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三月(下書稿一)

そろそろ戻って
やりはじめてもよささうなもんだと
さっきからもうかはるがはる
硝子障子の間から
百姓たちがのぞいてゐるが
外へ出てからまだ五分しかたってない
朝っぱらからたてつゞけに
四本も五本も手のあるふりをしたとこで
間違ってしまっては何もならないから
まあもう五分頭をひやす
さうしていったいあの人たちも
てんで一人もひるめしなんど食ひさうでない
いくら稲熱にやられても
なかば 自作で
平均二町も田をやりながら
みんな揃ってひるめし抜きでもなからうが
食物のこととなると
わかったやうでどうもなかなかわからない
一本町のこの町はづれ
そこらは雪も大ていとけて
うるんだ雲が東に飛び
並木の松は
去年の古い茶いろの針を
もう落すだけ落してしまって
うす陽のなかにつめたくそよぎ
はては緑や黒にけむれば
さっき熊の子を車にのせ
おかしな歌をうたって行った
紀伊かどこかの薬屋たちが
白もゝひきをちらちらさせて
だんだん南へ小さくなる
まだのぞいてゐる百姓たちが
面倒臭い もう行かう
村へはいって何か仕事をしやうとすれば
仕事の結果はのぞみながらも
まづ無意識に手足を縄る
家へ帰れば幸一がそれだ
どうせ何がどうなったからと云って
結局大した幸にもならないとすれば
あまみんな人を引き落して
めざはりをなくしやうといふのも
陰気な一つの原理だらう
一里塚一里塚
塚の下からこどもがひとりおりてくる
つゞいてひとりまたかけおりる
町はひっそり
火の見櫓が白いペンキでくらいそら
風がにはかに吹いてくる