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[0a](1910年9月19日)藤原健次郎あて 封書

  (表)紫波郡不動村 藤原健次郎様 親展
  (裏)西暦千九百十年九月十九日 花巻川口町 豊沢町三〇三 宮澤賢治

 拝啓

こんなに鉛筆で書かうもんなら学校の選手に対して何ぞその不敬な るなんて怒るかも知れないが不敬なやうで失礼でもないんだから何 ともないね。

何うだね。遠征中大館に対する時のもやうを書いては。それと早大 に対する一点はあれゃ誰が失策したんだね。選手仲間だからおっか なくってなんてそんな下手な事云ふもんじゃない。

僕は先頃一週間ばかり大沢に行つた。大事件は時に起ったね。

どうも僕はいたづらしすぎて困るんだ。大沢はポンプ仕掛で湯を上 に汲上げてそれから湯坪に落す。所でそのポンプは何で動くったら 水車だね。更にその水車は何で動くった山の上から流れて来る巾三 尺ばかりの水流なんだ。

その水流が二に分れる 一は水車に一は湯坪に。つまり湯があまり 熱いとき入れるんだね。

そこにとめがかってある。

永らく流れないものだから蛙の死んだのや蛇のむきがらなどがその 湯坪に入る水の道にある。一つも水が湯坪に行ってない。水車に行 ってゐる。

乃公考へたね。そこでそのとめを取った。所が又本のやうにならな い。水はみんな湯坪に行った。

水車は留った。湯はみな湯をためてる所から湧き上るのでみなあふ れ出る。そして川に入る。川には多くの人が水を泳へでゐる。僕逃 げた。後で聞くと湯坪には巡査君湯主と共に男女混浴はいかんなん て叱ってゐる上から水が、そら熱とき上から落つるやうになってゐ るとひから三尺立方というやつがどんどう落つる 湯は留まる。あ たら真白の官服も湯や水にはれられてごぢゃごぢゃになった。浴場 には又東京から来たハイカラ君なども居たがびっくりして湯にもぐ っさうだ。

水は留らずますます出る 湯坪湯坪ぢやない水坪になった。

も一組驚いやたやつらがある 川に泳いでゐる人達だ 泳いでゐる 中川の水は生ぬるい所がある。熱い所がある。こりや川から湯が湧 き始めたなんてさわいでやがらあ。

後に湯坪に行ってみると蛇のむけがら蛙の死がい。泥水。石ころ。 下駄片方。いやさんたんたる様だあね。

浴客はみなかけつける。火事のやうだ。面白くおっかなかったねー。 巡査君には宿主があやまってゐた。

家の人と行かないと之れだからいゝ。その翌々夜自炊してゐる、曾 ってクラスメートであったやつら五六人の気が食んので竜ど水で水 をその浴室から出て来るのに山の上から水をぷつかけたり、その夜 一時頃、阿部末さんと二人で戸をたたいて目をさまさせたり目に合 せた。

君の今度の成績はどうだあね。

僕は百番近く、まづ。。。。歴史丁。といふあんぱいだね。舎監諸 氏の信用も何もないね。チュケァン。奴。来学期は生しておかない。 なますにして食ってしまはなくっちゃぁ腹の虫が気がすまねぇだ。

なんて云ふとゴロツキ見たいだがね。まぁともかく僕は僕自身に謹 しんで吊意を表すらぁ。

もれ聞く所によると君もよくないってね。僕だって学校のぎせいと なるんだらむしろ喜こぷね。

そして君は学校の真のぎせいに成り終へたんだも 僕は吊意は表す まい むしろ祝意を表するね。

まだ疲れて君のやうなエレハントの事だからグーグーねてるだらう。 目がもうさめたかね。

この間旧佐藤テーチャーと湊テーチャーとに会った。すましてたよ。 僕はもう成績などの話は聞きたくもない。僕は来学期も僕独得の活 動をしゃうと思ってる。

大仏さんは又腹が空ってるだらうな。腹といふものは昔から空るも んだなっんて云っる。

こゝからも南昌山も見える 巌手も見える 早池峰も見える どれ をこの夏休みに登らうと考へてる 他分早池峰にするだらう。 だんだん涼しくもなる。あまりうりを二十だなんて食はんやうにし 給へ。

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このあとに大仏様(藤原のあだな)の略画があり、その下に「様」
とあって、そのさらに下方に、左横書きで

 花巻にて
  Help閣下

という署名がしてあります。(Helpは賢治のあだなでしょう)
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