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猫の事務所〔初期形〕

 ある時猫どもが相談して途方もない大きな黄色な野原のまん中に 一つの事務所を建てゝゐました。

 それは主に猫の戸籍をしらべるので、生れたものを猫原簿につけ たり死んだのを消したり、居所の変ったのを直したりするのでした。

 書記はみな短い黒の朱子の服を着てそれに大変みんなに尊敬され ましたから何かの都合で書記をやめるものがあると若い猫はどれも どれもみんなそのあとへ入りたがってばたばたするのでした。けれ ども事務所の書記の数はいつもたゞ四人ときまってゐましたからそ の沢山の中で一番字がうまく算術のたっしゃなものがやっとえらば れるのでした。

 事務長は大きな黒猫で眼玉などは中に黄金の蜘蛛の巣が幾重もは ってあるのかと思はれる位立派に出来てゐました。

 その部下の
 一番書記は白猫でした、
 二番書記は虎猫でした、
 三番書記は三毛猫でした、
 四番書記は釜猫でした。

 釜猫といふのはご存じですか。これは白猫や三毛猫とはちがって 生れ付きではないのです。生れ付きはやっぱりあたり前の猫ですが 夜かまどの中にはいってねむる癖がある為にからだが煤できたなく なり殊に顔には釜の底のすみがついて何だか狸の兄弟分らしい猫の ことを云ふのです。

 釜猫は大抵の仲間の猫には嫌はれるのです。けれどもここでは事 務長が黒猫なもんですから四番書記の釜猫はあたり前ならいくら勉 強ができてもとてもはいれない筈のを四百人の中からえらばれるこ とが出来たのでした。

 事務所の大きな室のまん中に事務長の黒猫がまっ赤な羅紗をかけ た卓を控えてどっかり腰をかけその右側に一番の白猫と三番の三毛 猫、左側に二番の虎猫と四番の釜猫が小さなテーブルを置いて腰か けてゐました。

 そこで全体猫に戸籍などが要るものかとお考へでせう。

 要るものか要らないものかまあ一寸ごらんなさい。

 事務所の扉をことこと叩くものがあります。

「はいれっ。」事務長の黒猫がポケットに手を入れてふんぞりかえ ってどなりました。

 戸はしづかに開いて三毛の年寄りの女猫がおづおづと入って来ま した。

「何の用だ,早く云へ。」

「どうぞや、お助けなされて下されませ。凍えて死にさうでござい ます。どうぞや私の伜どもがどちらに居りますやら、どうぞや、お 教へなされて下されませ。」

 事務長の黒猫はじっとそれを見つめてそれから大きくうなづきま した。

「ふんふん。わかった。お前の名は何といふ。」

「三毛と申します。どうぞや………。」

「三毛といふのは人間の主人がお前を呼ぶ名だらう。猫の二十パー セントは三毛だ。われわれの方ではそれは猫の中の種族の名になっ てゐる。こゝでも三毛君は一人居るんだ。僕らはもうよくわかって ゐるしそれにまあ猫の代表者だから同じ種族の人が二人以上さへな ければ三毛君くか虎猫君とかそれで差支へはないのだが戸籍のこと はさうは行かん。お前の本名つまり本統の名前は何といふ。」

「本名はやっぱり三毛でございます。どうぞや………。」

「ははん。お前はあんまりながく人間のとこにばかり居たから三毛 なんぞといふ大ざっぱな名しかおぼえてないな。たうたう本名を忘 れたな。可哀さうに。そんならお前の伜の名は何といふ。お前は何 とつけた。」

「はい。最初の子供はタンにトンにクヰンにサンにそれからマンで ございます。次の子供はクニャンにムニャンにモニャンにプニャン それからドニャンにホニャンでございます。」

「名字は。」黒猫はたづねました。四人の書記もぢっと年寄り猫を 見つめたり眼をパチパチしたり心配さうに額に皺を寄せたりしてゐ ます。

「名字はわかりませんでございます。」

「困ったな。しかしホニャンといふのはあんまり無い名だ。書記一 番。ホニャンをさがせ。」

 一番書記の白猫がすばやく表紙のボロボロになった厚い茶色の名 前だけの帳面を繰ってそれからすまし込んで答へました。

「サントン・ホニャン。ゲロ暦九十二年六月生まれ。」

 黒猫の事務長は頬杖をついて口の中で云ひました。

「書記二番。サントン・ホニャンの系図をさがせ。」

 二番書記の虎猫が青い表紙の七冊帳面のまん中を引っぱり出して すばやく繰って読みあげました。

「父、グルルック、グルウ。母、サントンロウ、
 兄、サントン・タン。サントン・トン、サントン・クン。サント ン・ペン。サントン・マン。きゃうだい。サントン・クニャン。サ ントン・ムニャン。サントン・プニャン。サントン・ドニャン。以 上。」

「よろしい。書記三番。サントン・タンについて要領をのべよ。」 黒猫の事務長が云ひました。

 三番書記の三毛猫はもうちゃんと帳面をひろげてゐました。 「サントン・タン。ゲロ暦百二年九月行衛不明。馬肉にて釣られた る形跡あり。」

「サントン・トンはどうだ。」猫の事務長は首をずうっとのばして 心配さうにたづねました。

「サントン・トン。ゲロ暦九十五年六月パラチブスにて死亡。」

「サントン・クンはどうだ。」

「サントン・クン。フララ市メネ街二十一クサノ方寄留。」

「うん。それはいゝ工合だ。も一つ豫備にサントン・ペンはどうだ。」

「サントン・ペン。フラック市猫組合長。」

「あゝそれがいゝ。差支へはないだらうな。書記四番サントン・ペ ンについて事情を大略述べよ。」

 四番書記の釜猫はもう大原簿のサントン・トンのところとサント ン・ペンのところとに手を一本づつ入れて待ってゐました。そこで 事務長は大へん感服したやうな顔をしました。

 ところがほかの三人の書記はいかにも馬鹿にしたやうに横目で見 て「ヘッ」とわらってゐました。そんなことは知らずに釜猫の四番 書記は帳面を読みあげました。

「サントン・ペン。フラック市猫組合長。徳望アリ。財産多シ。」

「丁度いゝ。おい、ばあさん。おまへのむすこのサントン・ペンと いふのはフラックの市で組合長になってゐる。大へん評判もいゝさ うだ。そこへ行くがいゝ。」

 年寄りの三毛猫はほっと息をつきました。

「ありがたうございます。どうぞや。ありがたうございます。これ でばばあも助かりまする。ありがたうござりまする。」

「ばあさん。そんなに心配しなくてもいゝよ。まだまだお前には立 派なむすこが沢山あるんだから。」

 年寄りの三毛猫はよろこんで何べんも何べんもおじぎをして出て 行きました。

 猫どもに事務所がいるといふのは全くかう云ふ訳だったのです。 そんならその事務所も全くいつまでもいつまでも続いていゝ筈でし た。ところが今のおはなしから丁度半年ばかり経ったときたうたう 猫の事務所もやめになってしまひました。といふわけはもうみなさ んもお気づきでせうが四番書記の釜猫は上の方の三人の書記からひ どく憎まれてゐたのです。釜猫は大へんそれを気にかけていろいろ 工夫をしましたがどうもかへっていけませんでした。たとへばとな りの虎猫がある日おひるのときおべんたうを机の上に出してそれか らすぐたべやうとしたやうでしたが急にあくびに襲はれました。

 そこで虎猫はみぢかい両手をあらんかぎり高く延ばして「アァァ ァァァアッ。」とあくびをやりました。これは猫仲間では目上の人 に対しても決して無礼でも何でもありません。丁度人ならば話をし ながらお鬚をひねるぐらゐにあたるのでした。ところがいけないこ とは足をふんばった為にテーブルが少し坂になってべんたうばこが するするっと滑ってガタッと事務長の前の床に落ちてしまひました。 それはでこぼこではありましたがアルミニュウムでできてゐました から大丈夫こわれはしませんでした。そこで虎猫は急いであくびや めて机の上から手をのばしてそれを取らうとしたやうでしたがやっ と手がかゝるかかゝらない位だったもんですからあっちへ行ったり こっちへ行ったりどうもうまくいかないやうでした。

「君、だめだよ。とゞかないよ。」と事務長の黒猫がもしゃもしゃ パンを喰べながら笑って云ひました。その時四番書記の釜猫も丁度 べんたうの蓋を開いたところでしたがそれを見てすばやく立ってべ んたうを拾ってとら猫に渡さうとしました。ところがとら猫は急に 怒り出して、折角釜猫の出したべんたうも受け取らず手をうしろに まはしてからだをやけに振りながらどなりました。

「何だい。君は僕にこのべんたうを喰べろと云ふのかい。机から床 の上へ墜落したべんたうを君は僕にたべろといふのかい。」

「いや、あなたが拾はうとなさるもんですから拾ってあげましたの で。」

「いつ僕が拾はうとしたんだ。うん。僕はたゞそれが事務長さんの 前に落ちてあまり失礼なもんだから僕の机の下へ押し込まうと思っ たんだ。」

「さうですか。私は又べんたうがあんまりあちこちへ動くもんです から。」

「何だと失敬な。決闘を………。」

「ヂャラヂャラヂャラヂャラン。」事務長が高くどなりました。こ れは決闘をしろと云ってしまはせない為にわざと邪魔をしたのです。 事務長の黒猫はそれからしづかに云ひました。

「喧嘩するのは止し給へ。釜猫君もとら猫君にたべさせやうといふ んで拾ったんぢゃなからう。しかしまあわれわれ猫の分際では辨当 のまゝガタリと落ちたものを喰べないといふ位まで高尚にしなくて もよからうぜ。とにかく喧嘩は止し給へ。それから今朝云ふのを忘 れたがとら猫君は月給が十銭あがったんだよ。」

 とら猫は事務長から云はれたので手をまっすぐに下げて頭を垂れ てきちんと立ってゐましたがたうたうよろこんで笑ひ出しました。 「どうもおさわがせいたしましてお申しわけございません。」それ からとなりの釜猫をぢろっと見てやっと腰掛けました。

 みなさん私は釜猫に同情します。

 それから又五六日たって丁度これに似たやうなことが起ったので す。こんなことがたびたび起るわけは一つは猫どもの無精なたちと も一つは猫の前あし即ち手があんまり短かい為です。そら、今度は 向ふの三番書記の三毛猫が朝仕事を始める前に筆がポロポロころが ってたうたう机の上から床に落ちました。三毛猫はすぐ立てばいゝ のを骨惜みして早速前に虎猫のやった通り両手を机の上から延ばし てそれを拾ひ上げやうとしました。今度も手がとどきません。三毛 猫は殊にせいが低かったものですからだんだん乗り出してたうたう 足がこしかけからはなれてしまふ位になりました。釜猫は拾ってや らうかやるまいか前のこともありますのでしばらくためらって眼を パチパチさせて居りましたがたうたう見るに見兼ねてすばやく立っ て筆を拾ってやらうとしました。

 丁度その時三毛猫はあんまり乗り出し過ぎてゐましたのでガタン とひっくり返ってひどく頭をついて机から落ちました。大分どうも ひどい音でしたから事務長の黒猫もびっくりして立ちあがってうし ろの棚から気付けのアムモニア水の瓶を取りました。ところが三毛 猫はすぐ起きあがってかんしゃくまぎれにいきなり
「釜ねこ。君はよくも僕を押しのめしたな。」とどなりました。

 今度はしかし事務長がすぐ三毛猫をなだめました。

「いや、三毛君。それは君のまちがひだよ。釜ねこ君は好意で一寸 立っただけだ。君にさわりも何もしない。君は一体お礼を云ふ筈な んだ。しかしまあこんな小さなことはどうでもいゝ。なんでもあり ゃしないぢゃないか。さあ、えゝと、カランクラメネの転居届けと。 えゝ。」

 事務長はさっさっと仕事にかゝりました。そこで三番書記の三毛 猫も仕方なく仕事にかゝりましたがやっぱりたびたびこわい目をし て釜猫を見てゐました。

 こんな工合ですから釜猫は実につらいのでした。

 みなさん。私は釜猫に同情します。それはかまどの中に入って寝 るといふのは実に悪い癖です。そして釜猫はその悪いこともよく知 ってゐるのです。又何とかこのいけない癖をやめたいとも思ってゐ るのです。けれども全体釜猫は皮がうすくて弱いのですから外では どうしても寝られないのです。外で寝たらすぐに風邪を引いて死ん でしまふばかりです。そんならなぜそんなにうまれ付き皮がうすい のでせう。それは土用にうまれたからです。やっぱり僕が悪いんだ 仕方ないなあと釜猫は考へてなみだをまん円な眼一杯にためました。 けれども事務長さんがあんなに親切にして下さるんだ。それに釜猫 の仲間のみんながあんなに僕の事務所に居るのを名誉に思ってよろ こんでゐるんだ。どんなにつらくても僕はやめないぞ、きっとこら えるぞと釜猫は泣きながらにぎりこぶしを握りました。

 けれども釜猫は全く可哀さうです。事務長さへ今までの通りなら よかったのです。ところがやっぱり黒猫の事務長なんといふものは 賢こいやうでも馬鹿なもんです。三人の書記がかはるがはるいろい ろな悪口をしたり告口をきいたりしましたのでついにはうっかり欺 されかかったのでした。

 丁度その頃運が悪く釜猫は風邪を引いて足のつけねをお椀のやう に腫らしどうしても歩けませんでしたのでたうたう一日やすんでし まひました。釜猫のもがきやうといったらありません。泣いて泣い て泣きました。主人の納屋の小さな窓から射し込んで来る黄色なお 日様の光を見ながら一日一杯眼をこすって泣いてゐました。

 その間に事務所の方ではこんな工合でした。

「はてな、今日は釜猫君がまだ来んね。遅いね。」と事務長が仕事 のたえ間に云ひました。

「なあに海岸へでも遊びに行ったんでせう。」一番書記の白猫が云 ひました。

「いゝや、どこかのご馳走に呼ばれて行ったんだらう」二番書記の 虎猫が云ひました。

「どうしてどうしてそんなこっちゃない。何でも近頃はあちこちへ 行ってこんどおれが事務長になるなんて云ってるさうだぜ。それだ もんだから馬鹿なやつらがこわがってもうあらんかぎりご機嫌を取 るさうだ。」

 三番書記の三毛猫が云ひました。 「本たうかい。それは。」事務長の黒猫が云ひました。 「本たうですとも。これが偽なら私のおひげをみんな上げませう。」 三毛猫が口を尖せて申しました。

「けしからん。あいつはおれはよほど目をかけてやったのだ。それ を恩をあだで返すとは。おれを見下げたやうなことをあちこちふれ 廻ってあるくとは。畜生。よし。あんなやつ追ひ出してしまはう。」 「それが一番です。それが一番です。」三人が声をそろへて云ひま した。

「しかし向ふからやめたいと云はないのをただ一日休んだからお追 ひ出すといふのは一寸外へ聞えると悪い。やっぱりあいつからやめ たいと云はせなくちゃいかんな。」

「それです。それです。そんなら斯うしませう。あいつの机の上の 大原簿を私共三人でわけてしまって仕事はもう一つもあいつへお渡 し下さいませんやうに。」二番書記の虎猫が云ひました。

「それがよろしうございませう。さういたしませう。」あとの二人 が一生懸命すゝめました。

「ではさうしやう。」事務長の黒猫が外のことを考へながらぼんや り返事しました。

 さて次の日です。

 釜猫はやっと足のはれが引いたのでよろこんで朝早くごうごう風 の吹く中を事務所へ来ました。ところがいつも来るとすぐ二三べん 表紙を撫でて見るほど大切な原簿が自分の机の上からなくなって向 ふ隣り三つの机に分けてあります。

「あゝ、昨日は忙がしかったんだな、」釜猫はなぜか胸をどきどき させながらかすれたやうな声でひとりごとを言ひました。

 ガタッ。扉が開いて三番書記の三毛猫がはいって参りました。

「お早うございます。」釜猫は立って挨拶しましたが三毛猫は黙っ て腰かけてあとはいかにも忙がしさうに帳面を繰っています。

 ガタッ。ピシャン。二番書記の虎猫が入って来ました。

「お早うございます。」釜猫は立って挨拶しましたが、虎猫はこっ ちを見もしません。

「お早うございます。」三番書記の三毛猫が帳面を繰りながら云ひ ました。

「お早う、どうも今日はひどい風だね。」虎猫もすぐ腰掛けて黙っ て帳面を繰りはじめました。

 ガタッ、ピシャン。一番書記の白猫が入って来ました。

「お早うございます。」三毛猫と虎猫が一諸に帳面を繰りながら挨 拶しました。

「おや、お早う、どうもひどい風だね。」と云ひながら白猫も忙が しさうに仕事にかゝりました。その時釜猫は力なく立ってだまって おじぎをしましたが白猫はまるで知らないふりをしてゐます。

 ばたん、ピシャリ。「ふう、どうもひどい風だね。」事務長の黒 猫が入って来ました。

「お早うございます。」三人はすばやく立っておぢぎをして申しま した。釜猫も力なく立って下を向いたまゝおぢぎをしました。

「まるで暴風だね、えゝ。」黒猫は、釜猫を見ないで斯う言ひなが らもうすぐ仕事をはじめました。

「さあ、今日は昨日のつゞきのパン・ドロメータの兄弟を調べなく ちゃ。二番書記、パン・ドロメータの兄弟の中で北極の方へ行った ものは誰だ。」仕事がはじまりました。釜猫はだまってうつむいて ゐました。原簿がないのです。それを何とか云ひたくてももうさっ きからあんまりひどくされてゐましたのでどうしても声が出ません でした。

「パン・ポラリスであります。」二番書記の虎猫が早速答へました。

「よろしい、パン・ポラリスの詳しい事情を述べよ。」と黒猫が云 ひました。

 あゝこれは僕の仕事だ、原簿、原簿、と釜猫はまるで泣くやうに 思ひました。

「パン、ポラリス、北極に行きてスピッツベルゲン島附近にて死亡 す。遺骸は氷中に埋葬さる。」一番書記の白猫が、釜猫の原簿で読 んでゐます。

 釜猫はもうかなしくて、かなしくて今にも泣き出したいのをじっ とこらえてうつむいて居りました。

 仕事はずんずん進みます。

 みんなほんの時々ちらっとこっちを見る丈です。

 そしておひるになりました。釜猫は、持って来たお辨当も喰べず ぢっとお膝に手を置いてうつむいて居りました。

 そしてたうたうひるすぎの一時から釜猫はしくしく泣きはじめま した。あのみぢかい手で眼をこすってしくしくしくしく泣きはじめ ました。

 そして晩方まで半日泣きました。四時半になってもう室の中はう すくらく外の方さへもう黄色の雲から来るうす光が一杯です。

 みんなはそんなことは一向知らないと云ふやうに面白さうに仕事 をしてゐます。

 その時です。猫どもは気がつきませんでしたが事務所のうしろの 窓の向ふにいかめしい獅子の立派な頭がありました。

 獅子はしばらく中の模様をぢっと眺めてゐましたがいきなり戸口 を叩いてはいって来ました。猫どもの愕ろきやうと云ったらありま せん。うろうろうろうろその辺をあるきまはるだけです。たゞ一人 釜猫だけはやっと泣くのをやめてしゃんと立ちました。

 獅子が釣鐘の声でどなりました。

「何と云ふお前たちは思ひやりのないやつらだ。ずゐぶんこれはひ どいことだぞ。黒猫、おい。お前ももう少し賢こさうなもんだがこ んなことがわからないではあんまり情ない。もう戸籍だの事務所だ のやめて了へ。まだお前たちには早いのだ。やめてしまへ。えい。 解散を命ずる。」

 釜猫はほんたうにかあいさうです。

 それから三毛猫もほんたうにかあいさうです。

 虎猫も気の毒です。

 白猫も大へんあはれです。

 事務長の黒猫もほんたうにかあいさうです。

 立派な頭を有った獅子も実に気の毒です。

 みんなみんなあはれです。かあいさうです。

 かあいさう、かあいさう。