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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第957号--2017.06.24------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「春と修羅第二集(10)」「〔つめたき朝の真鍮に〕」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「〔どろの木の下から〕」「〔いま来た角に〕」
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 今回は1924年4月19日の日付をもつ二編です。

 「どろの木の下から」の方は最初の題は「路傍」となっていまし
た。後に文語詩に改作されて、「〔月のほのほをかたむけて〕」と
いう作品になっています。

 この日は土曜日でしたので、夜に遠出をしたようで行き先は盛岡
校外の外山だったと言われています。

 そこで「粟か何かを搗く」ための小屋を見るのですが、水を落し
て跳ね上がるという描写をしていますので、水車ではなく、バッタ
リ(水杵)と呼ばれるものです。

 唐臼の一種で、水を流し込んで鹿威しのように杵を上下させます。

水車小屋とバッタリ小屋
https://www.youtube.com/watch?v=PQL-lbLj6KY

 効率は回り続ける水車の方がよいので、バッタリは古いまたは簡
易な設備です。

 もう一つ、鈴をつけられた馬が寝ているのも見ています。この二
つから後の文語詩では盗人が出てくるのが不思議な成り行きです。

 「いま来た角に」の方は、元の題は「水源手記」になっています。

 下書稿の方では眠りにばいるとき、「コサック兵が…」という印
象的なフレーズがあります。

 昔読んだ「宮沢賢治詩集」ではこのフレーズがありましたので、
下書稿から「水源手記」という作品として掲載されていたのでしょ
う。

しかつめらしい同僚のやつらをけとばして
なんといふいゝとこにおれは来たのか
このゆるやかな準平原の春の谷
かれ草や灌木のなだらを截る
うつくしい月夜の小流れの岸だ

 下書き稿にある描写ですが、休みの日にわさわざこんな遠くまで
徒歩でやってきて、しかも夜通し歩いて野宿したようですが、勤務
先で何か嫌なことがあったのかもしれません。

 私は行ったことはないのですが、現在「盛岡市外山森林公園」と
して市の観光地になっているようです。

http://www.city.morioka.iwate.jp/kurashi/kokyoshisetsu/taiken/1000894.html

--〔BookMark〕----------------------------------------------

「小岩井農場」の詩句の解釈について −鶯とハンスー
http://michinoku.ne.jp/~susumu3/hana59.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

「鶯もごろごろ啼いてゐる 」 遠くでは雷がごろごろ鳴っている。

「その透明な群青のうぐひすが」雷を鶯に喩えた事を読者に暗に知
らせるために、ここで、この鶯の色が透明(光=稲妻)であること
を告げる。即ち、やはり鶯は雷である。 

「(ほんたうの鶯の方はドイツ読本のハンスがうぐひすでないよと
云つた)」しかし、雷を鶯に喩えることが、あまりにもとっぴな比
喩かもしれないと賢治は自省したので、ドイツ語の読本のハンス
(ハンス・アンデルセン・クリスチャンか、それとも、ドイツの物
語に出てくる正直者のハンス(たとえば、「金の斧」のきこり))
なら、そのような飛躍しすぎの比喩を認めない(書かない)だろう、
と、言う意味の補足をし、言い訳がましく、飛躍ぎみの比喩の事実
を読者に公表したのか、しなかったのか。

 以上で、この部分の詩句の意味が整理されたのではないだろうか。
このように解釈して来ると、パート二の「たむぽりんも遠くのそら
で鳴ってるし」に、視線が向う。その部分は、天沢氏によれば、
「これはタンバリンを思わせる音が聞こえて来た事の隠喩表現では
なくて、実際にはその音はきこえないけれどどうしても遠くの空で
タンバリンが鳴っているような気がしてしかたがなかった」・・
「イメージである以上現実音の不在を前提とする」(宮沢賢治研究
叢書4「春と修羅研究2」所収「小岩井から・・・・・・小岩井へ
・・・・・・」45頁)と、解されているが、私見によれば、パー
ト一での飛躍気味の比喩を、ここでは軌道修正、もしくは詩人とし
ての感性からか、彼の真意は不明であるが、とにかく、雷を「たむ
ぽりん」と別な表現で比喩したものだろう。

 そして、これら一連の比喩を「現実音」の雷と解することにより、
パート七の「雨のつぶ」や「すっかりぬれた 寒い がたがたする」
とうまく結びつく。現実音は、始めは遠くに存在していたが、パー
ト七では賢治にまで降りかかってきた雨に変わったのである。

 次にまた、別の見方をすれば、何故、飛躍しすぎの比喩「鶯」を
取り消して「たむぽりん」に統一しなかったのだろうか。全くの推
測だが、賢治は「その透明な群青のうぐひすが」という表現がもの
すごく気に入ったのだろうと思う。その表現をしたときは、きっと、
勝ち誇った気持ちになったのだろう。自分以外、誰がこのような表
現を考え付くのだろうか。と。だから、その表現を生かした。しか
し、パート二まで、その表現を続けることまでは出来なかった。や
はり、彼にとっても、「鶯」の比喩は大きな冒険だったのだろう。
少し自省し、逡巡しながら、括弧書の曖昧な注釈をつけた。

 いや、それとも、比喩を変えることが、更にこの詩を高めたこと
だったのか。

 (追加)

 後で気がつきましたが、筑摩書房版「宮沢賢治全集」2「春と修
羅 第二集」の「水源手記」(作品第一七一番)(315頁)の中
程に、

「熟した巻雲の中の月だ
 一挺の銀の手斧が
 水のなかだかまぶたのなかだか
 ひどくひかってゆれている
 太吉がひるま
 この小流れのどこかの角で
 まゆみの藪を裁っていて
 帰りにここへ落としたのだろう
 ・・・・・」

と、書かれています。この文意からすると、

 賢治が「小岩井農場」で云った「ハンス」は、「金の斧」(イソ
ップ寓話)の主人公を「ハンス」と呼んだ可能性が強いような気が
します。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

-〔春と修羅第二集(010)〕----------------------------------

「〔どろの木の下から〕」「〔いま来た角に〕」

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■「〔どろの木の下から〕」
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(本文=下書稿2推敲後)
------------------------------------------------------------

六九
     〔どろの木の下から〕
                     一九二四、四、一九

どろの木の下から
いきなり水をけたてゝ
月光のなかへはねあがったので
狐かと思ったら
例の原始の水きねだった
横に小さな小屋もある
粟か何かを搗くのだらう
水はたうたうと落ち
ぼそぼそ青い火を噴いて
きねはだんだん下りてゐる
水を落としてまたはねあがる
きねといふより一つの舟だ
舟といふより一つのさじだ
ぼろぼろ青くまたやってゐる
どこかで鈴が鳴ってゐる
丘も峠もひっそりとして
そこらの草は
ねむさもやはらかさもすっかり鳥のこゝろもち
ひるなら羊歯のやはらかな芽や
桜草プリムラも咲いてゐたらう
みちの左の栗の林で囲まれた
蒼鉛いろの影の中に
鍵なりをした巨きな家が一軒黒く建ってゐる
鈴は睡った馬の胸に吊され
呼吸につれてふるえるのだ
きっと馬は足を折って
蓐草の上にかんばしく睡ってゐる
わたくしもまたねむりたい
どこかで鈴とおんなじに啼く鳥がある
たとへばそれは青くおぼろな保護色だ
向ふの丘の影の方でも啼いてゐる
それらかいくつもの月夜の峯を越えた遠くでは
風のやうに峡流も鳴る

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

六九
                     一九二四、四、一九

ひっそりとした丘のあひ
月のあかりのいまごろを
巨きなドロの木のしたで
いきなりはねあがるのは
原始の素朴な水きねである
ぼろぼろぼろぼろ青火を噴いて
きねはだんだん下りてゐる
またはねあがる
きねといふより一つの舟だ
舟といふより一つのさじだ

さわしぎももう睡ったのに
そこらで鈴が鳴ってゐる
そこには一軒鍵なりをした家があって
鈴は睡った馬の胸に吊され
呼吸につれてふるえるのだ
きっと馬は足を折って
蓐草の上にかんばしく睡ってゐる
どこかで鈴とおんなじに啼く鳥がある
たとへばそれは青くおぼろな保護色だ
向ふの丘の影の方でも啼いてゐる
それらかいくつもの月夜の峯を越えた遠くでは
風のやうに峡流も鳴ってゐる

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------

六九
     路傍
                     一九二四、四、一九

四本のくらいからまつの梢に
かがやかに春の月がかかり
やなぎのはなや雲さびが
しずかにそこをわたってゆく
  ……赤く塗られた、鳥の卵と
    その影と……
さはしぎももう消えたのに
庭では鈴がちりちり鳴ってゐる
  ……この枯れ草の芝生なら
    暗さもやはらかさも
    すっかり鳥のこころもちだ……
鈴がかすかにまたひびくのは
ねむってゐる馬の胸に吊るされ
呼吸につれてふるえるのだ
きっと馬は足を折って
蓐草の上にかんばしくねむってゐる
  ……誰かが馬盗人とまちがへられて
    腕に金貨を射込まれた……
どこかで鈴とおんなじに啼く鳥がある
たとへばそれは青くおぼろな保護色だ
むかふの丘の陰影のなかでもないてゐる
それらかいくつもの月夜の峯を越えた遠くでは
風のやうに峡流も鳴ってゐる

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲前)
------------------------------------------------------------

六九
     路傍
                     一九二四、四、一九

四本のくらいからまつの梢に
かがやかに春の月がかかり
やなぎのはなや雲さびが
しずかにそこをわたってゆく
  ……赤く塗られた鳥の卵と
    その影と……
さはしぎももうひっこんだのに
庭では鈴がかすかに鳴ってゐる
  ……この枯れ芝生なら
    暗さややはらかさや
    すっかり鳥のこころもちだ……
鈴がかすかにまたひびくのは
ねむってゐる馬の胸に吊るされ
呼吸につれてふるえるのか
きっと馬は足を折って
蓐草の上にかんばしくねむってゐる
わたくしもまたねむりたい
  ……誰かが馬盗人とまちがへられて
    腕にピストルを射込まれた……
どこかで鈴とおんなじに啼く鳥がある
たとへばそれは青くおぼろな保護色だ
むかふの丘の陰影のなかでもないてゐる
それらかいくつもの月夜の峯を越えた遠くでは
風のやうに峡流も鳴ってゐる

------------------------------------------------------------
■「〔いま来た角に〕」
------------------------------------------------------------
(本文=下書稿4推敲後)
------------------------------------------------------------

〔一七一〕
     〔いま来た角に〕
                     一九二四、四、一九

いま来た角に
二本の白楊ドロが立ってゐる
雄花の紐をひっそり垂れて
青い氷雲に浮かんでゐる
そのくらがりの遠くの町で
床屋の鏡がたゞ青ざめて静まるころ
芝居の小屋が塵を沈めて落ちつくころ
帽子の影がさういふふうだ
シャープ鉛筆 月印
紫蘇のかほりの青じろい風
かれ草が変にくらくて
水銀いろの小流れは
蒔絵のやうに走ってゐるし
そのいちいちの曲り目には
藪もぼんやりけむってゐる
一梃の銀の手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる
太吉がひるま
この小流れのどこかの角で
まゆみの藪を截ってゐて
帰りにこゝへ落したのだらう
なんでもそらのまんなかが
がらんと白く荒さんでゐて
風がおかしく酸っぱいのだ……
風……とそんなにまがりくねった桂の木
原の雲も青ざめて
ふしぎな縞になってゐる……し
すももが熟して落ちるやうに
おれも鉛筆をぽろっと落し
だまって風に溶けてしまはう
このうゐきゃうのかほりがそれだ
 
風……骨、青さ、
どこかで鈴が鳴ってゐる
どれぐらゐいま睡ったらう
青い星がひとつきれいにすきとほって
雲はまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落とした鳥の尾羽に見え
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるへる

------------------------------------------------------------
(下書稿4推敲前)
------------------------------------------------------------

                     一九二四、四、一九

いま来た角に
二本の白楊ドロが立ってゐる
雄花の紐をひっそり垂れて
青い氷雲に浮かんでゐる
もういまごろは校長も
青い野原の遠くの方
髪をちゃきちゃき刈り込んで
足をのばして寝たころだ
布教使白藤先生も
説教が済んでがらんとして
寝しなのお茶をのんでるころだ
いやそれはもう昨夜のことで
校長さんはそろそろ次の答申案を書くために
威厳たっぷり起きはじめ
引っぱりだこの島地大等高弟は
夜あけの汽車に間に合はうと
せっせとあるいてゐるかもしれん
さうでなければ
まう両方のまん中ごろ
帽子の影がさういふふうだ
シャープ鉛筆 月印
紫蘇のかほりの青じろい風 熟した巻雲の中の月だ
かれ草が変にくらくて
水銀いろの小流れは
蒔絵のやうに走ってゐるし
そのいちいちの曲り目には
藪もぼんやりけむってゐる
一梃の銀の手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる
ミーロがそらのすももばたけで
おいぼれた木を杙ってゐて
ねむたくなって落すのだらう
なんでもそらの果樹園が
ぼんやりおかしく白く荒さんでゐて
風がおかしく酸っぱいから……
風……とそんなにまがりくねった桂の木
原の雲も青ざめて
ふしぎな縞になってゐる
もう眼をあいて居られない
だまって風に溶けてしまはう
このうゐきゃうのかほりがそれだ
 
風……骨、青さ、どこかで鈴が鳴ってゐる
どれぐらゐいま睡ったらう
青い星がひとつきれいにすきとほって
雲はまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落とした鳥の尾羽に見え
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるえる

------------------------------------------------------------
(下書稿3)
------------------------------------------------------------

一七一
                     一九二四、四、一九

いま来た角に
二本の白楊ドロが立ってゐる
雄花の紐をしづかに垂れて
青い氷雲にねむってゐる
おれもここらへすはるとしやう
かれ草が変にくらくて、水銀いろの小流れは、
蒔絵のやうに走ってゐるし
そのいちいちの曲り目には
藪もぼんやりけむってゐる
もういまごろは校長も、
青い野原の遠くの方で、髪をちゃきちゃき刈り込んで
足をのばして寝たころだ
それはもちろん寝たどこでない、そろそろ次の答申案を書くために
威厳たっぷり起き出すころだ、さうでなければ
まう両方のまん中ごろか、
帽子の影がさういふふうだ
とにかくおれもここへねむらう
シャープ鉛筆 星印
紫蘇のかほりの青じろい風
熟した巻雲の中の月だ
一梃の銀の手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる、
ミーロがそらのすももばたけで、おいぼれた木を杙ってゐて
ねむたくなっておとすのだらう
なんでもそらの果樹園が、がらんと白く荒さんでゐて、
風がおかしくすっぱいからな、
風……とそんなにまがりくねった桂の木
原の雲は青ざめて
ふしぎな縞になってゐる
もう眼をあいて居られない
めんだうくさい溶けてしまはう
めんだうくさい溶けてしまはう
このうゐきゃうのかほりがそれだ
  コサック、コサック、コサック兵が、駐屯、駐屯、駐屯する
  コサック、コサック…コサック…兵が、駐屯、〃 〃 〃
  コサック、コサック コサック 兵が 〃、〃 〃 〃
    〃       コサック…兵…が…駐屯…
    〃       コサック…兵…が…駐屯…駐屯…
    〃       コサック…兵…が…駐屯…──…駐屯…
    …       コサック…兵…が…駐屯…──…駐屯…する
    …       コサック…兵…が…駐屯…──…駐屯…する
    …           …兵…が…駐屯…──…駐屯…する

あゝあ
風…骨、青さ、
どこかで鈴が鳴ってゐる
峠の暗い林のなかだ
赤衣と青衣の二人の童子、
それは見たよりかんがへたほう、
どれぐらゐいまねむったらう
青い星がひとつきれいにすきとほって
雲はまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落とした鳥の尾羽に見えて
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるえる

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲後)
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一七一
     水源手記
                     一九二四、四、一九

やまならしの木がねむってゐる
雄花もみんなひっそり下げてねむってゐる
そんならこゝへおれも座らう
銀の鉛筆 青じろい風
かれ草や灌木のなだらを截り
水がころころ鳴ってゐる
もういまごろは校長も、
威厳たっぷりライスカレーを五杯か食って寝ただらう
寝たどこでないそろそろ次のライスカレーを食ふために
威厳たっぷり起き出すころだ
さうでなければまあ両方のまん中か、
白淵にしろもう説教も首尾よくすんで、
めでたく寝たのいふころだ
そんならおれもこゝへねむらう
いま来た角に
熟した巻雲の中の月だ
一梃の白い手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる、
ミーロがそらのすももばやしではたらいてゐて
ねむたくなっておとしたのだらう
風… とそんなにまがりくねった桂の木
低原のはらの雲はもう青ざめて
おかしな縞になってゐる──
もう眼をあいて居られない
めんだうくさい 溶けてしまはう
めんだうくさいとけてしまはう
このうゐきゃうのかほりがそれだ
  …コサック…コサック…コサック…
       …コサック…コサック…
            …コサック…兵が…
            コサック…兵が…駐屯…
                 兵が…駐屯…する
                 兵が…駐屯…する
                 兵が…駐屯…する
                 兵が…  …する
                    …… ……
                    …… ……

風…骨、青さ、
どこかで鈴が鳴ってゐる
峠の黒い林のなかだ
赤衣と青衣…それを見るのかかんがへるのか
どれぐらゐいまねむったらう 青い星がひとつきれいにすきとほって
雲はまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落とした鳥の尾羽に見える
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるえる

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
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一七一
     水源手記
                     一九二四、四、一九

かれ草や灌木のなだらを截り
水がころころ鳴ってゐる
もういまごろは校長も、
威厳たっぷりカレーを食って寝ただらう
寝たどこでないそろそろ次のライスカレーを食ふために
威厳たっぷり起き出すころだ
いや両方のまん中だ
いま来た角に
一本高いやまならしの木がねむってゐる
雄花もみんなひっそり下げてねむってゐる
そんならこゝへおれも座らう
銀の鉛筆 青じろい風
熟した巻雲の中の月だ
一梃の白い手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる、
ミーロがそらのすももばやしではたらいてゐて
ねむたくなっておとしたのだらう
風… とそんなにまがりくねった桂の木
低原のはらの雲はもう青ざめて
おかしな縞になってゐる──
もう眼をあいてゐられない
めんだうくさい 溶けてしまはう
このうゐきゃうのかほりがそれだ
  …コサック…
  …コサック…兵…
  …コサック…兵が…
        兵が…駐屯…
          …駐屯…する
          …駐屯…する
             …する
風…骨、青さ、
 どこかで鈴が鳴ってゐる
  峠の黒い林のなかだ
   赤衣と青衣…それを見るのかかんがへるのか
どれぐらゐいまねむったらう 青い星がひとつきれいにすきとほって
雲はまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落とした鳥の尾羽に見える
おれはまさしくやまならしのやうにふるえる

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
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一七一
     水源手記
                     一九二四、四、一九

しかつめらしい同僚なかまのやつらをけとばして
なんといふいゝとこにおれは来たのか
このゆるやかな準平原の春の谷
かれ草や灌木のなだらを截る
うつくしい月夜の小流れの岸だ
けれども向ふにしたところで
けとばされたと思ってゐない
日誌もとにかくこさえて来たし
肥料試験の札もとにかく立派に立てて来た
たゞもう早くこいつらの居ないところへ行かうと急いだだけなのだ
あれからみんな帰って行って
威厳たっぷりライスカレーを食って寝たり
床屋に行って髪を刈ったり
とにかくみんな
おかみさんもあればこどももばあとか云ってゐる
しづかな春の土曜日なのだ
それでいゝのだしゃっぽをそらに抛げあげろ
ところがそらは荒れてかすんだ果樹園だ
そこからしゃっぽが黒く落ちてくる
それから影は横から落ちる
受けてやらうか
こんどはおれが影といっしょにコサックになる
しゃっぽをひろへ
水がころころ鳴ってゐる
わあ どうだ いゝところだ
いま来た角に
やまならしの木がねむってゐる
雄花もみんなしづかに下げてねむってゐる
そんならここへおれもすはらう
銀の鉛筆、青じろい風
熟した巻雲の中の月だ
一梃の白い手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる、
ミーロがそらのすももばやしではたらいてゐて
ねむたくなっておとしたのだらう
風…とそんなにまがりくねった桂の木
低原のはらの雲は青ざめて
もう眼をあいて居られないよ
ちょっと事件がありました
めんだうくさい溶けてしまはう
このうゐきゃうのかほりがそれだ
  …コサック…
  …コサック…
  …コサック…兵…がみなポケットに薄荷をもって
       … …駐屯…
       … …駐屯…
         …駐屯…する
             する…
             …する
        風…骨、青さ、
   どこかで、鈴が鳴ってゐる
     峠の黒い林のなかだ
      二人の童子
       赤衣と青衣…それを見るのかかんがへるのか…

どれぐらゐいまねむったらう
青い星がひとつきれいにすきとほって
雲はまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落とした鳥の尾羽に見える
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるえる

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(下書稿1推敲前)
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一七一
     水源手記
                     一九二四、四、一九

帽子をそらに抛げあげろ
ゆるやかな準平原の春の谷
月夜の黒い帽子を抛げろ
  …ところがそらは
   荒れてかすんだ果樹園だ…
魔法の消えた鳥のやうに
帽子が落ちれば
またその影も横から落ちて
こんどはおれが
月夜の黒いコサックになる
  …かれくさや灌木のなだらを截る
   このうつくしい小流れの岸…
一梃の白い手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる、
ミーロがそらのアカシヤばやしではたらいてゐて
ねむたくなっておとしたのだらう
  ─beside the bubbling brook─
いま来た角に
やまならしの木がねむってゐる
雄花も紐をふっさり垂れてねむってゐる
そんならここへおれもすはらう
銀の鉛筆、青じろい風
熟した巻雲の中の月だ
  …アカシヤばやしのうしろの方で
   苹果がぼんやり腐ってゐる…
風…とそんなにまがりくねった桂の木
  …睡たい薄荷はすなはち風だ…
低原のはらの雲はもう青ざめて
ふしぎな縞になってゐる
  …コサック…
  …コサック…兵…
  …コサック…兵…が
       …兵…が…駐屯…
         …が…駐屯…する…
           …駐屯…する…
               する…
またねむったな、風…骨、青さ、
どれぐらゐいまねむったらう
雲がまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落とした鳥の羽に見える
  …もう鉛筆をもてない
   おれははんぶん溶けてしまはう
   このうゐきゃうのかほりがつまりそれなのだ
   どこかで 鈴が鳴ってゐる
    峠で鈴が鳴ってゐる
     峠の黒い林のなかで
      二人の童子が鈴を鳴らしてわらってゐる
       赤衣と青衣…それを見るのかかんがへるのか…
睡ってゐた ちがったことだ 誰かゞ来てゐた
青い星が一つきれいにすきとほってゐる
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるえる
風がもうほんたうにつめたく吹くのだ

------------------------------------------------------------
-〔文語詩稿未定稿(037)〕----------------------------------
------------------------------------------------------------
■「〔つめたき朝の真鍮に〕」
------------------------------------------------------------
(本文=下書稿2推敲後)
------------------------------------------------------------

     〔つめたき朝の真鍮に〕

つめたき朝の真鍮に
胸をくるしと盛りまつり
こゝろさびしくおろがめば
おん舎利ゆゑにあをじろく
燐光をこそはなちたまへり

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(下書稿2推敲前)
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つめたき朝の真鍮に
盛りまつり
こゝろさびしくおろがめば
おん舎利ゆゑにあをじろく
燐光をこそはなちたまへり

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(下書稿1「冬のスケッチ」第14葉第2章)
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  ※ 奉膳
 
つめたき朝の真鍮に
盛りまつり
こゝろさびしくおろがめば
おん舎利ゆゑにあをじろく
燐光をはなちたまふ。

--〔後記〕--------------------------------------------------

 外山高原は行ったことがないと書きましたが、地図を見ていると
息子が岩手大に在学中、高松池から龍泉洞までクルマで走ったこと
があり、外山高原はその途中にあるのですね。何だか景色のよいと
ころを通った記憶はあるのですが。

 その息子は卒業後、市の職員になりましたが、もう十年ほど経つ
のに、いまだに一番若手の獣医だそうです。毎年のように募集して
いても、応募が全くないということです。

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