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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第969号--2017.09.16------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「春と修羅第二集(22)」「雪峡」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「〔北上川は螢気をながしィ〕」「薤露青」
------------------------------------------------------------

 今回は1924年7月15日の日付を持つ「〔北上川は螢気をながし
ィ〕」と同17日の「薤露青」の2篇です。

 前者は少し複雑な成立経緯があり、12日と13日の日付を持つ
詩がそれぞれにあり、後に統合されて15日の日付となっています。

 内容は兄と妹の会話的なもので、このところ強く出ていた亡き妹
の声が全面的に出てきます。

 もう一つの「薤露青」の方は、原稿が消しゴムで消されていると
いう特殊なものです。作品番号を見るといったん書かれてその後破
棄されて残っていないものが多いのですが、この詩は消しゴムで消
されながらも、破棄されず残っていました。

 しかも何とか判別可能な状態で残っていたので、賢治としても破
棄するつもりはなく、いずれ書き直そうと思っていたのでしょう。

 内容はやはり妹のことを歌うのですが、少し様子が違ってきます。

  ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
    なんといふいゝことだらう……

 夜空、銀河、南十字と童話「銀河鉄道の夜」の舞台が登場してき
て、妹の思い出が生々しい「声」から、物語の中に封じられようと
しているようです。

 実際、「銀河鉄道の夜」はこのころには想を得て、書き始められ
ていたはずです。

 挽歌の最後を飾る詩で、賢治の全作品の中でも特に優れたものの
一つと思います。

 それにしてもこういう詩を消しゴムで消してしまうというのは我
々にはちょっと考えつかないです。このあたりも賢治の天才のなせ
る技なのでしょうか。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

薤露青
http://kenjinoiro.blush.jp/ironotetyou/?p=74

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

薤露(かいろ)

 漢代、貴人の葬式のときの挽歌。会葬者が柩車を綱で引きながら
歌う


薤上露 何昜晞

薤上の露 何(なん)ぞ晞(かわ)き昜(やす)き。

露晞明朝更復落

露は晞くも明朝(みょうちょう)更(さらに)復(また)落(お)
つ。

人死一去何時歸

人は死して一(ひと)たび去(さ)れば何(いずれ)時にか歸(か
え)らん。


 ニラの葉におりた露は、あという間にかわいてしまう。かわいた
露は、あしたの朝にはまた結ぶが、人はいちど死んだら、二度と帰
ってこない。

(薤)ニラの類。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

-〔春と修羅第二集(022)〕----------------------------------

「〔北上川は螢気をながしィ〕」「薤露青」

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■「〔北上川は螢気をながしィ〕」
------------------------------------------------------------
(本文=定稿)
------------------------------------------------------------

一五八
     〔北上川は螢気をながしィ〕
                    一九二四、七、一五、

(北上川は螢気をながしィ
 山はまひるの思睡を翳す)
   南の松の林から
   なにかかすかな黄いろのけむり
(こっちのみちがいゝぢゃあないの)
(おかしな鳥があすこに居る!)
(どれだい)
   稲草が魔法使いの眼鏡で見たといふふうで
   天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか
   川を見おろす高圧線に
   まこと思案のその鳥です
(ははあ、あいつはかはせみだ
 翡翠かはせみさ めだまの赤い
 あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よ ミチアって)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちのとがった工合
 アの字はつまり愛称だな)
(マリアのアも愛称なの?)
(ははは、来たな
 聖母はしかくののしりて
 クリスマスをば待ちたまふだ)
(クリスマスなら毎日だわ
 受難日だって毎日だわ
 あたらしいクリストは
 千人だってきかないから
 万人でってきかないから)
(ははあ こいつは…… )
   まだ魚狗かはせみはじっとして
   川の青さをにらんでゐます
(……ではこんなのはどうだらう
 あたいの兄貴はやくざもの と)
(それなによ)
(まあ待って
 あたいの兄貴はやくざものと
 あしが弱くてあるきもできずと
 口をひらいて飛ぶのが手柄
 名前を夜鷹と申します)
(おもしろいわ それなによ)
(まあ待って
 それにおととも卑怯もの
 花をまはってミーミー鳴いて
 蜜を吸ふのが……えゝと、蜜を吸ふのが……)
(得意です?)
(いや)
(何より自慢?)
(いや、えゝと
 蜜を吸ふのが日永の仕事
 蜂の雀と申します)
(おもしろいわ それ何よ?)
(あたいといふのが誰だとおもふ?)
(わからないわ)
(あすこにとまってゐらっしゃる
 目のりんとしたお嬢さん)
(かはせみ?)
(まあそのへん)
(よだかがあれの兄貴なの?)
(さうだとさ)
(蜂雀かが弟なの)
(さうだとさ
 第一それは女学校だかどこだかの
 おまへの本にあったんだぜ)
(知らないわ)
   さてもこんどは獅子独活ししうど
   月光いろの繖形花から
   びらうどこがねが一聯隊
   青ぞら高く舞ひ立ちます
(まあ大きなバッタカップ!)
(ねえあれつきみさうだねえ)
(はははは)
(学名は何ていふのよ)
(学名なんかうるさいだらう)
(だって普通のことばでは
 属やなにかも知れないわ)
(エノテララマーキアナ何とかっていふんだ)
(ではラマークの発見だわね)
(発見にしちゃなりがすこうし大きいぞ)
   燕麦の白い鈴の上を
   へらさぎ二疋わたってきます
(どこかですももを灼いてるわ)
(あすこの松の林のなかで
 木炭すみかなんかを焼いてるよ)
(木炭窯ぢゃない瓦窯だよ)
(瓦くとこ見てもいゝ?)
(いゝだらう)

 林のなかは淡いけむりと光の棒
 窯の置くには火がまっしろで
 屋根では一羽
 ひよがしきりに叫んでゐます
(まああたし
 ラマーキアナの花粉でいっぱいだわ)
    イリスの花はしづかに燃える

------------------------------------------------------------
(下書稿5推敲後)
------------------------------------------------------------

一五八
     夏
                    一九二四、七、一五、

  南の松の林から
  なにかかすかな黄いろのけむり
(北上川は螢気をながしィ
 山はまひるの思睡をながすだ)
(おかしな鳥があすこにゐるよ)
(あれかけすだわきっと)
(どれだい)
  稲草が魔法使いの眼鏡で見たといふふうで
  天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか
  川をみおろすの高圧線に
  しばし思案のその鳥です
(ははあ、あいつはかはせみだ
 かはせみさ めだまの赤い
 あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よ ミチアって)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちのとがった工合
 アの字はつまり愛称だな)
(マリアのアも愛称なの?)
(ははは、来たな
 聖母はしかくののしりて
 クリスマスをば待ちたまふだ)
(クリスマスなら毎日だわ
 受難日だって毎日だわ
 あたらしいクリストは
 千人だってきかないから
 万人でってきかないから)
(ははあこいつは……)
(……ではこんなのはどうだらう)
 フェルト草履をはきたまふ
 きみはあかしろだんだらの……)
   まだ魚狗はじっとして
   川の青さをにらんでゐます
(あたいの兄貴はやくざものと)
(それなによ)
(まあ待ったあたいのあにきはやくざものと
 あしが弱くてあるきもできずと)
 口をひらいて飛ぶのが手柄か
 名前を夜鷹と申しますといふんだ)
(おもしろいわ それなによ)
(まあ待って
 それにおととも卑怯もの
 花をまはってミーミー鳴いて
 蜜を吸ふのが……えゝと、蜜を吸ふのが……)
(得意です?)
(いや)
(何より自慢?)
(いや、えゝと
 蜜を吸ふのが日永の仕事
 蜂の雀と申します)
(おもしろいわ それ何よ?)
(あたいといふのが誰だとおもふ?)
(わからないわ)
(あすこにとまってゐらっしゃる
 目のりんとしたお嬢さん)
(かはせみ?)
(まあそのへん)
(夜鷹があれの兄貴なの?)
(さうだとさ)
(蜂雀かが弟なの)
(さうだとさ、
 それはなんでも女学校だかどこかだの
 おまへの本にあったのだぜ)
(知らないわ)
(たうたう川を越えたわね)
 さてもこんどはししうどの
 月光いろの繖形花から
 びらうどこがねが一聯隊
 青ぞら高く舞ひ立ちます
(まあ大きなバッタカップ!)

【以降の原稿は現存せず】

------------------------------------------------------------
(下書稿5推敲前)
------------------------------------------------------------

一五八
     夏幻想
                    一九二四、七、一五、

  紺青の地平線から
  かすかな琥珀のけむりがあがる
(北上川は(一字分空白)気をながし
 草はまひるのうれひをかざす か)
(山はまひるのけむりをながすの方がいゝわ)
(川と山でか?)
(だってうれひを翳すなんてもう古いわ)
(そいつは東京だけ……)
(あっあの鳥はなんだらう)
(あれかけすだわきっと)
(どれだい)
  稲草が魔法使いの眼鏡で見たといふふうで
  天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか
  赤ペイントの高圧線に
  からだうまげてとまってゐるのは何鳥だらう
(かけすでないや
 あんなにはしがながいんだもの)
(だってせなかが青いわよ)
(かけすはあんなにちいさくないや)
(だからかけすのこどもだわ)
(待てよ
 ははあ、あいつはかはせみだ
 かはせみさ めだまの赤い
 あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よ ミチアって)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちのとがった工合
 アの字はつまり愛称だな)
(マリアのアも愛称なの?)
(ははは、来たな
 聖母はしかくののしりて
 フェルト草履をはきたまふ
 きみはあかしろだんだらの……)
 ……ジラフではない縞馬は
   何といったか 縞馬は
   なんでもジラフに似てゐたが……
(つぎはどう?)(うんつぎは えゝと……)
 ……きみはあかしろだんだらの
   縞馬にこそ似たりけれでは
   もう一ぺんに怒ってしまふ
   これは結局云はれない
(つぎはできない)
(いまのはものにならないやうだ)
(トロバドーレもおちぶれたわね)
   まだ魚狗はじっとして
   河の青さをながめてゐる
 あいつが夜鷹や蜂鳥と
 科が同じとはおもしろい
 たとへば三人きゃうだいの
 たったひとりが鉄花だと
 さあよし
 あの魚狗がテーマだぞ
 あたいのあにきはやくざものと
(そんならこんどはどうだらう)
 あたいの兄貴はやくざもの……ってんだ)
(よささうだわ)
(あたいのあにきはやくざものあしが弱くてあるきもできずってんだ)
 口をひらいて飛ぶのが手柄か
 名前を夜鷹と申しますってんだ)
(おもしろいわ それなによ)
(まあ待って
 それにおととも卑怯ものってんだ
 花をまはってミーミー鳴いて
 蜜を吸ふのが……えゝと、蜜を吸ふのが……)
(得意です?)
(いや)
(何より自慢?)
(いや、えゝと
 蜜を吸ふのが日永の仕事
 蜂の雀と申します)
(おもしろいわ それ何よ?)
(あたいといふのが誰だとおもふ?)
(わからないわ)
(あすこにとまってゐらっしゃる
 目のりんとしたお嬢さん)
(かはせみ?)
(まあそのへん)
(夜鷹があれの兄貴なの?)
(さうだとさ)
(蜂雀かが弟なの)
(さうだとさ、
 それはなんでも女学校のときの
 おまへの教科書にあったやうだぜ)
(知らないわ
 あら 飛んだ 飛んだ)
(ねえ はやいねえ
 やっぱり蝉のやうだねえ
(たうたう川を越えたわね)
 さてもこんどはししうどの
 月光いろの繖形花から
 はがねの翅の甲虫が
 一ぺんに千飛びあがる
(まあ大きなバッタカップですこと)
(ふう)
 伊勢物語のまねなどは

【以降の原稿は現存せず】

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(下書稿4【断片】)
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【断片1表】

  稲草が魔法使いの眼鏡で見たといふふうで
  天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか
  赤ペイントの高圧線に
  からだうまげてとまってゐるのは何鳥だらう

【断片1裏】

  (判読できず)

【断片2表】

(待てよ
 ははあ、あいつはかはせみだ
 かはせみさ めだまの赤い
 あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よ ミチアって)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちのとがった工合
 アの字はつまり愛称だな)

【断片2裏】

  飛んだ飛んだ
  はり蝉のやう
   でもこんどは
 月光いろの繖形
 はがねの翅の甲虫
 一ぺんに千飛びあ
 あ大

------------------------------------------------------------
(下書稿3)
------------------------------------------------------------

一五八
     夏幻想

  紺青の地平線から
  かすかな琥珀のけむりがあがる
(北上川は澎気をながし
 草はまひるのうれひをながす、か)
(あっあの鳥はなんだらう)
(ほゝじろだわ きっと)
(どれだい)
  稲草が魔法使いの眼鏡で見たといふふうで
  天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか
  赤ペイントの高圧線に
  からだうまげてとまってゐるのは何鳥だらう
(ほゝじろでないきっと小さな五位さぎだ
 あんなに嘴が長いんだもの)
(だってせなかが青いわよ)
(そらがうつってゐるんだい)
(ははあ、あいつはかはせみだ
 かはせみさ、めだまの赤い、
 あゝミチア今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よミチアって)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちのとがり工合
 アの字はつまり愛称だな)
(そんなら豚もミチアねえ)
(かなはないな おまへには)
(あっ飛んだ飛んだ)
(やっぱり蝉のやうだわね)
  さてさてこんどはしゝうどの
 月光いろの繖形花から
 はがねの翅の甲虫が
 一ぺんに千飛びあがる
(まあ大きなバッタカップですこと)
(ねえあれつきみさうだねえ)
(学名は何て云ふのよ)
(ひやかしちゃいけないよ)
(知らないんだわきっと)
(Oenothera lamarkeanaていふんだ)
(ラマークの発見だわね)
(ああ)
   やれやれ一年も東京で音楽などやったら
   すっかりすれてしまったもんだ
   燕麦の白い鈴の上を
   二疋のへらさぎがわたって行く
(どこか杏を灼いてるわ)
(あ炭を焼いてるんだねえ)
(炭窯ぢゃない 瓦窯だよ)
  窯の中には小さなドラモンド光もあり
  松林のなかは
  あたらしいテレピン油の香がいっぱいで
  藁の屋根では一羽の連雀も叫んでゐる
(風がどうも熱すぎる)
  またひときれの雷が鳴り
(まああたし
 月見草の花粉でいっぱいだわ)
  アイリスの花はしづかに燃える

------------------------------------------------------------
(下書稿2)
------------------------------------------------------------

一六五
     夏
                    一九二四、七、一三、

緑青の巨きな松の嶺から
四疋の鳥が吐き出されれば
そこは恐ろしく黝んだ積雲の盛りあがりで
一つの咽喉が黄いろに焦げついたり
それがまたくっきり次に投影されたり
下では融けかゝるオレフィンの雲や
すさまじい天の混乱の序曲です
またひときれの雷が鳴り
どこかで杏を灼く匂もする
   (風がわたくしを熱します)
  松林のなかにわけ入ってみれば
  あたらしいテレピン油の香が胸をうち
  窯の中には小さなドラモンド光もあって
  一羽の連雀も叫んでゐる
   ぜんたいドラモンド光は眼にわるい
   (まああたし
    月見草の花粉でいっぱいだわ)
  かきつばたの火は燃える燃える

雲がちらばるとき
いちめん若い赤楊の木の群落が
硅孔雀石クリソコラの葉をさんさんと鳴らす



※ 一五八と同種の幻聴です

------------------------------------------------------------
(下書稿1)
------------------------------------------------------------

一五八
     夏
                    一九二四、七、一二、

紺青の地平線から
かすかな茶いろのけむりがあがる
  イーハトヴ川は澎気をながし
  山はまひるのうれひをながす
(まあ大きなバッタカップですこと)
(いゝえあれはOenothera lamarkeana
 ふだんよくいふつきみさうです)
燕麦の白い鈴の上を
二疋のへらさぎがわたって行く
  遠くでひときれ雷が鳴り
  どこかで杏を灼くけむり
    (風が額を熱します)
  松の林の足なみは
  ごくあたらしいテレピンの香と
  炭窯の中には小さなドラモンド光もあって
  一羽の連雀が叫んでゐる
    (まああたし
     月見草の花粉でいっぱいだわ)
  アイリスの火はぼそぼそ燃える
紺青の地平線には
爆鳴銀がしづかに澱む

------------------------------------------------------------

※本稿はまず、作品番号、題、日付を異にする二作品(「一五八 
夏幻想」「一六五 夏」)として構想され、それらが下書稿3で融
合されたもの。

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■「薤露青」
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(本文=下書稿推敲後)
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一六六
     薤露青
                    一九二四、七、一七

みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
  ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
    プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
    ときどきかすかな燐光をなげる……
橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ
  ……たえず企画したえずかなしみ
    たえず窮乏をつゞけながら
    どこまでもながれて行くもの……
この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
うすい血紅瑪瑙をのぞみ
しづかな鱗の呼吸をきく
  ……なつかしい夢のみをつくし……

声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って行けば
そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
  ……あの力いっぱいに
    細い弱いのどからうたふ女の声だ……
杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
そこから月が出やうとしてゐるので
鳥はしきりにさはいでゐる
  ……みをつくしらは夢の兵隊……
南からまた電光がひらめけば
さかなはアセチレンの匂をはく
水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
  ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
    なんといふいゝことだらう……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる

------------------------------------------------------------
(下書稿推敲前)
------------------------------------------------------------

一六六
     薤露青
                    一九二四、七、一七

みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
  ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
    プリオシンコーストの(一字不明)から崩れてくる波は
    ときどきかすかな燐光をなげる……
橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
この旱天のどこからかくる雷らしい
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ
  ……たえず企画したえずかなしみ
    たえず窮乏をつゞけながら
    いつまでわたくしはながれるょか……
この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
うすい血紅瑪瑙をのぞみ
しづかな鱗の呼吸をきく
  ……なつかしい夢のみをつくし……

声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って通って行けば
そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
  ……あの力いっぱいに
    細い弱いのどからうたふ女の声だ……
杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
そこから月が出やうとしてゐるので
鳥はしきりにさはいでゐる
  ……いとしくおもふものが
    そのままどこへ行ってしまったかわからないことから
    ほんたうのさいはひはひとびとにくる……
南からまた(五字不明)で雲がひらめき
さかなはアセチレンの匂をはく
水は銀河の虚像のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらのした
  ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことから
    ほんたうのさいはひはひとびとにくる……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる

------------------------------------------------------------

※本稿はいったん記された後、全面的に消しゴムでけされている。
ただし、かなりの文字が十分消えずに残っており、その他の消され
た文字も、ほとんどが辛うじて判読できる。

------------------------------------------------------------
-〔文語詩稿未定稿(049)〕----------------------------------
------------------------------------------------------------
■「雪峡」
------------------------------------------------------------
(本文=下書稿4推敲後)
------------------------------------------------------------

     雪峡

塵のごと小鳥なきすぎ
ほこ杉の峡の奥より
あやしくも鳴るやみ神楽
いみじくも鳴るやみ神楽

たゞ深し天の青原
雲が燃す白金環と
白金の黒の窟を
日天子奔せ出でたまふ

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲後)
------------------------------------------------------------

     なだれ

ちりのごと小鳥啼きすぎ
ほこ杉の峡の奥より
あやしくも神楽湧ききぬ

雲が燃す白金環と
白金の黒のいはやを
日天子奔りもこそ出でたまふなり

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲前)
------------------------------------------------------------

     口碑

若き母織りし麻もて
身ぬちみな紺によそほひ
藁沓に雪軋らしめ
児は町に出で行きにけり

青ぞらのとひかりの下を
ちりのごと小鳥啼きすぎ
雪の蝉またぎと鳴きて
くるみみな枝をさゝげぬ

ほこ杉を雪埋みたる
山峡のその奥ひより
雲が燃す白金環と
白金黒のいはやを
日天子乱れ奔りて
児のすがたすでになかりき

よもすがら雪をうがちて
村人ら児を求めしに
その児の頬かすかにわらひ
唇は笛吹くに似き

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲後)
------------------------------------------------------------

ほこ杉たちて雪埋む
この山峡の奥ひより
神楽にはかにうち湧けば
雲が燃す白金環と
白金黒のいはやをば
日天子いま
みだれ奔りいでたまふなり

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

雲が燃す白金環と
白金黒のいはやをば
日天子いま
みだれ奔りいでたまふなり

------------------------------------------------------------
(下書稿1「冬のスケッチ」第20葉、21葉 推敲後)
------------------------------------------------------------

     ※

かばかりも
しづむこゝろ、
雪の中にて
蝉なくらしを。

     ※

若き母や織りけん麻もて
全身紺によそほひて
藁沓に雪軋らしめ
町に出で行く少年あり
青きそらのひかりの下を
小鳥ら、ちりのごとくなきて過ぎたり。
青きそらのひかりに
梢さゝぐるくるみの木あり

そのとき
雪の蝉
また鳴けり

     ※

そらの若き母に
梢さゝぐるくるみの木
くるみのえだには
かぼそき蔓。

------------------------------------------------------------
(下書稿1「冬のスケッチ」第20葉、21葉 推敲前)
------------------------------------------------------------

     ※

かばかりも
しづむこゝろ、
雪の中にて
蝉なくらしを。

     ※

そのとき
雪の蝉
又鳴けり。

     ※

若きそらの母の下を
小鳥ら、ちりのごとくなきて過ぎたり。

     ※

そらの若き母に
梢さゝぐるくるみの木
くるみのえだの
かぼそい蔓。

--〔後記〕--------------------------------------------------

 いよいよ来週は花巻行きです。今のところ、何とか出発できそう
です。来週は木曜日出発なので、それまでに配信予約をしてから行
きます。

 この週末は台風が来るという見込みですが、ちょうど稲刈りの時
期にあたってしまったのではないでしょうか。

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