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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第965号--2017.08.19------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「春と修羅第二集(18)」「丘」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「〔つめたい海の水銀が〕」「夏」
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 今回は「1924年5月23日」の日付をもつ二編です。この日は修学
旅行の最終日で、早朝に青森を出て、午後に花巻に帰着しています。

 「〔つめたい海の水銀が〕」の方は「海」が舞台のようですので、
この日の未明、青函連絡船の船上での作品ではないかと思われます。

 海が水銀で、島が珪化花園というのですが、この「珪化花園」と
いうのは「ケミカルガーデン」のことと思います。化学実験では有
名なものですね。(下の方に解説を引用しています。)

 このあたり、賢治独特の化学系の言葉が多用されています。

 次の「夏」はちょっと不思議な感じで、「毘沙門天」に祭にやっ
てくる女性たちの姿を書いています。この日は昼過ぎまで汽車に乗
っていたはずなので、車窓から見たものなのか、それとも午後に花
巻に着いてからのものなのか、ちょっとわかりません。

 この詩は後に文語詩になって、「祭日〔二〕」として知られてい
ます。

 「文語詩未定稿」でももうすぐ出てきますが、毘沙門天の呪文を
取り入れた、「賢治マジック」の極致と言えるものです。

 いずれにせよ、津軽海峡の詩と毘沙門天の詩が同じ日付になって
いるのは不思議です。「夏」の方の日付が間違っているのかもしれ
ない、という気もするのですが。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

ケミカル・ガーデン
http://chem.tf.chiba-u.jp/gacb14/cg.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 2004年のオープンキャンパス(工学部説明会)で研究室見学を担
当することになり、高校生向けに化学に関心を持たせる内容として
何か化学実験をしようということになりました。

 どうせやるなら、視覚的に関心を引ける実験をしたい。さらに研
究室の研究内容と多少は関連のある実験をしたい。そして高校生に
理解できる範囲の化学で解説できることが望ましい・・・・。なん
かいい実験無いかなぁ、と考えていましたが・・・

 ところで当研究室ではケイ酸水溶液を原料とした固体触媒の作製
を行っています。特に最近力を入れているのが、水ガラスが固まる
(ゲル化する)条件を制御することによる生成するシリカゲルの細
孔構造制御。水ガラス中のシリカ成分が固まる、まさにそのものの
初学者向けの実験ならケミカル・ガーデンがあるじゃないというこ
とで、ぶっつけ本番でやってみたのが、上の写真です。

レシピを公開しましょう。

■2Lペットボトルをカットして容器作製

 ガラス製容器でケミカル・ガーデンを作ると後処理が面倒。透明
で適当な容器は無いかなあと研究室内を探すと、ペットボトル専用
ゴミ箱にいいのがありました。カッターナイフで下半分を切り出し
ます。怪我しないように注意

■水ガラスを容器に入れて水で希釈

 研究室には研究用に水ガラス(JIS3号)を常備しています。
通常ケミカル・ガーデンではもっと粘性の高い水ガラスが使われま
すがこの際気にしないことにします。希釈率も適当、大体5〜10
倍程度にしました。軽くかき回して均一にしておきます。

■各種遷移金属塩の結晶の塊を投入

 今回は研究室にある硝酸銅、硝酸コバルト、硝酸ニッケル、硝酸
鉄、硝酸アンモニウムの5種類の塩を試してみました。薬さじです
くった結晶粒をパラパラと上の溶液に落としていきます。後は静置
して観察するだけ。

■樹枝状シリカゲルの成長

 しばらくすると、加えた塩の種類に応じた色々な色の樹枝状の固
体が、底から上に向かって成長していきます。紺色=コバルトイオ
ンの色、青緑=銅イオンの色、黄緑=ニッケルイオンの色、茶色=
鉄イオンの色です。イオンによって成長の仕方も異なります。銅と
コバルトがメインで、硝酸アンモニウムは成長は見られませんでし
た。

■成長の進行

 ペットボトルの底の盛り上がりが、庭の築山みたいに見えません
か?

 中学生相手の実験なら、こうしたものの成長する様子を眺めて、
きれいでしょ、化学って面白いでしょ、で終わりにできるのですが、
相手は高校生、しかもこちらは化学の最先端の研究を行っている、
しかも水ガラスを扱っている研究室。付け焼刃のぶっつけ本番でも、
しっかりした考察は必要です。

 というわけで、何でこんな構造が成長するのでしょうか?

 水ガラスはアルカリに溶解させたケイ酸の水溶液で、強アルカリ
性です。このケイ酸はpHが中性付近になると急速に凝集します。
一方の金属塩は強酸と弱塩基の塩なので溶解すると弱酸性。

 希釈した水ガラス溶液中に投入した金属塩結晶は表面から徐々に
溶解します。そうすると溶解した部分の溶液のアルカリが中和され
て局所的に中性〜酸性になり、ケイ酸が金属イオン結晶を囲むよう
に凝集して固化する(シリカゲルが生成する)のです。

 この先の成長過程はモノの本を見ると以下のように説明されてい

す。

 この結果、金属イオンの濃厚溶液と水ガラス溶液が薄いシリカゲ
ルの膜で隔てられることになります。そうすると浸透圧により金属
イオンの濃度を下げるために水が外側から内部に浸透してきます。
結果、シリカゲルの膜の上部が破れ金属イオンの液が漏れ出します。
そうするとまた漏れ出した液と水ガラスとの界面でシリカゲル膜が
生成します。このプロセスが繰り返されることにより、金属イオン
の色のついた樹枝状のシリカゲルが底から上に向かって成長するの
です。

 このような成長は電気分解などで結晶が成長しているのと見た目
は同じように見え、「結晶が成長します」と説明している例も見受
けられます。しかし、実はケミカル・ガーデンで成長する樹枝状の
固体は結晶ではありません。非晶質(アモルファス、もしくはガラ
ス質)のシリカゲルです。

 このシリカゲルは無数の細かい孔が開いておりその中を液が浸透
できます。当研究室で作製するシリカゲルも化学組成は同じ。孔が
開いているのも同じ。ケイ酸が固化する、仕方を色々に制御するこ
とで孔の構造を制御でき、様々な特性を持つ材料が作製できるので
す。

 また、金属塩の種類によって色が変わるのは金属イオン中のd電
子と光の相互作用による吸収波長の変化によりますが、樹枝状ゲル
の成長の仕方も違うようです。金属塩の溶解度やその溶液のpH、
金属水酸化物の安定性のpH依存性、様々な要素が関係していると
思います。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

成島毘沙門堂
http://www001.upp.so-net.ne.jp/densetutanbo/tamuramaro/narusima.htm

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 岩手県花巻市の東隣に位置する東和町に、成島毘沙門堂がある。

 地天女に支えられて立つ、巨大な兜跋(とばつ)毘沙門天像は、
東北古代仏像の中でも、見事に保存された平安時代の仏像の一つで
あり、国の重要文化財に指定され、今は保管庫に収納されている。
山の斜面の建てられたこの堂社は、三熊野神社と並存して祀られて
いて、敷地はつながっている。達谷窟毘沙門堂の神仏習合した佇ま
いを思わせる。

 三熊野神社にある案内には、言い伝えによると、延暦年中(782
―806)征夷大将軍坂上田村麻呂が、エミシ征伐の時、この地で紀
伊の熊野三神に戦勝祈願をしたところ、難なく平定することができ、
熊野三山の神威を崇び、その三神を勧請し、この神社を建立した。

 康平5年(1062)源義家が安倍貞任を追撃し、ここに立ち寄った
時、神社に鏑矢を奉納し戦勝を祈願したところ、安倍氏を破り、奥
羽を平定することができた。とある。

 すぐ隣にある毘沙門堂の案内板には、「毘沙門堂は、坂上田村麻
呂の建立あるいは慈覚大師草創と伝えられています。近年まで堂内
には、平安時代に作られた兜跋毘沙門天(国指定重要文化財)が祀
られていたことから、古くからこの地域が重要な信仰の場所であっ
たことがうかがわれます。云々」と記されている。

 保管庫に入ると、地天女に支えられた兜跋毘沙門天立像は圧倒す
るように迫ってくる。地天女を加えると473cmの巨像である。左手
に自ら守護する宝搭を捧げ、右手には像と同じ長さの戟を持ち、甲
冑を纏った姿は、当に北天の守護神といえる。その両脇に藍婆(ら
んば)・毘藍婆(びらんば)という鬼神が両手を胸に添えて正座し
ている。だがここでは毘沙門に踏まれる鬼神ではなく、毘沙門に祈
りを捧げる善神に変身している。その顔の表情には従順な優しささ
え感じられる。

 毘沙門堂から保管庫に登る途中に味噌奉納堂という見なれない小
さな祠がある。その中に祀られた毘沙門天の像に、持参した味噌を
塗って健康を祈願したという。今でもこの珍しい慣習は続けられて
いるのだろうか。

 宮沢賢治に次ぎのような詩がある。

        アナロナピクナビ眠たく桐咲きて

        狭に瘧(おこり)のやまいつたわる

        アビクナビアリナリ赤き幡もちて

        草の峠を越ゆる母たち

        ナリトナリアナロ御堂うすあかり

        毘沙門堂に味噌たてまつる

        アナロナビタナビ

        踏まるる天の邪鬼

        四方につつどり

        鳴きよどむなり

 家族の無病息災を念じて、はるばる峠を越えて来た母たちが、毘
沙門像に味噌を奉り祈るのである。だが、ここ成島の毘沙門天像は、
一般に見られるような天の邪鬼を踏み伏せた姿ではない。宮沢賢治
が詠んだ「味噌奉る毘沙門堂」は別にあるのであろうか。

 同じ保管庫の中に、伝吉祥天立像(国重要文化財)と阿弥陀如来
像がある。この阿弥陀如来像の体内に墨書があり、承徳2年(1098)
に「坂上最延」が施主となり奉納したとある。田村麻呂の子孫と考
えられている。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

-〔春と修羅第二集(018)〕----------------------------------

「〔つめたい海の水銀が〕」「夏」

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■「〔つめたい海の水銀が〕」
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(本文=定稿)
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一三三
     〔つめたい海の水銀が〕
                     一九二四、五、二三、

つめたい海の水銀が
無数かゞやく鉄針を
水平線に並行にうかべ
ことにも繁く島の左右に集めれば
島は霞んだ気層の底に
ひとつの硅化花園をつくる
銅緑カパーグリンの色丹松や
緑礬いろのとどまつねずこ
また水際には鮮らな銅で被はれた
巨きな枯れたいたやもあって
風のながれとねむりによって
みんないっしょに酸化されまた還元される

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(下書稿2推敲後)
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一三三
                     一九二四、五、二三、

海がつめたい水銀で
たくさんの新らしい鉄針を
水平線に並行にうかべ
ことにも繁く左右に集めれば
島は霞んだ気層の底にひとつの珪化花園をつくる
銅緑カパーグリンの色丹松や
緑礬いろのとどまつねずこ
また水際には鮮らな銅で被はれた
巨きな枯れたいたやもあって
風のながれとねむりによって
みんないっしょに酸化されまた還元される

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------
一三三
     島祠
                     一九二四、五、二三、

うす日の底の三稜島は
樹でいっぱいに飾られる
バリスグリンの色丹松や
緑礬いろのとどまつねずこ
また水際には新たな銅で被はれた
巨きな枯れたいたやもあって
風のながれとねむりによって
みなさわやかに酸化されまた還元される
     それは地球の気層の奥の
     ひとつの珪化園である
海はもとより水銀で
たくさんのかゞやかな鉄針は
水平線に平行にうかび
ことにも繁く島の左右に集めれば
鴎の声もなかばは暗む
     そこが島でもなかったとき
     そこが陸でもなかったとき
鱗をつけたやさしい妻と
かってあすこにわたくしは居た

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(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------
一三三
     島祠
                     一九二四、五、二三、

うす日の底の三稜島は樹でいっぱいに飾られる
海はもとりよ水銀で
たくさんのかがやかな鉄針は
水平線に並んでうかび
ことにも繁く島の左右にあつまれば
鴎の声もなかばは眩む
巴里緑パリスグリンの色丹松や
緑礬いろのとどまつ、ねずこ
また水際には新たな銅で被はれた
巨きな枯れたいたやもあって
風のながれとねむりによって
みなさわやかに酸化されまた還元される

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(下書稿1推敲前)
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一三三
     島祠
                     一九二四、五、二三、

さまざまの鮮らしい北極の木々が
みなさわやかに息づいて
始原の春の三角島を飾ってゐる
  ……それは地球の気層の底の
    ひとつの珪化園シリカガーデンである……
水はもちろん水銀で
たくさんのかがやかな鉄針は
水平線に並んでうかび
ことにも繁く島のまはりに輻湊すれば
ひとびとの眼もなかば眩んだようになる
  ……風のねむりと鴎の声
    (一行不明)
    (一行不明)
まっ青な色丹松もあるし
水際にあらたな銅で被はれた
巨きな枯れたとどまつもある

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■「夏」
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(本文=下書稿2推敲後)
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一三九
     夏
                     一九二四、五、二三

木の芽が油緑や喪神青にほころび
あちこち四角な山畑には
桐が睡たく咲きだせば
こどもをせをったかみさんたちが
毘沙門天にたてまつる
赤や黄いろの幡をもち
きみかげさうの空谷や
たゞれたやうに鳥のなく
いくつものゆるい峠を越える

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(下書稿2推敲前)
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一三九
     峡流の夏
                     一九二四、五、二三

木の芽が油緑や喪神青にほころび
重たく桐の花が咲き
風のぬるみと紫紺の雲に
柳の絮も羽虫も遠くひかってとべば
みんなは毘沙門天を祀る赤い幡をたづさへ
たゞれたやうに鳥のなく
いくつもの草の峠を越える

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------
一三九
     峡流の夏
                     一九二四、五、二三

木の芽が油緑や喪神青にほころび
重たく桐の花がさき
風のぬるみと紫紺の雲に
柳の絮も羽虫も遠くひかってとべば
この峡流の主婦たちは
毘沙門天を祀る赤い幡をたづさへ
たゞれたやうに鳥のなく
いくつもの草の峠を越える

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲前)
------------------------------------------------------------
一三九
     峡流の夏
                     一九二四、五、二三

木の芽は油緑や喪神青にほころび
重く寂かな桐の花がさき
風のぬるみや紫紺の雲に
柳の絮も羽虫も遠くひかってとべば
みんなは毘沙門天を祀る赤い幡をたづさへ
たゞれたやうに鳥のなく
いくつもの青い峠を越える

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-〔文語詩稿未定稿(045)〕----------------------------------
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■「丘」
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(本文=下書稿推敲後)
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     丘

森の上のこの神楽殿
いそがしくのぼりて立てば
かくこうはめぐりてどよみ
松の風頬を吹くなり

野をはるに北をのぞめば
紫波の城の二本の杉
かゞやきて黄ばめるものは
そが上に麦熟すらし

さらにまた夏雲の下、
青々と山なみははせ、
従ひて野は澱めども
かのまちはつひに見えざり

うらゝかに野を過ぎり行く
かの雲の影ともなりて
きみがべにありなんものを

さもわれののがれてあれば
うすくらき古着の店に
ひとり居て祖父や怒らん
いざ走せてこととふべきに

うちどよみまた鳥啼けば
いよいよに君ぞ恋しき
野はさらに雲の影して
松の風日に鳴るものを

------------------------------------------------------------
(下書稿推敲前)
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森の上のこの神楽殿
いそがしくのぼりて立てば
かくこうはめぐりてどよみ
松風に血もさやぐなり

野のきはみ北をのぞめば
紫波の城の二本の杉
かゞやきて黄ばめるものは
そが上の麦熟すらし

夏雲の乱れとぶ下、
青々と山なみははせ、
丘らしき形もあれど
君が棲むまちは見えざり

来しかたは夢より淡く
行くすゑは影より遠し
けふもまた病む人を守り
つゝがなくきみやあるらん

うすくらき古着の店を
ほしいまゝはなれ来しかば
ひとり居て祖父や怒らん
いざ帰りわびて笑はん

うちどよみまた鳥啼けば
そこはかと君や恋しき
などてかく恋しきものぞ
松の風日に鳴るものを

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(先駆形短歌「B」179〜180)
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     ※

179
山上の木にかこまれし神楽殿
鳥どよみなけば
われかなしむも。

179a
志和の城の麦熟すらし
その黄いろ
きみ居るそらの
こなたに明し

179b
神楽殿
のぼれば鳥のなきどよみ
いよよに君を
恋ひわたるかも

     ※

180
はだしにて
よるの線路をはせきたり
汽車に行き逢へり
その窓は明るく。

--〔後記〕--------------------------------------------------

 今年の夏はどうも変調ですが、東北ではもう気温がずいぶん下が
っていると聞きました。定期大会のときもしっかり暖かくしていか
ないといけませんね。

 花巻行きはいつもは飛行機なのですが、今年は趣向を変えて、新
幹線で行こうかと考えています。酒も飲まなくなったので、花巻で
はレンタカーを借りて、あちこち行きたいです。

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