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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第941号--2017.03.04------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「宮沢賢治年譜(77)1933年-1」「〔ながれたり〕」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「宮沢賢治年譜(77)1933年-1」
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 いよいよ最後の年、1933年です。この年は日本が国際連盟から脱
退し、ドイツではナチス政権が誕生し、という具合にいよいよ「戦
争の足音」が聞こえてきた頃です。

 また、この年に「三陸大地震・大津波」があり、大きな被害を出
しています。

 三陸の地震は何度も繰り返されてきて、賢治存命中には、1996年
6月15日「明治三陸大地震」、1933年3月3日、「昭和三陸大地
震」と大きなのが来ています。

 前者は賢治が生れた年、後者は亡くなった年ですので、宮沢賢治
という人は明治三陸大地震から昭和三陸大地震までの期間を生きた
ことになります。

 1933年の地震も、先日の東日本大震災と同じく、内陸部での被害
は小さくて、沿岸部で大きな被害が出ています。賢治の書簡下書に
も、「地震は野原の方には被害なく海岸は津波のため実に悲惨なこ
とになってゐる」とあります。

 今回は1月から3月までを掲載していますが、3月には「詩人時
代」という雑誌に「詩への愛憎」を発表しています。今回はルビを
省略して掲載しましたが、元の姿は私のサイトのものをごらんくだ
さい。

 個人的な話になりますが、この詩は岩波文庫版「宮沢賢治詩集」
にも掲載され、特に強い印象を持ったものです。人生の初めにこん
な詩を読んでいたら、出世なんかしないよな…というのがきわめて
個人的な私の感想です。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

飯沢耕太郎編「きのこ文学名作選」
http://shikki.blog.fc2.com/blog-entry-568.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 古今東西あらゆる文学をイナゴのように食い尽くしてきた私でも
「きのこ文学」なるジャンルは初めて耳にした。というのは嘘で、
既に「きのこ文学大全」なる本があることくらい知っていた。のだ
が、俺のほうが詳しいわ、それにジョン・ケージのほうがもっとも
っと詳しいわ、どうしても商品化したいならジョン・ケージと南方
熊楠に書かせろよ、おまえは出てくんな、というありがちな若くて
青い反抗心が擡げてしまい、手にしたことはない。それに、それが
あるなら何でもありだろ、柑橘系文学だって貝文学だってドーナツ
文学だってホームパーティ文学だって成立しちゃうじゃないか、と
突っ込もうかとも思ったのだが、そこはそれ、きのこ好きのバイア
スがかかってしまい、実際こうして一冊にまとめられると「やられ
た!」という感想である。いわんや、作品セレクトや監修を私にし
なかったことが唯一のミスではなかろうかと思うくらい、きのこは
私を病的にする。だが私は田舎の漆器屋、私が言ったところで相手
をしてくれる出版社などいるはずもない。なので私は泣く泣く他人
の仕事である本書を購入したというわけだ。

目次。

004 孤独を懐かしむ人/萩原朔太郎
017 きのこ会議/夢野久作
027 くさびら譚/加賀乙彦
089 尼ども山に入り、茸を食ひて舞ひし語/「今昔物語集」より
097 茸類/村田喜代子
137 あめの日/八木重吉
152 茸の舞姫/泉鏡花
209 茸/北杜夫
237 あるふぁべてぃく/中井英夫
257 蕈狩/正岡子規
261 茸/高樹のぶ子
277 くさびら/「狂言集」より
295 朝に就いての童話的構図/宮沢賢治
308 神かくし/南木佳士
343 キノコのアイディア/長谷川龍生
347 しょうろ豚のルル/いしいしんじ
363 解説

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

--〔1933年-1〕----------------------------------------------
37歳(昭和八年)
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1月
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1日、年賀状、上閉伊郡青笹小学校浅沼政規、鳥取県立倉吉農学校
河本義行、石鳥谷町菊地信一、東京国柱会本部高知尾智耀、岩手郡
御所村母木光、花巻温泉駅前照井写真館高橋忠治、和賀郡更木村藤
島準八、満洲国錦州憲兵隊伊藤与蔵、稗貫郡八重畑村佐々木実あて
(書簡438〜442d)。

 本日付発行の「詩人時代」1月号所収「現代詩作家住所録総覧」
に住所氏名が掲出される。

3日、和賀郡二子村,齋藤貞一へ年賀状(書簡443)。

「私も一昨年の冬から又疾みましたがこの頃はやっと少しづゝ仕事
もできるやうになりました。」

4日、鈴木東藏の依頼により稲の生育と四要素の吸収状態図説を送
り、なお、注意を葉書で伝える(書簡444)。

7日、東京菊地武雄にあて年賀と上京中世話になった礼をのべる
(書簡445)。

16日,依頼に応じて詩人時代社編輯部吉野信夫あて「詩への愛憎」
を送る(「詩人時代」3月号に発表)(書簡446)。

24日、鈴木東藏より広告原稿を受け取り、諸方へ照会中につき、
なお三四日待つよう返書(書簡447)。

一月(推定)佐々木喜善あて書簡下書(書簡448)。「昨春お約束
の会費やっと今ごろお送り申しあげました。」とある、昨年佐々木
の訪問を受けた際、会員を募って編集発行していた「民間伝承」の
読者となっていたことがわかる。同誌2号は昨年5月受けとってい
るが、結局それで廃刊となった。

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2月
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2日、鈴木東藏より広告文案につき問い合わせと石灰8トン売却の
相談があった。

3日,鈴木東藏より宣伝資料調査費として金5円送られる。これに
対して、送り返そうと思ったが、店の品代中に繰り込むことにし、
そのように通知する(書簡449)。

4日、湯本村高橋久之丞へ本年度の肥料設計を書き送る(書簡450、
451)。

8日、高橋久之丞へ,石灰岩抹の件葉書で連絡。

9日、高橋久之丞へ、この朝石灰岩抹8トン車花巻到着、島組倉庫
に保管、1袋(13貫200)57銭、1車70円40銭、15日
までに代金を取りまとめて支払うならば3円値引きの旨連絡(書簡
452)。

15日,本日付発行の「新詩論」2輯ポオ特集号に「半蔭地選定」
を発表。

 鈴木東藏あて返書(書簡453a)。宣伝広告パンフレット製作のた
めの資料を求められ、4つ5つ別便で送り、注意を加える。また工
場より注文を受けた建築用資材アングルが長く、汽車に積み込まれ
ぬため何尺に切ればよいかをたずね、更に10トンの石灰発送を依
頼。

17日、鈴木東藏より依頼されたセメント袋につき、300枚を今
夕までに請負業者より譲り受け発送する旨通知。また、先便でたず
ねたアングルの切断寸法を再び問い、養鶏用石灰の依頼と値段の交
渉をする(書簡453b)。

18日、新詩論編輯所へ雑誌を送られた礼状を出す(書簡454)。

19日、高橋久之丞へ連絡(書簡456)9日通知の石灰岩抹を高橋
が引き取った際、話のあった追加の石灰10トン車で島組へ到着。
その引取り方について依頼。また本年は大豆粕、硫酸加里など割高
なので魚粕、石灰などに一部変更される場合は設計をしなおしをす
る旨伝える。

20日、森佐一あて葉書(書簡457)。

「先日の原稿断じて廃棄ねがひたし。お目にかゝりいろいろお話い
たしたけれど春を待つべきや。」

 この下書きは次のようである。

「原稿重ねてうるさいでせうが、まだ製本にならなかったらどうか
除いてくださいませんか。新聞に名前が出たりするとおやじが怒る
ので何とも困るのです。あの后「女性岩手」の方への「天才人」へ
もお許しをねがったからと云って出しませんでした。」

21日、鈴木東藏より江釣子へ送った石灰300袋の処理依頼があ
り、さし当たっての心当たりはないが3月下旬迄にはなんとかなる
旨をいう(書簡457a)。その他、店への繰入れは15円でもよいだ
ろうこと、セメント袋はなお800集めてあることを報じる。

2月下旬、松田幸夫(「天才人」発行者)あてと推定される書簡下
書(書簡458)に、原稿発表についての逡巡が書かれている。

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3月
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1日、本日付発行の「詩人時代」3月号に「詩への愛憎」を発表。

7日、母木光へ返書(書簡459)。

8日、鈴木東藏より連絡相談があった。本年ょ宣伝パンフレット印
刷は仙台東北印刷へ依頼、1部2銭5厘の印刷代になり、この費用
捻出のため石灰引取りをたのむこと、またセメント袋代もそれによ
り支払うことなどである。工場は不況のため割引販売を行っていた
が、なおその上値引きを迫られるなど、経営に苦しんでいる。

13日、鈴木東藏あて返書(書簡460)。石灰10トン分引き受け
承知のこと、代金66円60銭よりセメント袋代金10円だけ引き
残金56円60銭を送ること、などをしらせる。

15日、鈴木東藏より書簡と送品を受けとる。「石灰百四十、飼料
廿、搗粉十」分代金90円12銭より、「昭和6年御立替分」10
円、セメント袋代10円、電報為替料90銭を引き、69円22銭
のところ、70円電送したことをしらせる(書簡461)。

 なお昭和6年よりの計算書を近日中に送り、受取などを整理した
い旨をつけ加える。

18日、鈴木東藏へ返書(書簡462)。セメント袋500を集め今
夕迄に送るが、それ以上は差当り見当もつかぬのでそちらも手配す
るようにいう。

20日、19日付で鈴木東藏より新しい取引関係の相談と金融依頼
があったが、政次郎より商行為上の慣例で未面識の所との文面取引
の見込みはないことを聞き、ことわる(書簡463)。

 なお、セメント袋400枚を今朝発送したことをしらせる。

 本日付で「現代童話名作集」上下が発行され、上巻に「北守将軍
と三人兄弟の医者」、下巻に「グスコープドリの伝記」が収録され
ている。これは佐藤一英編集「児童文学」の紙型を利用して刊行さ
れたものである。

 本日付発行の「天才人」6輯に「朝に就ての童話的構図」を発表。
「消息」欄に「宮沢賢治氏、永いお病ひも快いとの由。近況に「こ
の冬を起きて遠しました」との嬉しい便りを見る。」とある。

26日、御田屋町長久寺佐藤元勝の見舞状へ礼状(書簡464)。

 長久寺は臨済宗妙心寺派、元勝の父祖琳が住職で、濃きとき元勝
は本山から帰り院代をつとめて父を助けていた。賢治は祖琳の禅道
会で提唱を聞いており、「槐安国語提唱録」5巻を寄進している。

27日、沢里武治あて書簡(書簡465)。中身なし。

 鈴木東藏より金融の依頼があったが店の方も都合あり、工場近く
の摺沢村の酒屋にでも当たってほしい。「貴意に副ひ兼ね甚小生も
面目無之候」という(書簡466)。

30日、森佐一にあてて「天才人」6輯を受けとった礼を次のよう
にいう。

「「天才人」いたゞき、じつに、ぢくぢくと冷汗をながしました。
どうも結局あなたに負けてしまひました。しかし病気のひしげた気
持ちを引き直してやらうといろいろなさるあなたのご好意がわから
ぬ訳ではありません。お互ひいよいよしっかりやりませう。」

31日、「岩手日報」夕刊三面に発表された「「天才人」6輯/そ
の詩歌を一読」で森佐一は宮沢賢治の「朝に就ての童話的構図」が
発表されたことを喜び、「この一篇のためにだけで「天才人」第6
輯は輝かしい存在と泣くでせう。」と賞賛する。

3月、あて先不明の書簡下書が二つある。一つは三陸大津波の見舞
をうけた礼状で、「お葉書再度までありがたう存じます。地震は野
原の方には被害なく海岸は津波のため実に悲惨なことになってゐる」
とある(書簡468)。もう一つは同級会開催の案内をうけた礼状で、
「何分にも未だ辛く机にすがりて幾許の仕事致し居るのみの状態に
て外出には尚幾十日かを閲せざるべからざる」とある。

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1月、ドイツでヒトラー内閣成立
2月、小林多喜二死亡
2月、国際連盟脱退
3月、三陸大地震、大津波
5月、京大滝川事件
この年、県下豊作

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谷崎潤一郎「春琴抄」
川端康成「禽獣」
西脇順三郎「Ambarvalia」
「文学界」「文芸」創刊
9月29日、佐々木喜善没

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政次郎 59歳
イチ 56歳 
シゲ 32歳
清六 29歳 1月5日、長女コウ出生(25日死亡)
アイ 22歳
主計 30歳
クニ 26歳
フヂ 4歳
ヒロ 2歳

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[445] 1933年1月7日 菊地武雄あて 封書

(表)東京市吉祥寺一八七五 菊地武雄様
(裏)一月七日 岩手県花巻町 宮沢賢治拝(封印)〆

  一月七日

明けましておめでたう存じます。

一昨秋は大へんご心配をお掛けしたりお世話になったりして、殊に
どう変るかも知れない病人をご自宅へお連れ下さるといふやうなお
詞まであったので、帰ってだんだんよくなってもちょっとさらさら
とお礼の手紙も書けさうなく、重苦しくご無沙汰いたしてしまひま
した。やっと少しづつ下らない仕事して居ります。しかしもう一昨
年位の健康はちょっと取り戻せさうにもありません。それでもどう
でもこの前より美しいいゝ本の数冊をつくりあげる希望をば捨て兼
ねて居ります。何卒ご鞭撻ねがひ上げます。前、童話集を出した光
原社、及川四郎氏同封の場処へ出ましたさうで、美術関係の仕事で
すから、おひまありましたら、お立ち寄り、何かにお心づけ下さら
ば出京梶X甚力強いだらうと存じます。どうもご挨拶とも何ともつ
かないおかしな手紙になってしまひました。乍末筆切に新歳の御多
祥を祈り奉ります。

  菊池武雄様
    御家内様

宮沢賢治

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[446] 1933年1月16日 詩人時代社編輯部(吉野信夫)あて 封書

(表)新潟市旭町二ノ五二四一
(裏)一月十六日 岩手県花巻町 宮沢賢治(封印)〆

新年おめでたう存じます。

お詞の詩らしきもの、とにかく同封いたしました。他にぴんとした
原稿沢山ありましたらしばらくお取り棄てねがひます。病気も先の
見透しがついて参りましたし、きっと心身を整へて、今一度何かに
ご一諸いたしますから。

乍末筆新歳筆硯のご多祥を祈りあげます。

   十六日

宮沢賢治

 吉野信夫様
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[459] 1933年3月7日 母木光あて 封書

(表)岩手県御所村上南畑 母木光様
(裏)三月七日 花巻町 宮沢賢治

お手紙まことにありがたく拝誦いたしました。

石川さんの詩集は吉田一穂さんが「新詩論」の編輯所から三月一日
に発刊するやうな模様でしたが、まだ出ませんやうです。ほかに随
筆類を錫木碧氏等で集められたとのことですがこちらはどうなりま
したか、石川さんも去年夏にはあなたの方へも行かれる考だったの
でせうが、あゝいふことになってしまって何ともどうもいまだに考
がまとまりません。

当地方も同じく陰気な非常時の冬でした。毎日何にもつかない僅か
ばかりの仕事をしてこの数ヶ月を渉りました。早く暖かくなって少
しは外も歩けるやうにとばかり考へて居ります。「詩人時代」には
あなたは前は盛んにお出しになったでせうが、もっといかゞですか。
佐藤一英さんの「童話文学」二輯まででてあと話をきゝませんがや
っぱり少部数では間に合はないのでせう。童話も全く行き詰りのや
うです。こゝを突破して一つ新生面をお開きください。御地のやう
な場所では自然への精密な観察は新らしい童話の資源だらうと存じ
ます。明日あたり本を何かお送りいたしたいと思ひますが、もしご
不用の品でしたらそちらで適宜ご処置ねがひあげます。私も一昨年
以来殆んど勉強もできで弱りきって居ります。

   三月七日

宮沢賢治

  母木 光様

  薬草のご研究いかゞですか。県農会の小原忠君を序での節にお
訪ね下すったら何かご便利があると思ひます。

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[463] 1933年3月20日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

拝復

十九日附貴簡正に拝誦、御文面の趣父へ申出候処、何分此の様の場
合にて、商店の取引の如きも従来の取引先さへ尚現金勘定を以てす
るの一般慣習と相成候現状なれぱ、御立場は重々承知乍らも、到底
未面識の所との文面取引は見込立たざる次第との事に有之、誠にお
気の毒乍ら今回は貴意に副ひ兼ね候間、証券同封御返送申上候儀、
何卒不悪御諒察奉願候。

尚セメント袋の方は四百枚今朝発送申上候間貴着御査収被成下度候。

敬具

   三月廿日

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[466](1933年3月27日)鈴木東藏あて 葉書

(表)東磐井郡 陸中松川駅前 鈴木藤三様
   廿七日 花巻町 宮沢賢治

拝復 御申越の件何とも御尤に存上候へ共店の方矢張月末にて色々
金策致居の趣、来月中旬ともならぱ何とか致し得べきも何卒この度
は横屋の方にても御工夫願上度由再度迄貴意に副ひ兼ね甚小生も面
目無之候 先は取急ぎ御返事迄

敬具

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     詩への愛憎

雪と飛白岩の峰の脚、二十日の月の錫のあかりに、澱ん
で赤い落水管と、ガラス造りの発電室と、…また餘水吐
の青白い滝。
黝い蝸牛水車で、早くも春の雷気を鳴らし鞘章翅発電機
をもつて、愴たる夜なかの睡気を顫はせ、大トランスの
六つから、三万ボルトの痙攣を、野原の方へ送りつけ、
斑気多情の計器どもを、ぽかぽか監視してますと、いつ
かそこらがだんだん温く、巨大なフズリナ配電盤は、交
通地図の模型に変り、玩具の汽車も駆けだして、海より
眠い耳もとに、やさしい声がはいつてくる、おお恋人の
総身は、玲瓏とした氷でできて、谷の氷柱を靴に穿き、
淵の薄氷をマントに着れば、胸にはひかるポタシユバル
ヴの心臓が、耿々としてうごいてゐる。やつぱりあなた
は心臓を、三つももつてゐたんですねと、技手がかなし
く喞つて言へば、佳人はりうと胸を張る、どうして三つか
四つもなくて、脚本ひとつ書けるでせう、技手は思はず
憤る、なにがいつたい脚本です、あなたの雑多な教養
と、愚にもつかない虚名のために、そこらの野原のこど
もらが、小さな赤いもも引や、足袋をもたずに居るので
す、旧年末に家長らが、魚や薬の市へ来て、溜息しなが
ら夕方まで、行つたり来たりするのです、さういふ犠牲
に値する、巨匠はいつたい何者ですか、さういふ犠牲に
対立し得る、作品こそはどれなのですか、もし芸術とい
ふものが、蒸し返したりごまかしたり、いつまで経つて
もいつまで経つても、無能卑怯の遁げ場所なら、そんな
ものこそ叩きつぶせ、言ひ過ぎたなと思つたときは、令
嬢の全身は、いささかピサの斜塔のかたち、どうやらこ
れは重心が、脚より前へ出て来るやう、ねえ、ご返事をき
きませう、なぜはなやかな機知でなり、突き刺すやうな
嘲笑で、ぴんと弾いて来ないんです、おゝ傾角の増大は
tの自乗に比例する、ぼくのいまがた云つたのは、みな
円本にあるんです、しつかりなさいと叫んだときは、ひ
とはあをあを昏倒して、ぢやらんぱちやんと壊れてしま
ふ。匆惶として眼を開けば、コンクリートの冷たい床で、
工夫は落したペンチをひろひ、窓の外では雪や荒んだ蛇
紋岩の峰の下、硅酸鉄の工場から、赤い傘火花の雲が発
つてゐて、一列の清冽な電燈は、ただ青じろい二十日の
月の、盗賊紳士風した風のなかです。

-〔文語詩稿未定稿(021)〕----------------------------------
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(本文=下書稿推敲後)
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     〔ながれたり〕

ながれたり
  夜はあやしく陥りて
  ゆらぎ出しは一むらの
  陰極線のしひあかり
  また蛍光の青らむと
  かなしく白き偏光の類
ましろに寒き川のさま
地平わづかに赤らむは
あかつきとこそ覚ゆなれ
    (そもこれはいづちの川のけしきぞも)
げにながれたり水のいろ
ながれたりげに水のいろ
このあかつきの水のさま
はてさへしらにながれたり
    (そもこれはいづちの川のけしきぞも)
明るくかろき水のさま
寒くあかるき水のさま
    (水いろなせる川の水
     水いろ川の川水を
     何かはしらねみづいろの
     かたちあるものながれ行く)
青ざめし人と屍 数もしら
水にもまれてくだり行く
水いろの水と屍 数もしら
    (流れたりげに流れたり)

また下りくる大筏
まなじり深く鼻高く
腕うちくみてみめぐらし
一人の男うち座する
見ずや筏は水いろの
屍よりぞ組み成さる

髪みだれたるわかものは
筏のはじにとりつけば
筏のあるじまみ赤く
頬にひらめくいかりして
わかものの手を解き去りぬ

げにながれたり水のいろ
ながれたりげに水のいろ
このあかつきの水のさま
はてさへしらにながれたり

共にあをざめ救はんと
流れの中に相寄れる
今は却りて争へば
その髪みだれ行けるあり
    (対岸の空うち爛れ
     赤きは何のけしきぞも)
流れたりげに流れたり
はてさへしらにながるれば
わが眼はつかれいまはさて
ものおしなべてうちかすみ
たゞほのじろの川水と
うすらあかるきそらのさま

おゝ頭ばかり頭ばかり
きりきりきりとはぎしりし
流れを切りてくるもあり

死人の肩を噛めるもの
さらに死人のせを噛めば
さめて怒れるものもあり

ながれたりげにながれたり
川水軽くかゞやきて
たゞ速やかにながれたり
    (そもこれはいづちの川のけしきぞも
     人と屍と群れながれたり)

あゝ流れたり流れたり
水いろなせる屍と
人とをのせて水いろの
水ははてなく流れたり

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(下書稿推敲前)
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ながれたり
  夜はあやしくうちひろげ
  ゆらぎ出でしは一むらの
  陰極線の黄のあかり
  また蛍光の青らむと
  かなしく白き偏光の類
ましろに寒き川のさま
地平わづかに赤らむは
あかつきとこそ覚ゆなれ
げにながれたり水のいろ
ながれたりげに水のいろ
このあかつきの水のさま
はてさへしらにながれたり
    (そもこれはいづちの川のけしきぞも)
明るくかろき水のさま
寒くあかるき水のさま
    (水いろなせる川の水
     水いろ川の水いろの水
     川水川の水いろの水)
青ざめし人と屍 数もしら
ただひたすらに 流れたり
水いろの水と屍 数もしら

対岸の黒き一線
川水にゆれ波にゆれ
そらしろじろと張りわたす
    (流れたりげに流れたり

水いろの屍にまじり
いま下りくる大筏
まなじり深く鼻高き
一人の男たゞずめり
たゞおもむろにみめぐらし
腕うち組みて下りくる
おゝそのいかだ
水いろの屍よりぞ組み成されたり

髪うちみだれ青じろきもの
筏のはじにとりつけば
また力なく手をはなす
筏のあるじまみ赤く
頬にひらめくいかりあり
流れたらずや流れたり
かの青長き瘠のうで
前駆の足をとりにけり
もだえておぼれ見ゆれども
やがてはついにあらたなる
屍となりてながれたり

げにすみやかにすみやかに
人と屍は流れたり
互いにあをざめ救はんと
流れの中に相寄りて
今は却りて争へば
その髪みだれはや見えず
  ……対岸の空うち爛れ
    赤くなりしは何故ぞ……
流れたりげに流れたり
    わが眼はつかれ
    ものなべてぼうとかすめり
    赤き一点のしろびかり
    斯くあるべきにあらざれば
    なは写すべし 写すべし
おゝ頭ばかり頭ばかり
キリキリキリッとはぎしりし
流れを直ぐに切りてくる

死人の肩を噛めるもの
さらに死人のせを噛めば
死人はさめて
はぎしれり

ながれたりげにながれたり
川水軽くかゞやきて
たゞ速やかにながれたり

岸の岬のそがうちに
屍さわに漂へば
一人の男そを渡る
しばしば沈み落ちたれど
なほも身軽に渡りけり

いましかなたの岸にして
道化しみぶりやゝにして
たちまちすがた消えたるは
曠野の土に吸はれたるらし

流れたりげに流れたり
水いろなせる屍と
人とをのせて水いろの
水はつめたく流れたり

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(先駆形短歌「青びとのながれ」)
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680
あゝこはこれいづちの河のけしきぞや人と死びととむれながれたり

681
青じろき流れのなかを死人ながれ人々長きうでもて泳げり

682
青じろきながれのなかにひとびとはながきかひなをうごかすうごかす

683
うしろなるひとは青うでさしのべて前行くもののあしをつかめり

684
溺れ行く人のいかりは青黒き霧とながれて人を灼くなり

685
あるときは青きうでもてむしりあふ流れのなかの青き亡者ら

686
青人のひとりははやく死人のたゞよへるせなをはみつくしたり

687
肩せなか喰みつくされてしにびとはよみがへり来ていかりなげきし

688
青じろく流るゝ川のその岸にうちあげられし死人のむれ

689
あたまのみひとをはなれてはぎしりの白きながれをよぎり行くなり

--〔後記〕--------------------------------------------------

 千号を超えても続ける気満々だったのですが、ちょっと病気にな
りまして、そうもいかないかもしれません。

 つきましては、どなたか私のサイトのデータをひきついでくれる
方がいらっしゃれば、お渡ししたいと考えていますので、ご連絡を
お待ちしています。

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