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[102] 1918年12月31日 保阪嘉内あて 葉書

(表)甲斐国北巨摩郡駒井村 保阪嘉内様
(裏)大正七年十二月卅一日夜 東京市小石川区雑司ヶ谷町一三〇(大学分院下)雲台館内 宮沢賢治(封印)〆

妹が病気で小石川大学分院へ入院してゐるので私は母に従って今月二十六日から病院近くの表記の処に下宿してゐます

病気は伝染質のもので一週間以来少しも変化しません

私は一月中旬迄は居なけばならないのでせう。

あなたと御目にかゝる機会を得ませうかどうですか 若し御序でもあれば日時と場所を御示し下さい。夜は困ります。母の前では一寸こみ入った事は話し兼ねます。

殊によれば私も早く帰るかもしれません。然しもう一辺出て来ないとなりませんし或は家事上の都合で私は当地に永住するかも知れないのです。

 あゝ変化ある未来は測り兼ね、仮令悪く変わるとしても面白いではありませんか