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連れて行かれたダァリヤ

〔冒頭原稿一枚?なし〕

 赤いダァリヤの花は、青ぞらをながめてかすかに笑って答へまし た。

「こればっかしぢゃ仕方ないわ。あたしの光でそこらが赤く燃える やうにならないくらゐならつまらないのよ。あたしもうほんたうに 苛々してしまふわ。今夜鴇が通ったらあたしもっと美しくなるやう にたのんで見るわ。」

 やがて太陽は落ち、黄水晶シトリンの薄明穹も沈み星が光り そめ、空は青黝い淵になりました。

「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いて、その星あかりの下、三本 のダァリアの頭の上を黒い鴇の影がかけて行きました。

「鴇さん鴇さん。あたしをもっと赤く光るやうにして下さいな。」

「いゝとも、夜が明けたら鏡をごらん。」

 鴇は向ふの沼の方のくらやみに消えて行きました。

 山山に雲が白く澱み夜が明けました。黄色なダァリヤはびっくり して云ひました。

「まあ、あなたの美しくなったこと。あなたのまはりは桃色の後光 よ。」

「ほんたうよ。あなたのまはりは虹から赤い光だけ集めて来たやう よ。」

「あら、さう。だってまだそらは赤くならないでせう。あんなに光 って青いでせう。ほんのすこうし赤いぶちぶちがあるけれど。」

「あら、そらに赤いぶちぶちなんぞないわ。今朝もツルツルでまっ 青ですわ。」

「お日さまがほんのすこうしいつもより金粉をよけいお撒きなさる だけだわ。」

「まあ、さう。だってやっぱり赤いぶちぶちはあるわ、ごぼうのた ねのやうな形の赤いぶちよ。あなた方ごらんにならなくて。」

「えゝ、そんなもの一向ないわ。」

「一向見えませんわ。」

「さう、そんなことどうでもいゝわ、あたし今夜きっと鴇にいひつ けるのよ。あたしの光で空をあかくするやうに。」

 黄色なダァリアはだまって口をつぐみました。

 その黄金色の日についでさわやかな夜が参りました。

 鴇がかうもりのやうに星の下をあわたゞしく飛び過ぎました。

「鴇さん。鴇さん。なぜあたしをもっと赤くして下さらなかったの。 ほんたうにあたし今日は一日恥をさらしたわ。」

「大分ひどいお語ですね。まあやうがすよ。あしたの朝までお待ち なさい。」鴇は向ふのほのじろい霧の中におちて行きました。

 夜があけました。日光は琥珀の〔二字不明〕です。

「まあ、あなたの美しいこと。後光は昨日の五倍も大きくなってゐ るわ。」

「ね、あの下の梨の木まであなたの光が行ってるわ。」

「えゝだってつまらないわ。まあ今朝のそらは変な模様だわね。ぎ ざぎざのまっ赤な線が三本も南へ走ってるわ。」

「あら、そんなことないわ。そんなものどこにもありませんわ。」

「青いあぁほい石ですわねぇ。南には雲がぷかぷか浮いてるけれど。」

「あゝあ、つまらない、つまらない。今夜はあの鴇のやつめ、うん と叱ってやるわ。」

 黄色なダリヤはさびしく顔を見合せて、西の群青の山脈を見まし た。

 かんばしくきらびやかなその秋の一日は暮れ、露は落ち、星はめ ぐり、そしてあの鴇が三つの花の上の空を行き過ぎました。

「鴇さん。なぜ私の頼んだ通りにして置いて呉れなかったの。あん なに軽々と引き受けながら、それであなたははづかしくないの。」

「さあ、僕はあらんかぎりやりましたよ。まあもう一ほね、折って あげませう。」

 夜があけました。黄色なダァリヤは今日はだまって何か恐さうに 顔を見合せて一ことも物を云ひませんでした。

 赤いダアリヤが叫びました。

「ほんたうにいらいらするってないわ。今朝はあたしはどんなに見 えてゐるの。」

 一つの黄色のダァリヤが、おづおづ云ひました。

「まっ赤なんですわね。だけどあたしらには前のやうに赤く見えな いわ。」

「どう見えるの。云って下さい。どう見えるの。」

 も一つの黄色なダリヤはもじもじしながら云ひました。

「あたしたちだけさう見えるのよ。ね。気にかけないで下さいね。 あたしたちはまっ黒に見えますわ。」

「あらっ。よして下さいよ。縁起でもないわ。まあ、あのそらのい やなこと。まっかな線がうようよしてるわ。あらいや、黒い太い線 が出て来た。あら、こわいわ。あたし。」

「どうしたのよ。ね、どうしたのよ。そんなものそらにはありませ んわ。そらは今日もまっ青よ。ね、なんにもこわいことないわ。」

「うそよ。あら、あんなに黒い線がふえるわ。」

「ね、そらを見ない方がいゝわ。すぐみんなきっともとのやうにな りますわ。」

「えゝ。あたし今夜鴇が来たらもとのやうに直してもらふわ。」

「えゝ、それがいゝわ。大丈夫よ。心配なことないわ。」

 太陽は一日かゞやきましたので苹果の半分はすっかりつやつや赤 くなりました。そして夜が来ました。

 鴇がそらを通ります。

「鴇さん鴇さん、どうかあたしをもとのやうにしてやって下さいな。」

「さあ、まあできるだけやって見ませう。」

 鴇はあわたゞしく沼の方へ飛んで見えなくなります。

 夜があけはじめました。その青白い薄明の中で、赤いダリヤが云 ひました。

「ね、あたし今日はどんなに見えて。早く云って下さいな。」

 黄色なダリヤはいくら赤い花を見やうとしてもふらふらしたうす ぐろいものがあるだけでした。

「えゝ、まだ夜があけないからわかりませんわ。」

 赤いダァリヤはまるで泣きさうになりました。

「ほんたうを云って下さい。ほんたうを云って下さい。あなたがた 私にかくしてゐるんでせう。黒いの、ね、黒いの、青いの、ね,青 いの、白ですか、みどり、黄色、ね、黒いの。」

「えゝ、ほんたうに見えませんわ。」

「あらっ。あのそらのこわいこと。まっくろよ。まっくろの線がう ようよよ。ほんのすこうし赤いところが透えてるわ。あゝこわい。 あたし。」

「そんなことありませんわ。いまお日さまがおでましになるところ ですわ。東が黄色に燃えてますわ。」

「もうだめよ。そらはすっかりまっくろだわ。お日さまなんて見え ませんわ。ほんの二三本灰色の線があるだけよ。もうあたしあきら めたわ。さよなら、今あたし闇につれられて行くところよ。さよな ら。あゝさよなら。」

 もう一ぺん泣き声が聞こえました。

 そしてその緑色の茎の上に赤いダァリアの姿はもう全くありませ んでした。

「さよなら、さよなら。」黄色なダリアは叫びました。

 遠くからかすかに赤いダァリヤの声がしました。

「さよなら,あたしはこれからよるもひるも逃げてあるくばかりよ。 お日さまと、お月さまとお星さまと、それから火と。」

 風がすきとほって吹きお日さまはのぼりました。