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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第903号--2016.06.11------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「宮沢賢治年譜(39)1924年-1」「電気工夫」

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-〔話題〕---------------------------------------------------
「宮沢賢治年譜(39)1924年-1」
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 今回から1924年分です。賢治にとって1924年と言えば、詩集『春
と修羅』、童話集『注文の多い料理店』を刊行した年です。

 今回はその一回目として、1月〜3月の記事を掲載します。

 この時期の話題としては、有名な「序」が書かれたということが
あります。

 1月20日に書かれていますので、前年のうちにほぼ準備は完了
していたのでしょう。あとは出版を待つばかりです。「序」の中に、

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から

 という詩句があります。しかし実際は、以下のとおりです。

1 屈折率 --(1922.1.6)--

67 鎔岩流 --(1923.10.28)--
68 イーハトヴの氷霧 --(1923.11.22)--
69 冬と銀河ステーション --(1923.12.10)--

 1922年の始めから、1923年の終りまでですから、ちょうど24箇
月のはずです。

 おそらく、この序が書かれた時点で、最後の11月、12月の作品は
入っていなかったのだと思います。

 その他の話題としては、同僚堀籠文之進の結婚に尽力したという
こともありました。世俗的なことはだいたい苦手の賢治も「やれば
できる子」だったのですね。

 公私ともに順調で、よい教師でしたから、自分もさっさと結婚し
て、幸せな人生を歩めばよいのに…、と思いますが、『春と修羅』
の天才には、難しい話だったのでしょう。

 有名なジャンパーを来て坐っている写真も、この時期のものです。
宮沢賢治学会のときにいつも飾られているやつです。

 賢治の写真で有名なものは町の写真店で撮影されたものです。普
通の人は写真店で撮影した自分の写真を残したりしませんから、何
か意図があったのでしょうか?不思議な気がします。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

解読のお手伝い/「春と修羅・序」
http://www.geocities.jp/mikamijinja05/yogo3.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 難解と思われる語彙や独特のレトリックについて多少の解説を用
意しました。直接文中の語句をクリックしてご利用下さい。恩田
逸夫「日本近代文学大系・宮沢賢治集注釈」より


序:「心象スケッチ」と名付けるこの詩集の正確を五連の詩形式で
解説している。第一連は心象スケッチの母体である作者の自己規定、
第二連は心象スケッチの由来、第三連・第四連は心象スケッチの特
色としての万人共通(普遍性)と万代不易(永遠性)ということ、
第五連は第一連から四連までの主張が成立するための条件である。

わたくし:五行目の「みんな」と相関的に用いられている。賢治は
相反する要素を同時にとりあげて論じている場合が多い。ものごと
には必ず相反する両面が存在すること、そして偏った一面観ではけ
っしてものごとの実相を把握できない、と考えているのであろう。

仮定された:「本体」は永遠で不動であるのに対して、その現れで
ある「現象」は有限であり変化するものであるため、仮の存在とさ
れる。

有機交流電燈:有機体すなわち肉体、を備えた存在。意識の表現や
行動の実践を「照明」とし、その媒体である肉体を「電燈」とした
のである。またものごとの実相は孤立ではなく、他と相関的に存在
するものと考えているので、「交流」とした。

せわしくせわしく:人の世の移り変わりのきわめて早いこと。賢治
は万象が変化し流転することを、はかなさとして否定することなく、
変化ということこそ宇宙根源力の偉大な働きであると考えて、尊重
している。

因果交流電燈:「電燈」とは賢治という人間存在を比喩的に名付け
たもので、その存在はさまざまな因と果との連鎖・交錯によってな
りたっているということ。

ひかりはたもち〜失われ:「電燈」に例えられる肉体は死滅しても、
電燈の「ひかり」すなわち心象や行動の軌跡は消滅しない。

これら:「春と修羅」に収録した作品。

二十二か月:第一作以来、最後に書かれた序文までの「春と修羅」
執筆期間

かげとひかり:宇宙根源力に即応した心象、すなわち宇宙意識が
「ひかり」であり、この力から退落した状態が「かげ」である。つ
まり心象の諸相。

そのとおり:心象のスケッチに関してはできるだけ私意を交えずに
根源力によって触発されたとうりに表現しようとする。これが「そ
のとおりの心象スケッチ」である。

人や銀河や修羅や海胆:「人」と退落した状態である「修羅」、天
上の雄大な「銀河」と海底の卑小な「海胆」、という相反的な両極
を挙示することによって宇宙間の万象を表現している。

宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸:人や修羅は空気を呼吸し
て生活している。同じく銀河では宇宙塵、海胆は塩水というように、
万人万象がそれぞれの環境に応じてめいめいの生活を営んでいるこ
と。

新世代沖積世:地質時代のうち、もっとも新しい時代。現代もここ
に入る。

一点にも均しい:地質時代の巨大な時間意識から考えれば、わずか
一瞬ともいえる短い間。

修羅の十億年:「修羅」とは仏教思想で精神的境位の段階を示した
六道(天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)の一つで、人の退落した
状態。修羅が十億年と感じる期間も、わずか一瞬に過ぎない。

歴史 あるいは地史:ものごとをその連続・展開の相において考察
する「歴史」への関心は、彼の宇宙時間的意識の現れである。

因果の時空的制約:一般の歴史観は時空的制約のもとでの因果系列
の展開について考察されるものであるが、賢治が主張するのはこう
いう制約を超越したもの、すなわち「いつ、どこ」ででも適合する
永遠性・普遍性を特色とする宇宙意識に基づいている。

ちがった地質学が流用され:現代よりも進んだものの考え方が一般
的になり、普及すること。

二千年ぐらいまえ:賢治が心象スケッチを書いている現代にあたる。

孔雀:理想的な境地を示すための点景。

大学士:「みんな」の中のすぐれた学者。「みんな」は二千年前の
新世代沖積世を理解し、「大学士」たちはさらに古い中生代白亜紀
のことをも正しく理解する。

氷窒素:窒素の氷点はマイナス二一0度。窒素は酸素よりも軽いの
で、気圏の最上層をこのように表現した。

すてきな化石:歴史上の貴重なことがらを発見し認識すること。

白亜紀:新世代の次に古い中生代に属す。約一億二000万年前。

透明な〜:すぐれた人々の立派な業績、いままで真価を認められて
いなかったすぐれた業績、を宇宙意識の観点から正しく評価するこ
とであろう。

すべてこれらの命題:第一から四連までに含まれている見解。中心
は、心象スケッチの普遍性と永遠性についての主張である。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

対談 「宮沢賢治の銀河世界」
https://www.ryukoku.ac.jp/about/pr/publications/61/04_miyazawa/kenji.htm

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 齋藤孝さんの本『声に出して読みたい日本語』がヒットして以来、
日本語ブームというか、賢治の作品もまたまた注目を集めています。
それで『雨ニモマケズ』をコマーシャルに使いたいという依頼がし
ょっちゅうあります。リフォーム会社だったり、消費者金融だった
り(笑)。

 私どもの林風舎は、宮沢賢治の作品、写真などのイメージを守る
ために設立しました。没後50年で著作権はなくなりますが、特定の
会社のPR道具になるのは別です。賢治さんの人格を守るのは私た
ちの役目。写真にも必ずコピーライトのマークを入れてもらってい
ます。

(賢治の写真を多数掲載)

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

--〔1924年-1〕----------------------------------------------
28歳(大正十三年)
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1月
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1日、本日付発行の短歌雑誌「自然」(大正13年新年号)表紙見
返しに「春と修羅」の近刊広告が掲載される。

 農学校休み(10日まで)の某日、同僚堀籠文之進の結婚式が料
亭万福で行われ、新郎の介添え役として紋付羽織袴に威儀を正し、
早くから出席し接待にあたる。この時分の結婚式は上座に新郎側仲
人(畠山栄一郎校長)、新婦側仲人、両側に父母、下座に新郎新婦、
両側に介添え役(新郎側賢治、新婦側姉)が坐った。

 結婚後、新夫婦は賢治の紹介で仲町の岩田洋服店の持家、「岩田
長屋」といわれた中流の家に新生活を営む。

12日、縞のシャツに高千代(花巻の古着屋)で買ったジャンパー
を無造作に着、両手をしっかり組んで椅子にかけ、写真を撮る。

13日、堀籠文之進・梅夫妻の結婚披露宴が岩手軽便鉄道花巻駅階
上の精養軒で行われる。賢治は赤い実のついたやどり木をとってき
て部屋いっぱいに飾り、テーブルには当時珍しかったアスパラガス
をそえた。郡視学羽田正はじめ校長・同僚・親戚など15、6名出
席し、賢治はユーモアたっぷりな話題で会を賑わした。

16日、教諭心得として阿部繁が着任して同僚となる。阿部繁は県
立盛岡農学校卒業後、久慈農業補習学校、遠野実科女学校で教えた。
養蚕、農産製造、博物、気象を受け持った。

20日、この年4月20日に発行される心象スケッチ『春と修羅』
の「序」にはこの日の日付が付されている。

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2月
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7日、斎藤宗次郎が新聞代金集金に学校へ来、宿直の賢治と語りあ
う。卓上には「既に印刷の成りし百頁近き校正刷りや、執筆仲の原
稿」があり、詩「永訣の朝」を見せる。

12日、一年生松田浩一に「風野又三郎」の筆写を依頼。これは松
田に筆耕料を与えるためであった。松田の筆写稿はこの他に「楢ノ
木大学士の野宿」がある。筆耕料は一枚2銭であったという。

20日、「二 空明と傷痍」

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3月
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9日、「反情」(花巻町館小路反情社、編集発行兼印刷者梅野卓二)
に「陽ざしとかれくさ」を発表。

23日、花巻農学校卒業式。

24日、「一四 湧水を呑まうとして」「一六 五輪峠」「一七 
丘陵地を過ぎる」

25日、「一八 人首町」「一九 晴天恣意」

30日、「一九 塩水撰・浸種」「二一 痘瘡」「二五 早春独白」


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4月、田中智学衆議院選挙に立候補、落選

5月、米国排日移民法

7月、パリオリンピック

県下旱天40日に及び各地に水喧嘩起こる

9月、孫文、第二次北伐開始を宣言

10月、盛岡市願教寺炎上、文部省、学校演劇を禁止

11月、横黒線(現JR北上線、横手−黒沢尻)全通

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谷崎潤一郎「痴人の愛」
武者小路実篤「新しき村の今後」
漫画映画「ノンキナトウサン」
西条八十「西条八十童謡全集」
築地小劇場開場
石川善助・尾形亀之助・中野秀人他編詩集「左翼戦線詞華集」
白井喬二「富士に立つ影」
佐藤惣之助「水を歩みて」
中条百合子「伸子」
トーマス・マン「魔の山」
室伏高信「土に還る」
アンドレ・ブルトン「シュルレアリスム宣言」

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政次郎 50歳 七月 暁烏敏来花

イチ 47歳 

シゲ 23歳 11月26日、長男純蔵出生

清六 20歳 5月、徴兵検査甲種合格、12月1日、弘前歩兵第
31連隊入隊(一年志願兵)

クニ 17歳 3月、花巻高女補習科卒業

瀬川コト 28歳 2月4日、仙台、東北帝国大学附属病院で没

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     序

わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです

これらについて人や銀河や修羅や海膽は
宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

けれどもこれら新世代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一點にも均しい明暗のうちに
   (あるひは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を變じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史、あるひは地史といふものも
それのいろいろの論料といっしょに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたったころは
それ相當のちがった地質學が流用され
相當した證據もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいっぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大學士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を發堀したり
あるひは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます

               大正十三年一月廿日  宮澤賢治

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     空明と傷痍
                     一九二四、二、二〇、

こう気の海の青びかりする底に立ち
いかにもさういふ敬虔な風に
一きれ白い紙巻煙草シガーレットを燃すことは
月のあかりやらんかんの陰画
つめたい空明への貢献である。
  ……ところがおれの右掌の傷は
    鋼青いろの等寒線に
    わくわくわくわく囲まれてゐる……
しかればきみはピアノを獲るの企画をやめて
かの中型のヴァイオルをこめ弾くべきである
燦々として析出される水晶を
総身浴びるその謙虚なる直立は
営利の社団 賞を懸けての広告などに
きほひ出づるにふさはしからぬ
  ……ところがおれのてのひらからは
    血がまっ青に垂れてゐる……
月をかすめる鳥の影
電信ばしらのオルゴール
泥岩を噛む水瓦斯と
一列青いみをつくし
  ……てのひらの血は
    ぽけっとのなかで凍りながら
    たぶんぼんやり燐光をだす……
しかも結局きみがこれらの忠言を
気軽に採択できぬとすれば
気海の底の一つの焦慮の工場に過ぎぬ
月賦で買った緑青いろの外套に
しめったルビーの火をともし
かすかな青いけむりをあげる
一つの焦慮の工場に過ぎぬ

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一九
     晴天恣意
                    一九二四、三、二五、

つめたくうららかな蒼穹のはて
五輪峠の上のあたりに
白く巨きな仏頂体が立ちますと
数字につかれたわたくしの眼は
ひとたびそれを異の空間の
高貴な塔とも愕ろきますが
畢竟あれは水と空気の散乱系
冬には稀な高くまばゆい積雲です
とは云へそれは再考すれば
やはり同じい大塔婆
いたゞき八千尺にも充ちる
光厳浄の構成です
あの天末の青らむま下
きらゝに氷と雪とを鎧ひ
樹や石塚の数をもち
石灰、粘板、砂岩の層と、
花崗班糲、蛇紋の諸岩、
堅く結んだ準平原は、
まこと地輪の外ならず、
水風輪は云はずもあれ、
白くまばゆい光と熱、
雷、磁、その他の勢力は
アレニウスをば俟たずして
たれか火輪をうたがはん
もし空輪を云ふべくば
これら総じて真空の
その顕現を越えませぬ
斯くてひとたびこの構成は
五輪の塔と称すべく
秘奥は更に二義あって
いまはその名もはゞかるべき
高貴の塔でもありますので
もしも誰かゞその樹を伐り
あるひは塚をはたけにひらき
乃至はそこらであんまりひどくイリスの花をとりますと
かういふ青く無風の日なか
見掛けはしづかに盛りあげられた
あの玉髄の八雲のなかに
夢幻に人は連れ行かれ
見えない数個の手によって
かゞやくそらにまっさかさまにつるされて
槍でぶつぶつ刺されたり
頭や胸を圧し潰されて
醒めてははげしい病気になると
さうひとびとはいまも信じて恐れます
さてそのことはとにかくに
雲量計の横線を
ひるの十四の星も截り
アンドロメダの連星も
しづかに過ぎるとおもはれる
そんなにもうるほひかゞやく
碧瑠璃の天でもありますので
いまやわたくしのまなこも冴え
ふたゝび陰気な扉を排して
あのくしゃくしゃの数字の前に
かゞみこもうとしますのです


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一六
     五輪峠(下書稿一)
                     一九二四、三、二四、

「何べんも降った雪なんだが
いつ誰が踏み堅めたでもなしに
みちのかたちになってゐる」
雪みちがほそぼそとして
雑木林の肩をめぐれば
向ふは松と岩との高み
その左には
がらんと暗いみぞれのそらがひらいている
そここそ峠の下り口だ
「あれがほんとの峠だな
いったいさっきあの楢の木の柵のある
あすこを峠と思ったために
みちがこんなに地図に合はなくなったんだねえ」
藪が陰気にこもってゐる
そこにあるのはまさしく古い五輪の塔だ
苔に蒸された
花崗岩
の古い五輪の塔だ
あゝこゝは五輪の塔があるために
五輪峠といふんだな
ぼくはまた
峠がみんなで五つあり
地輪峠水輪峠
空輪峠といふふうで
それを集めて五輪峠といふのかと
たったいままでおもってゐた
そこでいまその
どこかの雪ぞらに
さめざめ蒼く
光って立つ
五つの峯が
頭の中でしづかに消える
消えやうとしてまたひかる
「五輪は地水火風空
空といふのは総括だとさ
まあ真空でいゝだらう
火はエネルギー
地はまあ固体元素
水は液態元素
風は気態元素と考へるかな
世界もわれわれもこれだといふのさ
心といふのもこれだといふ
いまだって変わらないさな」
雲もやっぱりさうかと云へば
それは元来一つの真空だけであり
所感となっては
気相は風
液相は水
固相は核の塵とする
そして運動のエネルギーと
熱と電気は火に入れる
それからわたくしもそれだ
この楢の木を引き裂けるといってゐる
村のこどももそれで
わたくしであり彼であり
雲であり岩であるのは
たゞ因縁であるといふ
そこで畢竟世界はたゞ
因縁があるだけといふ
雪の一つぶ一つぶの
質も形も速度も位置も
時間もみな因縁自体であると
さう考へると
なんだか心がぼおとなる
      五輪峠に
      雪がつみ
      五つの峠に雪がつみ
      その五の峯の松の下
      地輪水輪火風輪、
      空輪五輪の塔がたち
      一の地輪を転ずれば
      菩提のこゝろしりぞかず
      四の風輪を転ずれば
      菩薩こゝろに障碍なく
      五の空輪を転ずれば
      常楽我浄の影うつす
      みちのくの
      五輪峠に雪がつみ
      五つの峠に…… 雪がつみ……
「あ何だあいつは」
「ああ野原だなあ」
いま前に開く暗いものは
まさしく早春の北上の平野である
      二の水輪を転ずればだめ
      三の火輪を転ずればだめ
      みんな転ずればおかしいな
      大でたらめだ
薄墨の雲につらなり
酵母の雪に朧ろにされて
海と湛える藍と銀との平野である
「向ふの雲まで野原のやうだ
あすこらへんが水沢か
どの辺だ君のところは
どの辺だって云ったって
こゝから見て
見当のつかないことは
やっぱりおれとおんなじだらう」
雪がもうここにもどしどし降ってくる
つつぢやこならの潅木も
まっくろな温石いしも
みんないっしょにまだらになる

--〔文語詩稿一百編(84)〕----------------------------------
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(本文)
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     電気工夫

(直き時計はさまかたく、  ぞうに鍛へしは強し)
さはあれ攀ぢる電塔の、  四方に辛夷の花深き。

南風かけつ光の網織れば、    ごろろと鳴らす硝子群、
艸火のなかにまじらひて、 蹄のたぐひけぶるらし。

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(下書稿2推敲後)
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(直き時計はさま頑く
憎に鍛えし瞳は強し)
さはあれ攀ぢる電塔の
四方に辛夷の花深き

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(下書稿2推敲前)
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(直き時計はさま頑く
憎悪に鍛えし瞳は強し)
さあれやのぼる電柱に
ひかりを噴きぬ北の風
四方は辛夷の花盛りぬ

------------------------------------------------------------
(下書稿1推敲後)
------------------------------------------------------------

     電気工夫

南風かけつ光の網織れば
ごろろと鳴らす硝子群
艸火のなかにまじらひて
蹄のたぐひけぶるらし
蛙のたまごもほごれて啼けば
北風氷とひかりを吹きて
老いし耕者も笑ふなり

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(下書稿1推敲前)
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四方は辛夷の花盛りあがり
赤楊の毬果の日に黒ければ
艸を燃すとて蹄もけぶし
名与村長うなづき行けり
   正き時計はそのさま頑く
   憎悪にきたへし瞳は強し
楊の花芽らひそかに熟し
蛙のたまごもほごれて啼けば
北風氷とひかりを吹きて
老いたる耕者もしづかにわらふ

--〔後記〕--------------------------------------------------

 今回掲載の詩のうち「五輪峠」は全集に収録されているものでは
なく、下書稿です。谷川徹三編岩波文庫版に載っていたものとほぼ
同じです。

「五輪は地水火風空」

「地輪水輪火風輪、
 空輪五輪の塔がたち」

 子供のころ、こんなあたりが好きでした。そういう個人的な趣味
ですので、ご了解ください。

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