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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第943号--2017.03.18------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「宮沢賢治年譜(79)1933年-3」「水部の線」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「宮沢賢治年譜(79)1933年-3」
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 今回は1933年の3回目ですが、7月の記事だけです。次回で8月、
そして最後の9月はたぶん2回に分けて掲載することになります。

 この年は不作続きの中で、珍しく天候に恵まれて豊作になった年
です。7月にもなれば、豊作の見通しは立ってきたころだと思いま
す。

 この7月、一つの大きな事件がありました。盛岡高農時代の「ア
ザリア」同人であった、河本義行が事故で死んでいるのです。

 水難事故で、溺れている人を助けようとして死んだというのが、
「銀河鉄道の夜」のカムパネルラの死と共通しているということで、
よく話題になる事件です。

 下の欄に出てくる、ご息女の御船道子さんには、花巻で何度かお
会いしたことがあります。旅館を経営されているとか、今もその旅
館には、「カムパネルラの館」という展示施設があるそうです。

 私も元気になったら、改めて三朝温泉に行ってみたいものです。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

河本義行(緑石)のお雛様 [作品に関すること]
http://azalea-4.blog.so-net.ne.jp/2008-03-05

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 おとといの3月3日は雛祭りでした。

 みなさま、今年はどんな雛祭りを過ごされましたか?また、雛祭
りや雛人形に、忘れられない思い出をお持ちの方もたくさんいらっ
しゃることと思います。

 鳥取県の三朝温泉に「木屋旅館」という老舗の温泉旅館がありま
す。

 ここの大女将の御舩道子さんは、「アザリア」の主要メンバーの
一人であった河本義行(緑石)の御息女(次女)です。

 河本義行は、倉吉農学校在職中の昭和8年7月、生徒の水泳訓練
中に溺れかけた配属将校を救助しようと体調不良の身を顧みず海に
飛び込み、配属将校は助けられたものの自らは陸に戻る途中に心臓
麻痺を起こして帰らぬ人になってしまいました。

 この話と『銀河鉄道の夜』のカムパネルラの最期がよく似ている
ことから、河本義行をカムパネルラのモデルとする説もあり、旅館
の向かい側にある喫茶室とギャラリーを兼ねた施設には「カムパネ
ルラの館」と名づけられています。

 館内は、手前の方が喫茶コーナー「茶房木々」、奥の方が道子さ
んが集めてこられた賢治に関するさまざまなグッズや本、緑石の遺
品・遺作などの展示コーナーになっています。

 展示コーナーの見学は無料で、本は自由に読むことができます。
「茶房木々」の珈琲もおいしいです!!

 展示コーナーの一番奥には、お雛様が飾られています。これは、
緑石(つまり道子さんのお父さん)が、道子さんの初節句に紙粘土
(新聞紙を溶かしたもの)でこしらえてくれた、手作りのお雛様な
のです。

 不格好なところがあるかも知れないけれど、とても暖かい感じの、
すてきなお雛様だと思いませんか?

 高価で立派な雛人形もいいかも知れません。

 でも、親が子どものために心をこめて作った、手作りの雛人形に
まさるものはありません!!

 何でもお金を出せば買える世の中ですが、たとえ簡素なものであ
っても手作りの雛人形で祝う雛祭り・・・、それはとってもすてき
なことだと私は思います。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

古き良き湯の宿 木屋旅館
http://www.misasa.co.jp/facility/

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 木屋旅館が運営する喫茶店「茶房 木木」の一角に「カムパネル
ラの館」という名のスペースがあり、全国各地からたくさんの宮沢
賢治ファンが多くいらっしゃいます。 それは当館の大女将の父で
ある「河本緑石」に深い関係があるからなのです。

 河本緑石(かわもとりょくせき/本名:義行)は1897年(明治30
年)鳥取県倉吉市生まれ。倉吉中学在学中から荻原井泉水の自由律
俳句に親しみ、その後、井泉水の主宰する句誌『層雲』にも参加。
1916年(大正5年)、岩手県の盛岡高等農林学校(現・岩手大学農
学部)に進学。 そこで河本緑石と宮沢賢治が出会います。

 1917年(大正6年)、河本緑石は、宮沢賢治、保坂嘉内、小菅健
吉等と同人文芸誌『アザリア』を発行し、お互いに影響を及ぼしま
す。卒業後、緑石は故郷鳥取へ帰り、県立倉吉農業高校で教鞭をと
るかたわら、俳句、絵画、作詩など幅広く才能を発揮。

 大正13年、同じように農学校で教鞭をとる宮沢賢治から、処女詩
集『春と修羅』や『注文の多い料理店』が贈られ、感動した緑石は
詩集『夢の破片』を出版し、賢治の友情に応えたのです。

 そんな緑石ですが、昭和8年夏、海水浴訓練中に溺れた同僚を救
助に向かい、37歳で帰らぬ人となってしまいます。その死は、同じ
く自由律俳句運動の中心の荻原井泉水の門下生だった種田山頭火に
も衝撃を与えました。その想いは亡くなった八橋海岸の供養塔に刻
まれています。

 緑石の死から2ヶ月後、賢治もこの世を去りますが、賢治の遺作
『銀河鉄道の夜』の中で、溺れる友を救って亡くなる“カムパネル
ラ”は緑石がモデルではないかと賢治研究家の中でよく言われてい
るのです。

 緑石はただ才気ある詩人であっただけでありません。家庭におい
ては良き父、学校においては生徒や同僚に気づかう良き教師でもあ
り、その生涯は大変すばらしいものでした。

 緑石は当時、福光の村において、自転車を所有する唯一の人士で
あり、倉吉農学校教員時代、毎日それで通勤していました。緑石が、
水泳の授業中溺れた同僚を助け、自ら帰らぬ人となったその日の朝
のこと。いつもと同じように自転車に乗った緑石は、何故かその朝
に限って幾度も自転車を止め、いとおしそうに、去りがたいように、
自らの家を振り返ったといいます。

 宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』の中に、カムパネルラが、「おっか
さんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」とジョバンニに向かっ
て言う場面があり、ジョバンニは知らないが、カムパネルラはこの
時点で、すでに溺れた友人を助け、自身は水死してしまっているの
です。その彼が、ただひとつ「母」に対してはすまないと思うので
す。彼のその姿、その死因は、最後の日の緑石とあまりにもよく重
なるのではないか、カムパネルラは緑石である、と推測されるゆえ
んなのです。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

--〔1933年-3〕----------------------------------------------
37歳(昭和八年)
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7月
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1日、本日付発行の「詩人時代」7月号に「葱嶺先生の散歩」を発
表。本号に及川儀三「岩手詩脈の光芒とその出発」の一文があり、
「(六)中央詩壇に活躍するもの──(中略)御大宮沢賢治病躯を
おして再びペンをとりはじめた」と記されている。

5日、「184ノ変 春 変奏曲」

16日、東京吉祥寺、菊地武雄あて返書(書簡478)。稲作の良好
なることと、5月に朝日新聞東京本社で催された岩手出身画家
「北斗会」展覧会を見たかったことをいう。

 御所村母木光から8月10日ごろ訪問のしらせがあった。その返
書(書簡479)に、
「高村氏草野氏等同人雑誌を作るとの事私例によって遁げました。」
という。草野心平によると逸見猶吉と相談して同人雑誌「次郎」出
すことにし、参加勧誘の手紙を賢治あてに出したのがこの年の7月
か8月初めで、8月初旬にその返事があったという。母木に告げた
同人雑誌はおそらくこの「次郎」で、草野あて返信もこの7月16
日以前に出されたかと思われる。それは次のようであった。

「(略)詩誌刊行の件、若し貴同人団の結合堅緻なものでありまし
たら、小生の如きその縁辺に於て、温度気圧等の条件により、或い
は結合し或いは遊離する「不定同人」といふものにでも御任命下さ
る訳にはいかんですか。小生は詩人の集りといふものをいつでもボ
イコット又は毛利元就の矢束の如きに比したくはなく酸素の分子─
構造或は発生機酸素の機構に於て見たいと常に思ふのです。若しそ
の辺御承知の上ならば、今月は仰せのとおり久しぶりでもらうらう
たるところをお目にかけます。何せお歴々なので外へ出すやうな甘
いものも上げられず少し力を入れて仕事をすると、すぐ数日の痛苦
を来すので、そこ辛いところです。それでもずい分よくなってゐま
す。もっとよくなりたいと懸命です。病気の熱をつかって仕事をす
るといふことはまだ切札にしてとって置きたいのです。(略)」

 この書簡によって草野は「参画許諾」と受けとり、一方賢治自身
は母木に「遁げました」と告げたわけである。なお次郎は賢治の死
によって「宮沢賢治追悼」と名称を変更、1934年1月28日付で百部
発行される。

 なお、この菊地武雄あて書簡(書簡478)の下書(三)裏面が
「ひのきとひなげし」草稿に用いられており、この童話の最終手入
れがこの日付ころであることを示している。また、下書(一)表面
余白が詩「〔倒れかかった稲のあひだで〕」下書稿に、下書(二)
の表面余白が「疑獄元兇」草稿第4集にそれぞれ転用されているの
も、これらの作品草稿成立日付推定の根拠となっている。

18日、鳥取県立倉吉農学校謹話中の元「アザリア」同人、河本義
行水死。この日八橋海岸で遊泳の生徒を監視中、白帽子1名(生徒
と思われたが高山写真館の青年)と同僚配属将校江原儀一大尉が救
いを求めるの発見し救助に赴く。しかし事実は大尉は救助におもむ
きつつあり、青年は運よくボートに収容され、大尉も舟にのって帰
った。これを見て引き返す途中心臓マヒを起こし不帰の客となった。

20日、本日付発行の「女性岩手」7号に「花鳥図譜・七月・」を
発表。

 同号の「編輯後記」に次のような文章がある。

「巻頭の宮沢先生の花鳥図譜・七月・二人の人物のリズムにひろご
る新鮮七月の深緑の風香! むせる様な青葉の匂ひ、川の青さ、そ
の中に点描される花鳥の絵巻、かはせみ! かゝる新鮮なスケッチ
は又とあらうか。それにしても先生は病中病床にありてこの「七月
・花鳥図譜」を如何に憧憬せられてゐる事ぞ。一刻も早く快癒され
て、自ら緑風花鳥中の人物になられん事を祈念する。」

25日,夜、石川善助の遺稿集「鴉射亭随筆」を弟清六に託して梅
野健三のもとに届けさせる。

26日、石川善助の弟善二郎あて書簡下書(書簡480)。「鴉射亭
随筆」4部が送られてきた礼をいう。

「巻を抜いて今更に故人の高邁純潔の心情胸に迫るを覚え思はず声
を挙げて泣きました。」

 同じく錫木碧あて葉書(書簡480a)で、石川善二郎から同書が送
られて来たことを伝え、「自画像書信等唯々病胸熱し身顫って悲し
みを新にするばかりです。」として「ご編纂なすった皆様」への感
謝の意を記す。

28日、錫木碧あて返書(書簡481)。5月1日の書簡で言及した
岩崎開墾地の高野技師が再び来訪、石灰を用いた陸稲の成育よろし
きことを告げ、麦作への使用もほぼきまったようなので、注文のあ
った節は「本県産品として特に指定を得たる点感謝す」ということ
を返事に入れるようにいう。

7月、国民高等学校で学んだ伊藤清一(町役場勤務)が病床を訪問。
賢治が色さまざまの大輪(25センチほどもある)のアサガオを咲
かせ、土蔵前に列べていたのを見たという。たまたま安部博も宮沢
商店へ来、土間を通ってこきアサガオを見た。このとき賢治は顔色
もよく、とても死を迎えるなどとは思えなかった、という。

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1月、ドイツでヒトラー内閣成立
2月、小林多喜二死亡
2月、国際連盟脱退
3月、三陸大地震、大津波
5月、京大滝川事件
この年、県下豊作

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谷崎潤一郎「春琴抄」
川端康成「禽獣」
西脇順三郎「Ambarvalia」
「文学界」「文芸」創刊
9月29日、佐々木喜善没

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政次郎 59歳
イチ 56歳 
シゲ 32歳
清六 29歳 1月5日、長女コウ出生(25日死亡)
アイ 22歳
主計 30歳
クニ 26歳
フヂ 4歳
ヒロ 2歳

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     葱嶺パミール先生の散歩

気圧が高くなつたので
昨日固態の水銀ほど
乱れた雲をはじいてゐた
地平の青い膨らみが
徐々に平位を復するらしい
しかも国土の質たるや
それが瑠璃から成るにもせよ
弾性なきをたっとばず
地面行歩に従つて
小さい歪みをつくること
あたかもよろしき凝膠ゲルなるごとき
これ上代の天竺と
やがては西域諸国に於ける
永い夢でもあつたのである
向ふ紫紺の古い火山のこつち側
何か播かれた四角な畑に
鉋屑カナガラ製の幢幡とでもいふべきものが
十二正しく立てられてゐて
古金の色の夕に映え
いろいろの風にさまざまになびくのは
たしかに鳥を追ふための装置であつて
別に異論もないのであるが
それがことさらあの高山を祀るがやうに
長短順をととのへて
二列正しく置かれたことは
ある種拝天の餘習であるか
山岳教の遺風であるか
ともかく誰しもこの情景が
単なる実用が産出した
偶然とのみ看過し得まい
古金の色の夕陽と云へば
きみのまなこは非難する
どうして卑しい黄金キンをばとつて
この尊厳の夕陽に比すると
さあれわたしの名指したものは
同じい純粋の黄金とは云へ
こん日世上交易の
暗い黄いろなものでなく
遠く時軸を溯り
幾多所感の海を経て
龍樹菩薩の大論に
わづかに暗示されたるたぐひ
すなはちその徳はなはだ高く
そのさうはるかに旺んであつて
むしろ流金クイックゴールドともなすべき
わくわくたるそれを曰ふのである
 
さう、亀茲国きじさくの夕陽のなかを
やつぱりたぶんかういふ風に
鳥がすうすう流れたことは
出土のそこの壁画に依つて
ただちに指摘できるけれども
沼地の青いけむりのなかを
はぐろとんぼが飛んだかどうか
そは杳として知るを得ぬ

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一八四ノ変
     春 変奏曲
                     一九三三、七、五、

(ギルダちゃんたらいつまでそんなに笑ふのよ)
(あたし……やめようとおも……ふんだけれど……)
(水を呑んだらいゝんぢゃあないの)
(誰かせなかをたゝくといゝわ)
(さっきのドラゴが何か悪気を吐いたのよ)
(眼がさきにおかしいの お口がさきにおかしいの?)
(そんなこときいたってしかたないわ)
(のどが……とっても……くすぐったい……の……)
(まあ大へんだわ あら楽長さんがやってきた)
(みんなこっちへかたまって、何かしたかい)
(ギルダちゃんとてもわらってひどいのよ)
(星葉木の胞子だらう
 のどをああんとしてごらん
 こっちの方のお日さまへ向いて
 さうさう おゝ桃いろのいゝのどだ
 やっぱりさうだ
 星……葉木の胞子だな
 つまり何だよ 星葉木の胞子にね
 四本の紐があるんだな
 そいつが息の出入のたんび
 湯気の加減でかはるんで
 のどでのびたり、
 くるっと巻いたりするんだな
 誰かはんけちを、水でしぼってもっといで
 あっあっ沼の水ではだめだ、
 あすこでことこと云ってゐる
 タンクの脚でしぼっておいで
 ぜんたい星葉木なんか
 もう絶滅してゐる筈なんだが
 どこにいったいあるんだらう
 なんでも風の上だから
 あっちの方にはちがひないが)
  そっちの方には星葉木のかたちもなくて、
  手近に五本巨きなドロが
  かゞやかに日を分劃し
  わづかに風にゆれながら
  枝いっぱいに硫黄の粒を噴いてゐます
(先生、はんけち)
(ご苦労、ご苦労
 ではこれを口へあてゝ
 しづかに四五へん息をして さうさう
 えへんとひとつしてごらん
 もひとつえっへん さう、どうだい)
(あゝ助かった
 先生どうもありがたう)
(ギルダちゃん おめでたう)
(ギルダちゃん おめでたう)
  ベーリング行きXZ号の列車は
  いま触媒の白金を噴いて
  線路に沿った黄いろな草地のカーペットを
  ぶすぶす黒く焼き込みながら
  挺々として走って来ます

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     花鳥図譜・七月・

(北上川はけい気をながしイ
 山彙やまはまひるの思睡しすゐかざす)
   南の松の林から
   なにかかすかな黄いろのけむり
(こつちの路がいゝぢやあないの?)
(おかしな鳥があすこに居る!)
(どれだい)
   稲草が魔法使ひの眼鏡で見たといふ風で
   天があかるい孔雀石板くじゃくいしばん
   張られてゐるこのひなか
   川を見おろす高圧線に
   まこと思案のその鳥です
(ははあ、あいつは翡翠かはせみ
 かはせみさ めだまの赤い
 あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よ ミチアつて)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちの尖つたぐあひ
 アの字はつまり愛称だな)
(マリアのアも愛称なの?)
(ははは、来たな
 聖母はしかくののしりて
 降誕祭クリスマスをば待ちたまふ…)
(クリスマスなら毎日あるわ
 受難日だつて毎日あるわ
 あたらしいクリストは
 千人だつてきかないから
 万人でつてきかないから)
(ははあ こいつはどうも…)
   まだ魚狗かはせみはじつとして
   川の青さをにらんでゐます
(…ではこんなのはどうだらう
 あたいの兄貴はやくざもの、と)
(それなによ)
(まあ待つた
 あたいのあにきはやくざもの、と
 あしが弱くてあるきもできず、と
 口をひらいて飛ぶのが手柄
 名前を夜鷹と申しますといふんだ)
(おもしろいわ それなによ)
(まあ待つて、
 それにおととも卑怯もの
 花をまはつてみいみい鳴いて
 蜜を吸ふのが…えゝと、蜜を吸ふのが…)
(得意です?)
(いや)
(何より自慢?)
(いや、えゝと
 蜜を吸ふのが日永の仕事
 蜂の雀と申します)
(おもしろいわ それ何よ)
(あたいといふのが誰だとおもふ?)
(わからないわ)
(あすこにとまつてゐらつしゃる
 目のりんとしたお嬢さん!)
(かはせみ?)
(まあそのへん)
(夜鷹があれの兄貴なの?)
(さうだとさ)
(蜂雀かが弟なの)
(さうだとさ
 第一それは女学校だかどこだかの
 おまへの本にあつたのだぜ)
(知らないわ)
  さてもこんどはししうどの
  月光いろの繖形花から
  びらうどこがねが一聯隊
  青ぞら高く舞ひ立ちます
(まあ大きな金苞華バツタカツプ!)
(ねえ、あれ、つきみさうだねえ)
(はははは)
(学名は何ていふのよ?)
(学名なんかうるさいだらう)
(だつてふつうのことばでは
 属やなにかも知れないわ)
(エノテラ、ラマーキアナ、何とかつといふんだ)
(ではラマークの発見だわね)
(発見にしちやなりがすこうし大きいな)
  燕麦の白い鈴の上を
  へらさぎ二疋わたつて来ます
(どこかですももを焼いてるわ)
(あすこの松の林のなかで
 
木炭すみかなんかをやいてるよ)
木炭すみぢやない、瓦窯だよ)
(瓦やくとこ見てもいゝ?)
(いゝだらう)

  林のなかは淡いけむりと光の棒
  窯の奥には火がまつしろで
  屋根では一羽
  ひよがしきりに叫んでゐます
(まああたし
 ラマーキアナの花粉でいつぱいだわ)
  燕尾イリスの花はしづかに燃える

-〔文語詩稿未定稿(023)〕----------------------------------
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(本文=下書稿推敲後)
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     水部の線

きみがおもかげうかべんと
夜を仰げばこのまひる
蝋紙に描きし北上の
水線青くひかるなれ

竜や棲みしと伝へたる
このこもりぬの辺を来れば
夜ぞらに泛ぶ水線の
火花となりて青々と散る

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(下書稿推敲前)
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並樹の松を急ぎ来て
きみがおもかげ うかべんと
まなこつむれば
まひる蝋紙に刻みゐし
北上川の 水線ぞ
青々としてひかるなれ

このこもり沼の夜の水に
あつきひたひをぬらさんと
夜草をふめば 幾すじの
北上川の水線は
火花となりて青々と散る

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(先駆形口語詩「三一三 産業組合青年会」)
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三一三
     産業組合青年会
                     一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ 席をわたったそれは誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい誰だ いきまき応へたそれは何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
村ごとのまたその聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車かを
酸えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもしやう
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
しかもこれら熱誠有為な村々の処士会同の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ

--〔後記〕--------------------------------------------------

 前回はすぐにでも手術というようなことを言いましたが、結局、
3月27日(月)に手術を受けることが決まりました。それまでは
特に治療もないので、次回は普通に配信できると思います。

 手術後、一週間くらいで退院ということなので、うまくいけば休
まずに行けそうです。我ながら勤勉なことですね

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