目次へ  縦書き

[127] 1919年1月24日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)大正八年一月廿四日 東京市小石川区雑司ヶ谷町一三〇 雲台館内 宮沢賢治(封印)〆

拝啓。二十二日附御手紙難有拝見仕り候

昨日主任医師の好意にて二等室に移り居り申し候。之は二十一日以来多少熱の上りたるを矢張り病室の影響あるものと考へたるに由るらしく御座候。今度の室は同室の患者は只一人にてこれならぱ如何にも落ち付きて恢復を望み得べく誠に結構に御座候。又賄も多少異る様今朝とし子申し居り候。

色々御心配や御物入を掛け申して御申し訳なき事折角申し候へども成るべくこの様の事は考一ざる様申し聞せ、又私の滞京は自分の都合に依るものなり等申し置き候。

昨夜は引き移りの為に一寸熱上り候へども今朝は、少々は平常より高くは御座候へども三十七度五分にて気分は宜しく食慾も有之やがては数日前の如く朝夕三十七度以下とも相成り申すべく候間決して御心配下さる間敷く兎に角、恢復は遅くて度々熱は上る様にても別段に急に具合悪くなる様の事は万々無之べく候。病院にはインフルエンザの後この様にずるずるの病人数人有之前のトシ子の同室の患者中三人はこの類に御座候。

私は御詞の通り多少にても身体に故障起り候はゞ早速着物を沢山に着て帰宅仕るべく候。

又やがて熱も下り朝夕三十七度以下と相成り然も退院迄十日以上有之際は後は看護婦によく頼み置きて帰宅仕るべく候。

本日午後は又熱下りたる事を多分御報知致し得べく候。

 尚昨日京橋のことさんの所より松屋の貞蔵さんわきが手術にて出京致し居る由知らせ参りとし子の模様など尋ねたる葉書有之候間病院に参りてとし子の模様も話し見舞も致し候。

 尚帽子はかぶらぬ主義の人さへある程買ふ程のことはなきと存じ居り候へども御送附被下候由に候間難有くかぶり歩き申すべく候。

     先は以上。

  大正八年一月二十四日

賢治