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[121] 1919年1月20日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)大正八年一月二十日 東京市小石川区雑司ケ谷町一三〇 雲台館内 宮沢賢治拝(封印)〆

拝啓。十九日発御手紙難有拝見仕り候。本日は朝三十六度九分午后三十六度七分にて便通も有之気分も宜しき様子に御座候。本日昼食には賄にて刺身を作り貰ひ食したる由に御座候。又足を湯にてぬぐひ候。

只今の病室は三等室に御座候。之は実は御心配の事と思ひ今まで御通知申さゞりし次第に候。十五日夜病院の方の都合及兼ての約束により内科の方へ移る際、一二等共に空きなく当分の積りにて三等室に入り候処、別段に不都合なく、賄も二等に同じく、あたりに患者はあるも却って退屈なくて宜しき由にて落ち付き候。

本日、二三日中に二等室空く由承りその室の受持に尋ね候処空くのは一等室にて今三等に居る人にてそちらへ移る申し込みの人数人有之、とても二等は今後空くまじき由申し居り候。依てとし子にもこの由申し只今の室にてあきらめ貰ふ事と致し候。何分にも伝染室に居るときは回診の医師看護婦等の手、その他器物等に多少の奇険を伴ひ又病院の経費手数も多くその儘と云ふ訳には参らざりし次第に御座候。同室はみな女にて老婆二人、看護婦一人、病院近処の女二人、とし子の外は付添の看護婦はなく大低軽症回復中に御座候。みな高き声にて話し候様の事もなく二等室とても矢張二人は同室を要する次第に候間これにて先づ仕方なかるべくと存じ候。あたりの人と面倒なる事なき事は充分御安心下されたく毎日これのみ注意致し居り候へども大低病人同志は仲も宜しく、神経を痛め候様の事は無之かるべく候。殊にとし子は付添看護婦に万事任せ置きて誠にゆっくり致し居り候。

但し今後又二等室空き候節はとし子の望みを聞きたる上御相談申し上ぐべく候。

三等室は入院料一日一円五十銭に御座候。

本日雑誌月おくれ等相集め御送附申すべく候。

外に私としては何も不足の品無之帽子等は無帽主義者もある世の中別段に心配も御座なく候。

尚本日宮弥より丁寧なる御礼状(嘉助さんへの昼飯に対し)有之候。

    先は右迄。

  尚御尋ね有之候はゞ何なりとも御書き被下度候。  宮沢賢治

父上様
母上様 皆々様