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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第967号--2017.09.02------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「春と修羅第二集(20)」「病中幻想」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「亜細亜学者の散策」「〔温く含んだ南の風が〕」
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 今回は1925年7月5日の日付の詩を二編掲載しています。実は同
じ日付の詩がもっ一篇あって、三篇同時に掲載しようと思っていた
のですが、長くなりすぎるので断念して、次回にまわします。

 賢治の詩をこうして順に読んでいくと、季節によって少し感じが
変るのが実感されます。

 今回の詩は7月で、いずれも西域やら銀河やら、少し現実離れし
た詩です。春秋の詩の方が現実的なように思えます。

 夏の夜空は想像力を遠くまで運んでいく、といったところでしょ
うか。


--〔BookMark〕----------------------------------------------

法華経と鳩摩羅什
http://www.kosaiji.org/pilgrim/china/raju.htm

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 西暦350頃〜409年。「羅什」とも略称される。中国の南北朝時代
初期に仏教経典を訳した僧。

 インドの貴族の血を引く父と、亀茲(キジ)国の王族の母との間に
生れた。7歳のとき母とともに出家した。はじめ原始経典や阿毘達
磨仏教を学んだが、大乗に転向した。主に、中観派の諸論書を研究
した。

 384年、亀茲国を攻略した呂光の捕虜となり、以後18年間で涼州
での生活を余儀なくされた。のち、401年に後秦の姚興に迎えられ
て長安に入った。以来、10年足らずの間に精力的に経論の翻訳を行
うとともに、多くの門弟を育てた。

 東アジアの仏教は、鳩摩羅什によって基本的に性格づけられ方向
づけられたといってよい。主な訳出経論に『坐禅三昧経』3巻、
『阿弥陀経』1巻、『大品般若経』24巻、『妙法蓮華経』7巻、
『維摩経』3巻、『大智度論』100巻、『中論』4巻などがある。
門弟は三千余人に上ったという。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

クチャ
http://isekineko.jp/uyghur-kuche.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 かって亀茲国と呼ばれていたクチャ

 天山南路の要衝は大訳経僧・鳩摩羅什の故郷であり、玄奘がイン
ドに向う途中に立ち寄った場所でもあります。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------


-〔春と修羅第二集(020)〕----------------------------------

「亜細亜学者の散策」「〔温く含んだ南の風が〕」

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■「亜細亜学者の散策」
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(本文=下書稿2推敲後2)
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一五四
     亜細亜学者の散策
                      一九二四、七、五、

気圧が高くなったので
地平の青い膨らみが
徐々に平位に復してきた
蓋し国土の質たるや
剛に過ぐるを尊ばず
地面が踏みに従って
小さい歪みをなすことは
天竺乃至西域の
永い夢想であったのである

紫紺のいろに湿った雲のこっち側
なにか播かれた四角な畑に
かながら製の幢幡とでもいふべきものが
八つ正しく立てられてゐて
いろいろの風にさまざまになびくのは
たしかに鳥を追ふための装置であって
誰とても異論もないのであるが
それがことさらあゝいふ風な
八の数をそろへたり
方位を正して置かれたことは
ある種拝天の餘習であるか
一種の隔世遺伝であるか
わたしはこれをある契機から
ドルメン周囲の施設の型と考へる

日が青山に落ちやうとして
麦が古金に熟するとする
わたしが名指す古金とは
今日世上一般の
暗い黄いろなものでなく
龍樹菩薩の大論に
わづかに暗示されたるもの、
すなはちその徳はなはだ高く
その相はるかに旺んであって
むしろ quick gpld ともなすべき
わくわくたるそれを云ふのである
水はいつでも水であって
一気圧下に零度で凍り
摂氏四度の水銀は
比重十三ポイント六なるごとき
さうした式の考へ方は
現代科学の域内にても
俗説たるを免れぬ

さう亀茲国の夕日のなかを
やっぱりたぶんかういふふうに
鳥がすうすう流れたことは
そこの出土の壁画から
たゞちに指摘できるけれども
池地の青いけむりのなかを
はぐろとんぼがとんだかどうか
そは杳として知るを得ぬ

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(下書稿2推敲後1)
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一五四
     亜細亜学者の散策
                      一九二四、七、五、

日が青山に落ちやうとして
麦が古金に熟するとする
わたしが名插す古金とは今日世上一般の
暗い黄いろなものでなく
龍樹菩薩の大論に
わづかに暗示されたるもの、
すなはちその徳はなはだ高く
その相はるかに旺んであって
むしろ quick gpld となすべき
わくわくたるそれを云ふのである
水はいつでも水であって
一気圧下に零度で凍り
摂氏四度の水銀は、
比重十三ポイント六なるごとき
さうした式の考へ方は
現代科学の域内にても
俗説たるを免れぬ

紫紺のいろに湿った雲のこっち側
なにか播かれた四角な畑に
かながら製の幢幡とでもいふべきものが
八つ正しく立てられてゐて
いろいろの風にさまざまになびくのは
たしかに鳥を追ふための装置ではあって
誰とて異論もないのであるが
それがことさらあゝいふ風な
八の数をそろへたり
方位を正して置かれたことは
曾ってそのまゝそっくり古いメンヒルや
東の山地に散在するドルメンの周囲になされたもので
ある種拝天の餘習であるか
一種の隔生遺伝であるか
わたしはこれをある契機から
ドルメン周囲の施設の型と考へる

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
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一五四
                      一九二四、七、五、

夕日が青いなめとこ山へ落ちやうとして
小麦ばたけが古金のいろに熟するといふ
わたしの云ふ古金とは
いまあるあんな暗い黄いろなものでなく
龍樹菩薩の大論に
三五の性を載せられたもの
あるひはそれの前期にあたる
わづかに暗示されたるもの、
むしろ quick gpld といふふうの
そんな立派な黄金である
また紺いろに湿った雲のこっち側
何か播かれた四角な畑に
かながら製の幢幡が
十箇正しく置かれてあって
いろいろの風にさまざまになびくのは
たしかに鳥を追ふための装置ではあるが
ある種拝天の餘習でもある

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
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一五四
     大学教授
                      一九二四、七、五、

実習のつかれもわすれ
こどもらは食餌が済めばまたテニスをやる
夕日が青いなめとこ山へ落ちやうとして
小麦ばたけが古金のいろに熟するといふ
わたくしの云ふ古金とは
いまあるあんな暗い黄いろなものでなく
龍樹菩薩の大論に三五の性を載せられたもの
あるひはそれよりはるかに前の
そんな立派な黄金である
実習でいゝ加減つかれると
おれの方は変な詩をやり出す
また紺いろに湿った雲のこっち側
何か播かれた四角の畑に
かながら製の幢幡が
十箇正しく置かれてあって
またある種拝天の餘習でもあり
フェティシ祭祀の遺風でもある

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(下書稿1推敲前)
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一五四
     単体の歴史
                      一九二四、七、五、

紺青の湿った山と雲とのこっち
夕陽に熟する古金のいろの小麦のはたけ
    いいえ、わたくしの云ひますのは
    いまのあんな暗い黄金ではなく
    所謂 龍樹菩薩の大論の
    あるひはそれよりもっと前の
    むしろ quick gpld といふふうの
    そんなりっぱな黄金のことです
いま紺青の夏の湿った雲のこっちに
かながらのへいそくの十箇が敬虔に置かれ
いろいろの風にさまざまになびくのは
たしかに鳥を追ふための装置ではあるが
またある種拝天の餘習でもある
  ……葉がざらざら鳴ってゐる……



  ※ 物質の特性は定量されないほどの
    僅かづつながら時間に従って移動する
    といふ風の感じです 誰でももっいゐる
    ありふれた考ですが今日は誰でもそれを
    わざと考へないやうにしてゐるやうな気もするのです 

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■「〔温く含んだ南の風が〕」
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(本文=下書稿2推敲後)
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一五五
     〔温く含んだ南の風が〕
                      一九二四、七、五、

温く含んだ南の風が
かたまりになったり紐になったりして
りうりう夜の稲を吹き
またまっ黒な水路のへりで
はんやくるみの木立にそゞぐ
  ……地平線地平線
    灰いろはがねの天末で
    銀河のはじが茫乎とけむる……
熟した藍や糀のにほひ
一きは過ぎる風跡に
蛙の族は声をかぎりにうたひ
ほたるはみだれていちめんとぶ
  ……赤眼の蠍
    萱の髪
    わづかに澱む風の皿……
螢は消えたりともったり
泥はぶつぶつ醗酵する
  ……風が蛙をからかって、
    そんなにぎゅっぎゅっ云はせるのか
    蛙が風をよろこんで、
    そんなにぎゅっぎゅっ叫ぶのか……
北の十字のまはりから
三目星カシオーペアの座のあたり
天はまるでいちめん
青じろい疱瘡にでもかかったやう
天の川はまたぼんやりと爆発する
  ……ながれるといふそのことが
    たゞもう風のこゝろなので
    稲を吹いては鳴らすと云ひ
    蛙に来ては鳴かすといふ……
天の川の見掛けの燃えを原因した
高みの風の一列は
射手のこっちで一つの邪気をそらにはく
それのみならず蠍座あたり
西蔵魔神の布呂に似た黒い思想があって
南斗のへんに吸ひついて
そこらの星をかくすのだ
けれども悪魔といふやつは、
天や鬼神とおんなじやうに、
どんなに力が強くても、
やっぱり流転のものだから
やっぱりあんなに
やっぱりあんなに
どんどん風に溶かされる
星はもうそのやさしい面影アントリッツを恢復し
そらはふたゞび古代意慾の曼陀羅になる
  ……蛍は青くすきとほり
    稲はざわざわ葉擦れする……
  うしろではまた天の川の小さな爆発
たちまち百のちぎれた雲が
星のまばらな西寄りで
難陀竜家の家紋を織り
天をよそほふ鬼の族は
ふたゝび蠍の大火をおかす
  ……蛙の族はまた軋り
    大梵天ははるかにわらふ……
奇怪な印を挙げながら
ほたるの二疋がもつれてのぼり
まっ赤な星もながれれば
水の中には末那の花
あゝあたたかな憂陀那の群が
南から幡になったり幕になったりして
くるみの枝をざわだたせ
またわれわれの耳もとで
銅鑼や銅角になって砕ければ
古生銀河の南のはじは
こんどは白い湯気を噴く
     (風ぐらを増す
      風ぐらを増す)
そうらこんどは
射手から一つ光照弾が投下され
風にあらびるやなぎのなかを
淫蕩に青くまた冴え冴えと
蛍の群がとびめぐる

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(定稿)
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一五五

                      一九二四、七、五、
(一行アキ)
(五字分空白)南の風が
かたまりになったり紐になったりして
(四字分空白)夜の稲を吹き
またまっ黒な水路のへりで
垢楊や胡桃の木立に(以下空白)
  ……(四字分空白)地平線
    灰いろはがねの天末で
    銀河のはじが茫乎とけむる……
熟した藍や糀のにほひ
一きは過ぎる風跡に
蛙の族は声をかぎりにうたひ
ほたるは乱れて(四字分空白)飛ぶ
  ……赤眼の蠍
    萱の髪
    わづかに澱む風の皿……
螢は消えたりともったり
泥はぶつぶつ醗酵する
  ……風が蛙をからかって、
    そんなにぎゅっぎゅっ云はせるのか
    蛙が風をよろこんで、
    そんなにぎゅっぎゅっ叫ぶのか……
北の十字のまはりから
三目星カシオーペアの座のあたり
天はまるでいちめん
青じろい疱瘡にでもかかったやう
天の川はまたぼんやりと爆発する
  ……ながれるといふそのことだけが
    ただもう風の情意なので
    稲を吹いては鳴らすと云ひ
    蛙に来ては鳴かすといふ……
天の川の見掛けの燃えを原因した
高みの風の一列は
射手のこっちで一つ(一字分空白)をそらにはく
それだけでない蠍には
西蔵魔神の大きな布呂が
もうまっ黒に吸ひついて
そこらの星をかくすのだ
けれども悪魔といふものは
天や鬼神とおんなじやうに
どんなに力が強くても、
やっぱり流転のものだから
やっぱりあんなに
やっぱりあんなに
どんどん風に溶かされる
星はもうそのやさしい面影アントリッツを恢復し
そらはふたゞび古代意慾の曼陀羅になる
  ……蛍は青くすきとほり
    稲はざわざわ葉擦れする……
  うしろではまた天の川の小さな爆発
たちまち百のちぎれた雲が
星のまばらな西寄りで
難陀竜家の家紋を織り
天をよそほふ 鬼の族は
ふたたび南斗の蠍をおかす
  ……蛙の族はまた軋り
    (三字分空白)は遠くでわらふ……
奇怪な印を挙げながら
ほたるの二疋がもつれてのぼり
まっ赤な星もながれれば
水の中には末那の花
  ……古生銀河の南のはじは
    こんどは白い湯気を噴く……
あああたたかな憂陀那の群が
南から幡になったり幕になったりして
胡桃の枝をざわだたせ
またわたくしの耳もとで
銅鑼や銅角トロンボンになって砕ける
乾陀羅風のこの一夜
     (風ぐらを増す
      風ぐらを増す)
そうらこんどは
射手から一つ光照弾が投下され
風にあらびるやなぎのなかを
淫蕩に青くまた冴え冴えと
蛍の群がとびめぐる
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※きれいに清書された定稿だが、後日補填しようとしたものと見ら
れる空白が数箇所なるため、本文には下書稿2の最終形態を掲げた。

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(下書稿2推敲前)
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一五五
                      一九二四、七、五、

あたたかい南の風が
かたまりになったり紐になったりして
どしゃどしゃ夜の稲を吹き
またはんのきや胡桃の枝で
銅鑼や銅角トロンボンになって砕ける
  ……黒くかゞやく水地平線
    灰いろはがねの天末で
    銀河のはじがぼんやりけむる……
熟した藍や糀のにほひ
稲沼ライスマーシュの風跡に
蛙の族は声をかぎりにうたひ
ほたるは億千みだれてとぶ
  ……赤眼の蠍
    萱の髪
    わづかに澱む風の皿……
螢は消えたりともったり
泥はぶつぶつ醗酵する
  ……風が蛙をからかって、
    そんなにぎゅっぎゅっ云はせるのか
    蛙が風をよろこんで、
    そんなにぎゅっぎゅっ叫ぶのか……
北の十字のまはりから
磨羯大魚の座のあたり
天はまるでいちめん
青じろい疱瘡にでもかかったやう
天の川はまたぼんやりと爆発する
  ……風のわらってゐることは
    蛙の歌とおんなじことだ……
天の川のその燃焼の補填として
南のそらは大きな黒いいたでを負った
西蔵魔神の風呂敷が
南斗のへんに吸ひついて
そこらの星をかくすのだ
けれども悪魔といふやつは、
天や鬼神とおんなじやうに、
どんなに力が強くても、
やっぱり流転のものだから
やっぱりあんなに
やっぱりあんなに
どんどん風に溶かされる
星はもうそのやさしい面影アントリッツを恢復し
そらはふたゞび古代意慾の曼陀羅になる
  ……蛍は青くすきとほり
    稲はざわざわ葉擦れする……
  うしろではまた天の川の小さな爆発
たちまち百のちぎれた雲が
ヘルクレスから麒麟へかけて
難陀竜家の家紋を織り
西蔵魔神の風呂敷は
ふたゝび射手の弓をとる
  ……蛙の族はまた軋り
    セヴンヘヂンは遠くでわらふ……
風にかがまるくるみの枝
こもごも白い残像を描き
古生銀河の南のはじは
こんどは白い湯気を噴く
奇怪な印を挙げながら
ほたるの二匹がもつれてのぼり
まっ赤な星もながれれば
水の中には末那の花
     (風ぐらを増す
      風ぐらを増す)
そうらこんどは
射手から一つ光照弾が投下され
風にあらびるやなぎのなかを
淫蕩に青くまた冴え冴えと
蛍の群がとびめぐる
  ……カシオーペアの青じろいしかめつら……

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(下書稿1推敲後)
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一五五
     夏夜狂騒
                      一九二四、七、五、

南からかたまりになったり紐になったりして
どしゃどしゃ稲や草を吹き
またわたくしの耳もとで
銅鑼やトロムボーンになってくだける
  ……地平線地平線
    灰いろはがねの天末で
    銀河のはじがぼんやりけむる……
熟した藍や糀のにほひ
稲沼ライスマーシュの風跡に
蛙の族は声をかぎりにうたひ
ほたるは億千みだれてとぶ
にぎやかにはなばなしい
ガンダラ風アカシヤの髪
  ……赤眼の蠍
    わづかに澱む風の皿……
螢は消えたりともったり 肥えはぶつぶつ醗酵する
蛙はげろげろ啼いてゐる
風が蛙に云はせてゐるのか 蛙が風を呼んでゐるのか
北の十字のまはりから 磨羯大魚の座のあたり
天はまるでいちめん
青じろい疱瘡にでもかかったやう
天の川はまたぼんやりと爆発する
   (風の云ってゐることは
    蛙の云ってゐることとおんなじだ)
天の川のその燃焼の補填として
南のそらは大きな黒いいたでを負った
西蔵魔神の風呂敷が
そこらの星に吸ひついてゐる
けれども悪魔は天とおんなじことで
力はあっても畢竟流転のものだから
そのまっくろな風呂敷も
やっぱりあんなに
やっぱりあんなに
どんどん風に溶かされる
星はもうそのやさしい面影アントリッツを恢復し
そらはふたゞび古代意慾の曼陀羅になる
  ……蛍は青くすきとほり
    稲はざわざわ葉擦れする……
うしろではまた天の川の小さな爆発
たちまち百のちぎれた雲が
白鳥座からライラへかけて
難陀竜家の家紋を織り
マケイシュバラははるかな北で、
六頭首ある馬を御ししづかに玻璃の笛を吹く
  ……蛙の族はまた軋り
    セヴンヘヂンは遠くでわらふ……
風にみだれるくるみの枝は
こもごも白い負像をつくり
天の川の南のはじは
こんどは白い湯気を噴く
     (古びて青い懸吊体!
      ブラウン動の燐光点!)
奇怪な印を描きながら
二疋のほたるがもつれてのぼり
まっ赤な星もながれれば
水の中には末那の花
     (風ぐらを増す
      風ぐらを増す)
そうらこんどは射手から光照弾が投下され
風にあらびるやなぎのなかを
淫蕩に青くまた冴え冴えと
蛍の群はとびめぐる
  ……カシオペーアの青じろいしかめつら……

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(下書稿1推敲前)
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一五五
     密教風の誘惑
                      一九二四、七、五、

熟した藍や糀のにほひ
多情な夏の夜風をわたり
稲葉の青いさやぎを縫って
蛙の族は声をかぎりにうたひ
ほたるはほのかにみだれて飛ぶ
  ……地平線地平線
    灰いろはがねの天末で
    銀河のはじがぼんやりけむる……
さはやかな稲沼ライスマーシュの風跡に
蛙の族は声をかぎりにうたひ
くるみばやしのつらなりは
こもごもそらに負像を描く
もうにぎやかにはなばなしい
ガンダラ風の夜なのだ

  ……みだれるみだれるアカシヤの髪
    赤眼の蠍
    そらの泉と浄瓶や皿……
螢は消えたりともったり 湿って温い南の風の吹きかへり
くわがたむしがうなって行って 蛙はげろげろ啼いてゐる
風が蛙に云はせてゐるか 蛙が風を呼んでゐるのか
北の十字のまはりから 磨羯大魚の座のあたり
天はまるでいちめん
青じろい疱瘡にでもかかったやう
天の川はまたぼんやりと爆発する
   (風の云ってゐることは
    蛙の云ってゐることとおんなじだ)
天の川のその燃焼の補填として
南のそらは大きな黒いいたでを負った
西蔵魔神の風呂敷が
そこらの星に吸ひついてゐる
けれども悪魔は天とおんなじことで
力はあっても畢竟流転のものだから
やっぱりあんなに
どんどん風に溶かされる
星はもうそのやさしい面影アントリッツを恢復し
そらはふたゞび古代意慾の曼陀羅になる
  ……蛍は青くすきとほり
    稲はざわざわ葉擦れする……
うしろではまた天の川の小さな爆発
白鳥座からライラへかけて立派な蛇の紋ができ
溶けた魔神ははるかな北に生起して
六頭首ある馬に乗り髪をみだして馳けまはる
  ……夜風の底で蛙は軋り
    セヴンヘヂンは遠くでわらふ……
やなぎにみだれる蛍の群の
二疋が互にもつれて騰り
天の川の南のはじは
こんどは白い湯気を噴く
      (古びて青い懸吊体!
       ブラウン動の燐光点!)
ああ あたたかなガンダラ風の風が
南から塊になったり紐になったりして
どしゃどしゃ木立や草を吹き
またわたくしの耳もとで
銅鑼がトロムボンになって砕け
蛍は水や空気のなかで
蘇末那の華をともしたり
奇怪な印をほどいたり
また南では
まっ赤な星もながれるので
もうわたくしは手も青じろく発光し
腕巻時計の針も狂って
(帽子を投げろ帽子も燃える)
この夏の夜の密教風の誘惑に
あやふく落ちて行かうとする
    (菩薩威霊を仮したまへ)
そうらこんどは射手から光照弾が投下され
風にあらびるやなぎのなかを
淫蕩に青くまた冴え冴えと
蛍の群はとびめぐる
  ……カシオピーアの青じろいしかめつら……

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-〔文語詩稿未定稿(047)〕----------------------------------
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■「病中幻想」
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(本文=下書稿2推敲後)
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一〇七六
     病中幻想
                     一九二七、六、一三、

罪はいまやまひにかはり
たよりなくわれは騰りて
野のそらにひとりまどろむ

太虚ひかりてはてしなく
身は水素より軽ければ
また耕さんすべもなし

せめてはかしこ黒と白
立ち並びたる積雲を
雨と崩して堕ちなんを

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

一〇七六
     囈語
                     一九二七、六、一三、

罪はいまやまひにかはり
たよりなくわれは騰りて
河谷のそらまどろめり

太虚ひかりてはてしなく
身は水素より軽ければ
乾ける土をのぞみつゝ
雨と生まれんすべもなし

------------------------------------------------------------
(下書稿1)
------------------------------------------------------------

一〇七六
     囈語
                     一九二七、六、一三、

瞋いまやまひにかはり
われはたよりなく騰りて
河谷のそらに横はる
太虚ひかりてはてしなく
身は水素より軽ければ
雨とうまれんすべもなく
かなしくそらの(数文字分空白)を疾む

------------------------------------------------------------
(先駆形口語詩「一〇七六 囈語」)
------------------------------------------------------------

一〇七六
     囈語
                     一九二七、六、一三、
憤懣はいまやまひにかはり
わたくしはたよりなく騰って
河谷のそらに横はる
しかも
水素よりも軽いので
ひかってはてなく青く
雨に生れることのできないのは
何といふいらだゝしさだ

--〔後記〕--------------------------------------------------

 1924年は私の父の生れた年で、「甲子」の年でした。阪神甲子園
球場のできた年でもあります。そしてこの年、詩集『春と修羅』が
出版されましたが、出版以降も書き続けられた詩が、「第二集」と
して残されています。

 検査結果が悪くて、抗ガン剤投与が一週延びました。8月29日
が9月5日になり、その次は19日になります。このままだと21
日からの花巻行きに差し支えるため、次回もまた一週延期してもら
いました。

 これで花巻行きのときは投与から二週間後になり、たぶん元気に
行ける予定です。

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