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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第989号--2018.02.03------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「春と修羅第二集(42)」「叔母枕頭」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「発電所」「〔はつれて軋る手袋と〕」
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 今回は1925年4月2日の残り二篇です。花巻への帰りで、岩根橋
付近にあった発電所に立ち寄り、その後夜中までかかって歩いたよ
うです。

 「発電所」はこの「第二集」の形の後、作品番号や日付を失って
「〔雪と飛白岩(ギャブロ)の峯の脚〕」という作品として「補遺」
の方に収録されています。

 また、雑誌発表形として、「詩への愛憎」という題もつけられて
いて、私が子供のとき読んだ岩波文庫版「宮沢賢治詩集」では、こ
の題名で掲載されていました。

 「生徒諸君によせる」とならんで、子供にもわかる詩として印象
深いものでした。

 下書稿の題名で「Y氏に寄す」とありますので、発電所技師のY
氏に会ってきたのでしょうか。

 発電所を作ると、作った電気を消費するものが必要になります。
他のものと違って、作って保管しておくということができないので、
電気を消費してくれるものがないと発電ができないのです。

 そこで、このあたりに「カーバイト工場」が作られたりしていま
す。詩集「春と修羅」に出てくる、あの「カーバイト倉庫」です。

 次の「〔はつれて軋る手袋と〕」では「三郎沼」が出てきます。
新花巻駅から東和方面に少し行くとあるため池で、「三郎堤」とも
言います。「白鳥飛来地」という看板が出ているところです。

 ここまで来ると花巻の町も近いですから、一気に歩き通したので
しょう。

 またこの詩の中に「眼に象って」というリフレインが出てきます。
これで思い出されるのは賢治の設計した花壇「Tearful eye」です。
これはこの夜行の最中に構想されたものなのでしょう。

 また、この詩は「移化する雲」という題名で、雑誌に発表されて
います。

 ということで、4月2日の、なんだかよくわからない「小旅行」
の作品はこれでおしまいです。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

第219号「岩根橋発電所」
http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20170311070490001.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 かつて遠野市宮守町の郷土史家、水原義人さん(86)から聞い
た話が、頭からずっと離れなかった。遠野市と花巻市にまたがる場
所に「アンコールワット」がある、というのだ。言わずと知れたカ
ンボジアの世界遺産、忘れ去られた石造遺跡群である。

 JR釜石線の岩根橋駅の脇を流れる猿ケ石川の対岸だと聞いた。
草木が枯れないと歩きにくい。積雪期も入れないという。条件が整
うのを待ち、ようやく初冬に訪れた。

 やぶをこぎ、30分ほど傾斜地を登ると、苔むした石造物群が現
れた。大正時代半ばから昭和中ごろまで操業していた岩根橋発電所
の跡だ。

 数十段の石段が、山頂に向かって続いている。半分埋もれたそれ
を登りきると、大きなトンネルがあった。山の向こうの田瀬湖の水
をここに引き、落として発電していた。

 何もなかった場所に、電力を利用するカーバイド工場や砂鉄精錬
工場などができた。木造3階建ての従業員住宅が建ち、家族連れら
が移り住んだ。飲み屋が4軒、魚屋も豆腐屋もたばこ屋も店を開く。
周辺の小学児童の遠足は、ここになった。共同便所を整えた公園に
は桜並木がつくられ、花見客であふれかえった。

 何しろ、町に電気が通っていた。山腹に、ネオンがともることも
あった。マイクやアンプなどの電化製品があふれ、それらを使った
演芸大会は、他の地区からも出演要請の声がかかるほどの人気だっ
た。婦人たちは、移り住んできた踊りの名取に稽古をつけてもらっ
ていた。

 「岩手県で最大級の文明の町だったんだ」。地元に住む菊池功さ
ん(81)は、案内しながら当時のことを教えてくれた。菊池さん
が小学6年生のとき、社宅の子供たちは123人。皆を引き連れ、
列車で宮守小まで通っていた。

 今、この地区に児童は1人しかいない。従業員社宅の跡は草に覆
われ、人が暮らしていた痕跡は何もない。忘れ去られた岩手のアン
コールワット。石造物を触りながら、ゆっくりと歩いた。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

宮澤賢治が設計した花壇〜「涙ぐんだ眼」
http://blog.goo.ne.jp/tom33aa/e/d7135243d8a87b21e093b48986ffc096

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 賢治のノート「MEMO FLORA メモ・フローラ」に賢治が構想した
八つの花壇計画が記録されています。

 大正15年に使用し昭和5年にも使用していたというノートです。

 その中のbTが「涙ぐんだ眼」という花壇です。

 眼の図像をそのまま空間に描いた「tearful eye」(涙ぐんだ眼)
はスケッチふうの設計図だけしか残っていなかったのですが昭和5
4年に盛岡少年院に花壇が造られたみたいです。

 植物を愛し、自然とともに息づいた宮沢賢治の思いが50数年に
してようやく実現したということですね

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------


-〔春と修羅第二集(042)〕----------------------------------

「発電所」「〔はつれて軋る手袋と〕」

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■「発電所」
------------------------------------------------------------
(本文=下書稿3推敲後)
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五〇八
     発電所
                     一九二五、四、二、

鈍った雪をあちこち載せる
鉄やギャプロの峯の脚
二十日の月の錫のあかりを
わづかに赤い落水管と
ガラスづくりの発電室と
  ……また餘水吐の青じろい滝……
くろい蝸牛スネール水車タービン
早くも春の雷気を鳴らし
鞘翅ダイナモ発電機コレオプテラをもって
愴たる夜中のねむけをふるはせ
むら気な十の電圧計や
もっと多情な電流計で
鉛直フズリナ配電盤に
交通地図の模型をつくり
大トランスの六つから
三万ボルトのけいれんを
塔の初号に連結すれば
幾列の清冽な電燈は
青じろい風や川をわたり
まっ黒な工場の夜の屋根から
赤い傘、火花の雲を噴きあげる

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲前)
------------------------------------------------------------

五〇八
     発電所技師Y氏に寄す
                     一九二五、四、二、

     一、発電所

鈍った雪をあちこち載せる
鉄やギャプロの峯の脚
二十日の月の錫のあかりに
暗んで赤い落水管と
ガラスづくりの発電室と
  ……また餘水吐の青じろい滝……
ひのきを雲のその蛍光にたゞしくならべ
柏の影をみちに落して花候のやうにあやしくし
三万ボルトの鯨の蛹……
大トランスのけいれんを
塔の初号に連結すれば
幾列の清冽な電燈は
華奢な盗賊紳士風した風のなか

     二、技師Y氏

くろい蝸牛スネール水車タービン
早くも春の雷気を鳴らし
鞘翅ダイナモ発電機コレオプテラから
青い夜中のねむけをふるはせ
さてはフズリナ配電盤で
交通地図の模型をつくり
むら気な十の電圧計や
もっと多情な電流計を
ぼかぼか監視してゐると
そのうちだんだんそこらが温くなりだして
交通地図のあちこちに
小さな川や町ができ
おもちゃの汽車もかけ出せば
まもなく技師の耳もとで
やさしい声が聞え出す
おゝ恋人の全身は
玲瓏としたガラスでできて
細いつらゝを靴にはき
春の薄氷をジャケツに着れば
胸にはひかるボタシュバルヴの心臓が
かうかうとしてうごいてゐる
やっぱりあなたは心臓を
三つももってゐたんですねと
技師がかなしくかこって云へば
令嬢フロイラインの全身は、いさゝかピサの斜塔のかたち
人は あをあを卒倒して
コンクリートのつめたい床に
落花微塵に砕けてしまふ
愕然として技師がまなこをひらいて見れば
床に落した油の壺を
一人の工手がひろってゐる
にがわらひしておもてを見れば
川の向ふのカーバイト工場
まっ黒な夜の屋根から
赤い傘、火花の雲がたってゐて
技師はさびしくまさしく二時の時計を仰ぐ

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲後)
------------------------------------------------------------

五〇八
     発電所Y氏に寄す
                     一九二五、四、二、

     一、     

鈍った雪をあちこち載せる
鉄やギャプロの峯の脚
二十日の月の錫のあかりに
暗んで赤い落水管と
ガラスづくりの発電室と
  ……また餘水吐の青じろい滝……
ひのきを雲のその反照にたゞしくならべ
柏の影をみちに落して花候のやうにあやしくし
三万ボルトの鯨の蛹
大トランスのけいれんを
塔の初号に連結すれば
幾列の清冽な電燈は
華奢な盗賊紳士風した風のなかです

     二、

発電室は風のなか
くろい蝸牛スネール水車タービン
早くも春の雷気を鳴らし
鞘翅ダイナモ発電機コレオプテラから
青い夜中のねむけをふるはせ
さてはフズリナ配電盤で
交通模型をつくり
むら気な十の電圧計や
もっとむら気な電流計を
ぼかぼか監視してますと
そのうちだんだんそこらが温くなりだして
交通地図のあちこちに
模型の小さな川や町ができ
おもちゃの汽車も駆け出せば
まもなく技師の耳もとに
やさしい声が聞えます
おゝ恋人の全身は
玲瓏としたガラスでできて
細いつらゝを靴にはき
春の薄氷をジャケツに着れば
胸にはひかるボタシュバルヴの心臓が
かうかうとしてうごいてゐます
赤と青のリトマス液を盛ってある
やっぱりあなたは心臓を
三つももってゐたんですねと
技師がかなしく云ひますと
あな無残なや!
人はあをあを卒倒して
恋人はにはかに卒倒して
コンクリートのつめたい床に
落花微塵に砕けます
愕然として技師がまなこをひらいて見れば
床に落した油の壺を一人の工手がひろってゐます
川の向ふのカーバイト工場の
まっ黒な夜の屋根から
赤い傘、火花の雲がたってゐて
技師はさびしく(二時十五分)柱時計を仰ぎます

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

五〇八
     発電所
                     一九二五、四、二、

鈍った雪をあちこち載せる
鉄やギャプロの峯の脚
二十日の月の錫のあかりに
ぼんやり赤い落水管と
ガラスづくりの発電室と
  ……また餘水吐の青じろい滝……
ねずこを雲のその蛍光にたゞしくならべ
柏の影をみちに落して花候のやうにあやしくし
幾列の清冽な電燈は
華奢な盗賊紳士風した風のなか
まっくろな蝸牛スネール水車タービンで早くも春の雷気を鳴らし
巨きな鞘翅発電機で青い夜中のねむけをふるはせ
あとはフズリナ配電盤で
一つの交通地図をこしらえ
むら気な十の電圧計と
もっとむら気な電流計を
ぼかぼか監視してゐると
そのうちだんだんそこらが温くなりだして
交通地図のあちこちに
模型の川の町ができ
小さな汽車も駆け出せば
まもなく技師の耳もとで
やさしい声が何か云ふ
おゝ恋人は玲瓏と
全身ガラスでできて
春の薄氷をジャケツに着れば
胸にはひかるボタシュバルヴの心臓が
赤と青のリトマス液を盛ってゐる
やっぱりあなたは心臓を
三つももってゐたんですねと
技師がかなしくかこって云へば
恋人はにはかに卒倒して
コンクリートの床の上に
微塵になって砕けてしまふ
愕然として技師がおもてをながめると
川の向ふの黒いカーバイト工場の
赤い傘、火花の雲がたってゐて
技師はさびしく時計を仰ぐ

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(下書稿1)
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五〇八
     発電所
                     一九二五、四、二、

黒い鞘翅ダイナモ発電機コレオプテラ
電気炉の粗大な炭素棒ばかり
ぶるぶる顫ふ夜なかすぎ
亜鉛づくりの小さな分析課のなかで
誰かさびしく銀笛を吹く
  ……鈍った雪をあちこち載せる
    鉄や斑糲岩の峯をめぐらす谷間です……
請願巡査も
するめを噛んでとろとろねむり
幾列の清冽な電燈は
華奢な盗賊紳士ふうした風のなか
  ……かすかな川の水音と
    二十日の月の錫のあかりと……

ねずこを雲のその蛍光にたゞしくならべ
梢の影をみちに映して花候のやうにあやしくし
亜鉛づくりの小さな分析課のなかで
誰かひょろひょろ銀笛を吹く
  (それでもわたくしは画工です)
にはかに工場の夜の屋根から
暗い火花が盛りあがり
二つに析けるガルバノスキー第二アリオソ

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■「〔はつれて軋る手袋と〕」
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(本文=定稿)
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五一一
     〔はつれて軋る手袋と〕
                     一九二五、四、二、

  ……はつれて軋る手袋と
    盲ひ凍えた月の鉛……
県道みちのよごれたみ雪が
西につゞいて氷河に見え
畳んでくらい丘丘を
春のキメラがしづかに翔ける
  ……眼に象って
    かなしいその眼に象って……
北で一つの松山が
重く澱んだ夜なかの雲に
肩から上をどんより消され
黒い地平の遠くでは
何か玻璃器を軋らすやうに
鳥がたくさん啼いてゐる
  ……眼に象って
    泪をたゝえた眼に象って……
丘いちめんに風がごうごう吹いてゐる
ところがこゝは黄いろな芝がぼんやり敷いて
笹がすこうしさやぐきり
たとへばねむたい空気の沼だ
かういふひそかな空気の沼を
板やわづかの漆喰から
正方体にこしらえあげて
ふたりだまって座ったり
うすい緑茶をのんだりする
どうしてさういふやさしいことを
卑しむこともなかったのだ
  ……眼に象って
    かなしいあの眼に象って……
あらゆる好意や戒めを
それが安易であるばかりに
ことさら嘲り払ったあと
ここには乱れる憤りと
病ひに移化する困憊ばかり
  ……鳥が林の裾の方でも鳴いてゐる……
  ……霰か氷雨を含むらしい
    黒く珂質の雲の下
    三郎沼の岸からかけて
    夜なかの巨きな林檎の樹に
    しきりに鳴きかふ磁製の鳥だ……
     (わたくしのつくった蝗を見てください)
     (なるほどそれは
      ロッキー蝗といふふうですね
      チョークでへりを隈どった
      黒の模様がおもしろい
      それは一疋だけ見本ですね)
おゝ月の座の雲の銀
巨きな喪服のやうにも見える

------------------------------------------------------------
(「日本詩壇」発表形 1933年4月1日)
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     移化する雲

  ……はつれて軋る手袋と
    凍つてひた月の鉛……
県道みちのよごれた凍雪しみゆき
西につゞいて氷河に見え
畳んでくらい丘丘を
春のキメラがしづかに翔ける
  ……眼に象つて
   かなしいその眼に象つて……
北で一つの松山が
重く澱んだ夜なかの雲に
肩から上をどんより消され
黒い地平の遠くでは
何か玻璃器を軋らすやうに
鳥があちこち啼いてゐる
  ……眼に象つて
   泪をたたえた眼にかたどつて……
丘いちめんに風がごうごう吹いてゐる。
ところがここは黄いろな芝がぼんやり敷いて
笹がすこうしさやぐきり
たとへばねむたい空気の沼だ
かういふひそかな空気の沼を
板やわづかの漆喰しつくひから
正方体にこしらへあげて
ふたりだまつて座つたり
うすい緑茶をのんだりする
どうして さういふ優しいことを
卑しむこともなかつたのだ
  ……眼に象つて
   かなしいあの眼に象つて……
あらゆる好意や戒めを
それが安易であるばかりに
ことさらあざけり払つたあと
ここに蒼々うまれるものは
不信な群への憤りと
病ひに移化する疲ればかり
  ……鳥が林の裾のはうでも啼いてゐる
  霰が氷雨を含むらしい
  黒く珂質かしつの雲の下
  三郎沼の岸からかけて
  夜更けの巨きな林檎の樹に
  しきりに鳴きかふ磁製の鳥だ……
   (わたくしのつくつた蝗を見てください)
   (なるほど それは
    ロツキー蝗といふ風ですね
    白墨チョークでへりを隈どった
    黒の模様がおもしろい
    それは一匹だけ見本ですね)
おゝ月の座の雲の銀
巨きな喪服のやうにも見える

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲後)
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五一一
     移化する雲
                     一九二五、四、二、

県道みちのよごれた凍み雪が
西につゞいて氷河に見え
畳んでくらい丘丘を
春のキメラがしづかに翔ける
  ……はつれて軋る手袋と
    盲ひ凍えた月の鉛……
  ……眼に象って
    かなしいその眼に象って……
北で一つの松山が
重く澱んだ夜なかの雲に
肩から上をどんより消され
黒い地平のひろがりでは
何か玻璃器を軋らすやうに
鳥がたくさん啼いてゐる
  ……眼に象って
    泪をたゝえた眼にかたどって……
丘いちめんに風がごうごう吹いてゐる
ところがこゝは黄いろな芝がぼんやり敷いて
笹がすこうしさやぐきり
たとへばねむたい空気の沼だ
かういふひそかな空気の沼を
板やむづかな漆喰から
正方体にこしらえあげて
ふたりだまって座ったり
うすい緑茶をのんだりする
どうしてさういふやさしいことを卑しむこともなかったのだ
  ……眼に象って
    かなしいあの眼に象って……
あらゆる好意や戒めを それが安易であるばかりに
ことさらあざけり払ったあと
筋書どほりの失意から
青々として生れるものは
乱れに乱れる恋しさと
病に移化する疲ればかり
     (わたくしのつくった蝗を見てください)
     (なるほどそれは
      Rocky Mountain locust といふ風ですね
      チョークでへりを隈どった
      黒の模様がおもしろい
      それは一疋だけ見本ですね)
おゝ月の座の雲の銀
巨きな喪服のやうにも見える

  ……鳥が林の裾の方でも啼いてゐる
    霧か氷雨を含むらしい
    黒珂質の雲の下
    三郎沼の岸からかけて
    夜なかの巨きな苹果の樹に
    しきりに鳴きかふ磁製の鳥だ……

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲前)
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五一一
     霰の前
                     一九二五、四、二、

県道みちのよごれたみ雪が
西につゞいて氷河に見え
畳んでくらい丘丘を
月の鉛がしづかに翔ける
  ……はつれて軋る手袋と
    どこかではばたく春のキメラ
北で一つの松山が
重く澱んだ夜なかの雲に
肩から上をどんより消され
黒い地平の遠くでは
磁製の鳥も鳴いてゐる
  ……眼に象って
    泪をたゝえた眼にかたどって……
丘いちめんに風がごうごう吹いてゐる
ところがこゝは黄いろな芝がぼんやり敷いて
笹がすこうしさやぐきり
たとへばしづかな空気の沼だ
かういふしづかな空気の沼を
粘土や紙でこしらえて
ふたりしづかに座ったり
うすい緑茶をのんだりする
どうしてそれを卑しむこともなかったのだ
  ……眼に象って
    かなしいその眼に象って……
     (わたくしのつくった蝗を見てください)
     (なるほどそれは
      Rocky Mountain locust といふ風ですね
      チョークでへりを隈どった
      黒の模様がおもしろい
      それは一疋だけ見本ですね)
おゝ月の座の雲の銀
何といふ巨きな白の喪服を
俄かに月が着けたのだ

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(下書稿2断片=略)
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------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------

五一一
     霰の前
                     一九二五、四、二、

県道みちのよごれたみ雪が
西につゞいて氷河になり、
悼んでくらい丘丘を
春のキメラがこっそり翔ける
凍った銀の斜子の月が
いまは鉛にかはってゐる
北でひとつの松山が
よどんで重い夜中の雲に
なかばどんより消されてゐると
黒い地平のはるかなはてで
ガラスの鳥も軋ってゐる
  ……眼に象って
    泪をたゝえた眼に象って……
丘いちめんに
風がごうごう鳴ってゐる
そしてこゝはしづかな風の底なので
笹がすこうしさやぐきり
黄いろな芝がぼんやり敷いて
ひとつの隈になってゐる
かれ草はみな
ニッケルのアマルガムで
眠さも沼になってゐる
    (わたくしの拵えた蝗を見てください)
    (なるほど
     Rocky Mountain locust といふふうですね
     白墨チョークでへりを隈どった
     黒の模様がおもしろい
     それは一疋だけ見本ですね)
おゝ月の座の雲の銀
怒って巨きな白い喪服をつけたのだ

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲前)
------------------------------------------------------------

五一一
     蝗と月の喪服
                     一九二五、四、二、

県道みちのよごれたみ雪は
雲につゞいて氷河になり、
かれくさばかり
黄いろに敷いてぼんやりけむる
松山いちめん
風がごうごう吹いてゐる
そしてここは
笹がすこうしさやぐきり
睡さが沼になってゐるのだ
暗くよどんだ意慾のそらで
ある松むらの
こずゑがくもにまぶされる
    (わたくしの拵えた蝗を見てください)
    (なるほど
     Rocky Mountain locust といふふうですね
     白く隈どった黒の模様がおもしろい
     それは一疋だけ見本ですね)
そらでも月の座の雲の銀
月が怒って巨きな喪服をつけたのだ

------------------------------------------------------------
-〔文語詩稿未定稿(069)〕----------------------------------
------------------------------------------------------------
■「叔母枕頭」
------------------------------------------------------------
(本文=下書稿3)
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     叔母枕頭

七月はさやに来れど、
人はなほ故知らに疾み、
日すぎ来し白雲の野は、
さびしくも掃き浄めらる、

------------------------------------------------------------
(下書稿4「兄妹像手帳」149〜150頁)
------------------------------------------------------------

     看病

七月はさやに来れど
故知らに人はなほ疾み
日過ぎ来し白雲の野は
さびしくも掃き浄めらる

------------------------------------------------------------

※この形は校本全集では本文とされていたが、新校本全集では補遺
詩稿2」に掲載されている。

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲後)
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     叔母枕頭

七月はさやにきたれど
白雲の野は
さびしくも掃き浄めらる

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

日すぎ来し
雲の原は
さびしく掃き浄められたり

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(下書稿1「東京」ノート48頁)
------------------------------------------------------------

日過ぎ来し雲の原は
さびしく掃き浄められたり

--〔後記〕--------------------------------------------------

 もう10年ほど前になりますが、東和町の成島毘沙門天から花巻
の町まで歩いたことがあります。このときは新花巻駅の方ではなく、
山を越えて矢沢の農協のところに出てきました。

 それほど大した距離ではないのですが、まだあの頃は若かったな、
と改めて思います。

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