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[135] 1919年1月31日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)大正八年一月三十一日 東京市小石川区雑司ヶ谷町一三〇 雲台館 宮沢賢治(封印)〆

拝啓

とし其後経過益宜しく体温も三十六度数分と定まり昨日は一寸寝台の上にも立ちて見たる由、医師ももう一週間以内には退院致し得べき由申し候。但し之は東京市在住の人に対しての事なれば大事をとりて、その退院の日より附添の看護婦はやめて数日病院に止まり然る後父上と小田原にでも暫く転地致しては如何かと存じ候。

勿論その間は私は家にて留守致すべく候。

又は退院許可の日より二週間も病院に止まり然る後直ちに家に帰るも宜しかるべく候。いづれにせよ然るべく御指図被下度その積りにて待ち居り申すべく候。

扨て今回はとし病気に就て多大の御心配御費用を相掛け(但し私はその間に随分得る所も有之候へども)やうやく全快の処又々私当地に止まる様の訳にて御心配申し訳無之候。

然れどもいつまでこの儘にも参らざる訳故幸御許可も有之とし子の方定まり候はゞ早速仕事に掛り度と存じ候。

その方法は大体次の如くに致し候。

先づ第一期に於ては

(一)、飾石、宝石及印材ノ研磨(仕上ノミ、)
    (小道具、宝石用小函、文填等の製造。)

(二)、金属部ヲ買入レテネクタイピン、カフスボタン、指環等の製造。

(三)、鍍金。

(四)、(砂金ヲ地方ヨリ買入、債権ヲ市内ヨリ買入)

丈を適宜取り合わせて始め、製品は小売店、(市内及び地方。)の確実なる所へ売り度、尤も東京には指環宝石等の買入商は多く有之候。

右仕事にて一定の収入を得る見込みに至らば、人をも使ひ、実際に収入を得たる後には次第に第二期の仕事則ち以上の外に

(五)、鉱物合成(宝石人造。)

(六)、宝石飾石改造。
    (不良の宝石を良質に変ずる等。)

及右副業として

(七)、絵具製造 (

を始め度と存じ候。

而して第一期の方に要する資本は先づ二百円乃至三百円あれば充分に有之、但しその中(四)を大きく始むるならば流通資本の更に多くを要する次第に御座候。

第二期の仕事の方は先づ千円以上を要することとなるべく但し之は前の方にて得たる収入によりて次第に設備をする方可然と存じ候。

場所は二間にして一間土間ならば殊に宜しくいづれ之は何とか相成り申すべく候。

清六の小学校の同級にて今下谷のかざり屋に居る人有之由、若し前の仕事と同時にかざり等をもするならば随分便利には御座候。

先は御心配の事と存じ右迄申上置候。

敬具

  大正八年一月三十一日

 父上様

宮沢賢治