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まなづるとダァリヤ

 くだものの畑の丘のいただきに、ひまはりぐらゐせいの高い、黄 色なダァリヤの花が二本と、まだたけ高く、赤い大きな花をつけた 一本のダァリヤの花がありました。

 この赤いダァリヤは花の女王にならうと思ってゐました。

 風が南からあばれて来て、木にも花にも大きな雨のつぶを叩きつ け、丘の小さな栗の木からさへ、青いいがや小枝をむしってけたた ましく笑って行く中で、この立派な三本のダァリヤの花は、しづか にからだをゆすりながら、かへっていつもよりかゞやいて見えて居 りました。

 それから今度は北風又三郎が、今年はじめて笛のやうに青ぞらを 叫んで過ぎた時、丘のふもとのやまならしの木はせはしくひらめき、 菓物畑の梨の実は落ちましたが、此のたけ高い三本のダァリヤは、 ほんのわづか、きらびやかなわらひを揚げただけでした。

          ※

 黄色な方の一本が、こゝろを南の青白い天末に投げながら、ひと りごとのやうに云ったのでした。

「お日さまは、今日はコバルト硝子の光のこなを、すこうしよけい にお播きなさるやうですわ。」しみじみと友達の方を見ながら、も う一本の黄色なダァリヤが云ひました。

「あなたは今日はいつもより、少し青ざめて見えるのよ。きっとあ たしもさうだわ。」

「えゝ、さうよ。そしてまあ」赤いダァリヤに云ひました「あなた の今日のお立派なこと。あたしなんだかあなたが急に燃え出してし まふやうな気がするわ。」

 赤いダァリヤの花は、青ぞらをながめて、日にかがやいて、かす かに笑って答へました。

「こればっかしぢゃ仕方ないわ。あたしの光でそこらが赤く燃える やうにならないくらゐなら、まるでつまらないのよ。あたしもうほ んたうに苛々してしまふわ。」

 やがて太陽は落ち、黄水晶シトリンの薄明穹も沈み、星が光 りそめ、空は青黝い淵になりました。

「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いて、その星あかりの下を、ま なづるの黒い影がかけて行きました。

「まなづるさん。あたしずゐぶんきれいでせう。」赤いダリヤが云 ひました。

「あゝきれいだよ。赤くってねえ。」

 鳥は向ふの沼の方のくらやみに消えながらそこにつゝましく白く 咲いてゐた一本の白いダァリヤに声ひくく叫びました。「今ばんは。」 白いダァリヤはつゝましくわらってゐました。

          ※

 山山にパラフヰンの雲が白く澱み、夜が明けました。黄色なダァ リヤはびっくりして、叫びました。

「まあ、あなたの美しくなったこと。あなたのまはりは桃色の後光 よ。」

「ほんたうよ。あなたのまはりは虹から赤い光だけ集めて来たやう よ。」

「あら、さう。だってやっぱりつまらないわ。あたしあたしの光で そらを赤くしやうと思ってゐるのよ。お日さまが、いつもより金粉 をいくらかよけいに撒いてゐらっしゃるのよ。」

 黄色な花は、どちらもだまって口をつぐみました。

 その黄金きんいろのまひるについで、藍晶石のさわやかな夜 が参りました。

 いちめんのきら星の下を、もぢゃもぢゃのまなづるがあわたゞし く飛んで過ぎました。

「まなづるさん。あたしかなり光ってゐない?」

「ずゐぶん光ってゐますね。」

 まなづるは、向ふのほのじろい霧の中に落ちて行きながらまた声 ひくく白いダリヤへ声をかけて行きました。

「今晩は。ご機嫌はいかゞですか。」

          ※

 星はめぐり、金星の終りの歌で、そらはすっかり銀色になり、夜 があけました。日光は今朝はかゞやく琥珀の波です。

「まあ、あなたの美しいこと。後光は昨日の五倍も大きくなってる わ。」

「ほんたうに眼もさめるやうなのよ。あの梨の木まであなたの光が 行ってますわ。」

「えゝ、それはさうよ。だってつまらないわ。誰もまだあたしを女 王さまだとは云はないんだから。」

 そこで黄色なダァリヤは、さびしく顔を見合せて、それから西の 群青の山脈にその大きな瞳を投げました。

 かんばしくきらびやかな、秋の一日は暮れ、露は落ち星はめぐり、 そしてあのまなづるが、三つの花の上の空をだまって飛んで過ぎま した。

「まなづるさん。あたし今夜どう見えて?」

「さあ、大したもんですね。けれどももう大分くらいからな。」

 まなづるはそして向ふの沼の岸を通ってあの白いダァリヤに云ひました。

「今晩は、いゝお晩ですね。」

          ※

 夜があけかゝり、その桔梗色の薄明の中で、黄色なダァリヤは、 赤い花を一寸見ましたが、急に何か恐さうに顔を見合せてしまって、 一ことも物を云ひませんでした。赤いダァリヤが叫びました。

「ほんたうにいらいらするってないわ。今朝はあたしはどんなに見 えてゐるの。」

 一つの黄色のダァリヤが、おづおづしながら云ひました。

「きっとまっ赤なんでせうね。だけどあたしらには前のやうに赤く 見えないわ。」

「どう見えるの。云って下さい。どう見えるの。」

 も一つの黄色なダァリヤが、もじもじしながら云ひました。

「あたしたちにだけさう見えるのよ。ね。気にかけないで下さいね。 あたしたちには何だかあなたに黒いぶちぶちができたやうに見えま すわ。」

「あらっ。よして下さいよ。縁起でもないわ。」

 太陽は一日かゞやきましたので、丘の苹果の半分はつやつや赤く なりました。

 そして薄明が降り、黄昏こうこんがこめ、それから夜が来ま した。

 まなづるが、「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いてそらを通り ました。

「まなづるさん。今晩は、あたし見える?」

「さやう。むづかしいですね。」

 まなづるはあはたゞしく沼の方へ飛んで行きながら白いダリヤに 云ひました。「今晩は少しあたたかですね。」

          ※

 夜があけはじめました。その青白い苹果の匂のするうすあかりの 中で、赤いダァリヤが云ひました。

「ね、あたし、今日はどんなに見えて。早く云って下さいな。」

 黄色なダァリヤは、いくら赤い花を見やうとしても、ふらふらし たうすぐろいものがあるだけでした。

「まだ夜があけないからわかりませんわ。」

 赤いダァリヤはまるで泣きさうになりました。

「ほんたうを云って下さい。ほんたうを云って下さい。あなたがた 私にかくしてゐるんでせう。黒いの。黒いの。」

「えゝ、黒いやうよ。だけどほんたうはよく見えませんわ。」

「あらっ。何だってあたし赤に黒のぶちなんていやだわ。」

 そのとき顔の黄いろに尖ったせいの低い変な三角の帽子をかぶっ た人がポケットに手を入れてやって来ました。そしてダリヤの花を 見て叫びました。

「あっこれだ。これがおれたちの親方の紋だ。」

 そしてポキリと枝を折りました。赤いダリヤはぐったりとなって その手のなかに入って行きました。

「どこへいらっしゃるのよ。どこへいらっしゃるのよ。あたしにつ かまって下さいな。どこへいらっしゃるのよ。」二つのダァリヤも、 たまらずしくりあげながら叫びました。

 遠くからかすかに赤いダァリヤの声がしました。

 その声もはるかにはるかに遠くなり、今は丘のふもとのやまなら しの梢のさやぎにまぎれました。そして黄色なダァリヤの涙の中で ギラギラの太陽はのぼりました。