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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第960号--2017.07.15------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「春と修羅第二集(13)」「月天讃歌 (擬古調)」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「山火」「〔祠の前のちしゃのいろした草はらに〕」
------------------------------------------------------------

 今回は上記の二編ですが、下書き稿が多数あり、雑誌に発表され
たものもあって、大量のテキストになっています。

 雑誌「日本詩壇」に掲載されたのは賢治の死後のことですので、
作者名に「故宮沢賢治」と書かれているのが何だか寂しいです。

 「山火」の詩は他にもありますが、山火事はそれほど珍しいもの
ではなかったようです。

 最初の方では「焼けてゐるのは達曾部あたり」となっていて、遠
野市郊外の達曾部で山火事があったようですが、途中「猫山」に変
更されたりしています。

 猫山は今は花巻市になっている大迫町の郊外にある山ですから、
こちらの方が近くです。

 「日本詩壇」発表形や下書き稿4では「猫山」であるとともに、
「大償」が出てくるので、いわゆる早池峰神楽である大償神楽とも
関連づけようとしていたようです。

 しかし、最後の定稿では元の達曾部に戻しているので、どうもよ
くわかりません。

 「〔祠の前のちしゃのいろした草はらに〕」の方は元は「春」と
いう題名でした。「春」という題の詩はいくつも書かれていますが、
このあたりは厳しい冬を経験する北国の詩人ならではというところ
でしょうか。

 「鳥はコバルト山に翔け」というフレーズが繰り返されますが、
「コバルト山」とは何なのでしょうか。詩集『春と修羅』の冒頭近
くに「コバルト山地」という詩があり、毛無森という地名が出てき
ます。この毛無森は早池峰山の近くの高い山で、「コバルト山地」
は北上山地のことと解釈されることが多いようです。

 でも、盛岡市内にも毛無森という地名がありますし、単に北上山
地のことをそう言ったという意見には素直に賛同できない感じを持
っています。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

石上神社
http://www.genbu.net/data/mutu/isikami_title.htm?print=on

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

神の始

 遠野の町は南北の川の落合に在り。以前は七七十里とて、七つの
渓谷各七十里の奥より売買の貨物を聚め、其市の日は馬千匹、人千
人の賑はしさなりき。

 四方の山々の中に最も秀でたるを早地峰と云ふ、北の方附馬牛の
奥に在り。東の方には六角牛山立てり。石神と云ふ山は附馬牛と達
曾部との間に在りて、その高さ前の二つよりも劣れり。

 大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此高原に来り、今の来内村の
伊豆権現の社ある処に宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山
を与ふべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて
姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めて窃に之を取り、我胸の
上に載せたりしかば、終に最も美しき早地峰の山を得、姉たちは六
角牛と石神とを得たり。

 若き三人の女神各三の山に住し今も之を領したまふ故に、遠野の
女どもは其妬を畏れて今も此山に遊ばずと云へり。

−『遠野物語 第二話』より−

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

猫山ルーツ考
http://www.ne.jp/asahi/yama/neko/nekoyama/roots.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

賢治の山猫

 文学上で猫と結びつく山は岩手県の「猫山」だ。山猫を一躍親し
まれる存在にしたのは宮沢賢治で、『どんぐりと山猫』の舞台は早
池峰山(岳川上流と薬師岳)とともに、この山の周辺とされている。

 童話の山猫は、賢治研究書によると「里猫に対する山猫」という
位置づけのようだが、『注文の多い料理店』の人を食おうとする山
猫でさえも、憎めない存在に仕立て上げられているのは、賢治童話
の魅力である。

 面白いことに、この猫山の「猫」は文献によっては前述したよう
に当て字説と、猫に見立てた形の山とする説がある。虎や牛が伏し
た形状とした山はあるが、猫に見立てた山はこの山をおいてない。
虎毛山もまた、どこから見ても虎か大猫が寝そべっているような山
容をしているため、山名に考慮された可能性は強い。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

大償神楽
http://www.bunka.pref.iwate.jp/dentou/kyodo/shousai/geinou_002.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 花巻市大迫町の大償地区に伝承される神楽で、集落内の大償神社
の例祭(9月15日)に奉納されている。

 岳(たけ)神楽と同じ起源をもつといわれ、2つを総称して「早
池峰神楽」と呼ばれる。

 伝承由来が消失しており詳細は不明だが、早池峰の開祖田中兵部
が創立した田中明神の神主によって大償の別当に伝えられたといわ
れている。

 また、別当家に長享2(1488)年の伝授書があり、このころには
成立していたと考えられる。

 岳と大償は「表裏一体」の兄弟神楽といわれ、大償の山神面は口
を開けた「ア」であるのに対して、岳の面が口を閉じた「ウン」の
型をしている。演目も「式舞」「式外の舞」「狂言」などほぼ同じ
である。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

-〔春と修羅第二集(022)〕----------------------------------

「山火」「〔祠の前のちしゃのいろした草はらに〕」

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■「山火」
------------------------------------------------------------
(本文=定稿)
------------------------------------------------------------
八六
     山火
                      一九二四、五、四、

風がきれぎれ遠い列車のどよみを載せて
樹々にさびしく復誦する
   ……その青黒い混淆林のてっぺんで
     鳥が"Zwar"と叫んでゐる……
こんどは風のけじろいれを
蛙があちこちぼそぼそ咽び
舎生が潰れた喇叭を吹く
古びて蒼い黄昏である
   ……こんやも山が焼けてゐる……
野面ははげしいかげらふの波
茫と緑な麦ばたや
しまひは黝い乾田かたたのはてに
濁って青い信号燈シグナル浮標ヴイ
   ……焼けてゐるのは達曾部あたり……
またあたらしい南の風が
はやしの縁で砕ければ
馬をなだめる遥かな最低音バス
つめたくふるふ野薔薇の芬香かほり
   ……山火がにわかに二つになる……
信号燈シグナルは赤くかはつてすきとほり
いちれつ浮ぶ防雪林を
淡い客車の光廓が
音なく北へかけぬける
   ……火は南でも燃えてゐる
     ドルメンまがひの花崗岩みかげを載せた
     千尺ばかりの準平原が
     あっちもこっちも燃えてるらしい
     <古代神楽を伝へたり
      古風に公事をしたりする
      大つぐなひや八木巻へんの
      小さな森林消防隊>……
蛙は遠くでかすかにさやぎ
もいちどねぐらにはばたく鳥と
星のまはりの青いかさ
   ……山火はけぶり 山火はけぶり……
半霄くらい稲光りから
わづかに風が洗はれる

------------------------------------------------------------
(『日本詩壇』発表形 1933/12/1)
------------------------------------------------------------

     山火
                      故宮沢賢治

風がきれぎれ、暮れる列車のどよみを載せて
樹々にさびしく復誦する
 …その青黒い混かう林のてつぺんで
  鳥が"Zwar"と叫んでゐる…
こんどは風のけじろいれを
蛙があちこちぼそぼそ咽び
舎生が潰れた喇叭を吹く
蒼く古びた黄昏である
 …こんやも山が焼けてゐる…
野面ははげしいかげろふの波
茫と緑な麦ばたや
しまひは黝いかた田のはてに
濁って青い信号燈シグナル浮標ヴイ
 …焼けてゐるのは猫山あたり…
またあたらしい南の風が
はやしのへりで砕ければ
馬をなだめる遥かな最低音バス
つめたく顫ふ野薔薇の芬香かをり
 …山火がにわかに二つになる…
信号燈シグナルは赤くかはつてすきとほり
いちれつ浮ぶ防雪林を
淡い客車の光廓が
音なく北へかけぬける
 …火は南でも燃えてゐる
  ドルメンのある緩いみかげの高原が
  あつちもこつちも燃えてるらしい
   古代神楽を伝へたり
   古風に公事くじをしたりする
   大つぐなひ八木巻やぎまき
   小さな森林消防隊…
蛙は遠くでかすかにさやぎ
もいちどねぐらにはばたく鳥と
星のまはりの青いかさ
 …山火はけぶり、山火はけぶり……
せふくらい稲光りから
わづかに風が洗はれる。

------------------------------------------------------------
(下書稿4推敲後)
------------------------------------------------------------
八六
     山火
                      一九二四、五、四、

風がきれぎれ暮れる列車のどよみを載せて
樹々にさびしく復誦する
   ……その青黒い混淆林のてっぺんで
     鳥が"Zwar"と叫んでゐる……
こんどは風のけじろいれを
蛙があちこちぼそぼそ咽び
舎生が潰れた喇叭を吹く
古びて蒼い黄昏である
   ……こんやも山が焼けてゐる……
野面ははげしいかげらふの波
茫と緑な麦ばたや
しまひは黝い乾田かたたのはてに
濁って青い信号燈シグナル浮標ヴイ
   ……焼けてゐるのは猫山あたり……
またあたらしい南の風が
はやしの縁で砕ければ
馬をなだめる遥かな最低音バス
つめたくふるふ野薔薇の芬気かほり
   ……山火がにわかに二つになる……
信号燈シグナルは赤くかはってすきとほり
いちれつ浮ぶ防雪林と
淡い客車の光廓が
音なく北へかけぬける
   ……火は南でも燃えてゐる
     ドルメンのある緩いみかげの高原が
     あっちもこっちも燃えてるらしい
   ……古代神楽を伝へたり
     古風に公事をしたりする
     大償や八木巻の
     小さな森林消防隊……
蛙は遠くでかすかにさやぎ
もいちどねぐらにはゞたく鳥と
星のまはりの青いかさ
  ……山火はけぶり 山火はけぶり……
半天くらい稲光りから
わづかに風が洗はれる

------------------------------------------------------------
(下書稿4推敲前)
------------------------------------------------------------
八六
     山火
                      一九二四、五、四、

風がきれぎれ汽車のどよみ吹いて来て
樹々にさびしく復誦する
   ……その青黝い混淆林のてっぺんで
     鳥が"Zwar"と叫んでゐる……
こんどは風のけじろいれを
蛙があちこちぼそぼそすだき
舎生が潰れた喇叭を吹く
蒼く古びた黄昏である
   ……こんやも山が焼けてゐる……
野原ははげしいかげらふの波
茫と緑な麦ばたや
しまひは黝い田圃のはてに
いちれつ顫える駅の灯と
濁って青い信号燈シグナル浮標ヴイ
   ……焼けてゐるのは猫山あたり……
またあたらしい南の風が
はやしの縁で砕ければ
馬をなだめる遥かな最低音バス
青くこぼれる野薔薇の芬香かほり
   ……山火がにわかに二つになる……
信号燈シグナルは赤くかはって徹き透り
ともって映えた七時の汽車は
音なく北へかけぬける
   ……火は南でも燃えてゐる
     ドルメンのある緩い花崗岩みかげの高原が
     どこもかしこも燃えてるらしい
かへるは遠くでしづかにさやぎ
何かにはかにはゞたく鳥と
星のまはりの青いかさ
  ……古代神楽を伝へたり
    古風に公事をしたりする
    大償や八木巻の
    小さな森林消防隊
半天くらい稲光りから
わづかに風が洗はれる
  ……山火はけぶる 山火はけぶる……

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲後)
------------------------------------------------------------
八六
     山火
                      一九二四、五、四、

風がきれぎれ汽車のどよみを吹いて来て
樹々にさびしく復誦する
   ……その青黝い混こう林のてっぺんで
     鳥が"Zwar"と叫んでゐる……
こんどは風のけじろいのれを
かへるがあちこちぼそぼそすだき
舎生が潰れたラッパを吹く
蒼く古びた黄昏である
   ……こんやも山が焼けてゐる……
ぼうと緑な麦ばたや
しまひは黒い田圃のはてに
いちれつ顫える駅の灯と
濁って青い信号燈シグナルの浮標
   ……焼けてゐるのは猫山あたり……
またあたらしい南の風が
はやしの縁でくだければ
馬をなだめる遥かな最低音バス
青くこぼれる野薔薇の香芬かほり
   ……山火がにはかに二つになる……
     古代神楽を伝へたり
     古風に公事をしたりする
     大償や八木巻の
     小さな森林消防隊
シグナルは赤くかはってすきとほり
あかるく映えた七時の汽車は、
音なく北へかけぬける
かへるは遠くでしづかにすだき
あはたゞしくもはゞたく鳥と
星のまはりの青い暈
半天くらい稲光りから
わづかに風が洗はれる
  ……山火はけぶる 山火はけぶる……

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲前)
------------------------------------------------------------
八六
                      一九二四、五、四、

風がきれぎれ汽車のひびきをもって来て
はやしのなかでさびしくそれを現像する
  ……そのまっ黒な混かう林のてっぺんで
    鷺がするどく叫んでゐる……
こんどは風のすこしのれを
かへるがあちこちぼそぼそすだき
舎生が潰れたラッパを吹く
蒼く古びた黄昏である
   ……こんやも山が焼けてゐる……
野原ははげしいかげらふの波、
麦のはたけもぐらぐらゆれ、
しまひは田圃のけむりのはてに
いちれつ顫える停車場の灯と
濁って青い信号燈シグナルの浮標
   ……焼けてゐるのは達曾部あたり……
またあたらしい南の風が
はやしの縁でくだければ
なかから野ばらのかほりもながれ
羊歯やこならもざわざわ鳴る
   ……山火がにはかに二つになる……
シグナルは赤くかはってすきとほり
七時の汽車の、オレンヂいろの骨骼が、防雪林を浮き出して
音なく北へかけぬける
  ……山火はけぶり 山火はけぶり……
かへるはあちこちしづかにすだき
星のまはりの青い暈
  ……また学校の二階の窓の夕あかり……
こんどはくらい稲光りから
わづかに風が洗はれる

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(下書稿2推敲後)
------------------------------------------------------------
八六
                      一九二四、五、四、

風が南の汽車のひびきを吹いて来て
はやしの縁でさびしくそれを現像する
  ……そのまっ黒な混かう林のてっぺんで
    鷺がするどく叫んでゐる……
こんどは風のすこしのれを
かへるがあちこちぼそぼそすだき
舎生が潰れたラッパを吹く
蒼く古びた黄昏である
   ……こんやも山が焼けてゐる……
野原ははげしいかげらふの波
ぼんやりくろい耕地のはてに
いちれつゆれる停車場の灯と
濁って青い信号燈シグナル浮標ブイ
   ……焼けてゐるのは達曾部あたり……
またあたらしい南の風が
そのエンタシス彎みを越えて、巨きなケールのやうに
そこらいっぱいひろがれば
なかから野ばらのかほりもながれ樹がまっくろにざわざわ鳴る
   ……山火がにはかに二つになる……
シグナルは赤く変ってすきとほり
七時の汽車の骨格は
音なく北へかけぬける
  ……山火はけぶり 山火はけぶり……
かへるはあちこちしづかにすだき
星のまはりの青い暈
こんどはくらい稲光りから
わづかに風が洗はれる
  ……宿直へ帰って行かう

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------
八六
     郊外
                      一九二四、五、四、

風が七時の汽車のひびきを吹いて来て
はやしの縁で巨きな硝子ガラスの壁になる
  ……半成のローマネスクの内側で
    鷺がするどく叫んでゐる……
こんどは風のすこしのれを
かへるがにはかにぼそぼそすだく
蒼く古びた薄明穹の末端である
   ……こんやも山が焼けてゐる……
野原ははげしいかげらふの波
ぼんやりくらい麦波に
いちれつゆれる停車場の灯と
濁って赤い信号燈シグナル浮標ブイ
   ……焼けてゐるのは達曾部あたり……
あたらしいエンタシスある南の風が
彎みを越えて砕ければ
そこからほのかな野ばらのかほりもながれてくる
   ……山火がにはかに二つになる……
シグナルは青く変ってすきとほり
明るく映えた急行列車の骨格が
防雪林を音なく北へかけぬける
  ……山火はけぶり 山火はけぶり……
かへるはあちこちしづかにすだき
星のまはりの青い暈
こんどはくらい稲光りから
わづかに風が洗はれる

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------
八六
     郊外
                      一九二四、五、四、

風が七時の汽車のひびきを吹いて来て
はやしのへりで巨きな硝子ガラスの壁になる
  ……半成のローマネスクの内側で
    鷺がするどく叫んでゐる……
こんどは風のすこしの外れを
かへるはにはかにぼそぼそすだく
   ……こんやも山が焼けてゐる……
蒼く古びた薄明穹の下である
野原ははげしいかげらふのなみ
いちれつゆれる停車場の灯と
濁って青い信号燈シグナル浮標ブイ
   ……焼けてゐるのは達曾部あたり……
あたらしい南の風が
彎みを越えて砕ければ
そこからほのかな野ばらのかほりもながれてくる
   ……山火がにはかに二つになる……
シグナルは赤く変ってすきとほり
急行列車の骨格が
防雪林を音なく北へかけぬける
  ……山火はけぶり 山火はけぶり……
かへるはあちこちしづかにすだき
星のまはりの青い雰囲気
こんどは暗い一つの風が
にはかな北のいなびかりから
わづかに白く洗はれる

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲前)
------------------------------------------------------------
八六
     郊外
                      一九二四、五、四、

風が七時の汽車のひびきを吹いて来て
はやしのなかで巨きな硝子ガラスの壁になる
  ……半成のローマネスクのまんなかで
    焦げた明りがぼんやりと降る……
こんどは風のすこしの外れを
かへるはにはかにぼそぼそすだく
蒼く古風な薄明穹の末頃である
   ……どこかの梢で鷺がするどく鳴いてゐる……
くらがりに からまつは伸び
向ふはひばが月夜のやうにけむりだす
   ……こんやも山が焼けてゐる……
東ははげしいかげらふの紐
いちれつゆれる停車場の灯と
濁って赤い信号燈シグナル浮標ブイ
   ……焼けてゐるのは達曾部あたり……
あたらしいギリシャ模様の南の風が
彎みを越えて砕ければ
そこからほのかな野ばらのかほりもながれてくる
   ……こんどは山火が二つになる……
シグナルの灯が青く変ってすきとほり
明るく映えた急行列車の骨格が
風の向ふを音なく北へかけぬける
  ……山火はけぶり 山火はけぶり……
かへるはあちこちしづかにすだき
星のまはりの青い雰囲気
  ……北上山地四月の恒例の山火です……
おゝいなびかり!
わづかに風が洗はれる

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■「〔祠の前のちしゃのいろした草はらに〕」
------------------------------------------------------------
(本文=定稿)
------------------------------------------------------------

九〇
     〔祠の前のちしゃのいろした草はらに〕
                      一九二四、五、六、

祠の前のちしゃのいろした草はらに
木影がまだらに降ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
那智先生の筆塚が
青ぐもやまた氷雲の底で
びたのかたちの粉苔をつける
   ……鳥はコバルト山に翔け……
二本の巨きなとゞまつが
荒さんで青く塚のうしろに立ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
樹はこの夏の計画を
蒼々として雲に描く
   ……鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いてゐる……

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲後)
------------------------------------------------------------

九〇
     春
                      一九二四、五、六、

祠の前のちしゃのいろした草はらに
木影がまだらに降ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
那智先生の筆塚が
青ぐもやまた氷雲の底で
びたのかたちの粉苔をつける
   ……鳥はコバルト山に翔け……
二本の巨きなとゞまつが
荒さんで青く塚のうしろに立ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
樹はこの夏の計画を
閃々として雲に
   ……鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いてゐる……

------------------------------------------------------------
(下書稿3推敲前)
------------------------------------------------------------

九〇
     春
                      一九二四、五、六、

祠の前のちしゃのいろした草はらに
木影がまだらに降ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
那智先生の筆塚が
青ぐもやまた氷雲の底で
銭のかたちの粉苔をつける
   ……鳥はコバルト山に翔け……
二本の巨きなとゞまつが
荒さんで青く塚のうしろに立ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
木のいちいちの心からは
ことしの夏の計画が
蒼々として雲に描かれる
   ……鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いてゐる……

------------------------------------------------------------
(下書稿2 断片)
------------------------------------------------------------

(冒頭原稿なし)

   ……鳥はコバルト山に翔け……

樹のいちいちの心からは

ことしの夏の若えだが

あをあをとして風に描かれる

   ……鳥はあっちでもこっちでも

     朝のピッコロを吹いてゐる……

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------

九〇
     春
                      一九二四、五、六、

祠の前のちしゃのいろした草はらに
木影がまだらに降ってゐる
   ……鳥は、コバルト山に、翔け……
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでゐる
   ……鳥は、コバルト山に、翔け……
那智先生の筆塚が
青ぐもやまた五月の底で
銭のかたちの粉苔こごけをつける
   ……鳥は、コバルト山に、翔け……
二本の巨きなとゞまつが
荒さんで青く塚のうしろに立ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
樹のいちいちの心からは
虚像が惑く風に描かれる
   ……鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いてゐる……

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲前)
------------------------------------------------------------

九〇
     春
                      一九二四、五、六、

祠の前のちしゃのいろした草はらに
木影がまだらに降ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
那智先生の筆塚が
青ぐもやまた五月の底で
銭のかたちの苔蘿コケラをつける
   ……鳥はコバルト山に翔け……
塚のうしろで 二本の巨きなとゞまつが
荒さんで青く天の氷に立ってゐる
   ……コバルト山に鳥は翔け……
樹のいちいちの心からは
ことしの夏の若枝が
蒼々として雲に描かれる
   ……鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いてゐる……

------------------------------------------------------------
(『貌』発表形 1926年7月1日))
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     春       宮沢賢治

ほこらの前のちしゃのいろした草はらに
影がきれいに降ってゐる
    …鳥はコバルト山に翔け…
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでゐる
    …鳥はコバルト山に翔け…
那須先生の筆塚が
青ぐもやまた春の底で
銭のかたちの苔をつける
    …鳥はコバルト山に翔け…
塚のうしろで二本の巨きなとど松が
荒さんで青く天の氷に立ってゐる
    …鳥はコバルト山に翔け…
樹のいちいちの心からは
ことしの夏の設計が
あをあをとして雲にかれる
    …鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いてゐる…

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-〔文語詩稿未定稿(040)〕----------------------------------
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■「月天讃歌 (擬古調)」
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(本文=下書稿推敲後)
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     月天讃歌 (擬古調)

兜の尾根のうしろより
月天ちらとのぞきたまへり

月天子ほのかにのぞみたまへども
野の雪いまだ暮れやらず
しばし山はにたゆたひおはす

決然として月天子
山をいでたち給ひつゝ
その横雲の黒雲の、
さだめの席に入りませりけり

月天子まことはいまだ出でまさず
そはみひかりの異りて
赤きといとど歪みませると

月天子み丈のなかば黒雲に
うづもれまして笑み給ひけり

なめげにも人々高くもの云ひつゝ
ことなく仰ぎまつりし故、
月天子また山に入ります

   兜の尾根のうしろより
   さも月天子
   ふたゝびのぞみ出でたまふなり

月天子こたびはそらをうちすぐる
氷雲のひらに座しまして
無生を観じたまふさまなり

月天子氷雲を深く入りませど
空華は青く降りしきりけり

月天子すでに氷雲を出でまして
雲あたふたとはせ去れば
いまは怨親平等の
ひかりを野にぞながしたまへり

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(下書稿推敲前)
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兜のみねのうしろより
月天のぞきいでたまひけり

月天子ほのかにのぞきたまへども
野の雪いまだ暮れやらず
しばしは待ちておはすなれ

月天子山をいでたち給ひつゝ
黒雲のさだめの席に入りませりけり

月天子まことはいまだ出でまさぬなり
みひかりの異り赤きといと歪めると

月天子み丈のなかば黒雲に
うづもれまして笑み給ひけり

なめげにも人々仰ぎまつりし
月天子また山に入ります

月天子ちゞれし雲に入りませど
空華は青く降りしきりけり

月天子いまはた怨親平等の
ひかりをながしたまひけり

--〔後記〕--------------------------------------------------

 9月の宮沢賢治学会には、今年は新幹線で行こうと思い立ち、先
日切符を買いに行ったら、列車の予約は一カ月前からだと言われま
した。8月末まで待たねばなりません。

 もう7月も半ばということでこんな心配をしていますが、抗ガン
剤治療の方は当分継続ということですので、体調面では不安があり
ます。何とか効果は出ているようなので、当分は続けるしかない、
というところです。

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