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[138] 1919年2月3日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)二月三日 東京 雲台館 賢治拝〔封印〕封

拝啓。昨夜発の封書御覧の事と存じ候。

主任の医師一昨日及昨日は家事上の都合にて参らず今朝来院話しを承り候処とし子は矢張転地を要し然も宅へは暖くなる迄帰らざる方宜しき由申し候。

それはインフルエンザ回癒後下肺部に一時的の且つ極めて小部分乍ら結核有之し由にてその為に熱も割合に下りざりしものと存じ候。只今はすっかり痕もなく相成りたんをも毎日調べ候へども只今は全く結核菌無之由に御座候。如斯一寸の結核は誰にてもあること、又起りてもすぐ直ること等は平野さんに御聞き被成下度とし子のは外部よりの診察にては殆んど不明なりし程の軽症のものにて今は全快致し居る次第故何卒御安心奉願候。

但し今後退院後直ちに帰宅は致し兼ぬる事と存じ候。仮令室内に閉ぢこもりて何程室内を暖く致しても一寸室外に出でたるとき感冒を引く様の事も有之重ね重ねの御入費恐れ入り候へども御都合の上父上小田原へ御連れになりて暫時保養致させては如何に御座候や。

費用は二人五十日にて百五十円位と存じ候。宿の交渉等は万事私が致すべくその後父上御不在の間宅にて留守致すべく候。

尚医師の云ふ処によれぱ
 これより三月下旬迄小田原へ転地
 四月始めより九月迄宅にて静養
 九月末より東京の学校又は下宿かに居りて来年四月にさへ到れば

それより後は注意次第にて決して今度の様の病気もなかるべし、との事に御座候。

父上は昨年も胃腸病にて母上より上京又は転地等切角御勧め有之候次第故丁度この際とし子をつれて御出でになりては如何に御座候や。

若し転地不可能ならば宅へは帰られず一寸策も無之候。

先は右迄申上候。何卒早速御相談の上御返事賜はり度重々御心配の段誠に御申し訳無之候。

敬具

   大正八年二月三日

宮沢賢治

父上様
  外皆々様

二伸

只今丁度代りの看護婦参り帰宿守候。御葉書も難有拝見仕り候。