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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
----------------------------------第158号--2002.03.02-------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------
宮沢賢治の生涯「花巻農学校時代 (その12)」「薤露青」
「種山ヶ原の夜(つつき)」
「〔みんな食事もすんだらしく〕」「休息」
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--〔話題〕--------------------------------------------------
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宮沢賢治の生涯「花巻農学校時代 (その12)」
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1924年5月、花巻農学校の修学旅行があり、賢治は引率者として
参加しています。彼にとっては前年の樺太旅行につづく北海道行き
です。
帰って来てから書いた、「修学旅行復命書」が残っています。当
時の賢治の農業についての考え方がうかがえる資料ですので、少し
引用します。(全文は「宮沢賢治作品館・資料編・その他原稿」に
あります。)
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
農事試験場参観の豫定なりしも時期未だ早く見学その効なきを以て
直ちに電車に乗じ中島公園の植民館に赴く。中に開墾順序の模型あ
り。陰惨荒涼たる林野先づ開拓使庁官によりて毎五町歩宛区劃を設
定せられ、当時内地敗残の移住民、各一戸宛此処に地を与へらる。
然も始め呆然として為すなく、技術者来り教ふるに及んで漸く起ち
て斧刀を振ひ耒耜を把る。近隣互に相励まして耕稼を行ふ。圃地次
第に成り陽光漸く遍く交通開け学校起り遂に楽しき田園を形成する
まで誰か涙なくして之を観るを得んや。恐らくは本模型の生徒将来
に及ぼす影響極て大なるべし。望むらくは本県亦物産館の中に理想
的農民住居の模型数箇を備へ将来の農民に楽しく明るき田園を形成
せしむるの目標を与へられんことを。階上にては各種本道内に用ひ
らるゝ農具陳列せらる。これ殆んど日本各地の旧農具の集成なり。
他に本道物産を陳列するあり。中に諸種農産製造品及所謂名物に関
して町出身の生徒に注意す。蓋し花巻に独創的産物なく然も近時温
泉地方の発達に伴ひてその需要大なるものあればなり。西伯利亜風
の蜜漬の胡桃、みづの辛子漬、菊芋の富錦など製造さへ成らば販路
更に大ならんのみ。植民館を辞し停車場に向ふ。途中
北海道石灰会社石灰岩抹を販るあり。これ酸性土壌地改良唯一の物
なり。米国之を用ふる既に年あり。内地未だ之を製せず。早くかの
北上山地の一角を砕き来りて我が荒涼たる洪積不良土に施与し草地
に自らなるクローバーとチモシイとの波をつくり耕地に油々漸々た
る禾穀を成ぜん。
四時三分案内の大学生二氏に行進歌を以て謝意を表し札幌を発し
車中苫小牧に至る。
車中見る処苗代稲穂漸く伸び直播又今正に行はる。本道独特の散点
状村落並にその家屋の構造多少移住者の郷土を示すものあるを見る
而もその近時の築成に斯るものクレオソートを塗れる粗板二色の亜
鉛板を用ひて風致津々たるあり。早く我等が郷土新進の農村建築家
を迎へ、従来の不経済にして陰鬱、採光通風一も佳なるなき住居を
その破朽と共に葬らしめよ。
(「修学旅行復命書」より)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
「早くかの北上山地の一角を砕き」などというあたり、後年賢治
が東北砕石工場の技師として働くことになるのは決して偶然の結果
ではないことがわかります。
農学校の教師らしく、かなり過激な近代主義者だったようです。
そしてたぶん、最期までこういう考えは基本的には変化がなかった
と私は思っています。
反近代主義、農本主義、といったイメージで語られることも多い
宮沢賢治という人ですが、実際はずいぶん違っていたわけです。
詩集「春と修羅」出版後も、賢治の詩作はつづいています。後に
賢治自身がまとめた「春と修羅・第二集」には1924、1925年という
農学校教師時代の後半の詩が収められています。
「第二集」の詩はあまりに有名な「春と修羅」の詩篇や、後の羅
須地人協会時代の詩篇(「野の師父」とか、「稲作挿話」とか)の
間にあって、わりと地味なのですが、なかなか味わい深いものが多
いのです。
とくに1924年7月の日付を持つ、次の詩なんかは私はとても好き
ですね。
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
薤露青
一九二四、七、一七
みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
ときどきかすかな燐光をなげる……
橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ
……たえず企画したえずかなしみ
たえず窮乏をつゞけながら
どこまでもながれて行くもの……
この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
うすい血紅瑪瑙をのぞみ
しづかな鱗の呼吸をきく
……なつかしい夢のみをつくし……
声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って行けば
そのなかのはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
……あの力いっぱいに
細い弱いのどからうたふ女の声だ……
杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
そこから月が出やうとしてゐるので
鳥はしきりにさはいでゐる
……みをつくしらは夢の兵隊……
南からまた電光がひらめけば
さかなはアセチレンの匂をはく
水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
……あゝ いとしくおもふものが
そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
なんといふいゝことだらう……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
何度読んでもいいですね。
「春と修羅」の最後の方の詩篇で指摘された「銀河鉄道の夜」と
の関連ですが、ここに至ってはもうはっきりとした形をとっていま
す。おそらく、「銀河鉄道の夜」の最初の形は、この時期には姿を
現していたと思います。
掲載中の「種山ヶ原の夜」に関しては、つぎのようなエピソード
があります。
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
1924年8月10日(日)〜11日(月)
昼夜2回2日にわたり農学校講堂で自作の劇を上演。プログラム
は「飢餓陣営」「植物医師」「ポランの広場」「種山ヶ原の夜」の
4本立てで一般に公開した。最後の上演を母、妹たち、帰省中の友
人阿部孝に見せる。
上演に要した衣装、小道具、大道具、背景その他一切の費用は自
費であった。劇が終ると舞台道具を校庭にもちだし、火をつけ、生
徒ともども狂喜乱舞した。
※劇中の音響効果の一つとして、カブト虫のとぶ音を電気アンマ器
を使って出したという。バックを書くために阿部芳太郎は、毎晩天
の川を見、噴霧器で色をふきつけ、苦心して書いたという。
鍛冶町の本屋平賀豊蔵は「賢治さん、えがす、種山ヶ原はあの通
りだす」と賢治の母イチにいい、阿部孝はこの作をもっとも評価し、
夫人は「奇体な芝居だナス」とつぶやいたという。
(「宮沢賢治年譜」より)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
花巻の短い夏の、つかのまのエピソードです。
--〔今週の作品〕--------------------------------------------
種山ヶ原の夜(つづき)
舞台は青びかりを含み、草木の配置は変って、夢の中のたよりない
空間を表はす。
黒い影、何べんもそこらを擦過する。
林務官、白の夏服に傾斜儀を吊して、少し歪み、また偏った心持で、
舞台奥手を走って過ぎる。しばらくたって又右手から登場する。伊
藤礼をする。去る。
又左手から出る。クリノメーターを用ひる。
伊藤(呼び掛ける)「あのう、笹戸のどごの払ひ下げ出願してもい
がべすか。」
林務官「あゝ、いゝだらう。」
伊藤「許可になるべすか。」
林務官「おれにはわからないよ。」
伊藤「もし許可になるどしたら一棚何ぼぐらぃでいがべす。」
林務官「おれにはわからないよ。」
伊藤「一棚五円ぐらゐでいがべすか。」
林務官「おれにはわからないよ。」
伊藤「笹戸の長根下楢の木ばかりだたすか。」
林 「楢の木だけぢゃなかったやうだよ。」
伊藤「柏の木だのあったたもな。」
林 「柏の木もあったやうだな。」
伊藤「さうすれば一棚五円では高価いな。」
林務官「お前は一体何を云ってるんだ。払ひ下げをするもしないも
何ともこっちでは云ってゐない。お前は少し山葡萄を食ひ過ぎた
な。」(去る)
伊藤(考へる)「はでな、山葡萄食ふづど 酔んもんだったが は
でな。」
楢樹霊一、二、樺樹霊 柏樹霊 徐かに登場、伊藤林務官を追って
行かうとしてこれに遭ひ 愕ひて佇立する。
「あゝびっくりした。汝どぁ楢の樹だな。」
楢樹霊一、「夜づもな鳩だの鷹だの睡るもんだもな。」
伊藤(考へる)「夜づもな鳩だの鷹だの睡るもんだづな何のごとだ。」
楢樹霊二、「鳩だの鷹だの睡るもんだたていま夜だなぃがら仕方な
ぃがべ。」
伊藤「今夜だなぃど、そんだ ほにな、何時頃だべ。」
樺樹霊(空を見る)「さうさな、お日さんの色ぁ、わすれぐさの花
このやうだはんて、まんつ 十一時前だべが。」
伊藤(空を見る)「ほにな、お日さん蜜柑色だな。なんたら今日の
そら、変〔ひょんた〕に青黒くて深くて海みだぃだべ。」
柏木霊(空を見る)「雨あがりでさ。」
伊藤「ほにさ、昨日ぁ雨ぁ降ったたな、さうせば、今日は昨日のつ
づきだたべが。」
柏木霊「うん、いま今日のひるまさ。」
伊藤「草刈りしてしまたたべが。」
樺木霊(樹霊みなあざ哂ふ)「喜助だの嘉っこだの来てしてしまっ
たけぁぢゃ。」
伊藤「すっかり了ったたな。まあんついがた。」
(風吹く、樹霊みなしきりに顫へる。)
楢 一、「この風ぁ吹いで行ぐづどカムチャッカで鮭ぁ取れるな。」
楢 二、「鮭づもな銀のこげら生〔お〕がってるな。」
樺樹霊「鮭のこげらずゐぶん堅いもんだぢゃい。」
柏 「朝まだれば笹長根の上の雲ぁ 鮭のこげらよりもっと光る
ぢゃい。」
楢 一、「この風ぁ吹いで行ぐづどカムチャッカで鮭ぁとれる。」
伊藤(しづかに歩きながら)「何だが うなどの話ぁ わげわがら
なぃぢゃい。さっぱりぼやっとして雲みだぃだぢゃい。」
楢二、「あだりまへさ、こったに雲かがて来たもの。」
伊藤「ほにな、ずゐぶんもや深ぐなって来たな。お日さんもまん円
こくて白い鏡みだぃだ。」
樺木霊「うん、お日さん円け銀の鏡だな、あの雲ぁまっ黒だ。ほう、
お日さんの下走せる走せる。」
伊藤「まだ降るな、早ぐ草刈ってしまなぃやなぃ。」(樹霊みな笑
ふ)
柏木霊「喜助だの嘉っこだの来て さきたすっかり了ったけぁぢゃ
い。」
伊藤「ほんとにそだたべが。何だがおりゃ忘れでしまたもや。」
柏樹霊「ほんとぁ、おら、知らなぃぢゃい。草など刈ったが刈らな
いが ほんとはおら知らなぃんじゃい。ほう又お日さん出はた。」
樺樹霊(からだをゆすり俄かに叫ぶ)
「もやかゞれば
お日さん ぎんがぎんがの鏡」
楢樹霊一、「まっ黒雲ぉ 来れば
お日さん ぱっと消える。」
楢樹霊二、「まっ黒雲ぉ行げば天の岩戸」
柏樹霊「天の岩戸の夜は明げで
日天そらにいでませば
天津神 国津神
穂を出す草は出し急ぎ
花咲ぐ草は咲ぎ急ぐ」
伊藤「何だ そいづぁ神楽だが。」
柏樹霊「何でもいがべぢゃ。うなだ、いづれ何さでも何どがかんど
が名つけで一まどめにして引っ括て置ぐ気だもな。」
楢樹霊一「ばだらの神楽面白ぃな。」
柏樹霊「面白ぃな。こなぃださっぱり無ぐなたもな。」
楢樹霊「だぁれぁ、誰っても折角来てで 勝手次第なごどばがり
祈ってぐんだもな。権現さんも踊るどごだなぃがべぢゃ。」
樺樹霊「権現さんも悦ぶづどほんとに面白ぃな。口あんぎあんぎど
開いで 風だの木っ葉だのぐるぐるど廻してはね歩ぐもな。」
伊藤「何だが汝等〔うなど〕の話ぁ夢みだぃだぢゃぃ。」
樺樹霊「あだり前よ、もやあったにかゞて来たもの。」
伊藤「そたなはなしも夢みだぃだ。さきたもおらそったなごと聞い
だやうな気する。」
樺樹霊「はじめで聞でで 前にもあたたと思ふもんだもや。夢づも
な。」
伊藤「さうせばいま夢が。奇体だな。全体おれぁ草刈ってしまった
たべが。」
(木霊一諸に高く笑ふ)
(つづく)
(校本全集11 「劇」より)
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--〔作品〕--------------------------------------------------
〔みんな食事もすんだらしく〕
みんな食事もすんだらしく
また改めてごぼんごぼんとどらをたゝいたり
樹にこだまさせて拍手をうったり
林のなかはにぎやかになった
……ひでりや寒さやつぎつぎ襲ふ
自然の半面とたゝかふほかに
この人たちはいままで幾百年
自分と闘ふことを教はり
克明にそれをやってきた
いまその第二をしばらくすてゝ
形一さう瞭らかに
烈しい威嚇や復讐をする
新たな敵に進めといふ……
あゝわたくしはこの樹を棄てて壇をのぼり
施無畏の大士遠く去って
うつろな拝殿のうすくらがり
古くからの幡や絵馬の間に
声あげて声あげて慟哭したい
杉の梢を雲がすべり
鳥居はひるの野原にひらく
(校本全集4 「春と修羅 詩稿補遺」より)
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休息
地べたでは杉と槻の根が、
からみ合ひ奪ひ合って
この痩せ土の草や苔から
恐ろしい静脉のやうに浮きでてゐるし
そらでは雲がしづかに東へ流れてゐて
杉の梢〔ウラ〕は枯れ
槻のはずゑは何か風からつかんで食って生きてるやう
……杉が槻を枯らすこともあれば
槻が杉を枯らすこともある……
(米穫って米食って何するだぃ?
米くって米穫って何するだぃ?)
技手が向ふで呼んでゐる
水はうるうるとはんぶんそらに溶けて見え
またむっとする青い稲だ
(校本全集4 「春と修羅 詩稿補遺」より)
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--〔BookMark〕----------------------------------------------
三島広志のページ
http://member.nifty.ne.jp/hmishima/
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
かつて宮澤賢治がかいま見た混沌。
そのカオスを私も覗きたい。そのために身体と言葉にこだわる。
方法として心身と環境にあまねく存在する概念としての気
(その具体的身体構造である経絡と働きかける術である指圧や気功や鍼)
と存在を切り裂き断面をさらす言語装置としての俳句。
これらのおおらかな混在が三島広志のページです。
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
名古屋で「鍼や経絡指圧、在宅リハビリを中心にした治療室」を
開かれている三島さんのサイト。ゲストブックなどでいつもお世話
になっています。
私の方がわずかに年長らしいのですが、かつて花巻で宮沢清六さ
んともおつきあいがあったという、賢治の世界では先輩という感じ
の人です。
「薤露青」についての解説がありましたので、引用します。
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
宮沢賢治に一九二四年七月十七日、ちょうど今頃の日付のある「薤
露青(かいろせい)」という詩があります。「薤露」はラッキョウ
の露、はかなく落ちることから中国では貴人の葬送曲を意味します。
「薤露青」はその露のような青という賢治の造語と思われます。
http://member.nifty.ne.jp/hmishima/karafune/k97.htm
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
--〔BookMark〕----------------------------------------------
山の來歴
http://village.infoweb.ne.jp/~hikapyon/tsukasa/frame1.htm
大学の地学の先生のサイトです。「地学と宮沢賢治」と題して、
賢治作品を地学的見地から解説した文があり、参考になります。
「『銀河鉄道の夜』のプリオシン海岸」というページには次のよ
うにあります。
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
賢治の童話でも最も有名な「銀河鉄道の夜」の一場面で,「プリ
オシン海岸」というのがでてきます。このプリオシン海岸の一場面
についてお話ししましょう。プリオシン海岸は,春と修羅第二集の
中の一六六,薤露青(薤露は「かいろ」)の中に「プリオシンコー
スト」としてもでてきます。プリオシン海岸のモデルとなったのは,
明らかに北上川河畔で,賢治のいうところの「イギリス海岸」でも
あります。そして,銀河鉄道の夜の中の発掘現場は,まさしく賢治
が「イギリス海岸」に書き記した発掘です。
(略)
ところでプリオシンというのは地質時代の名称です。Plioceneと
書き,英語では普通プライオシンと読みます。北上河岸の「イギリ
ス海岸」に露出する地層は,このPlioceneの地層と思われます。実
は,この地域の地質は未だに詳細がわかっていなくて,厳密な地層
の年代はよくわかりません。百二十万年前というのは,それほどひ
どく違ってはいないとは思うのですが...ただ,現在では,
Pioceneという時代は,530万年前から180万年前とされてい
ます。120万年前は,もう一つ新しい時代の Pleistocene(プラ
イストシン)という時代です。日本語では,プリオシンは鮮新世,
プライストシンは更新世と呼ばれています。更新世は,かつては洪
積世と呼ばれていたものです。賢治の作品には,頻繁に地質時代名
称が出てきます。こちらに地質時代区分表をつくりましたので参考
にしてください。
代 紀 世 百万年前
顕生代 新生代 第四紀 完新世 0.01〜
PHANEROZOIC CENOZOIC Quaternary Holocene
更新世 1.8-0.01
Pleistocene
第三紀 新第三紀 鮮新世 5.3-1.8
Tertiary Neogene Pliocene
中新世 23.8-5.3
Mioecene
古第三紀 漸新世 33.7-23.8
Paleogene Oligocene
始新世 54.8-33.7
Eocene
暁新世 65.0-54.8
Paleocene
中生代 白亜紀
MESOZOIC Cretaceous Senonian 88.5-65.0
Gallic 132-88.5
Neocomian 132-146
ジュラ紀
Jurassic Malm 157-146
Dogger 178-157
Lias 208-178
三畳紀
Triassic 243-208
古生代 ペルム紀
PALEOZOIC Permian 290-243
石炭紀
Carboniferous Pensylvanian 323-290
Mississippian 354-323
デボン紀
Devonian 417-354
シルル紀
Silrian Plidori 419-417
Ludlow 423-428
Wenlock 428-419
Landovery 443-428
オルドビス紀
Ordovician Ashigill 449-443
Caradoc 458-449
Llamdeilo 464-458
Llamvirn 470-464
Arenig 485-470
Tremadoc 495-485
カンブリア紀
Cambrian Meriaoneth 517-495
St.David's 536-517
Caerfai 570-436
先カンブリア時代 原生代
PRE-CAMBRIAN PROTEROZOIC 2450-570
始世代
ARCHEAN 4600-2450
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
--〔後記〕--------------------------------------------------
今日はこれから花巻へ行ってきます。風邪気味で苦しいので、誤
字などがあるかもしれません。お気づきの節はご連絡をお願いしま
す。
今回の BookMarkは私のサイトのリンク集から、古顔に登場して
もらいました。「薤露青」で検索したら、両サイトが出てきて、う
れしかったですね。これからもよろしくお願いします。
地質時代の表、ちょっと長くなりましたが、どうもこういうのが
好きなもので、つい全部コピーしてしまいました。表示がずれる場
合は「等幅フォント」をご使用ください。「MSPゴシック」では
ずれても、「MSゴシック」なら全部の文字が同じ幅ですので、大
丈夫です。
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--発行--渡辺--宏------- URL http://www.kenji.ne.jp/why/
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