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かしわばやしの夜〔初期形〕

〔冒頭原稿数枚なし〕

たから、いきなり空を向いて、咽喉一杯、

「赤いしゃっぽのカンカラカンノカアン。」とどなりました。する と、そのせ高の画かきは、まるで咆えるやうな声で笑ひ出しました。 その声は林にこんこんひゞきました。

「うまい、実にうまい。どうです、すこし林のなかをあるかうぢゃ ありませんか。さうさう、どちらも挨拶を忘れてゐた。僕からさき にやらう。いゝか。いや今晩は、野原には小さく切った影法師が、 まるでばら播きですねと。僕のあいさつはかうだ。わかるかい。今 度は君だよ。エヘンエヘン。」と云ひながら 画かきは又急に意地 悪い顔付きになって、斜めに上の方から、軽べつしたやうに清作を 見おろしました。

 清作は、すっかりどぎまぎしましたが、丁度夕方で、おなかが空 いて雲が団子のやうに見えてゐましたから、あわてゝ、

「えっ。今晩は。よいお晩でございます。えっ。お空はこれから銀 のきな粉でまぶされます。ごめんなさい。」
と云ひました。

 ところが、画かきは、もうすっかりよろこんで、手をパチパチ叩 いて、それからはねあがって云ひました。

「おい君、行かう。林へ行かう。おれは柏の木大王のお客様になっ て来てゐるんだ。面白いものを見せてやるぜ。」

 画かきは俄かにまじめになって、赤だの白だのぐちゃぐちゃつい た汚ない絵の具函をかついで、さっさと林の中へはいりました。そ こで清作もついて行きました。林の中は浅黄いろでしんとしてゐま した。所が、入口から三本目の若い柏の木は、丁度片脚をあげて、 をどりのまねをはじめる所でしたが、二人の来たのを見て、まるで びっくりして、それからひどくはづかしがって、あげた片脚の膝を 間がわるさうにぺろぺろ嘗めながら、横目でじっと二人の通り過ぎ るのを見てゐました。殊に、清作が通り過ぎるときは、一寸あざ笑 ひました。清作はどうも仕方ないといふやうな気がしてだまって絵 かきについて行きました。ところがどうも、どの木も画かきには機 嫌のいゝ顔をしますが、清作にはいやな顔を見せるのでした。一本 のごつごつした柏の木などは、清作の通るときうすくらがりにいき なり自分の脚をつき出して、つまずかせやうとしましたが、清作は、 「よっとしょ。」と云ひながら、それをはね越えました。 画かき は、「どうかしたかい。」といって、一寸ふりむきましたが又す

〔以下原稿数枚なし〕

「何を。証拠はちゃんとあるぢゃ。又帳面にも載っとるぢゃ。貴様 の悪い斧のあとのついた、九十八の足さきが、いまでもこの林の中 にちゃんと残ってゐるぞ。」

「アッハッハ。おかしなはなしだ。九十八の足さきといふのは、九 十八の切株だらう。それがどうしたといふんだ。おれは、ちゃんと、 山主の藤助に、酒を二升、買ってあるんだ。」

「そんならおれにはなぜ酒を買はんか。」

「買ふいはれがない。」

「いや、ある、沢山ある。酒を買へ。」

「買ういはれがない。」

  画かきは顔をしかめてしょんぼり立って、この喧嘩を聞いてゐ ましたが、この時、俄かに林の木の間から、東の方を指さして叫び ました。

「おいおい、喧嘩はよせ。まん円い大将に笑われるぞ。」

 見ると東のとっぷりとした浅黄いろの山脈の上に、大きなやさし い桃色の月がのぼったのでした。お月さまのちかくは、うすい緑色 になって、柏の若い木は、みなまるで飛びあがるやうに両手をそっ ちへ出し

〔以下原稿数枚なし〕

「鉛筆が折れたんだ。一寸削るうち待って呉れ。」

 そして、画かきは、じぶんの右足の靴をぬいで、その中に鉛筆を 削りはじめました。

 柏の木は、遠くから、みな感心してひそひそ談し合ひながら見て 居りました。そこで大王も云ひました。

「いや客人、ありがたう。林をきたなくせまいとの、そのおこゝろ ざしはじつに辱けない。」

 ところが画かきは平気で

「いいえ、あとでこのけずり屑で酒をつくりますからな。」と返事 したものですから、大王もすこし工合が悪さうに横を向き、柏の木 もみな興をさまし、月のあかりもいくらかしろくなりました。

 ところが画かきは,削るのがすんで、立ちあがり、愉快さうに、
「さあ、はじめて呉れ、」と云ひました。柏はざわめき、月光も青 くすきとほり、大王も機嫌を直してふんふんと云ひました。若い木 はひとりでうたってひとりでをどりはじめました。

「くるみは みどりのきんいろ、な。
 風に吹かれて スイスイスイ。
 くるみは みどりの天狗のあふぎ。
 風にふかれて バランバランバラン
 くるみは みどりのきん色、な。
 日に照らされて サンサンサン。」

「うまいうまい。」みんながはやしました。

「一等賞。お日さまのメタル。」と画かきが叫びました。

「私のは、やつで踊でございます。」また一人の若い柏の木が出て 参りました。月光はすこし緑色になりました。

「よろしい。はじめっ。」と画かきが云ひました。

「やつでは みどりのきんいろ、な。
 風にふかれて スイスイスイ。
 やつではみどりの 天狗のあふぎ。
 風にふかれて バランバランバラン
 やつではみどりの きんいろ、な。
 日にてらされて サンサンサン。」

「だめだ、だめだ。」「焼き直しだ。」「なってゐない。」「引っ 込め。」もうその木は引っ込んでゐました。

「二等賞。お月さまのメタル。」とゑかきが叫びました。

「私のはしゅろをどりでございます。」

「よろしい。」お月さまの光が銀の矢束のやうに降ってきます。

「しゅろは きんいろ、バランバランバラン。」

「だめだ、だめだ。」「焼き直しだ。」「なってゐない。」「引っ 込め。」もうその木は引っ込んでゐました。

「三等賞、星のメタル。」

「私のはしゃっぽ踊でございます。」これはさっきの入口から三番 目の木でした。

「よろしい。」

「う金しゃっぽの、カンカラカンノカン。」

「うまい、うまい。」「すてきだ。」

「四等賞、マッチのめたる。」

「私のはステッキ踊でございます。」

「よろしい。」

「ステッキピョンピョン。」

「うまい、うまい。」「すてきだ。」

「第五等賞、まめつぶめたる。」

「私のは靴をどり。」

「よろしい。」

「靴ヒョイヒョイ。」

「第六等賞、こめつぶめたる。」

「私のは蟹をどり。」

「よろしい。」

「蟹、チョン チョン。」

「第七等賞、あわつぶめたる。」

「私のは狐をどり。」

「よろしい。」

「狐こんこん。」

「第八等賞、けしつぶめたる。」

「私のは狸をどり。」

「よろしい。」

「狸ぽんぽん。」

「第九等賞、きりつぶめたる。」

 そこでみんなはもうしんとしてしまって、ひとりも出るものがあ りませんでした。

「これはいかん。でろ、でろ、でないといかん。」

 画かきはどなりましたが、もうどうしても誰も出ませんでした。 仕方なく画かきは、
「こんどはメタルのうんといゝやつを出すぞ。早く出ろ。」と云ひ ましたら、

 柏の木ははじめてみんなざわっとしました。

 そのとき林の奥の方で、サラサラサラサラ音がして、それから、
「ノロヅキオホン、ノロヅキオホン、オホン、オホン。ゴギノゴギ ノオホン。オホン オホン。」

 と沢山の梟が、お月さまのあかりに青じろくはねをひるがへしな がら出て参りました。梟大将は上手に音もたてないで飛んで来て、 柏の木大王の前に来ました。そのまっかな眼のくまが、じつに奇体 に見えます。よほど年老りらしいのでした。

「今晩は、大王どの、また高貴の客人方。
 今晩は丁度、われわれの方でも、飛び方と握み裂き術との大試験 であったのぢゃが、只今やっと了ったところですぢゃ。ついてはこ れから聯合で、大乱舞会をはじめてはどうぢゃらう。」

 柏の木大王が大きくうなづきました。

「よろしうござる。至極結構でござらう。いざ、早速とりかゝると いたさうか。」

「されば。」梟の大将はみんなの方に向いてまるで黒砂糖のような 甘ったるい声で歌ひました。

「からす勘左衛門は、黒いあたまを、
            くうらりくらり、
 とんび藤左衛門は、あぶら一升で、
            とうろりとろり、
 そのくらやみはふくろふの
 いさみにいさむもののふが
 みゝづをつかむときなるぞ
 ねとりを襲ふときなるぞ。」

 ふくらふのむれは、もうみんな、馬鹿のやうになってどなりまし た。
「ノロヅキオホン、オホンオホン、
 ゴギノゴギオホン。オホン オホン。」

 かしはの木大王が、眉をひそめて云ひました。

「どうも、あなたがたのうたは、下等ぢゃ。君子の聞くべきもので はない。」ふくらふの大将は変な顔をしてしまひました。すると副 官らしい若いふくらふが笑って云ひました。

「まあ、今夜はご勘弁下さい。これから一諸に踊ませう。歌も上等 のやつをやりますから。さあ木の方も鳥の方も用意っ。いゝか。

 お月さん、お月さん、まんまるまるるるん、
 お星さん、お星さん、ぴかりぴりりるりん、
 かしはは、かんかの、かんからからららん
 ふくろはのろづき おっほほほほほほん。」

 かしはの木は、両手をあげてそりかへったり、頭をまるでまりの やうに天上に投げやうにしたりしました。それに合せて、ふくらふ は、さっさっさっと銀色のはねをひらいたりとぢたりしました。

 実にそれがうまく合ったのでした。

 月の光は真珠のやうにすこしおぼろになりました。かしはの木大 王が歌ひました。

「雨はざあざあ、ざっざざざざざざあ、
 雪はこんこん、こんこここんここん、
 あられ、ぱらぱら、ぱららららっららあ、
 風はどうどう、どっどどどどどう。」

「あっだめだ、霧が落ちて来た。」とふくらふの副官が高く叫びま した。

 なるほど月はもう青白い霧にかくされてしまってぼおっとかほる だけ、その霧は、まるで矢のやうに林に降りて来るのでした。

 柏の木は、みんな度をうしなって、片脚をあげたり、両手をそっ ちにのばしたり、眼をつりあげたりしたまゝ、化石したやうにつっ 立ってしまひました。

 冷たい霧が,さっと清作の顔にかゝりました。

 画かきは、もうどこへ行ったか、赤いしゃっぽだけがほうり出し てあって、自分はかげもかたちもありませんでした。

 霧の中を、飛ぶ術のまだ出来てないふくらふのバタバタ遁げて行 く音がしました。

 そこで清作は林を出ました。

 柏はみな踊のまゝの形で、残念さうに横目で清作を見送りました。