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[103] 1919年1月4日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町豊沢町 宮澤政次郎様 平信
(裏)大正八年一月四日夜 東京市小石川区雑司ケ谷町一三○ 雲台館方宮澤イチ 賢治拝(封印)〆

拝啓

一月二日附御手紙難有拝誦仕候

扨て昨日尚一応検査の為血液を採り、今日午后試験の結果によるに矢張前同様腸チブスの反応なく先は腸チブスに非る事は明に相成り候。

扨て熱の来る所は割合に頑固なる(医師は悪性なると申し候へども単に治療に長時を要す書味に御座候。)インフルインザ、及肺尖の浸潤(加多児に至らざる軽異常)によるものにて今後心配なる事は肺炎を併発せざるやに御座候由、但し病院にてはその予防は充分に至し居り、且つ、只今とし子は伝染室中にて最、重患《比較的の意味にて、他の患者は一定の経過を以て恢復しつゝある腸チブス患者にして総て粥を摂り候。》なる為に医員の注意は殆んど集中し居り候由決して御心配無之候。

又血液検査の外には何も試験に供されし等の事無之、之又御安心奉願候。

昨夜は解熱剤の為にや寒さを烈しく感じ、乾きも多く、臨時に測りたる体温は三十九度八分に候由、但し従来とても臨時には斯る体温も多々有之決して御心配被下間敷候。

医師の申す所によれば、只今病室を移すは宜しからず、今の儘伝染室に置き、熱減じ、食事普通(粥)に摂り得るときは退院をも許すべしとの事に御座候。

今日午后小林六太郎氏下宿迄御見舞有之卵二十五その節頂戴仕り候間宅よりも宜しく御礼奉願候。御命令の如何によらず今夜又は明夜母上御帰宅の積りに候所この模様にて又々延び申し候。旧歳末の御忙しき所誠に御申し訳無之候へども何卒御許被下度候。

   先は右迄 乱筆乍ら申し上候。

敬具

  大正八年一月四日夜

宮沢賢治

父上様(外皆様)

 尚私共は病院より帰る際は予防着をぬぎ、スプレーにて消毒を受け帰宿後塩剥にて咽喉を洗ひ候。旁々御心配被下間敷候。先は右迄。