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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第906号--2016.07.02------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「宮沢賢治年譜(42)1924年-4」「〔腐植土のぬかるみよりの照り
返し〕」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「宮沢賢治年譜(42)1924年-4」
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 今回は1925年の最後です。4月の『春と修羅』に続いて12月に
は『注文の多い料理店』が出版されています。

 生前、賢治が出版した本はこの2冊のみですが、『注文の多い料
理店』の方も名作ぞろいで、日本児童文学の最高峰と言ってよいと
思います。

 この本はなかなか豪華な装幀で、定価も高かったのですが「一千
部800円」という大金を払っての自費出版だったそうです。

 賢治は月給百円ほどの高給取りでしたが、かなりの出費だったこ
とは間違いありません。

 「イーハトヴ童話」と銘打っていて、「十二巻のセリーズの中の
第一冊」と広告で言っています。うまく行けば次々と発表していっ
たはずですが、残念ながらこれだけで終りました。

 今なら発表の手段はいろいろあるし、病気の方も何とかなってい
くすれば、若くして大成功を収める…などという可能性もあったと
思います。

 まあ、それは別の話として、この時期には「春と修羅」第二集に
まとめられるいくつかの詩を書いています。そのうち、以下の3篇
を紹介しておきます。

「産業組合青年会」
「〔夜の湿気と風がさびしくいりまじり〕」
「善鬼呪禁」

「〔夜の湿気と…〕」は私たちの世代には「業の花びら」と言った
方が覚えている人も多いと思います。「春と修羅」のころとは作風
がずいぶん変わって、重々しく、鋭くなってきているようです。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

「日本近代文学文庫」の初版本
http://www.lib.meiji.ac.jp/about/publication/toshonofu/01_5.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

『注文の多い料理店』

 大正十三年十二月一日發行、定價 金壹圓六拾錢、著者 宮澤賢
治、挿畫装幀 菊池武雄、發行者 近森善一、印刷者 吉田 春藏、
 發賣元 杜陵出版部、東京光原社。四六判、クロス装、194頁。

 賢治が生前に出版した著作は『春と修羅』とこのイーハトヴ童話
『注文の多い料理店』の二冊のみである。講談社の『日本近代文学
大事典』によると“実質的に自費出版であることは『春と修羅』の
ばあいと同じである”となっているが、いささかの疑問なしとしな
い。以下資料を辿って『注文の多い料理店』が出版された経緯を明
らかにしたい。

 『春と修羅』刊行に際して、その装幀や印刷など様々な分野で賢
治を助けていたのが義理の兄弟にあたる關登久也であったことは前
項で述べた通りであるが、『注文の多い料理店』を発行する際にこ
の關の役割を果たしたのが盛岡高等農林学校で賢治の一年後輩にあ
たる及川四郎と近森善一であった。

 及川は岩手県胆沢郡の出身で父親(実は長兄)は県会議員であっ
た。一方近森は高知県の大地主の息子である。盛岡高等農林学校を
卒業後、及川は酪農を始めて、事業は軌道に乗ったものの、共同経
営者との軋轢に嫌気がさして東京へ出て一旗あげようと、母校であ
る盛岡高等農林学校の助手になっていた近森に相談に行った。

 この相談の結果二人で事業を興すことになった。自分たちの学ん
だ学問を生かして『害虫駆除剤』を作って売り出すことに決めた。
蠅の駆除剤『チカモリン』(近森をもじったのであろう)の誕生で
ある。

 この薬剤の宣伝のためにパンフレットを出すことになった。及川
が汎論を、近森が各論を十日で書き上げた。書名は『病虫害駆除予
防便覧』とした。盛岡市大手先の山口活版所に依頼して、一千部を
印刷した。原価が二十三銭ほどだったので五十銭で売った。トンカ
ツが二十銭、天丼が四十銭の時代である。ちなみに当時三省堂の
『コンサイス英和辞典』の定價が貳円であったが、『春と修羅』に
貳圓四拾錢、『注文の多い料理店』には壹圓六拾錢の定價をつけて
いる。

 この、当初二人だけで始めた会社が「農業薬剤研究所」であり
「杜陵出版部」でもあり「光原社」でもあった。

 大正十三年の秋、近森は『病害虫駆除予防便覧』と『チカモリン』
の販売をかねて花巻農学校に出かけて、賢治と意気投合することと
なった。

 森荘已池が雑誌『イーハトーヴォ』に連載した「注文の多い料理
店」と題する論文の中に、この時のことを話した及川の言葉が掲載
されている。

“宮澤さんが、『春と修羅』を贈ったら、ある女学校の先生が『春
と修養』をありがとうと礼状をよこしたなどと話した後で「童話な
ら、ナンボでもあるよ」と云って、どっさり書きためてあったその
童話の原稿を、近森君に見せたものらしいです。近森君は、その、
宮澤さんの書いた、字の大きい童話の原稿を持って盛岡に帰ってき
ましたので、私たちは、たちまち、「出そうじゃないか」「うん、
出そう」と、童話集を出版することにきめました。”

 この頃のことであろうか、賢治は花巻農学校の同僚の白藤滋秀に
こう語っている。「及川君たちは、どこから金を出すのでしょう。
童話集をつくってくれるといいます。」

 『注文の多い料理店』の原稿を持ち帰ってから間もなく、近森は
総選挙のため郷里に呼び戻されてしまった。これより及川の孤軍奮
闘が始まる。

 まず刊行資金を、同郷で当時の一流の出版社である光風舘に勤め
ていた吉田春藏と『商店界』の編集者清水正巳とに見積もってもら
い、その結果、一千部八百円で吉田に依頼することになった。高等
文官試験に合格した国家公務員の初任給が七十五円だったから、年
収にも匹敵する大金である。

 刊行資金は『病虫害駆除便覧』と小熊彦三郎著『除虫菊の栽培』
を売って得た金を回すことにした。この間の事情を先に引用した森
荘已池の論文の中で及川は次のように語っている。

“『注文の多い料理店』は、はじめから東京でつくる筈でしたので
製本も紙もとてもこったものでござんした。表紙の紺紙だけは──
あまりに高価なので、断念してクロースにしました。校正は東京で
し、その上また宮澤さんがしました。本の出来る二十日前に、八百
円渡す契約でござんしたが、何しろ大変でござんした。『便覧』と
『栽培』の注文が来て、各地から送金があると、すぐそれを東京に
転送するといったわけでした。二十円、五円、三十円、三円といっ
た具合で、八百円を二ヶ月間に三十何回に分けて送金しました。” 

 このように資金繰りが苦しかったにもかかわらず、及川は宣伝用
のパンフレットを三種類作った。それも盛岡では印刷技術のレベル
が低く美しく仕上がらないと云うことで東京で印刷した。それぞれ
一千部印刷し、盛岡市内の書店の店頭で配布された。これらのパン
フレットを作成するには二百数十円もかかったと云われ、及川が
『注文の多い料理店』にかけた期待の大きさが伺われる。

 現在これらのパンフレットはきわめて資料価値が高い。すなわち
『注文の多い料理店』が“十二冊セリーズの一冊”と書いてあるこ
とから、賢治が継続的な出版の意志を持っていたことがわかる。ま
た、賢治自身が書いた収録作品の説明はそのテーマを明らかにして
いるものもあって興味深い。

 さて、こうした及川達の奮闘にもかかわらず『注文の多い料理店』
の売れ行きは芳しくなかった。各地の学校に案内を出したところ
“「料理店」と云う名前がよくないから、学校の図書館に置くのは
どうか”と云われた。また、装幀をした菊池武雄は“その時送って
来た童話の原稿といふのを開いてみると、標題に『注文の多い料理
店』と認めてあったので、これが童話の本の名かと思って、一寸私
はマゴマゴしましたが、兎に角中を読んでみるとあの通りなのに驚
いたので、これならこの標題も却って面白味があっていゝ、しかし
「注文は多くないナ」と思っておりましたが果して題が悪く?て、
大ていの人は料理の本だと思ったといふ話──思ふやうに売れずに
終ひました”と昭和九年に発行された『宮澤賢治追悼』に書いてい
る。

 ちなみに、この菊池武雄は岩手県江刺郡の出身で明治二十七年生
まれ。賢治の友人で詩人でもある藤原嘉藤治の同僚として小学校で
教えていたことがあり、その後藤原の推薦で福岡中学校へ転任した。

 賢治から『注文の多い料理店』に絵を描いてくれる人はいないか
という相談を受けた藤原が菊池を紹介した。当時は一介の中学校教
師にすぎなかったわけだが『注文の多い料理店』の挿画装幀をして
間もなく帝展に入選を果たし、その後は東京に出て活躍をした。

 この様に『注文の多い料理店』発行の経緯を見てくると『日本近
代文学大事典』の“実質的に自費出版であることは『春と修羅』の
ばあいと同じである”と云う記述に疑問を感じる理由がおわかり頂
けると思う。確かに知人友人による出版ではあるが、それは自費出
版と呼ぶべきものではなく、通常の出版行為と見る方が自然なので
はないだろうか。

 近代文学文庫所蔵の『注文の多い料理店』は背表紙の紺紙にやや
疲れがみられるものの、全体としての保存状態はきわめて良好であ
る。奥付の後にある既刊目録に『春と修羅』と並んで、近森善一著
『蠅と蚊と蚤』が掲載されている。一見奇異に見える取り合わせも、
賢治の著作の出版事情を見てくると当然の事のように思われてくる
のが楽しい。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

--〔1924年-4〕----------------------------------------------
28歳(大正十三年)
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10月
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2日、「三〇九 〔南のはてが〕」

4日、「三一一 昏い秋」

5日、「三一三 産業組合青年会」「三一四 〔夜の湿気と風がさ
びしくいりまじり〕」

11日、「三一七 善鬼呪祭」

12日、「三二〇 ローマンス(断片)」

24日、「三三一 凍雨」

26日、「三二九 〔野馬がかってにこさえたみちと〕」「三三〇
 〔うとうとするとひやりとくる〕」「九三八 ふたりおんなじさ
ういふ奇体な扮装で〕」

29日、「三二四 郊外」

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11月
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1日,本日付発行の短歌雑誌「自然」11月号見返しの関根書店広
告欄に『春と修羅』の新刊広告が掲出される。

 農学校職員、生徒一同「演習見学のため」黒沢尻方面へ向かう。

2日、「三一三 命令」

10日、「三〇五 〔その洋傘だけでどうかなあ〕」

12日、学校で収穫した米を大八車に積み、生徒5、6人と午後、
穀物検査所へ運び検査を依頼。応対したのは千葉恭で19歳出であ
った。千葉のつけた等級に対し、「この一俵は早生大野で、これは
陸羽一三二号で、これは愛国ですが、品種毎に検査から見た点を説
明してください」と頼み、説明をきき、また車につんで学校に戻る。

14日、夜、千葉恭の下宿に電話し、学校へさそう。千葉が行くと
宿直室で原稿を書いていたが、「実はあのとき一生懸命作ったもの
を台なしにされたように思われたのですが、やっぱりあなたのつけ
た等級にまちがいないことを知り感心しました」といい、蕎麦屋
「やぶ」でごちそうする。

 千葉へはその後2、3日おきに電話し、学校や家を呼び農事につ
いて語る。

22日、花巻農学校小使平賀善次郎死去。24日葬儀、職員、生徒
参列。

23日、「三三一 孤独と風童」

27日、農学校同僚であり、小学校で同級生であった奥寺五郎死去。
29日葬儀、職員、生徒参列。

29日、弟清六、弘前歩兵第31連隊入営のため10時50分発東
北本線下り列車にて花巻駅を出発。200余の見送り。賢治は人々
に礼をいう。

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12月
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1日、本日付でイーハトヴ童話『注文の多い料理店』刊行。発行者
近森善一、発売元盛岡市厨川町館坂五六杜陵出版部、東京市外巣鴨
町宮下一七九四東京光原社。挿絵装幀菊地武雄。四六版230頁、
9篇の童話を収め、定価1円60銭、初版一〇〇〇部である。この
うち一〇〇部を印税代りにもらったという。また本が売れなくて出
版社が困っていたので父から300円借りて200部買入れた。

 本日付発行「岩手教育」12月号に『注文の多い料理店』の広告
掲載。

 本日付発行「日本詩人」12月号「13年度の詩集」で佐藤惣之
助、『春と修羅』を最大収穫と激賞。

 本日付発行短歌雑誌「自然」12月号裏見返しに、発売元関根書
店出版部として『春と修羅』の広告掲載。

13日、本日付「東京朝日新聞」9面「学芸」欄の中野秀人「詩壇
の蜂起、瓦解−回顧の一年−」で「選ばれたる幾人か」「溌剌たる
新人」の中に賢治の名があげられる。

24日、午後斎藤宗次郎、農学校を訪問、賢治と内村鑑三および中
村不折のこと、ベートーベンのシンフォニーのことを語りあう。

26日、職務勉励につき金87円恣賞与。

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4月、田中智学衆議院選挙に立候補、落選
5月、米国排日移民法
7月、パリオリンピック
県下旱天40日に及び各地に水喧嘩起こる
9月、孫文、第二次北伐開始を宣言
10月、盛岡市願教寺炎上、文部省、学校演劇を禁止
11月、横黒線(現JR北上線、横手−黒沢尻)全通

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谷崎潤一郎「痴人の愛」
武者小路実篤「新しき村の今後」
漫画映画「ノンキナトウサン」
西条八十「西条八十童謡全集」
築地小劇場開場
石川善助・尾形亀之助・中野秀人他編詩集「左翼戦線詞華集」
白井喬二「富士に立つ影」
佐藤惣之助「水を歩みて」
中条百合子「伸子」
トーマス・マン「魔の山」
室伏高信「土に還る」
アンドレ・ブルトン「シュルレアリスム宣言」

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政次郎 50歳 七月 暁烏敏来花
イチ 47歳 
シゲ 23歳 11月26日、長男純蔵出生
清六 20歳 5月、徴兵検査甲種合格、12月1日、弘前歩兵第
31連隊入隊(一年志願兵)
クニ 17歳 3月、花巻高女補習科卒業
瀬川コト 28歳 2月4日、仙台、東北帝国大学附属病院で没

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三一三
     産業組合青年会
                    一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ 席をわたったそれは誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい誰だ いきまき応へたそれは何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
村ごとのまたその聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車かを
酸えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもしやう
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
しかもこれら熱誠有為な村々の処士会同の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ

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三一四
     〔夜の湿気と風がさびしくいりまじり〕
                     一九二四、十、五、

夜の湿気と風がさびしくいりまじり
松ややなぎの林はくろく
そらには暗い業の花びらがいっぱいで
わたくしは神々の名を録したことから
はげしく寒くふるえてゐる

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三一七
     善鬼呪禁
                   一九二四、一〇、一一、

なんぼあしたは木炭すみを荷馬車に山に積み
くらいうちから町へ出かけて行くたって
こんな月夜の夜なかすぎ
稲をがさがさ高いところにかけたりなんかしてゐると
あんな遠くのうす墨いろの野原まで
葉擦れの音も聞こえてゐたし
どこからどんな苦情が来ないもんでもない
だいいちそうら
そうら あんなに
苗代の水がおはぐろみたいに黒くなり
畦に植はった大豆まめもどしどし行列するし
十三日のけぶった月のあかりには
十字になった白い暈さへあらはれて
空も魚の眼球めだまに変り
いづれあんまり録でもないことが
いくらもいくらも起ってくる
おまへは底びかりする北ぞらの
天河石アマゾンストンのところなんぞにうかびあがって
風をま喰ふ野原の慾とふたりづれ
威張って稲をかけてるけれど
おまへのだいじな女房は
地べたでつかれて酸乳みたいにやはくなり
口をすぼめてよろよろしながら
丸太のさきに稲束をつけては
もひとつもひとつおまへへ送り届けてゐる
どうせみんなの穫れない歳を
逆に旱魃ひでりでみのった稲だ
もういゝ加減区劃りをつけてはねおりて
鳥が渡りをはじめるまで
ぐっすり睡るとしたらどうだ

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「注文の多い料理店」広告ちらし
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イーハトヴは一つの地名である。強て、その地点を求むるならばそ
れは、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスが辿つ
た鏡の国と同じ世界の中、テーパンタール砂漠の遥かな北東、イヴ
ン王国の遠い東と考へられる。

実にこれは著者の心象中に、この様な情景をもって実在した

ドリームランドとしての日本岩手県である。

そこでは、あらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛
躍し大循環の風を従へて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行
く蟻と語ることもできる。

罪や、かなしみでさへそこでは聖くきれいにかゞやいてゐる。

深い海の森や、風や影、月見草や、不思議な都会、ベーリング市迄
続く電柱の列、それはまことにあやしくも楽しい国土である。この
童話集の一列は実に作者の心象スケッチの一部である。それは少年
少女期の終り頃から、アドレッセンス中葉に対する一つの文学とし
ての形式をとつてゐる。

この見地からその特色を数へるならば次の諸点に帰する。

(1)これは正しいものゝ種子を有し、その美しい発芽を待つもの
である。而も決して既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を色あせた仮
面によつて純真な心意の所有者たちに欺き与へんとするものではな
い。

(2)これは新しい、よりよい世界の構成材料を提供しやうとはす
る。けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値する世界
自身の発展であって決して畸形に捏ねあげられた煤色のユートピア
ではない。

(3)これらは決して偽でも仮空でも窃盗でもない。多少の再度の
内省と分析とはあつても、たしかにこの通りその時心象の中に現は
れたものである。故にそれは、どんなに馬鹿げてゐても、難解でも
必ず心の深部に於て万人の共通である。卑怯な成人たちに畢竟不可
解な丈である。

(4)これは田園の新鮮な産物である。われらは田園の風と光との
中からつやゝかな果実や、青い蔬菜と一諸にこれらの心象スケッチ
を世間に提供するものである。

注文の多い料理店はその十二巻のセリーズの中の第一冊で先づその
古風な童話としての形式と地方色を以て編集したものであつて次の
九編からなる。

(1)どんぐりと山猫

山猫拝と書いたおかしな葉書が来たので、こどもが山の風の中へ出
かけて行くはなし。必ず比較をされなければならないいまの学童た
ちの内奥からの反響です。

(2)狼森と笊森と盗森

人と森との原始的な交渉で、自然の順違両面が農民に与へた永い間
の印象です。森が子供らや農具をかくすたびにみんなは「探しに行
くぞお」と叫び森は「来お」と答へました。

(3)烏の北斗七星

戦ふものゝ内的感情です。

(4)注文の多い料理店

二人の青年紳士が猟に出て路を迷ひ「注文の多い料理店」に入りそ
の途方もない経営者から却つて注文されてゐたはなし。糧に乏しい
村のこどもらが都会文明と放恣な階級とに対する止むに止まれない
反感です。

(5)水仙月の四日

赤い毛布を被ぎ「カリメラ」の銅鍋や青い焔を考へながら雪の高原
を歩いてゐたこどもと「雪婆ンゴ」や雪狼、雪童子とのものがたり。

(6)山男の四月

四月のかれ草の中にねころんだ山男の夢です。烏の北斗七星といつ
しょに、一つの小さなこゝろの種子を有ちます。

(7)かしはばやしの夜

桃色の大きな月はだんだん小さく青じろくなり、かしははみんなざ
わざわ言ひ、画描きは自分の靴の中に鉛筆を削つて変なメタルの歌
をうたふ、たのしい「夏の踊りの第三夜」です。

(8)月夜のでんしんばしら

うろこぐもと鉛色の月光、九月のイーハトヴの鉄道線路の内想です。

(9)鹿踊りのはじまり

まだ剖れない巨きな愛の感情です。すゝきの花の向ひ火や、きらめ
く赤褐の樹立のなかに、鹿が無心に遊んでゐます。ひとは自分と鹿
との区別を忘れ、いつしょに踊らうとさへします。

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わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすき
とほつた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができ
ます。

 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、
いちばんすばらしいびらうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かは
ってゐるのをたびたび見ました。

 わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。

 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路や
らで、虹や月あかりからもらつてきたのです。

 ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつた
り、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立つたりしますと、も
うどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんたうにもう、
どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わた
くしはそのとほり書いたまでです。

 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもある
でせうし、ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、
そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからない
ところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけ
がわからないのです。

 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれか
が、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになるこ
とを、どんなにねがふかわかりません。

                   大正十二年十二月二十日

                          宮澤賢治

--〔文語詩稿一百編(87)〕----------------------------------
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(本文)
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     〔腐植土のぬかるみよりの照り返し〕

腐植土のぬかるみよりの照り返し、材木の上のちいさき露店。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに、二銭の鏡あまたならべぬ。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに、すがめの子一人りんと立ちたり。
よく掃除せしラムプをもちて腐植土の、ぬかるみを駅夫大股に行く。
風ふきて広場広場のたまり水、いちめんゆれてさゞめきにけり。
こはいかに赤きずぼんに毛皮など、春木ながしの人のいちれつ。
なめげに見高らかに云ひ木流しら、鳶をかつぎて過ぎ行きにけり。
列すぎてまた風ふきてぬかり水、白き西日にさゞめきたてり。
西根よりみめよき女きたりしと、角の宿屋に眼がひかるなり。
かっきりと額を剃りしすがめの子、しきりに立ちて栗をたべたり。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに 二銭の鏡売るゝともなし。

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(定稿推敲前)
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駅前のぬかるみよりの照り返し、材木の上のちいさき露店。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに、二銭の鏡あまたならべぬ。
ぬかるみの光を負ひてすがめの子、すがめの子一人りんと立ちたり。
掃除せしラムプをもちて腐植土の、ぬかるみを駅夫大股に行く。
風ふきて広場広場のたまり水、いちめんゆれてさゞめきにけり。
こはいかに赤きずぼんに毛皮など、春木ながしの人のいちれつ。
なめげに見高らかに云ひ木流しら、鳶をかつぎて過ぎ行きにけり。
列すぎてまた風ふきてぬかり水、白き西日にさゞめきたてり。
西根よりみめよき女きたりしと、角の宿屋に眼がひかるなり。
かっきりと額を剃りしすがめの子、しきりに立ちて栗をたべたり。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに 二銭の鏡売るゝともなし。

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(習字稿 断片)
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ぬかるみにりんと立ちたるすがめの子たゞひたすらに栗を食べたり

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(下書稿3推敲後)
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腐植土のぬかるみよりの照り返し
材木の上のちいさき 露店

腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡あまた ならべぬ

腐植土のぬかるみよりの照り返しに
すがめの子ひとりりんとたちたり

腐植土のぬかるみよりの照り返しを
駅夫は截りて 大股に行く

風ふけばそのぬかるみのたまり水
いちめんゆれてさゞめきにけり

こはいかに赤きずぼんに毛皮など
春木ながしのひとの いちれつ

鳶をかつぎて大手ふり高らかに云ひびたびたと
ぬかるみをこそよこぎりて行け

列すぎて風うち吹きてぬかり水
白き西日に さゞめきたてり

腐植土のぬかるみよりの照り返しを
よき女来れば角の宿屋の目がひかるなり

ぬかるみにりんと立ちたるすがめの子
たゞひたすらに栗をたべたり

腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡 売るゝともなし

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(下書稿3推敲前)
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腐植土のぬかるみよりの照り返し
材木の上のちいさき 露店

腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡あまた ならべぬ

腐植土のぬかるみよりの照り返しに
すがめの子ひとりりんとたちたり

腐植土のぬかるみよりの照り返しを
駅夫は截りて 大股に行く

風ふけばそのぬかるみのたまり水
いちめんゆれてさゞめきにけり

こはいかに赤きずぼんに毛皮など
春木ながしのひとの いちれつ

ほこらに見高らかに云ひびたびたと
ぬかるみをこそよこぎりて行け

列すぎて風うち吹きてぬかり水
白き西日に さゞめきたてり

腐植土のぬかるみよりの照り返しを
よき女来れば角の宿屋の目がひかるなり

ぬかるみにりんと立ちたるすがめの子
たゞひたすらに栗をたべたり

腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡 売るゝともなし

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(下書稿2推敲後)
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こは駅前の雪どけの
ぬかるみよりの照り返し
酸えて積まれし松角に
ちさき露店をひらきたる

二銭の鏡数あまた
そらをうつしてならぶれば
ひかりを負ひてぬかるみに
すがめのわらべ立ちてけり

やまの方より風ふきて
水さゞめきてゆられけり
よく掃除せしラムプもち
駅夫は南に行けるあと

赤きずぼんに毛皮など
春木ながしの人の列
高らかに云ひなぷげに見
鳶をかつぎてすぎにけり

みめよき女きたりしと
宿屋に眼ひかりけり
また風吹きてぬかり水
白き西日にそよぐころ

りんと立ちたるすがめの子
ひたすら栗をたうぶれば
ひかりわずらふぬかるみを
二銭の鏡売るゝともなし

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(下書稿2推敲前)
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こは駅前の腐植土の
ぬかるみよりの照り返し
材木のうへのちいさき露店

げに二月の腐植土の
ぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡あまたならべぬ

はるかにひかる硫黄山
さなかに負ひてぬかるみを
すがめの子一人りんとたちたり

よく掃除せしラムプもち
そのぬかるみの照り返しを
駅夫は截りて大股に行く

やまの方より風ふけば
このぬかるみのたまり水
いちめんゆれてさゞめきにけり

あゝこはいかになにごとぞ
赤きずぼんに毛皮など
春木ながしの人のれつ
高らかに云ひなぷげに見
大手うちふりびたびたと
ぬかるみをこそよこぎりて行け

さはさりながらいまはまた
風うち吹きてぬかり水
白き西日にさゞめきたてり

硫黄山光るかたよりたゞひとり
みめよし女きたりしと
角の宿屋の眼がひかるなり

頭をそりてぬかるみに
りんと立ちたる男の子
たゞひたすらに栗をたべたり

ひかりわずらふ腐植土の
ぬかるみよりの照り返し
三銭の鏡うるゝともなし

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(下書稿1推敲後3)
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こは駅前の腐植土フイマスのぬかるみよりの照り返し
材木のうへのちいさき露店
げにも二月の腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡あまたならべぬ
はるかにひかる硫黄山せなかに負ひてぬかるみを
すがめの子一人りんと立ちたり
よく掃除せしラムプもちそのぬかるみの照り返しを
駅夫は截りて大股に来る
やまの方より風ふけばこのぬかるみのたまり水
いちめんゆれてさゞめきにけり
こはいかになにごとぞ
赤きずぼんに毛皮など
春木ながしの人のいちれつ
高らかに云ひ大手うちふりびたびたとほこらに見
ぬかるみをこそよこぎりて行け
ひかりわずらふ腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡売るゝともなし
列すぎてさはさりながらいまはまた風うちふきてぬかり水
白き西日にさゞめきたてり
硫黄山光るかたよりたゞひとり
みめよき女来りしと角の宿屋の目がひかるなり
頭をそりてぬかるみにりんと立ちたる男の子
たゞひたすらに栗をたべたり

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(下書稿1推敲後2)
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こは駅前の腐植土フイマスのぬかるみよりの照り返し
材木のうへのちいさき露店
げにも二月の腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡あまたならべぬ
はるかにひかる硫黄山せなかに負ひてぬかるみを
すがめの子一人りんと立ちたり
よく掃除せしラムプもちそのぬかるみの照り返しを
駅夫は截りて大股に来る
やまの方より風ふけばこのぬかるみのたまり水
いちめんゆれてさゞめきにけり
こはいかに
騎兵ずぼんに毛皮着て
春木ながしの人の一つら
ぬかるみをこそよこぎりて行け
腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡売るゝともなし
風ふきてまた風ふきてぬかり水
白き西日にさゞめきたてり
硫黄山光るかたよりたゞひとり
みめよき女来りしと角の宿屋の目がひかるなり
   のぬかるみよりの照り返しに
すがめの子ひとり栗をたべたり

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(下書稿1推敲後1)
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こは駅前の腐植土フイマスのぬかるみよりの照り返し
材木のうへのちいさき露店
げにも二月の腐植土のぬかるみよりの照り返しに
三銭の鏡あまたならべぬ
はるかにひかる硫黄山せなかに負ひてぬかるみを
すがめの子一人りんと立ちたり
よく掃除せしラムプもちそのぬかるみの照り返しを
駅夫は截りて大股に来る
やまの方より風ふけばこのぬかるみのたまり水
いちめんゆれてさゞめきにけり
硫黄山光るかたよりたゞひとり
みめよき女来りしと角の宿屋の目がひかる
   のぬかるみよりの反照を
いまよぎり行く一列の
赤きズボンの春木ながしら

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(下書稿1推敲前)
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腐植土フイマスのぬかるみよりの照り返し
材木のうへのちいさき露店
   ぬかるみよりの照り返しに
すがめの子一人りんとたちたり
   ぬかるみよりの照り返しを
駅夫大股に截りて来る
風ふけばフィーマスのぬかるみのたまり水
いちめんゆれてかゞやけり
   ぬかるみよりの照り返し
よき女来れば角の宿屋の眼がひかる
   ぬかるみよりの反照を
いまよぎり行く一列の
春木ながしの赤ズボン

--〔後記〕--------------------------------------------------

 今回は長くなってしまいました。この1924年というのは、私
の父が生れた年です。母は翌年の1925年生まれで、今年で91
歳になりました。賢治生誕から120年ですが、ちょうど私の祖父
母と同じ世代です。

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