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[133] 1919年1月29日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)大正八年一月廿九日 東京市小石川区雑司ケ谷町一三〇 雲台館 宮沢賢治(封印)〕〆

拝啓

御手紙難有拝見仕り候

今朝は二木博士御回診有之甚宜敷由申され候。熱は本日正午午后等三十六度七分にて最早平熱と申して宜しき事と存じ候。退院も十日乃至十数日にて可能なるべく尤も宅へ帰るには尚暫らく間もあるべく候。兎に角何卒すっかり御安心奉願候。

扨て無理なる御願早速と御聞済み被成下何とも難有之よりは成否は兎に角実生活に入り得べく実以て欣喜仕り候

最初は到底人を使ふ程の事に無之(主に理論上考へたる事書籍にて知りたる事の実験に有之候間)、後迄の収支計算明に立ちたる時は人をも使ひ申すべく候。失敗の時の物笑ひに候間決して何の御話も誰へも下さる間敷候。

仕事の順序方法等の画策に尚十日ばかりを要すべくその後にて小林様へも相談の上家等の仕度も致すべく候。家はいづれにせよ、借り申すべく候。

資本も何程か御貸し被下候はゞ誠に結構に候へども然らざればとて向上の道は有之候。大道の露店商人をも致すの覚悟に御座候。一生それにて終ればとて私丈は不平とても無之と覚悟し置き候。いづれにせよ最初はやうやく間に合ふ位の話にて利益を見るは一ヶ年以後と何卒御あきらめ願上候。

右の仕事は健康上に何の差支も無之、人造の宝石を人造の名に於て(模造には非ず)売るもの故道義上決して疾しからざるのみか宝石の人造は有名の化学者も多く研究し、
「ルビーを最初に人造敗売に適するに至らしめたる名誉は米国に帰す。」と云ふが如き記載は屡々に有之他に鉱物の合成は実用的にも大なる意義あるものに候。

具体的の案を立つる迄尚十日を御猶予被下度、株式の方の関係等にて父上御上京成され候はゞその間留守致しても宜しく御座候。兎に角一番御心配の事と存じ候間左の事は誓ひ上候。

  常に身体を最第一と考ふること。
  失敗に失敗を重ぬるも決して自暴自棄せざること。
  道徳上の堕落に決して入らざること。

別紙は既に書きたる手紙の一部分に御座候、

     御手紙拝見に付き他部は必要無之相成り候間右巣鴨の家の問題丈裏し置候。先は

敬具

   大正八年一月廿九日

宮沢賢治

  父上様
  母上様

尚家吉書籍薬品等持ち参る為に一返帰りても宜しく候間可成は父上御上京の上長屋の話、とし子の退院手続等御覧下され候はゞ最良と存じ候。

(別紙)今朝小林様より金六拾五円を受取り申し候 之にて壱百七十円を受取りたる次第に御座候。

午後六太郎様巣鴨の長屋に用事ありて趣くに付き同行せざるやとの事により左様仕り候。

場所は狭く心持は宜しからず可成破損も致し一棟は大分歪み居り候。来年七百円の修繕、数年後の改築を考ふれば或は今深川の人が買ふと云ふ弐千八百円にて売りたる方も宜しからんと存ぜられ候。小林様の御話にてはこの長屋に就て前に少々損したる事あり今度二千八百円以上に売りて之を埋め度とも申され居り候。

いづれ直に詳しく御話有るべく且つ父上御上京の事ともなれば今一度御覧もあるべく候へどば兎に角一応御話し置く様小林様の御頼みに就き申し上げ候。