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[137] 1919年2月2日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)二月二日 東京市小石川区雑司ヶ谷町一三〇 雲台館 宮沢賢治(封印)〆

拝啓。二月一日発御手紙只今拝見仕り候。とし其後経過宜しく今月五日遅くも十日には退院致し得べくと存じ居り候。その後〔のち〕は御詞に従ひ当地下宿にて暫時静養の後帰省致す様仕るべく候。但し医師としては寒き地方へ帰り行く事は嫌ひ候。若し父上にても私留守を致してとしを連れ二三十日も小田原に御保養被成下候はゞ最良かとも存ぜられ候へども之は只御参考として申し上げ置候。昨夜附添の看護婦感冒にて突然発熱就床仕り候。但し流行性なるものには非ずして三四日にて恢復致す由には候へども体温も三十九度余有之一寸看護婦会にも戻り兼ね当院にて療治致し居り候。代りの看護婦を探し候へども只今は殆んど沸底にて今夜は私が附添申すべく候。

明日は多分一人参るかと存じ候。世話とてもとし子は未だ歩行致し兼ね候為、食事、便、服薬等の仕事丈に候へばもう数日の事故私にても間に合ひ候。多分は明夜迄には代り一人見附かる事と存じ候へば御安心願上候。

次に私の願ひ候仕事に就て色々と御注意難有存じ候。私の所存を更に詳しく申上度候。澤藤氏にはとし子の方の仕事空き次第、訪問の上色々と御教示を得べく候。私の目的とする仕事は宝石の人造に御座候。之は単に装飾品としてのみならず種々の応用も有之ものに御座候へども、従来実用に適する様の人造宝石としてはルビーサファイヤのみに有之他はみな小晶のみより得られざりし次第に御座候。但し大晶を製することも決して不可能なる事に非ずと存ぜられ候間私は之を研究実験し営利的にも製造する様に相成度と存じ候。その設備としては先づ建物を除きて壱千円は要するべく斯の如き固定資本を以てしては可成に奇険も有之候間先づ他の類似の仕事にて一定の収入を得、之によりて順次設備を致し度実験も重ね度と存じ候。

その前期の仕事は則ち只今神田の水晶堂金石舎等の職業とする所にて随分利益もあり然もその設備とては極めて小なるものに御座候。

研磨の方法等には多少の新考案も有之候。殊に飾石等を買入るゝ方ならば充分の自信有之候。先づ仕事の綱目は

一、飾石宝石原鉱買入及探求。
(之は報告、その他より鉱物産地を知りて手紙にて買入。又は自分にて旅行して買入。たとへば花輪の鉄石英、秋田諸鉱山の孔雀石、九戸郡の琥珀、貴蛇紋石 大槌の薔薇輝石、等)

二、飾石宝石研磨小器具製造。 (最初は動力を用ひず銀座辺にては足踏のミシン台の如き研磨器を用ひ候。小器具と例へば壷の如きもの、小函の如きもの。)

三、金属部を買入れてネクタイピン、カフスボタン、髪飾等の製造。

四、鍍金

(五、砂金及公債買入)

六、飾石宝石改造。
(黄水晶を黒水晶より造る。瑪瑙に縞を入る。真珠の光りを失へるを発せしむ、下等琥珀を良品に変ず等。)

の如くに有之製品は、東京中には多数の宝石買入商、メタルカフスボタン等の商店、デパートメントストア骨董商等有之候へば多数交際の上最気に入りたる二三人と結びて売る事と致すべく候。

設備は、 足踏研磨器、     一台約五十円、
     鉄槌鑿其他         二十円
     電池             五円
     薬品研磨剤        二十五円
     横炉(カザリヤノ用フルモノ) 十円
     飾石原鉱買入        三十円
     公債及砂金買入       若干円
        (非常予備金トス。)

位にてはじめ度之ならば工場もいらず信用ある家を借間しても宜しく候。

若し資本五百円ならば更に金工をも雇ひ研磨工をも雇ひ電気動力をも用ひ得べく候。私としては先づ二百円位にて見当定まりてより五百円とし相応の利益を挙げ然る後之より次の設備に入り度と願ふ次第に御座候。

依て最初は随分見すぼらしき室にて只一人にて石を切ったり磨いたり労れたるときは鍍金をしたり、石を焼いたり煮たり(但しこの前二階にてやり候様の悪瓦斯等の心配は無之)。夜は勉強をしたり休んだり致すべく候。尚この仕事の発達は今後に有之候。

用途を一寸記し候。

  洋室の室内装飾。
  時計台、化粧函、文房具。
  印材。
  置物其他装飾品。
  指環。ネクタイピン、カフスボタン。
  西洋婦人帽子の飾り。
  メタル。

扨て右様にして仕事をはじめ作りたる石はさっぱり売れず、始めの資本はすっかり失ひ、全く失敗したればとてそれも仕方無之候。その時は又鍍金とか、又は宝石の売買か何かにて生計を立て申すべく兎に角若い者が自分一人を養へぬ事も無之筈に御座候。但し斯る失敗は一方に於てちゃんと成功しつゝある人ある以上
  技術が劣るか、原料が高きか、
  売方がまづきか、勉強が足らぬ為か又は之等の失敗の類にて失敗せぬ様にできる訳に御座候。但しこの製品には一定の価格といふもの無之少し珍しくても数倍の価格と相成り候。

扨て机上の考は経済、技術両面共大体右の如く相運び候。これがいかにて失敗するやを観察致すもよき学問に有之、この後は只やりて見るより仕事無之候。私の計算にては孔雀石細工は一日三円位は間違なきものと存じ候。但し間違あるかも知れず候。

しくぢりても宜しく候間何卒一つしくぢらせる積りにて仕事に掛る様御許し下され度候。先は右

敬具