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一九三一年度極東ビヂテリアン大会見聞録

 去る九月四目、花巻温泉で第十七回極東ビジテリアン大会が行は れた。これは世界の食糧間題に対する相当の陰謀をも含むもので昔 は極めて秘密に開催されたものであるさうであるが今年は公開こそ はしなかったが別にかくしもしなかったやうだ。

 たぶんそれは世界革命の陰謀などにくらべると余りこどもじみた ものなので誰もびっくりしないためであったらうと思はれる。

 その代りその会合たるや極めて古典的で当時温泉に浴してこれを 見聞した筆者の無為を慰すること甚大であった。

 元来ご承知のごとくビヂテリアンといふのは動物質のものを食べ ないといふ考のものの団結であり、日本では菜食主義者と訳するけ れども主義者といふよりは、むしろ菜食信者といふ方が、よく実際 に適ってゐるとも思はれる。

 その中にはいろいろ派があるやうであるが、大体そのテーゼにつ いて大きくわけると、同情派と豫防派との二つになるらしい。

 同情派と云ふのは、恰度仏教の中でのやうに、あらゆる動物はみ な生命を惜むこと、我々と少しも変りはない、それを一人が生きる ために、ほかの動物の命を奪って食べるそれも一日に一つどころで はなく、百や千や万のこともある、これを何とも思はないでゐるの は全く我々の考が足らないのでよくよく喰べられる方になって考へ て見ると、とてもかあいさうでそんなとはできないと言云ふ思想を もつものであり豫防派の方はじぶんの病気豫防のために、なるべく 動物質をたべないといふのであくまで利己的な連中の晋である。

 ところがこれをテーゼによらずact-の方法から分類すると、三つ になる。第一は絶対派ともいふべく動物質のものは全く喰べてはい けないと、獣や魚やすべて肉類はをろんミルクや、またそれからこ しらえたチーズやバター、菓子の中で鶏卵の入ったカステーラなど、 一切いけないといふ考の人たち、日本ならぱまあ、一寸鰹のだしの 入ったものもいけないとい考のであり第二は折衷派とも〔数文字分 空白〕チーズやバターやミルクそれから卵などならば、さし支へな い、といふ、割合温健な考である。ところが第三は大乗派ともいふ べくいくら物の命をとらない、自分ばかりさっぱりしてゐると云っ たところで、そのため誰かゞもつと迷惑してゐては何にもならない。 結局はほかの動物がかあいさうだからたべないのだ、もしある動物 がほかのたくさんの動物の敵であるときはそれは食ってもいゝとい ふことになっいゐて、今までの調査では鰯を食ふ鯨、猛禽類則ち鷹、 ふくらふ、みゝづく、それからどぜうをたべる鷺のごときもの殊に 所謂益鳥といはれてゐるものは悉く沢山の虫類を食ふことを特徴と してゐるから差支なく魚でも、鮎のごときは硅藻をたべてゐるので じつに可哀さうなものであり鰻や鯉のごときはその鮎をはじめとし てあらゆる水中の小魚を食ふから断じてとつて食っていゝといふの である。肉食獣則ち獅子、虎、豹の類、最后にこれらのものを食べ る人間則ち主義者自身ももし需要があれは絶対に食はれることを避 けてはいけないといふ規則である。

以上を図解するとかうである。

菜食主義者
同情派  (大乗派、絶対派、折衷派)
豫防派  (絶対派、折衷派)

そしてこの両派三派はあらゆる機会に於てみなこの主張をやるので あるが今年の大会に於ても果たせる哉やった。

そこで、前置はこれ丈として以下その顧末を申しあげる。

筆者が〔以下原稿数枚なし〕

 それから

「アナタ、タゞノオキャクサンゴザイマスカ。」と云った。

「タゞノオキャクサン」筆者は甚だ考へた。これ或は温泉で催すと いふ花火会のことであるか、或はこれ郷土舞踊大会であるか。筆者 は首をひねつた。先方はむじやむじや毛の生えた太い指でポケット から小さな容器をだして一種の丸薬数穎をつまんでぷっと口に投げ ながら云った。

「デハヨロシイ。サヨウナラ。」そしてさっさと大股に滝の方へ行 ってしまった。筆者唖然たらざるを得ない。松雲閣の玄関からその まゝ事務所へ廻りみちして支配人の福池第三郎君に会った。

「さあお掛け下さい。」

 第三郎氏はじぶんで椅子をすゝめた。

「外国人が来てゐますな。」

「え、、沢山来て居ります。あした会があるので。」

「ほう。会場はどこですか。」

「紅葉館です。」「何人ぐらゐですか。」「四十人位といふ通知で す。」「みん来てゐるんですか。」「半分ぐらゐもう来てゐるやう です。ゆふべ来た人もあります。」「全体何の会でせう。」「これ です。」支配人は二通の宛名を打った書状を出した。

 見ると第一通は英文で温泉へ宛てた四十人宿泊準備の依頼状で特 に食事は白米の飯と大根の味噌汁と香の物だけを仕度してくれ但し 価格は一日十円以内といふ。第二通は仲間へ出した活字の通知状で あった。

「第十七回極東ビヂテリアン大会。一九三一年九月四日正午より。
日本、東北本線花巻駅乗換、花巻温泉紅葉館にて。
 協議事項、各派合同による新運動の策戦について。会員は前日迄 に同所着のこと。」

 といふのであった。〔以下原稿数枚なし〕

 それから松雲閣へ帰って一つ風呂を浴びてやれといふ気持ちで更 衣室に行くとこれは又さっきの異人が宿から縞の唐桟の袷を着せら れてかんかんと椅子に座ってバイプをくわいて時事新報を見てゐた もんである。筆者は思はずハローとやった。すると向ふは落ちつい て"Well," と来たもんだ。筆者はちょっとむっとして顔をそむけた。 すると向ふが意外にも「アナタオ湯オハイリゴザイマセンカ。」と 云ったものだ。

「ゴザイマス。」

 いまのぶっきら棒の復讐にわざと変な文法を使ってやった。

「アナタコノヘンノオテラ、ボンゾサンシッテヰルゴザイマスカ。」

「シリマセンネエ。」筆者はもいちどすげなくやった。

「コノヘンノボンゾサン、シャカブツ五カイ、マモルゴザイマスカ。」

「ゴザイマセンネエ。」

「サケノミゴザイマスカ。」「ノミマスネエ。」「ニクルイタベル ゴザイマスカ。」「タベマスネエ。」「オクサンアリマスカ。」 「アリマスネエ。」異人は"Ha,ha,ha-a-a-a"と最后を顫音でわらっ た。それから

「デハアリガト。アナト。」と云ひながらうちはをもってちゃうど 大天狗が文化的湯治に来たといふかたちでさっさと引き上げてしま った。筆者もそこで一風呂あびて室に帰ってつめたいお茶をこくり とのみそれから縁側へ出てあまり栄えもせぬおがせが滝を拝見に出 ると、これはまた、さっきの大天狗殿がやはり椅子にすはってシガ ーをくゆらして滝を見てござったのである。そこで筆者は大びらに やっつけた。

「やあ、またお目にかゝりましたな。」「えゝ、えゝ。あなたたば こノミマセンカ。」大天狗は横の小卓から葉巻入をとりあげた。

「いやどうも。」

筆者はさっさとそれを受けとってマッチをすった。

「あしたは大会なさうですね。」「えゝ、えゝ。ケレドモマダミン ナキマセンゴザイマス。」「ビヂテリアンもたぱこはノムデスカ。」

「ノムデス。Tabakko ne estas animalo.」

「大会は盛んでせうね。」

「けれども邪魔はいるさうです。〔以下原稿数枚なし〕

 それから松雲閣へ帰らうと例の桜小路をやってくると向ふから黄 いろな自働車が事もあらうにシカゴ畜産組合といふ旗をたてゝやっ てきた。

 そして何か変なビラのやうなものを筆者の顔へ投げつけた。乗っ てゐたのは猿のやうな顔をした毛唐二人であった。筆者はビラを見 た。

◎偏狭非文明的なるビヂテリアンを排す。

 ビヂテリアン所説動物を愍むが故に之を食せずとは滑稽なり。そ れ人類の食糧と云はゞスタンダードチョイスリーダ三 フレデリッ ク大王の質問をまたずと雖も動物アニマル植物ビヂタブル 鉱物ミネラルの三種を出づべからず。 鉱物ミネラルは水と食塩のみ。

他は植物と動物となり。而も今日の世界の状 態食やゝ足り亦は足らず、もし偏狭なる人間一群ありて動物は可哀 さうなれば食すべからずと云はゞこれ人類の食糧の四分の一を奪取 せんと企つるものに非や。換言すれば、この主張者たちは、世界人 類の四分の一、則ち五億人を飢餓によって殺さんと計画するものな り。動物を愍みて人類五億を殺す。これを仁慈なるビヂテリアン諸 氏となす。

筆者は次の一枚を読んだ。

◎偏狭非学術的なるビヂテリアンを排せ。

 ビヂテリアン云ふ 動物は之を哀愍するが故に食せずと。動物が 哀愍を要することいかにしてこれを別り得るや。要は人類の主観の み。全体豚のごとき何ぞよく死のごとき高等なる観念を有せんや。 そはたゞ腹が空った、かぶらの茎、噛みつく、うまい、厭きた、ね むり、起きる、鼻がつまる、ぐうと鳴らす、腹がへった、麦糠、た べる、うまい、つかれたねむる、との如き一一の小き現在の連続の み。〔以下原稿なし〕