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[131] 1919年1月27日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)大正八年一月廿七日朝 東京市小石川区雑司ケ谷町一三〇 雲台館内 宮沢賢治(封印)〆

拝啓昨日は発汗剤の為に一日汗を出し居り正午は三十七度二分 四時には三十七度四分に御座候。

夜は三十七度三分 今朝は三十六度四分にさへ至り誠に院長の申し候様に御座候。仮令解熱剤をやめたりとて五分とも上り申す間敷く最早速に恢復しつゝある次第に御座候。何卒御安心奉願候。

昨日午後小林様に参り次の三十一日の払の分を受敢り度と申し候処相憎日曜にて在金なしとて金五円丈受取り後は三十日迄に届くると申され候。これにて小林様よりは参百円中壱百〇五円を受敢り残りは壱百九拾五円となる訳に御座候。

之にて私の居る間は一日六円余、私が帰れば五円余、病人一人にて始末つく様になれば参円五拾銭倖つゝ掛る訳にて候へぱ先づ今後二十五日乃至二十五日は入院致し得べく候。

終りに一事御願申し上げ候。それは何卒私をこの儘当地に於て職業に従事する様御許可願ひ度事に御座候。

色々鉱物合成の事を調べ候処殆んど工場と云ふものなく実験室といふ大さにて仕事には充分なる事、設備は電気炉一箇位のものにて別段の資本を要せぬこと、東京には場所は元より場末にても間口一問半位の宝石の小店沢山にありていづれにせよ商売の立たぬ事はなきこと、この度帰宅すればとても億劫になり考へてぱかり居て仕事の出来ぬ事、いつまで考へても同じなる事、この仕事を始めるには只今が最好期なる事(経済の順況、外国品の競争少き為、)、宅へ帰りて只店番をしてゐるのは余りになさけなきこと、東京のくらし易く、花巻等に比して少しもあたりへ心遣ひのなきこと、当地ならば仮令失敗しても無資本にて色々に試み得ること、その他一一列挙する迄も御座無く候。地方は人情朴実なり等大偽にして当地には本当に人のよき者沢山に御座候。家は二間あれば宜しく聞く所によれば間借してその室にて発動機などを使ひて仕事する者さへある由、どうせ製造する仕事に候へば場所ならざるも宜しく小林様の長屋のうちどこかにても宜しく候。どうせ成功も失敗も努力によるとは云ひ大低は既定の問題に有之決して考へ過ぎたり無理をしたりは致す間敷候間御心配は御無用に願上候。先は右に就き宅の御都合を伺ひ上げ候。

敬具