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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第676号--2012.02.04------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------
「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記(2)」「旱害地帯」
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--〔話題〕--------------------------------------------------
「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記(2)」
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今回は「ネネム」の2回目です。前回の第一章は「ペンネンネン
ネンネン・ネネムの独立」という題でしたが、原稿の冒頭部分が失
われているため、他の章題に合せて編集者がつけたものです。
今回の第二章が「ペンネンネンネンネン・ネネムの立身」、以下
「巡視」「安心」「出現」と続きますので、たぶん最初が「独立」
なのは当たっていそうです。
この章の途中に、(以下原稿数枚分焼失)という部分があります。
この前までが前の章の続きの焼け焦げた原稿で、最後の部分は焼失
してしまったようです。
この前半は前の章の続きで、ネネムが森を出て街に行くところで
す。後半はいきなり教室の場面になりますから、失われた部分では
街についたネネムが教室にたどりつくまでが描かれていたのでしょ
う。
後の「プドリの伝記」でも、プドリは教室での勉強を一日で卒業
し、仕事を与えられます。ネネムもそうなのですが、何だか無理や
り感がある展開です。森での10年間の労働が、教室での勉強より
貴重なものだという主張なのでしょうか。
ネネムに与えられた仕事は、世界裁判長という途方もないもので
す。しかしそれを見事に裁いて、博士の抜擢が間違いではないこと
を証明します。
作者はネネムを世界裁判長にして、何をやらせたかったのか、と
いうことは次章以下で出てくるわけです。
ところで、裁判の場面で、「故なくして、擅に出現」という表現
が出てきます。自分で入力しておいて何ですが、「擅」の読みで一
瞬とまどいました。「ほしいまま」と読むのでしょうね。いかにも
法律用語という雰囲気が出ています。
--〔BookMark〕----------------------------------------------
宮沢賢治と裁判の話
http://www.kenji.gr.jp/kaiho/kaiho37/index.html#A
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
ところで「ネネムの伝記」に「ネネムはまっ白なちゞれ毛のかつ
らを被って黒い長い服を着て裁判室に出て行きました」と描かれて
います。この「まっ白なちゞれ毛のかつら」とはなんでしょうか。
イギリスの裁判所では、裁判官は今でも白いかつらと黒い法服を着
ているようです。賢治はイギリスなどにおける裁判官が被る白いか
つらを描いたのでしょう。
皆さんの中に、出現罪で裁かれるザシキワラシの年齢が二十二歳
と聞いてザシキワラシのイメージがわかないと言う人はおりません
か。妖怪座敷童子には子供のイメージがあります。賢治の作品「ざ
しき童子のはなし」も子供として描かれています。ところが、出現
罪を裁かれるザシキワラシは二十二歳の大人です。賢治はどうして
このように区別して描いたのでしょうか? それは、犯罪の成立要
件として、刑事責任能力というものがなければならないからです。
刑法四十一条は「十四歳に満たない者の行為は、罰しない」と規定
しています。つまり、十三歳以下の少年は、犯罪が成立しないので
す。せいぜい触法少年として問題になるだけなのです。賢治は、刑
事責任能力を意識して出現罪で裁かれるザシキワラシの年齢を二十
二歳にしたのではないでしょうか。
次に、「ネネムの伝記」に描かれているザシキワラシとウウウウ
エイの裁判の違いを見てみましょう。ザシキワラシの裁判では、賢
治が起訴状を朗読しました。ところが、ウウウウエイの裁判では、
起訴状を朗読したのは検事ではなく判事でした。これは一体どうい
うことでしょうか。これは刑事訴訟手続の違いを描いているのです。
ザシキワラシの裁判は、検事が起訴をしているので、その訴訟手続
は弾劾手続であることは間違いないのですが、ウウウウエイの裁判
は、裁判官が犯罪を見つけて起訴をし、自ら審理するいわゆる糾問
手続の可能性が高いのです。治罪法と明治刑訴法には未だ糾問手続
が残っていたのです。賢治はその刑事訴訟手続の違いを鋭く見抜い
ていたのです。
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
--〔ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記(2)〕--------------
二、ペンネンネンネンネン・ネネムの立身
ペンネンネンネンネン・ネネムは十年のあひだ木の上に直立し続
けた為にしきりに痛む膝を撫でながら、森を出て参りました。森の
出口に小さな雑貨商がありましたので、ネネムは店にはいって、ま
っ黒な上着とズボンを一つ買ひました。それから急いでそれを着な
がら考へました。
「何か学問をして書記になりたいもんだな。もう投げるやうなたぐ
るやうなことは考へただけでも命が縮まる。よしきっと書記になる
ぞ。」
ペンネンネンネンネン・ネネムはお銭を払って店を出る時ちらっ
と向ふの姿見にうつった自分の姿を見ました。
着物が夜のやうにまっ黒、縮れた赤毛が頭から肩にふさふさ垂れ
まっ青な眼はかゞやきそれが自分だかと疑った位立派でした。
ネネムは嬉しくて口笛をふいてたゞ一息に三十ノットばかり走り
ました。
「ハンムンムンムンムン・ムムネの市まで、もうどれ位ありませう
か。」とペンネンネンネンネン・ネネムが、向ふからふらふらやっ
て来た黄色な影法師のばけ物にたづねました。
「さうだね。一寸こゝまでおいで。」その黄色な幽霊は、ネネムの
四角な袖のはじをつまんで、一本のばけものりんごの木の下まで連
れて行って、自分の片足をりんごの木の根にそろへて置いて云ひま
した。
「あなたも片足をこゝまで出しなさい。」ネネムは急いでその通り
しますとその黄色な幽霊は、屈んで片っ方の目をつぶって、足さき
がりんごの木の根とよくそろってゐるか検査したあとで云ひました。
「いゝか。ハンムンムンムンムン、ムムネ市の入口までは、丁度こ
の足さきから六ノット六チェーンあるよ。それでは途中気をつけて
おいで。」そしてくるっとまはって向ふへ行ってしまひました。
ネネムはそのうしろから、ていねいにお辞儀をして、
「あゝありがたうございます。六ノット六チェーンならば、私が一
時間一ノット一チェーンづつあるきますと六時間で参れます。一時
間三ノット三チェーンづつあるきますと二時間で参れます。すっか
り見当がつきまして、こんなうれしいことはありません。」と云ひ
ながら、もう一つ頭を下げました。赤毛はぢゃらんと下に垂がりま
したけれども、実は黄色の幽霊はもうずうっと向ふのばけもの世界
のかげらふの立つ畑の中にでもはいったらしく、影もかたちもあり
ませんでした。
そこでネネムは又あるき出しました。すると又向ふから無暗にぎ
らぎら光る鼠色の男が、赤いゴム靴をはいてやって参りました。そ
してネネムをじろじろ見てゐましたが、突然そばに走って来て、ネ
ネムの右の手首をしっかりつかんで云ひました。
「おい。お前は森の中の昆布採りがいやになってこっちへ出て来た
様子だが、一体これから何が目的だ。」
ネネムはこれはきっと探偵にちがひないと思ひましたので、堅く
なって答へました。
「はい。私は書記が目的であります。」
するとその男は左手で短いひげをひねって一寸考へてから云ひま
した。
「ははあ、書記が目的か。して見ると何だな。お前は森の中であん
まりばけものパンばかり喰ったな。」
ネネムはすっかり図星をさされて、面くらって左手で頭を掻きま
した。
「はい実は少少たべすぎたかと存じます。」
「さうだろう。きっとさうにちがひない。よろしい。お前の身分や
考へはよく諒解した。行きなさい。わしはムムネ市の刑事だ。」
ネネムはそこでやっと安心してていねいにおじぎをして又町の方
へ行きました。
丁度一時間と六分かかって、三ノット三チェーンを歩いたとき、
ネネムは一人の百姓のおかみさんばけものと会ひました。その人
は遠くからいかにも不思議さうな顔をして来ましたが、たうたう
泣き出してかけ寄りました。
「まあ、クエクや。よく帰っておいでだね。まあ、お前はわたしを
忘れてしまったのかい。あゝなさけない。」ネネムは少し面くらひ
ましたが、ははあ、これはきっと人ちがひだと気がつきましたので
急いで云ひました。
「いゝえ、おかみさん。私はクエクといふ人ではありません。私は
ペンネンネンネンネン・ネネムといふのです。」
するとその橙色の女のばけものはやっと気がついたと見えて俄か
に泣き顔をやめて云ひました。
「これはどうもとんだ失礼をいたしました。あなたのおなりがあん
まりせがれそっくりなもんですから。」
「いゝえ。どう致しまして。私は今度はじめてムムネの市に出る処
です。」
「まあ、さうでしたか。うちのせがれも丁度あなたと同じ年ころで
した。まあ、お髪のちゞれ工合から、お耳のキラキラする工合、何
から何までそっくりです。それにまあ、なめくぢばけもののやうな
柔らかなおあしに、硬いはがねのわらじをはいて、なにが御志願で
いらしゃるのやら。おゝ、うちのせがれもこんなわらじでどこを今
ごろ、ポオ、ポオ、ポオ、ポオ。」とそのおかみさんばけものは泣
き出しました。ネネムは困って、
「ね、おかみさん。あなたのむすこさんは、もうきっとどこかの書
記になってるんでせう。きっとぢきお迎ひをよこすにちがひありま
せん。そんなにお泣きなさらなくてもいゝでせう。私は急ぎますか
らこれで失礼いたします。」と云ひながらクラリオネットのやうな
すゝり泣きの声をあとに、急いでそこを立ち去りました。
さてそれから十五分でネネムはムムネの市までもう三チェーンの
所まで来ました。ネネムはそこで髪をすっかり直して、それから路
ばたの水銀の流れで顔を洗ひ、市にはいって行く支度をしました。
それからなるべく心を落ちつけてだんだん市に近づきますと、さ
すがはばけもの世界の首府のけはいは、早くもネネムに感じました。
ノンノンノンノンノンといふうなりは地の(以下原稿数枚分焼失)
「今授業中だよ。やかましいやつだ。用があるならはいって来い。」
とどなりましたので、学校の建物はぐらぐらしました。
ネネムはそこで思ひ切って、なるべく足音を立てないやうに二階
にあがってその教室にはいりました。教室の広いことはまるで野原
です。さまざまの形、たうがらしや、臼や、鋏や、赤や白や、実に
さまざまの学生のばけものがぎっしりです。向ふには大きな崖のく
らゐある黒板がつるしてあって、せの高さ百尺あまりのさっきの先
生のばけものが、講義をやって居りました。
「それでその、もしも塩素が赤い色のものならば、これは最も明ら
かな不合理である。黄色でなくてはならん。して見ると黄色といふ
事はずゐぶん大切なもんだ。黄といふ字はかう書くのだ。」
先生は黒板を向いて、両手や鼻や口や肱やカラアや髪の毛やなに
かで一ぺんに三百ばかり黄といふ字を書きました。生徒はみんな大
急ぎで筆記帳に黄といふ字を一杯に書きましたがとても先生のやう
にうまくは出来ません。
ネネムはそっと一番うしろの席に座って、隣りの赤と白のまだら
のばけもの学生に低くたづねました。
「ね、この先生は何て云ふんですか。」
「お前知らなかったのかい。フゥフヰウボオ博士さ。化学の。」と
その赤いばけものは馬鹿にしたやうに目を光らせて答へました。
「あっ、さうでしたか。この先生ですか。名高い人なんですね。」
とネネムはそっとつぶやきながら自分もふところから鉛筆と手帳を
出して筆記をはじめました。
その時教室にパッと電燈がつきました。もう夕方だったのです。
博士が向ふで叫んでゐます。
「しからば何が故に夕方緑色が判然とするか。けだしこれはプウル
ウキインイイの現象によるのである。プウルウキインイイとはかう
書く。」
博士はみみづのやうな横文字を一ぺんに三百ばかり書きました。
ネネムも一生けん命書きました。それから博士は俄かに手を大きく
ひろげて
「げにも、かの天にありて濛々たる星雲、地にありてはあいまいた
るばけ物律、これはこれ宇宙を支配す。」と云ひながらテーブルの
上に飛びあがって腕を組み堅く口を結んできっとあたりを見まはし
ました。
学生どもはみんな興奮して「ブラボオ。フゥフィーボー先生。ブ
ラボオ。」と叫んでそれからバタバタ、ノートを閉ぢました。ネネ
ムもすっかり釣り込まれて、「ブラボオ。」と叫んで堅く堅く決心
したやうに口を結びました。この時先生はやっとほんのすこうし笑
って一段声を低くして云ひました。
「みなさん。これからすぐ卒業試験にかゝります。一人づつ私の前
をお通りなさい。」と云ひました。
学生どもは、そこで一人づつ順々に、先生の前を通りながらノー
トを開いて見せました。
先生はそれを一寸見てそれから一言か二言質問をして、それから
白墨でせなかに「及」とか「落」とか「同情及」とか「退校」とか
書くのでした。
書かれる間学生はいかにもくすぐったさうに首をちゞめてゐるの
でした。書かれた学生は、いかにも気がかりらしく、そっと肩をす
ぼめて廊下まで出て、友達に読んで貰って、よろこんだり泣いたり
するのでした。ぐんぐんぐんぐん、試験がすんで、いよいよネネム
一人になりました。ネネムがノートを出した時、フゥフィーボオ博
士は大きなあくびをやりましたので、ノートはスポリと先生に吸ひ
込まれてしまひました。先生はそれを別段気にかけるでもないらし
く、コクッと呑んでしまって云ひました。
「よろしい。ノートは大へんによく出来てゐる。そんなら問題を答
へなさい。煙突から出るけむりには何種類あるか。」「四種類あり
ます。もしその種類を申しますならば、黒、白、青、無色です。」
「うん。無色の煙に気がついた所は、実にどうも偉い。そんなら形
はどうであるか。」
「風のない時はたての棒、風の強い時は横の棒、その他はみゝづな
どの形。あまり煙の少ない時はコルク抜きのやうにもなります。」
「よろしい。お前は今日の試験では一等だ。何か望みがあるなら云
ひなさい。」
「書記になりたいのです。」
「さうか。よろしい。わしの名刺に向ふの番地を書いてやるから、
そこへすぐ今夜行きなさい。」ネネムは名刺を呉れるかと思って待
っゐいますと、博士はいきなり白墨をとり直してネネムの胸に、
「セム二十二号。」と書きました。
ネネムはよろこんで叮寧におじぎをして先生の処から一足退きま
すと先生が低く、
「もう藁のオムレツが出来あがった頃だな。」と呟やいてテーブル
の上にあった革のカバンに白墨のかけらや講義の原稿やらを、みん
な一諸に投げ込んで、小脇にかゝへ、さっき顔を出した窓からホイ
ッと向ふの向ふの黒い家をめがけて飛び出しました。そしてネネム
はまちをこめた黄色の夕暮の中の物干台にフゥフヰイボウ博士が無
事に到着して家の中に入って行くのをたしかに見ました。
そこでネネムは教室を出てはしご段を降りますと、そこには学生
が実に沢山泣いてゐました。全く三千六百五十三回、則ち閏年も入
れて十年といふ間、日曜も夏休みもなしに落第ばかりしてゐては、
これが泣かないでゐられませうか。けれどもネネムは全くそれとは
違ひます。
元気よく大学校の門を出て、自分の胸の番地を指さして通りかか
ったくらげのやうなばけものに、どう行ったらいゝかをたづねまし
た。
するとそのばけものは、ひどく叮寧におじぎをして、
「えゝ。それは世界裁判長のお邸でございます。こゝから二チェー
ンほどおいでになりますと、大きな粘土でかためた家がございます。
すぐおわかりでございませう。どうか私もよろしくお引き立てをね
がひます。」と云って又叮寧におじぎをしました。
ネネムはそこで一時間一ノット一チェーンの速さで、そちらへ進
んで参りました。たちまち道の右側に、その粘土作りの大きな家が
しゃんと立って、世界裁判長官邸と看板がかかって居りました。
「ご免なさい。ご免なさい。」とネネムは赤い髪を掻きながら云ひ
ました。
すると家の中からペタペタペタペタ沢山の沢山のばけものどもが
出て参りました。
みんなまっ黒な長い服を着て、恭々しく礼をいたしました。
「私は大学校のフゥフヰイボウ先生のご招介で参りましたが世界裁
判長に一寸お目にかゝれませうか。」
するとみんなは口をそろへて云ひました。
「それはあなたでございます。あなたがその裁判長でございます。」
「なるほど、さうですか。するとあなた方は何ですか。」
「私どもはあなたの部下です。判事や検事やなんかです。」
「さうですか。それでは私はこゝの主人ですね。」
「さやうでございます。」
こんなやうな訳でペンネンネンネンネン・ネネムは一ぺんに世界
裁判長になって、みんなに囲まれて裁判長室の海綿でこしらへた椅
子にどっかりと座りました。
すると一人の判事が恭々しく申しました。
「今晩開廷の運びになってゐる件が二つございますが、いかゞでご
ざいませうお疲れでゐらっしゃいませうか。」
「いゝや、よろしい。やります。しかし裁判の方針はどうですか。」
「はい。裁判の方針はこちらの世界の人民が向ふの世界になるべく
顔を出さぬやうに致したいのでございます。」
「わかりました。それではすぐやります。」
ネネムはまっ白なちゞれ毛のかつらを被って黒い長い服を着て裁
判室に出て行きました。部下がもう三十人ばかり席についてゐます。
ネネムは正面の一番高い処に座りました。向ふの隅の小さな戸口
から、ばけものの番兵に引っぱられて出て来たのはせいの高い眼の
鋭い灰色のやつで、片手にほうきを持って居りました。一人の検事
が声高く書類を読み上げました。
「ザシキワラシ。二十二歳。アツレキ三十一年二月七日、表、日本
岩手県上閉伊郡青笹村字瀬戸二十一番戸伊藤万太の宅、八畳座敷中
に故なくして擅に出現して万太の長男千太、八歳を気絶せしめたる
件。」
「よろしい。わかった。」とネネムの裁判長が云ひました。
「姓名年齢、その通りに相違ないか。」
「相違ありません。」
「その方はアツレキ三十一年二月七日、伊藤万太方の八畳座敷に故
なくして擅に出現したることは、しかとその通りに相違ないか。」
「全く相違ありません。」
「出現後は何を致した。」
「ザシキをザワッザワッと掃いて居りました。」
「何の為に掃いたのだ。」
「風を入れる為です。」
「よろしい。その点は実に公益である。本官に於て大いに同情を呈
する。しかしながらすでに妄りに人の居ない座敷の中に出現して、
箒の音を発した為に、その音に愕ろいて一寸のぞいて見た子供が気
絶をしたとなれば、これは明らかな出現罪である。依って今日より
七日間当ムムネ市の街路の掃路を命ずる。今後はばけもの世界長の
許可なくして、妄りに向ふ側に出現することはならん。」
「かしこまりました。ありがたうございます。」
「実に名断だね。どうも実に今度の長官は偉い。」と判事たちは互
にさゝやき合ひました。
ザシキワラシはおじぎをしてよろこんで引っ込みました。
次に来たのは鳶色と白との粘土で顔をすっかり隈取って、口が耳
まで裂けて、胸や足ははだかで、腰に厚い蓑のやうなものを巻いた
ばけものでした。一人の判事が書類を読みあげました。
「ウウウウエイ。三十五歳 アツレキ三十一年七月一日夜 表、ア
フリカ、コンゴオの林中の空地に於て故なくして、擅に出現、舞踏
中の土地人を恐怖散乱せしめたる件。」
「よろしい、わかった。」とネネムは云ひました。
「姓名年齢その通りに相違ないか。」
「へい。その通りです。」
「その方はアツレキ三十一年七月一日夜、アフリカ、コンゴオの林
中空地に於て、故なくして擅に出現、折柄月明によって歌舞、歓を
なせる所の一群を恐怖散乱せしめたことは、しかとその通りにちが
ひないか。」
「全くその通りです。」
「よろしい。何の目的で出現したのだ。既に法律上故なく擅となっ
てあるが、その方の意中を今一応尋ねやう。」
「へい。その実は、あまり面白かったもんですから。へい。どうも
相済みません。あまり面白かったんで。ケロ、ケロ、ケロ、ケロロ、
ケロ、ケロ。」
「控えろ。」
「へい。全くどうも相済みません。恐れ入りました。」
「うん。お前は、最明らかな出現罪である。依って明日より二十二
日間、ムッセン街道の見まわりを命ずる。今後ばけもの世界長の許
可なくして、妄りに向側に出現いたしてはならんぞ。」
「かしこまりました。ありがたうございます。」そのばけものも引
っ込みました。
「実に名断だ。いゝ判決だね。」とみんなささやき合ひました。そ
の時向ふの窓がガタリと開いて「どうだ、いゝ裁判長だらう。みん
な感心したかい。」と云ふ声がしました。それはさっきの灰色の一
メートルある顔、フゥフヰイボウ先生でした。
「ブラボオ。フゥフヰイボウ博士。ブラボオ。」と判事も検事もみ
んな怒鳴りました。その時はもう博士の顔は消えて窓はガタンとし
まりました。
そこでネネムは自分の室に帰って白いちゞれ毛のかつらを除りま
した。それから寝ました。
あとはあしたのことです。
--〔作品〕--------------------------------------------------
旱害地帯
多くは業にしたがひて 指うちやぶれ眉くらき
学びの児らの群なりき
花と侏儒とを語れども 刻めるごとく眉くらき
稔らぬ土の児らなりき
……村に
四百とすれば九萬人
ふりさけ見ればそのあたり 藍暮れそむる松むらと
かじろき雪のけむりのみ
(「宮沢賢治詩集」より)
--〔後記〕--------------------------------------------------
金曜日は「節分」でした。昔、大学で大阪に初めて出たころ、近
くの我孫子観音で節分祭があり、そのとき「恵方巻」というのを初
めて見ました。当時はここだけの独特の風習だったと思います。そ
れがお寿司屋さんの陰謀だったのか、このごろは全国的に広まって
いるようです。我が家でも買ってきた巻き寿司を食べました。
昨日が節分ということは、今日は立春です。相変わらず寒いです
が、日差しは結構強くなってきたと感じますね。
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