通りです 只私のうちは古着屋でまた私は終日の労働に堪えないやうなみじめなからだな為にあなたの様に潔い大気を呼吸しては居りません 畑を起したり播いたりもして見ましたし便利瓦といふものを売って見たり錦絵が面白くなって集めたり結局無茶苦茶です。なんにも云はんで下さい。商買をすれば偽を云ったり、偽になるやうなうまい方法をつかったりしなければなりません。

煮えきらないものは一生こんなことを苦に病んでゐなければなりません。

私のある友達が申しました。また私も申しました。

「なるやうになれ。どうでもなるやうになれ。流れろ。流れろ。」ひとりでに流れる力は不可抗です。たゞしこれからの流れやうはきめなければならない。

馬鹿馬鹿しいと云ふ私の友よ。私にはあなたがかゞやいて見える。

○東洲斎写楽はあまり鋭く人を図写しすぎ時の人が淋しく思ひ自分もいやに思ひさびしく死に、それから五十年かたって遠いフランスの画家達がその作品に驚嘆してゐるさうです。

○この間私は半俵の菊芋の種、一俵の灰を背って十町程行きました それから頭が鋭く痛み夜は盗汗します。あなたは御丈夫で結構です。切角お大じに。

さよなら