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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第975号--2017.10.28------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「春と修羅第二集(28)」「〔そのかたち収得に似て〕」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「昏い秋」「産業組合青年会」
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 今回は1924年10月4日、5日の二篇です。

 まず「昏い秋」はこの前のいくつかの詩と同じく、「疲弊した農
村」の状況です。

 この年は「県下干天40日余に及び各地に水喧嘩起こる」「県下
旱害のため畑作5割減」(「年譜」より)という状況でした。「幽
霊写真のように」という農民の姿はその苦しみを現しています。

 この頃はいわゆる「大正デモクラシー」の時代でもありましたか
ら、農村に産業組合を、という気運があり、賢治もそれに参加して
いたようです。

 「産業組合青年会」はその会合の様子で、いきなり

「祀られざるも神には神の身土がある」

という刺激的な言葉で始まります。

 花巻近辺には今でも鹿踊りや剣舞、神楽などの民族芸能が濃厚に
残っています。これらの芸能はすべて、神仏に捧げるものでした。

 この詩句について、詳しいことは不明ですが、こういう風土の中
で、青年たちの「産業組合」を目指す意識と、神仏と共に過ごして
きた生活感覚との間で、衝突が起こったのでしょう。

 賢治は

「老いて呟くそれは誰だ」

と記していますので、旧来を否定し、新しい運動に期待するという
立場だったのは間違いありません。

 しかしなお、共産主義者のように全面否定してしまうのではなく、
「神の身土」にも思いを馳せることがあったのだと思います。

 またこの詩は賢治が生前に送った原稿により、死後の1933年10月
1日付の「北方詩人」に掲載され、賢治死後の発表の最初になりま
した。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

宮沢賢治と「産業組合」
http://setohara.exblog.jp/25012369/

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 まず「産業組合」ですが、これは戦前の呼称であって、現在は使
われていない。現在は、一般に「協同組合」と呼ばれる組織、団体
のことで、戦前は農業団体を中心に、広く生活協同組合まで含む組
織の名称だったようです。日本では1920年に、当初は信用事業が中
心だったようですが、「産業組合法」が公布されました。それ以前
は、頼母子講や無尽講、報徳社などの勤倹貯蓄の組織、また地域の
販売・購買の組合などが自発的に誕生していた。それを品川弥二郎
や平田東助などが、ドイツの協同組合を参考にして法制化したもの
だそうです。

 その時点では、信用事業を中心とする農村組合だったので、組合
員も富裕な地主や農民が中心だった。しかし、1905年に中央会が創
設され、さらに各県に分会が組織され、系統化が進んだ。こうした
盛り上がりを背景に中央会が23年に「国際協同組合同盟」(ICA)に
加入、また中央金庫法が公布、設立され、さらに全国購買組合連合
会も設立されました。労働運動の盛り上がりと共に生協運動も活発
化し、「日本一のマンモス生協」として有名な神戸の灘生協も、21
年に賀川豊彦の指導のもと「神戸購買組合」「灘購買組合」として
誕生しました。24年には利用事業の兼営も許可され「醸造工場」を
設置し、味噌・醤油の製造・販売も開始しました。

 当時は、第一次大戦後の「大正デモクラシー」の時代、1917年の
ロシア革命で民主主義や社会主義の運動が高揚し、その中で日本で
は「産業組合」の名前で協同組合運動が始まっていました。しかし、
間もなく戦後景気が終わり、23年には関東大震災があり、25年には
治安維持法が成立、政府の労働運動、農民運動への弾圧も厳しくな
ります。27年には金融恐慌が起こり、さらに29年の世界大恐慌につ
ながる時代でした。そうした中で、とくに東北農村は凶作の年がつ
づき、農民は疲弊のどん底に突き落とされ、娘の身売りなどが続出
する惨状を呈していました。宮沢賢治は大正が昭和に代る1926年、
花巻農学校を依願退職し、「本物の百姓」を目指して、地域の農民
たちの「自由学校」である「羅須地人協会」を始めたのです。この
辺の事情は、拙稿「宮沢賢治の<羅須地人協会>―賢治とモリスの
館開館十周年を迎えて」に詳しく書きましたので省略します。

 では、宮沢賢治は当時の「産業組合」、つまり協同組合の運動に、
どのように関心を寄せ、運動に関わっていたのか。賢治が花巻農学
校を退職し、羅須地人協会を始める2年前、1924年に「産業組合青
年会」という詩を書いています。ここで賢治が産業組合に関心を持
ち、とくに若い組合員である青年会活動に期待を寄せていることが
わかります。この青年会活動は、1930年代に入って、さらに活発に
なり、40年には「農村共同体建設同盟」に発展したといわれていま
す。それだけに政府の弾圧も受けて解散させられますが、賢治は早
くから青年会の活動に注目、それに期待を寄せていたのでしょう、
彼は死の直前33年の9月の初めに、上記「産業組合青年会」を『北
方詩人』に発表のため送っていたのです。
 
 それだけではない。死後1934年に雑誌『銀河』に発表された「ポ
ラーノの広場」ですが、その初稿、最初の草稿「ポランの広場」も
また、産業組合の活動を題材にして、1924年に書かれているのです。
さらに花巻農学校の生徒と一緒に、演劇「ポランの広場」の脚本を
書き、それを上演しました。みずから「風の又三郎」「グスコーブ
ドリの伝記」「銀河ステーション」とともに、自伝的な「少年小説」
としていた「ポラーノの広場」の初稿は、さらに1927年に羅須地人
協会の活動の中で書かれ推敲され、それが賢治の死後ですが、上記
の通り『銀河』に発表されたのです。羅須地人協会の活動も、砕石
工場の技師としての仕事も、賢治にとっては産業組合、その青年部
の地域活動と深く繋がっていたように思われます。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

-〔春と修羅第二集(028)〕----------------------------------

「昏い秋」「産業組合青年会」

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■「昏い秋」
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(本文=下書稿2推敲後)
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三一一
     昏い秋
                     一九二四、一〇、四、

黒塚森の一群が
風の向ふにけむりを吐けば
そんなつめたい白い火むらは
北いっぱいに飛んでゐる
  ……野はらのひわれも火を噴きさう……
雲の鎖やむら立ちや
白いうつぼの稲田にたって
ひとは幽霊写真のやうに
ぼんやりとして風を見送る

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

三一一
     昏い秋
                     一九二四、一〇、四、

雲の鎖やむら立ちや
また木醋をそらが充てたり
はかない悔いを湛えたり
黒塚森の一群が
風の向ふにけむりを吐けば
そんなつめたい白い火むらは
北いっぱいに飛んでゐる
  ……あ(以下不明)
    (一行不明)
    (十数字不明)ある……
最后のわびしい望みも消えて
楊は堅いブリキにかはり
たいていの濶葉樹のへりも
(約二字不明)れた雨に黄いろにされる
  ……いったい鳥は避難でもするつもりだらうか
    群になったり大きなやつらは一疋づつ
    せわしく南へ渡って行く……
雲の鎖やむら立ちや
白いうつぼの稲田にたって
ひとは幽霊写真のやうに
ぼんやりとして風を見送る

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------

三一一
     昏い秋
                     一九二四、一〇、四、

(雲の鎖やむら立ちや
 また木醋を宙に充てたり
 はかない悔いのいろを湛えたりするとき
 一つの森が風のなかにけむりを吐けば
 そんなつめたい白いむらは
 北いっぱいに飛んでゐる
 わびしい秋も終りになって
 楊は堅いブリキにかはり
 たいていの濶葉樹のへりも
 酸っぱい雨に黄いろにされる
 じつに避難でもするつもりなのか
 群になったり大きなやつらは一疋づつ)
鳥はせわしく南へ渡り
ひとは幽霊写真のやうに
白いうつぼの稲田に立って
ぼんやりとして風を見送る

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲前)
------------------------------------------------------------

三一一
     昏い秋
                     一九二四、一〇、四、

雲の鎖やむら立ちや
また木醋を宙に充てたり
はかない悔いのいろを湛えたりするとき
一つの森が風のなかにけむりを吐けば
そんなつめたい白いむらは
北いっぱいに飛んでゐる
わびしい秋も終りになって
楊は堅いブリキにかはり
たいていの濶葉樹のへりも
酸っぱい雨に黄いろにされる
じつに避難でもするつもりなのか
群になったり大きなやつらは一疋づつ
鳥はせわしく南へ渡り
ひとは幽霊写真のやうに
白いうつぼの稲田に立って
ただぼんやりと風を見送る

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■「産業組合青年会」
------------------------------------------------------------
(本文=定稿推敲後)
------------------------------------------------------------

三一三
     産業組合青年会
                     一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ 席をわたったそれは誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ いきまき応へたそれは何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
村ごとのまたその聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車かを
酸えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもしやう
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
しかもこれら熱誠有為な村々の処士会同の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ

------------------------------------------------------------
(定稿推敲前)
------------------------------------------------------------

三一三
     産業組合青年会
                     一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ 艸をゆすったそれは誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ いきまき応へたそれは何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
その聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車を
荒れた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもする
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
これら村々の気鋭な同志会合の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ

------------------------------------------------------------
(「北方詩人」発表形) 1933年10月1日
------------------------------------------------------------

     産業組合青年会

祀られざるも神には神の身土しんどがあると
あざけるやうなうつろな声で
席をわたつたそれは誰だ
……雪をはらんだつめたい雨が
  闇をぴしぴし縫つてゐる……
まことの道は
誰が云つたの行つたの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
いきまきこたへたそれは何だ
……ときどき遠いわだちの跡で
  水がかすかにひかるのは
  東に畳む夜中の雲の
  わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
村ごとの、また、その聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車かを
えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもしやう
……くろく沈んだ並木のはてで
  見えるともない遠くの町が
  ぼんやり赤い火照りをあげる……
しかもこれら熱誠有為な村々の処士会同の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲後)
------------------------------------------------------------

三一三
                     一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり酵母をつくり医薬を頒ち
その聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰末の幾千車を
酸えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもすると
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
これら気鋭の同志会合商量協商の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
どこかで呟くそれは誰だ

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

三一三
                     一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
たとへ苦難の道とは云へ
まこと正しい道ならば
結局いちばん楽しいのだと
みづからつぶやき呟き感傷させる
芝居の主はいったい誰だ
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
ここらのやがてのあかるいけしき
落葉松や銀ドロや、果樹と蜜蜂、小鳥の巣箱
部落部落の小組合が
ハムを酵母や靴をつくり
その聯合のあるものが、
山地の稜をひととこ砕き
石灰末の幾千車を
酸えた野原に撒いたりする
それとてまさしくできてののちは
あらたなわびしい図式なばかり
  ……雨がどこかでにはかに鳴り
    西があやしくあかるくなる……
祀られざるも神には神の身土があると
なほも呟くそれは誰だ

------------------------------------------------------------
(下書稿1=断片)
------------------------------------------------------------

(断片1)

三一三
                     一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……

(断片2)

  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……

------------------------------------------------------------

※下書稿1の2つの断片が下書稿2に貼り込まれている。

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(草稿的紙葉群「(1)〜(7)」)
------------------------------------------------------------

(1)

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ

(2)

つめたい雨は
宙でぴしぴし鳴ってゐる

(3)

まことの道は
誰が云ったの誰が行ったのと
さういふ風のものでない
それはたゞそのみちみづからに属すると
答へたものはいったい誰だ

(4)

ときどき遠いわだちの跡で
水がかすかにひかるのは
東に畳む夜中の雲の
わづかな青い燐光による

(5)

まことにわたくしはこのまよなかの
杉やいちゐに囲まれて
ほのかに睡る棟々の
いくつをつぎつぎ数へたことか

(6)

どこからともわからない稲のかほりと
つかれたこほろぎや水の呟き

(7)

まっくろな並木のはてで
見えるともない遠くの町が
ぼんやり赤い火照りをあげる

------------------------------------------------------------
(草稿的紙葉群「章一〜章四」)
------------------------------------------------------------

(章一)

祀られざるも神には神の身土があると
さう云ったのはいったい誰だ

並木の松はかたちもわかず
つめたい雨は
宙でぴしぴし鳴ってゐる
しかもときどきわだちの跡で
水がかすかにひかるのは
東に畳む夜中の雲の
わづかな青い燐光による
まことの道は
誰が云ったの誰が行ったのと
さういふ風のものでない
それはたゞそのみちみづからに属すると
答へたものはいったい何だ

まっくろな並木のはてで
見えるともない遠くの町が
ぼんやり赤い火照りをあげる

(章二)

あゝわたくしの恋するものは
わたくしみづからつくりださねばならぬかと
わたくしが東のそらに
声高く叫んで問へば
そこらの黒い林から
嘲るやうなうつろな声が
ひときれの木だまをかへし
じぶんの恋をなげうつものは
やがては恋を恋すると
さびしくひとり呟いて
来た方をふりかへれば
並木の松の残像が
ほのじろく空にひかった

(章三)

びしゃびしゃの寒い雨にぬれ
かすかな雲の蛍光をたよりながら
こんやわたくしが恋してあるいてゐるものは
いつともしらぬすもものころの
なにか明るい風象である
まことにわたくしはこのまよなかの
杉やいちゐに囲まれて
ほのかに睡るいいちいちの棟を
つぎからつぎと数へながら
どこからともわからない稲のかほりに漂ひ
つかれたこほろぎの声や水の呟き
またじぶんともひとともわかず
水たまりや泥をわたる跫音を
遠くのそらに聞きながし

から松が風を冴え冴えとし
銀どろが雪を乱してひるがへるなかに
赤い鬼げしの花を燃し
黒いすももの実をもぎる
頬うつくしいひとびとの
なにか無心に語ってゐる
明るいことばのきれぎれを
狂気のやうに恋ひながら
このまっ黒な松の並木を
はてなくひとりたどって来た

(章四)

ここはたしか五郎沼の岸で
西はあやしく明るくなり
ぼんやりうかぶ松の脚には
一つの星も通って行く
   ……今日のひるま
     鉛筆でごりごり引いた
     北上川の水部の線が
     いままっ青にひかりだす……
わたくしはこの黒いどてをのぼり
むかし竜巻がその銀の尾をうねらしたといふ
この沼の夜の水を見やうとおもう
   ……水部の線の花紺青が
     火花になってぼろぼろに散る……

------------------------------------------------------------
-〔文語詩稿未定稿(055)〕----------------------------------
------------------------------------------------------------
■「〔そのかたち収得に似て〕」
------------------------------------------------------------
(本文=下書稿2)
------------------------------------------------------------

     〔そのかたち収得に似て〕

そのかたち収得に似て
面赤く鼻たくましき

その云ふや声肝にあり
その行くや犠を索むる

------------------------------------------------------------
(下書稿1)
------------------------------------------------------------

みづくろひ収得に肖て
あかく むね逞ましき

稲架ばせに 車もて
子をぶや声肝にあり

--〔後記〕--------------------------------------------------

 「祀られざるも神には神の身土がある」というフレーズはこ子供
のころ初めて宮沢賢治詩集を読んだとき、たいへん印象に残ったも
のです。下書稿をたどってみて感じるのは、賢治の詩には「核」と
なるフレーズがあって、最初の下書稿から一貫していることが多い、
というとです。このフレーズはまさにそれに当たります。

 でも、その意味は未だによくわかりません。

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