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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第909号--2016.07.23------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「宮沢賢治年譜(45)1925年-3」「〔一才のアルプ花崗岩を〕」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「宮沢賢治年譜(45)1925年-3」
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 今回は1925年の夏です。この時期の話題としては、草野心平のや
っている「銅鑼」の同人になったり、森佐一の「貌」に出稿したり、
といわゆる「詩人」らしい活動があったこと、それから、早池峰登
山をしたことです。

 草野心平を通じて、いわゆる「詩壇」とつながりができたことは、
後の全集発行につながっていきました。

 草野心平は福島県出身ですが、長く広州に滞在していました。こ
の年に帰って来て、早速賢治を誘ったわけです。

 いわき市に「草野心平記念文学館」がありますが、そこの学芸員
の方いわく、心平は借金を踏み倒したりしていて、地元では嫌われ
ている、地元で今も慕われている賢治記念館の方がうらやましい、
そうです。

 いかにも対照的な二人ですが、案外気が合ったのかもしれません。

 早池峰はかなり高い山ですが、河原坊というところまではクルマ
で行けます。昔、宮沢賢治学会の面々がここから山頂まで登ったそ
うですが、私はレンタカーで行き、山には入らずに引き返してきま
した。

 賢治はここらで野宿をして、「三七四 河原坊(山脚の黎明)」
「三七五 山の晨明に関する童話風の構想」という魅力的な詩を残
しています。

 駐車場から少し崖を登ったところに、賢治の詩碑があります。

 碑の文字は地元の小学生が書いたものだそうですが、すばらしく
感動的な出来ばえで、「数ある賢治詩碑中の白眉」という評価には私
も同意です。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

「山の晨明に関する童話風の構想」詩碑
http://www.kanko-hanamaki.ne.jp/marugoto/detail.php?p=105

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 早池峰山は宮沢賢治が愛し何度も訪れた山で、刻まれた詩は1925
年8月に1人で早池峰に登った時の作品です。碑文の揮毫は当時小学
4年生の児童の手によるもので、当時のイーハトーブ館館長の原子
朗氏は、著作のなかでこの碑を「数ある賢治詩碑中の白眉」と評して
います。

【碑文】

おお青く展がるイーハトーボのこどもたち
グリムやアンデルセンを読んでしまったら
じぶんでがまのはむばきを編み
經木の白い帽子を買って
この底なしの蒼い空気の淵に立つ
巨きな菓子の塔を攀ぢよう

設置年  昭和47年10月16日

詩:宮沢賢治  書:橋久美子

所在地 花巻市大迫町内川目(河原の坊登山口)

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

--〔1925年-3〕----------------------------------------------
29歳(大正十四年)
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7月
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 中国広州の嶺南大学に学んでいた(1921年9月〜1925年7月)草
野心平が、暴動化した排日英運動のため帰国、東京麹町句飯田町2
−53 黄瀛下宿先に寄寓し、同人誌「銅鑼」3号を賢治に送り、
同人の勧誘を行った。まもなく賢治から承諾の手紙がきた。「……
私は詩人としては自信ありませんが、一個のサイエンチストとして
は認めていただきたいと思います…」といった返事とともに1円の
為替と詩2篇が送られてきた。このとき草野は22歳。

18日、森佐一編集発行の詩誌「貌」が創刊され、「鳥」「過労呪
禁」の2篇を発表。同人費は3円であった。

 なお、同誌の表紙裏に『春と修羅』を取り次ぐ旨の1頁広告が出
ている。賢治が岩手詩人協会に資金カンパ代りに『春と修羅』を提
供したものである。

19日、「三六六 鉱染とネクタイ」「三六八 種山ヶ原」「三六
九 岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」

25日、弘前の軍隊にいる清六への返書(書簡209)。

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8月
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10日、「三七〇 〔朝のうちから〕」「三七二 渓にて」

 早池峰登山を行い、この夜河原坊に野宿する。

 同日発行「貌」2号に「過去情炎」を発表。

11日、「三七四 河原坊(山脚の黎明)」「三七五 山の晨明に
関する童話風の構想」

 山頂に日の出を迎える。

14日、森佐一あて手紙(書簡210)。「スケッチ二編」として
「痘瘡(幻聴)」「ワルツ第CZ列車」を同封。

「会費もあげなければなりませんが、あの本で負けてくれませんか。」
とあるが、あの本とは『春と修羅』である。

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9月
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7日、「三七七 九月」

8日、本日付発行の「銅鑼」4号に、「心象スケッチ 負景二編」
として「−命令−」「未来圏からの影」を発表。この号は草野の郷
里、福島県石城郡上小川村(現いわき市小川町)で謄写刷り、自家
製本で発行された。

 編集後記に草野心平は「現詩壇で最も奇抜な二つの個性−三好十
郎、宮沢賢治両君が同人に加わった(中略)宮沢君は昨年『春と修
羅』一巻を世に投げつけたまま、全くの沈黙をつづけてきた。これ
からの両君の活躍が期待される。」と書く。

10日、「三七八 住居」

15日、本日付発行の「貌」3号に心象スケッチ「春二編」として
「痘瘡(幻聴)」「ワルツ第CZ列車」を発表。

 9月中旬、入営中の清六から音信がないので病気ではないかと心
配し、学校を休んで青森県鰺ヶ沢近郊の山田野演習厩舎へ向かう。
清六はこのとき上等兵で烈しい演習を午後4時すぎに終り、厩舎に
近づいたとき麦わら帽子に支那服のような地方人の姿を逆光の中に
見たが、それが黒いダブダブの繻子の折襟服で面会にきた兄であっ
た。兄弟は営庭の芝生に安らい、酒保で買ったピーナツやパンを食
べ、安葡萄酒をのんで兄はやらねばならぬたくさんの企画、弟は将
来への考えをしずかに話し合った。面会時間も切れ、賢治汽車にお
くれては大変と駆けて駅へいったが、いい具合に間に合うことがで
きた。

21日、森佐一あて手紙(書簡211)。松田浩一(農学校教え子、
この年3月卒業)の詩「空と心」を送り掲載を依頼。加えて自作の
「孤独と風童」を同封する。また別便で『春と修羅』『注文の多い
料理店』各30冊を送り、森の詩集刊行のカンパとする。

 弘前の清六へ返書(書簡212)。先日山田野の演習場へ訪ねたと
きの寂かな愉悦をのべ、「われわれは科楽しく正しく進まうではあ
りませんか。」という。

29日、本日付「岩手日報」四面に森佐一「貌のことども」(上)
掲載。『春と修羅』について述べる。

下旬、森佐一あて返書(書簡213)。森の詩集出版の費用をこさえ
かねて本をカンパしたことを詫び、依頼に応えて「雲(幻聴)」一
篇を送る。

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1月、東京放送局ラジオ試験放送開始
3月、盛岡中学校寄宿舎焼失
4月、治安維持法施行
7月、東京放送局本放送開始
7月、大船渡線、一関−摺沢間開通
11月、花巻温泉電気鉄道全線開通(西花巻−花巻温泉)
12月、農民労働党(書記長浅沼稲次郎)結成、即日禁止

この年県下豊作

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梶井基次郎「檸檬」
岩手歌人協会の「郷土歌人」創刊
草野心平、中国広州で同人雑誌「銅鑼」創刊
「家の光」創刊
八木重吉「秋の瞳」
萩原朔太郎「純情小曲集」
堀口大学訳詩集「月下の一群」
柳田国男「民族」創刊
尾形亀之助「色ガラスの街」
映画「黄金狂時代」(チャップリン)
映画「戦艦ポチョムキン」(エイゼンシュテイン)

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政次郎 51歳
イチ 48歳 
シゲ 24歳
清六 21歳 ひきつづき弘前歩兵第31連隊第7中隊第1班勤務。
12月1日、見習士官任官。
クニ 18歳

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三六九
     岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)
                    一九二五、七、一九、

ぎざぎざの班糲岩の岨づたひ
膠質のつめたい波をながす
北上第七支流の岸を
せはしく顫へたびたびひどくはねあがり
まっしぐらに西の野原に奔けおりる
岩手軽便鉄道の
今日の終わりの列車である
ことさらにまぶしさうな眼つきをして
夏らしいラヴスィンをつくらうが
うつうつとしてイリドスミンの鉱床などを考へやうが
木影もすべり
種山あたり雷の微塵をかがやかし
列車はごうごう走ってゆく
おほまつよいぐさの群落や
イリスの青い火のなかを
狂気のやうに踊りながら
第三紀末の紅い巨礫層の截り割りでも
ディアラヂットの崖みちでも
一つや二つ岩が線路にこぼれていようと
積雲が灼けやうと崩れやうと
こちらは全線の終列車
シグナルもタブレットもあったもんでなく
とび乗りのできないやつは乗せないし
とび降りぐらゐやれないものは
もうどこまででも連れて行って
北極あたりの大避暑市でおろしたり
銀河の発電所や西のちぢれた鉛の雲の鉱山あたり
ふしぎな仕事に案内したり
谷間の風も白い花火もごっちゃごちゃ
接吻キスをしようと詐欺をやらうと
ごとごとぶるぶるゆれて顫へる窓の玻璃ガラス
二町五町の山ばたも
壊れかかった香魚あゆやなも
どんどんうしろへ飛ばしてしまって
ただ一さんに野原をさしてかけおりる
      本社の西行各列車は
      運行敢て軌によらざれば
      振動けだし常ならず
      されどまたよく鬱血をもみさげ
       ……Prrrrr Pirr!……
      心肝をもみほごすが故に
      のぼせ性こり性の人に効あり
さうだやっぱりイリドスミンや白金鉱区やまの目論見は
鉱染よりは砂鉱の方でたてるなだった
それとももいちど阿原峠や江刺堺を洗ってみるか
いいやあっちは到底おれの根気の外だと考へやうが
恋はやさし野べの花よ
一生わたくしかはりませんと
騎士の誓約強いベースで鳴りひびかうが
そいつもこいつもみんな地塊の夏の泡
いるかのやうに踊りながらはねあがりながら
もう積雲の焦げたトンネルも通り抜け
緑青を吐く松の林も
続々うしろへたたんでしまって
なほいっしんに野原をさしてかけおりる
わが親愛なる布佐機関手が運転する
岩手軽便鉄道の
最後の下り列車である

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三七四
     河原坊(山脚の黎明)
                     一九二五、八、一一、

わたくしは水音から洗はれながら
この伏流の巨きな大理石の転石に寝やう
それはつめたい卓子だ
じつにつめたく斜面になって稜もある
ほう、月が象嵌されてゐる
せいせい水を吸ひあげる
楢やいたやの梢の上に
匂やかな黄金の円蓋を被って
しづかに白い下弦の月がかかってゐる
空がまた何とふしぎな色だらう
それは薄明の銀の素質と
夜の経紙の鼠いろとの複合だ
さうさう
わたくしはこんな斜面になってゐない
も少し楽なねどこをさがし出さう
あるけば山の石原の昧爽
こゝに平らな石がある
平らだけれどもここからは
月のきれいな円光が
楢の梢にかくされる
わたくしはまた空気の中を泳いで
このもとの白いねどこへ漂着する
月のまはりの黄の円光がうすれて行く
雲がそいつを耗らすのだ
いま鉛いろに錆びて
月さへ遂に消えて行く
   ……真珠が曇り蛋白石が死ぬやうに……
寒さとねむさ
もう月はたゞの砕けた貝ぼたんだ
さあ ねむらうねむらう
   ……めさめることもあらうし
     そのまゝ死ぬこともあらう……
誰かまはりをあるいてゐるな
誰かまはりをごくひっそりとあるいてゐるな
みそさざい
みそさざい
ぱりぱり鳴らす
石の冷たさ
石ではなく二月の風だ
   ……半分冷えれば半分からだがみいらになる……
誰か来たな
   ……半分冷えれば半分からだがみいらになる……
   ……半分冷えれば半分からだがめくらになる……
   ……半分冷えれば半分からだがめくらになる……
そこの黒い転石の上に
うす赭いころもをつけて
裸脚四つをそろへて立つひと
なぜ上半身がわたくしの眼に見えないのか
まるで半分雲をかぶった鶏頭山のやうだ
   ……あすこと黒い転石で
     みんなで石をつむ場所だ……
向ふはだんだん崖になる
あしおとがいま峯の方からおりてくる
ゆふべ途中の林のなかで
たびたび聞いたあの透明な足音だ
……わたくしはもう仕方ない
  誰が来やうに
  こゝでかう肱を折りまげて
  睡ってゐるより仕方ない
  だいいちどうにも起きられない……
       :
       :
       :
     叫んでゐるな
   (南無阿弥陀仏)
   (南無阿弥陀仏)
   (南無阿弥陀仏)
 何といふふしぎな念仏のしやうだ
 まるで突貫するやうだ
   :
   :
   :
 もうわたくしを過ぎてゐる
 あゝ見える
 二人のはだしの逞ましい若い坊さんだ
 黒の衣の袖を扛げ
 黄金で唐草模様をつけた
 神輿を一本の棒にぶらさげて
 川下の方へかるがるついで行く
 誰かを送った帰りだな
 声が山谷にこだまして
いまや私はやっと自由になって
眼をひらく
こゝは河原の坊だけれども
曾ってはこゝに棲んでゐた坊さんは
真言か天台かわからない
とにかく昔は谷がも少しこっちへ寄って
あゝいふ崖もあったのだらう
鳥がしきりに啼いてゐる
もう登らう

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三七五
     山の晨明に関する童話風の構想
                    一九二五、八、一一、

つめたいゼラチンの霧もあるし
桃いろに燃える電気菓子もある
またはひまつの緑茶をつけたカステーラや
なめらかでやにっこい緑や茶いろの蛇紋岩
むかし風の金米糖でも
waveliteの牛酪でも
またこめつがは青いザラメでできてゐて
さきにはみんな
大きな乾葡萄レジンがついてゐる
みやまうゐきゃうの香料から
蜜やさまざまのエッセンス
そこには碧眼の蜂も顫える
さうしてどうだ
風が吹くと 風が吹くと
傾斜になったいちめんの釣鐘草ブリューベルの花に
かゞやかに かがやかに
またうつくしく露がきらめき
わたくしもどこかへ行ってしまひさうになる……
蒼く湛えるイーハトーボのこどもたち
みんなでいっしょにこの天上の
飾られた食卓に着かうではないか
たのしく燃えてこの聖餐をとらうではないか
そんならわたくしもたしかに食ってゐるのかといふと
ぼくはさっきからこゝらのつめたく濃い霧のジェリーを
のどをならしてのんだり食ったりしてるのだ
ぼくはじっさい悪魔のやうに
きれいなものなら岩でもなんでもたべるのだ
おまけにいまにあすこの岩の格子から
まるで恐ろしくぎらぎら熔けた
黄金の輪宝くるまがのぼってくるか
それともそれが巨きな銀のラムプになって
白い雲の中をころがるか
どっちにしても見ものなのだ
おゝ青く展がるイーハトーボのこどもたち
グリムやアンデルセンを読んでしまったら
じぶんでがまのはむばきを編み
経木の白い帽子を買って
この底なしの蒼い空気の淵に立つ
巨きな菓子の塔を攀ぢやう

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[209] 1925年7月25日 宮沢清六あて 封書

(表)弘前歩兵第卅一聯隊第七中隊第一班 宮沢清六様 平安
(裏)七月廿五日 花巻農学校 宮沢賢治(封印)〆

手紙を見た。何と云っても暑くてずゐぶんひどいだらう。みんなに
は折角安心するやうにはなしてゐるけれどもおれもかなり心配して
ゐる。それでも人にはめいめいのもってゐる徳があってさうめちや
めちやにひどい目に会ふまいとも思ふ。も少しのところだ。ひどい
だらうがしっかりやってくれ。今年は志願兵も多いのだし十一月に
は帰れないだらうか。

こっちは愉快な仕事がうんとある。大いに二人でやらうでないか。
おれたちには力はあるし慾はない。うまく行っても行かなくてもた
のしく稼がうではないか。

工兵も騎兵も来てゐる。ずゐぶんひどさうだ。平安を祈る。

   大正十四年七月廿五日日

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[210] 1925年8月14日 森佐一あて 封書

(表)盛岡市新穀町十四 森佐一様
(裏)花巻川口町 宮沢賢治(封印)〆

失礼しました気前よくゆるしてください

スケッチニ篇同封しました

第二篇中 赤縞のズボンをはいた といふところは本統は 萎びて
黄いろな老楽長 といふのです。読む人によては萎びてといふこと
ぱですっかり気分をこわすかもしれませんがもしあなたが大丈夫と
お考へでしたら勿論もとの手帖のまゝにねがひます。

会費もあげなければなりませんが、あの本で負けてくれませんか。
来月から入れますよ。

あなたの作品の清浄さうつくしさ、いろいろな模様のはいった水精
のたまを眼にあててのぞいてゐるやうな気がします。早く一冊にし
てください。わたくしの微力からたとへそれが小さいものであらう
とも。小さくても一頁づつがふしぎな果樹園のやうになった本がで
きます。あなたのならどれだって中央のものより一段上です。どう
か自重してください。詩の政治家になんぞならないことをぼくは至
心に祈ります。

  八月十四日

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[211] 1925年9月21日 森佐一あて 封書

(表)盛岡市新穀町十四 森佐一様
(裏)九月廿一日 宮沢賢治(封印)〆

雑誌いただきました。

同封松田君の原稿お手数でもご添削の上次号へ一部分なりとご掲載
下さいませんか。直きには頼めないと云ひますから。

わたくしのも入れて置きます。

それから今日別便で童話三十スケッチ集三十お送りしましたからそ
いつを思ひ切ってすばやく売り飛ぱしてあなたの詩集のたしにして
ください。おかしな義理ばかりあちこちできてとても今年中なぞお
金ができさうもありませんからどうかそいつをご利用ねがふのです。

この秋は、恐らくはこの冬も、盛岡へも出られますまい。ご機嫌よ
ろしう。

   大正十四年九月廿一日

宮沢賢治

 森佐一様

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[212] 1925年9月21日 宮沢清六あて 封書

(表)弘前歩兵第卅一聯隊第七中隊第一班 宮沢清六様
(裏)九月廿一日 花巻農学校 宮沢賢治(封印)〆

お便り拝見しました。大演習でも一度熱く燃えなければならない訳
ですが、どうか折角自重してください。こちらは変りはありません。
先頃は走ってやっと汽車に間に合ひました。あの夕方の黒松の生え
た営庭の草原で、ほかの面会人たちが重箱を開いて笑ったりするの
を楽しく眺め、われわれもうすく濁った赤酒を呑み、柔らかな風を
味ひうるんだ雲を見ながら何となく談してゐた寂かな愉悦はいまだ
に頭から離れません。いろいろな暗い思想を太陽の下でみんな汗と
いっしょに昇華さしたそのあとの楽しさはわたくしもまた知ってい
ます。われわれは楽しく正しく進まうではありませんか。苦痛を享
楽できる人はほんたうの詩人です。もし風や光のなかに自分を忘れ
世界がじぶんの庭になり、あるひは惚として銀河系全体をひとりの
じぶんだと感ずるときはたのしいことではありませんか。もし四月
まで居るやうならもいちどきっと訪ねて行きます。

   九月廿一日

--〔文語詩稿一百編(90)〕----------------------------------
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(本文)
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     〔一才のアルプ花崗岩を〕

一才のアルプ花崗岩みかげを、   おのも積む孤輪車ひとつわぐるま
(山はみな湯噴きいでしぞ) 髪赭きわらべのひとり。
(われらみなぬしとならんぞ) みなかみはたがねうつ音。
おぞの蟇みちをよぎりて、   にごり谷けぶりは白し。

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲後)
------------------------------------------------------------

髪赭きわらはべふたり
一才のアルプみかげを
おのも積む孤輪車ひとつわぐるま
雨くらき谷をくだりぬ

たがねうつ音みなかみにしげく
わらはべ二人その髪赭き
おのも積み押すひとつわぐるま
にごりの谷のけぶりはしろし

山山いまぞ湯噴きいでしと
ひとりは叫べどひとりいらえず
ひたすら秋風木々にどよみ
蟇こそ黒くみちをよぎれ

------------------------------------------------------------
(下書稿2推敲前)
------------------------------------------------------------

髪赭きわらはべふたり
おのおのに押すや孤輪車

(山山は湯噴きいでしぞ)
みなかみはたがねうつ音
(また蟇めみちにいでこし)
さきなるはさとあしぶみし

にごり谷しろくけぶりし
秋雨のどよみいでけり

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------

にごり谷雨はくらきを
髪赭きわらはべふたり
おのおのに木ぐるまを押す

「峯々に湯噴きいづらし
ふたりしてもうけをせずや」
うしろなるわらべのさけび

「また蟇めこたびもいでし」
さきだてるわらべははたと
地をふみて蟇ををどしぬ

たがねうつ音をはるかに
にごり水白きけぶりを
こらやがてよぎり行きけり

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲前)
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にごり谷雨はくらきを
みなかみのいづこにかあれ
ひとあまたたがねうつ音

髪赭きわらはべひとり
木ぐるまに切石のせて
橋のべにぼうとたゞずむ

何鳥ぞ朱の尾せるもの
いくめぐり谷をのぼりて
にごり水白くけぶりす

さらにまたわらはべひとり
みね這へる雲をゆびさし
温泉ぞ湧くと叫び出でくる

--〔後記〕--------------------------------------------------

 いよいよ本格的な夏になりました。私の家の近所もセミがうるさ
いのですが、なぜかアブラゼミがいないので、先日、大阪の公園で
の、あまりのうるささに驚きました。アブラゼミがいない地方から
来た人はびっくりする大音量です。

 東北の方は雨が降ったりしているようで、まだ夏本番というわけ
ではないようですね。

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