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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
----------------------------------第101号--2001.01.27-------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

     いただいたメール
     「心象の記号論」
     「休息」「測候所」「住居」
     「〔エレキや鳥がばしゃばしゃ翔べば〕」
     「遠足許可」「住居」「森」

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--〔話題〕--------------------------------------------------

 「遅ればせの投稿」を神戸の方からいただきました。ご紹介しま
す。

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

     遅ればせの投稿です

 いつも Kenji Review 楽しく読ませていただいています。100
号発行、おめでとうございます。濃い内容とその持続にただならぬ
敬意をはらいます。

 特に『春と修羅』第二集は、賢治の「教師」から「百姓」への過
渡期の心象が語られているので、しっぽりと味あわせてもらってい
ます。

 ばたばたしているうちに、100号投稿募集に遅れてしまいまし
た。これも私の人生の象徴のようです。

 私は、かれこれ9年前から神戸で「宮沢賢治を読む会」という読
書会を開いています。5年前からは、姫路でも始めました。参加者
のみなさんと、声に出して賢治童話を読んでいますが、毎回新鮮な
感じを覚えます。岩崎書店版の宮澤賢治童話全集の第1巻から第12
巻まで、ずーっと読んで行って、2周目、3周目になりました。賢
治は何度読んでも飽きませんね。

 なにしろ意味不明のところがたくさんあって、「ああ、こういう
ことだったのか」と気付いては、また感動をしたりを繰り返してい
ます。このメールマガジンには、いろいろと参考になることがあり、
感謝しています。

 また、私は阪神大震災のあった1995年に発足した
「神戸宮沢賢治の会」
http://members.tripod.co.jp/amenimomakezu/index.htm
の一員なのですが、そこでも賢治ファンのみなさんと賢治の話題で
楽しませてもらっています。渡辺さんのこともよく話題に出てくる
んですよ。「すごいね〜」って。

 前回の例会には、和歌山県の橋本市から参加された女性がいまし
て、「ともに賢治を語る場を求めて、はるばると」ということでし
たので、「確か、和歌山には Kenji Review というメールマガジン
を発行している方がいるんですよ」と言っておきました。

 このメールマガジンがきっかけで、賢治ファンの交流が広がって
いくと楽しいですね。

 これからも健康に留意されて、末永く Kenji Reviewの発行を続
けてくださいね。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

 どうもありがとうございました。

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 大塚常樹さんの「心象の記号論」という本を読んで、感心したこ
とがいくつもありますので、以下に紹介します。

 大塚さんの前著は「心象の宇宙論」という題で、「宇宙論」には
「コスモロジー」というルビがふってあったと思います。今回の
「記号論」は辞書でひくと、「 semiotics」といことです。この本
の目次には「魔界のイコノロジー」という章がありますので、「イ
コノロジー」という方が良いのかも知れません。

 イコンというのは、ギリシャ正教などでよく作られる、象徴的な
絵画?です。その象徴を読み解く、といった感じで、イコノロジー
というようです。西洋絵画の古いものは、題材にいろんな寓意をこ
めて描いていますので、その解釈学もまた、おもしろいものです。

 そんな感じで、宮沢賢治の世界の象徴的な意味を探る、というの
がこの本の主題だと思います。読んで印象にのこったことを、いく
つかあげてみます。

(1)「修羅」の意識が賢治の実感からきていること。私なんかが
思っていたより、はるかにしっかりとした自覚というか、実感を伴
った意識だったようです。仏教的にもそうですし、当時の進化論的
な人間観からも、そう言えると論じています。

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 明治から大正にかけては、進化論の影響で、動物学や心理学はも
ちろんのこと、社会進化論ほか諸哲学にも、人間は進化の過程で経
て来た過去の生物の記憶が、本能などの下等な意識として潜在意識
の中に眠っているという思想が多く見られた。ヘッケルやフロイト
の影響を受けている賢治も、人間の無意識には過去の下等生物の記
憶残存するという、進化論から導き出される霊魂観に脅え続けなけ
ればならなかった。

(略)熱心な日蓮宗の信者でもあった賢治は天台教学の十界互具思
想の先例を受け、宗教的にも修羅や畜生、餓鬼といった、いわばよ
り本能的な生物の意識が自信の内部に潜んでいる可能性を絶えず気
にし続けねばならなかったのである。

(「宮沢賢治 心象の記号論」「春と修羅」論より)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

(2)黄金色というものに、聖なるものの象徴を見ていること。一
郎が望んだ「黄金のどんぐり」は本物の聖なるものを指しているが、
山猫が与えたものはニセモノであった、という指摘は、なかなか鋭
いものがあります。

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 一郎の示した判決が、普通の価値基準をひっくりかえしたもので
あるように、このテクストの基本構造は、見る人の価値観によって
同じものの意味や価値が変わる、というメッセージを発しているの
であり、「黄金のどんぐり」の「黄金」こそは、読者も含め、判断
基準の違いを明確にする装置なのである。(略)

 仏と魔の区別の難しさを背景に抱え込む、賢治テクストの「本物
と偽物」の対比という基本構造から見れば、「めっきのどんぐりも
まぜてこい」と命令する山猫にとっての「メッキの黄金」はまさし
く「偽物」の「暗い黄いろなもの」以外の何ものでもないだろう。

 従来から、「黄金」のどんぐりを持ち帰った一郎は罰せられたの
だ、という解釈が跡を絶たない。これは賢治テクストで批判されて
いる「黄金=お金」という価値観しか持たない、あるいは賢治テク
ストの隅々に浸透している「聖なる黄金」をめぐるメッセージをほ
とんど受け取れていない、貧しい読みであることは明らかだろう。

(前掲書 黄金の指標より)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

(3)春はリビドーを呼び覚ます季節であり、「春と修羅」の「春」
は、このことを意味している、ということ。賢治が性的な衝動を強
く感じていたことは、確からしいです。

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 賢治テクスト総体から見れば「春」は,性欲の昂揚によって修羅
意識が誘発される季節という重要な一面を担っている。それは内的
生命力の発現が、世界全体の幸福を願う「如来の意識」に向かって
創造的に進化せず、むしろ個人的存在への執着という負のベクトル
退化、あるいは退行現象)に向かってしまうような、生の状況その
ものの換喩としての「春」である。実際賢治テクストには、「春」
と性欲の関係について追求した多くの童話や詩が存在している。

(前掲書 「春と修羅」論より)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

(4)宮沢賢治が「心象スケッチ」に込めた野望を明らかにしてい
ます。「春と修羅・序」について、次のように書いています。

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 「序」の言うように、二千年後の大学士たちが、過去の修羅的な
生命=爬虫類の時代である白堊紀の地層から「透明な人類の巨大な
足跡」を発見することの意味は、天人にまで進化した未来の人類が、
自分たちの祖先の足跡を白堊紀に見つけることであり、それは、過
去の修羅的な意識の中に、未来の天人の意識が既に発現していたと
いう、創造的進化の証拠を見つけるということなのだ。この言説は、
心象スケッチに記録された天の記述が正しければ、心象スケッチ自
体が、人類の創造的進化の証拠として未来に発掘されるだろう、と
いう自負を示すコノテーション(共示)であるだろう。

(略)

 以上、「序」を分析しつつその戦略を考察してみた。整理すれば、
まず、唯識論に立って、世界とは心的現象にすぎないとする。次に、
自己存在を因果という無限の関係性の中の一点とし、従って自己内
部に起きる心的現象は、あらゆる生命の意識の反映あるいは対話
(テクスト)であるとする。最後にこの心象スケッチに記録された
内容が、未来の人類が天人にまで進化するその証拠である、と宣言
するのである。(略)

(前掲書 「春と修羅」「序」の戦略 より)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

「序文の考を主張し、歴史や宗教の位置を全く変換しやうと企画し」
た賢治の野望というのは、こんなものだったようです。

 全体に、実に面白かったです。現代の、「私たちの宮沢賢治」で
はなく、当時の、「宮沢賢治の宮沢賢治」にかなり肉薄しているの
ではないでしょうか。

 こうなると、つい次回作に期待してしまいます。

--〔今週の作品〕--------------------------------------------

二九
     休息
                    一九二四、四、四、

中空〔なかぞら〕は晴れてうららかなのに
西嶺〔ね〕の雪の上ばかり
ぼんやり白く淀むのは
水晶球のくもりのやう
  ……さむくねむたいひるのやすみ……
そこには暗い乱積雲が
古い洞窟人類の
方向のないLibidoの像を
肖顔のやうにいくつか掲げ
そのこっちではひばりの群が
いちめん漂ひ鳴いてゐる
  ……さむくてねむたい光のなかで
    古い戯曲の女主人公〔ヒロイン〕が
    ひとりさびしくまことをちかふ……
氷と藍との東橄欖山地から
つめたい風が吹いてきて
つぎからつぎと水路をわたり
またあかしやの棘ある枝や
すがれの禾草を鳴らしたり
三本立ったよもぎの茎で
ふしぎな曲線〔カーヴ〕を描いたりする
    (eccolo qua!)
風を無数の光の点が浮き沈み
乱積雲の群像は
いまゆるやかに北へながれる

(校本全集3 「春と修羅 第二集」より)
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 eccolo quaというのは、イタリア語で、「それが、ここに、ある」
というような意味だそうです。(新語彙辞典)

 モーツアルトの歌劇(ドン・ジョバンニ)にこのセリフがあると
いうことなので、賢治はきっと知っていたのでしょうね。(ここで
は「ほら、旦那さまがおいでなすったぞ」という意味)

 Libido(リビドー)はおなじみのフロイトですね。人間の意識を
すべて性的衝動で語ろう、というのはあまりに無茶な気がしますが、
賢治は結構信用していたようです。この辺、「心象の記号論」では
くわしく追求しています。

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三五
     測候所
                    一九二四、四、四、

シャーマン山の右肩が
にはかに雪で被はれました
うしろの方の高原も
おかしな雲がいっぱいで
なんだか非常に荒れて居ります
  ……凶作がたうたう来たな……
杉の木がみんな茶色にかはってしまひ
わたりの鳥はもう幾むれも落ちました
  ……炭酸表をもってこい……
いま雷が第六圏で鳴って居ります
公園はいま
町民たちでいっぱいです

(校本全集3 「春と修羅 第二集」より)
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 「シャーマン山」というのは早池峰山のことを指している、とい
う話です。

 四月に「凶作が来た」というのは実に変ですが、どういうことな
のでしょうか。

 「第六圏」というのは、六分儀で天体観測するときの用語のよう
ですが、下書き稿では「第六天」とありました。これなら、「他化
自在天」で、信長の「人生わずか五十・・」の「化天」のことです。

 ここには魔王波旬が住んでいた、ということで、こういう話も上
記の本には書いてありました。

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三七八
     住居
                    一九二五、九、一〇、

青い泉と
たくさんの廃屋をもつ
その南の三日月形の村では
教師あがりの採種屋〔たねや〕など
置いてやりたくないといふ
  ……風のあかりと
    草の実の雨……
ひるもはだしで酒を呑み
眼をうるませたとしよりたち

(校本全集3 「春と修羅 第二集」より)
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一〇六八
     〔エレキや鳥がばしゃばしゃ翔べば〕
                   一九二七、五、一四、


エレキや鳥がばしゃばしゃ翔べば
九基に亘る林のなかで
枯れた巨きな一本杉が
もう専門の避雷針とも見られるかたち
  ……けふもまだ熱はさがらず
    Nymph,Nymph,Nymphaea……
杉をめぐって水いろなのは
羊歯の花を借りて来て
梢いっぱい飾りをつけた
やくざな柏の樹ででもあらう
  ……最后に
    火山屑地帯の
    小麦に就て調査せよ……
雲は淫らな尾を曳いて
しづかに森をかけちがふ

(校本全集4 「春と修羅 第三集」より)
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--〔作品〕--------------------------------------------------

     遠足許可
 
ぜんたいきみは
野馬がかってにこさえたみちと
ほんとのみちと分かるかね?
おほばこと
センホインといふ草を知ってゐるかね?
おんなじ型の黄いろな丘
ずんずん数へて来れるかね?
地図にある防火線とさ
あとからできた防火線とがどうしてわかる?
泥炭層の伏流をご承知かね?
しまひは磁石の方角だけで
まっ赤に枯れた柏のなかや
うつぎやばらの大きな藪を
どんどん走って来れるかね?
そしてたうとう日が暮れて
みぞれが降るかもしれないが
さういふことも覚悟の前か?
はあ さうか

(校本全集6 「生前発表詩篇」より)
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掲載誌「文藝プランニング」第三号(1930年11月1日)

関連作品:「春と修羅 第二集」の「三二九 〔野馬がかってにこ
さえたみちと〕」


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     住居

青い泉と
たくさんの廃屋をもつ
その南の三日月形の村では
教師あがりの種屋など
置いてやりたくないといふ
  ……風のあかりと
    草の実の雨……
ひるもはだしで酒を呑み
眼をうるませたとしよりたち

(校本全集6 「生前発表詩篇」より)
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掲載誌「文藝プランニング」第三号(1930年11月1日)

関連作品:「春と修羅 第二集」の「三七八 住居」


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     森

エレキや鳥がばしやばしや飛べば
九基〔キロ〕に亘る林のなかで
枯れた巨きな一本杉が
もう専門の避雷針とも見られるかたち
  ……けふもまだ熱はさがらず
    Nymph,Nymph,Nymphaea……
杉をめぐって水いろなのは
羊歯の花を借りて来て
梢いっぱい飾りをつけた
古い柏の樹ででもあらう
  ……最後に
    火山屑地帯の
    小麦に就て調査せよ!……
雲は淫らな尾を曳いて
しづかに森をかけちがふ

(校本全集6 「生前発表詩篇」より)
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掲載誌「文藝プランニング」第三号(1930年11月1日)
関連作品:「春と修羅 第三集」の「一〇六八 〔エレキや鳥がば
しゃばしゃ翔べば〕」

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--〔読書日記〕----------------------------------------------

「偽善系」 日垣 隆著 文藝春秋

 今、売れているライターの日垣さんの本。郵便局や裁判所や、い
ろんなところにかみついています。

 ちょっと性格悪いですが、私は案外好きなのです。

お勧め度☆☆
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「宮沢賢治 心象の記号論」 大塚常樹著 朝文社

 最初の方で紹介しています。賢治関係の本では、久々に胸のすく
内容です。論旨明快、わかりやすくて面白い。

 願わくは、この論に反論が起こり、大論争なんかになっていって
ほしいものです。一読をすすめします。

お勧め度☆☆☆☆☆
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「壊血病とビタミンCの歴史」 ケニス・J・カーペンター著
  北村二郎・川上倫子訳 北海道大学図書刊行会

 日本軍は脚気で苦しみましたが、イギリス海軍は壊血病で大量の
死者を出しています。副題が「『権威主義』と『思い込み』の科学
史」とあるように、15世紀から現代まで、原文献を紹介しながら、
壊血病の対策がどのように進んできたかを概観しています。

 その時代の学者の常識を、原文で見ると、何だか信じられないで
すが、「歴史の歴史」なんでしょうね。今の常識も、未来の人から
見れば、やっぱり変なのでしょう。

お勧め度☆☆☆☆
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--〔後記〕--------------------------------------------------

 1月27日発行のメールマガジンですが、今回は早めに予約配信し
ています。メールなど、行き違いになっているようでしたら、ごめ
んなさい。

 実は27日は東京で、宮沢賢治学会の会議に出ています。昨年開設
したホームページを、今後どのようにしていくか、という話です。

 帰ってきたら、また報告します。この冬は浪人していた下の子の
受験で、結構忙しいのです。何しろ甘やかして育てていますので、
父親が受験についていく、という情けない話になっています。

 新幹線、飛行機、ホテルと、何でもインターネットで予約できる
ようになって、便利なのですが、次の日に確認の電話を入れたりし
て、やっぱり時代についていけないなあ、と改めて思っています。

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--通巻--101号---------- e-mail why@kenji.ne.jp -----------
--発行--渡辺--宏------- URL http://www.kenji.ne.jp/why/
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 購読者数871名です。ご購読ありがとうございます。
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why@kenji.ne.jp

私のホームページ(宮沢賢治童話館、全詩篇など)は
http://www.kenji.ne.jp/why/index.html です。

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