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月夜のけだもの(初期形)

 十日とをかつき西にしやましづまで、もう一時間いちじかんしかありません。

 そのしづかなつきあかりのなかで、おりのなかのけだものどもは、あたまをかかへたり、そらいてくちをあいたりうっつらうっつらねむってゐます。夜中よなかまでおりなかをうろうろうろうろしてゐたきつねさへまへあしのうへあたませて、おかしなかほをしてゆめてゐます。

 けだものどものゆめあつまってみんなひとつになりました。

 そのゆめなか出来事できごとです。

 獅子しし「もうよからうな。」とひながら金頭きんがしらのステッキをおくさんの獅子ししからけとって小脇こわきにはさんみのそりのそりと見まはりにかけました。

 ひのきばやしのへりで獅子ししむかふからしろいものがどしどしこっちへはしってるのをました。

 獅子ししはめがねをなほしてきっとそれをなほしました。それは白熊しろくまでした。非常ひじやうにあわてゝやってるのです。獅子ししみちにステッキをつきしてまをしました。

「おいおい、どうしたのだ。ひどくいそいでゐるではないか。」

 白熊しろくまがびっくりしてちどまりました。

「へい。これは大王だいわうさま。今晩こんばんは。わたくしすこたづねるものがございまして。」

「うん。だれだ。」

むかふの名前なまへぞんじませんのです。」

「どんなやつだ。」

灰色はいいろのザラザラ。ちいさくていつもわらってゐます。あたまには立派りっぱこぶみつつあってじつ聖人せいじんさうそなへてります。」

「ははあ、ふん。そのかはすこしからだがおほぎるのだらう。」

「へい。からだはおほきうございますがごくおとなしうございます。」

「ふん。ところがそいつのはなときたらとても大変たいへんだ。全体ぜんたいなんばちであんなに途方とほうもなくびたもんかな。おまけにさきはくるりとまがってまるでおれのステッキののやうだらう。」

「へいへい。それはまつたくそのとほりでございます。みゝあしさきなんかはすこきたなうございます。」

「さうだ。きたないとも。みゝはボロボロの風呂敷ふろしきまたいたするめのやうだ。あしさきなどはことにられたもんぢゃない。まるでうしくそだ。」

「いや、さうっしゃってはあんまりでございます。それであのかたのお名前なまへなんっしゃるのでございませう。」

ぞうだ。」

「いまはどちらにおいでゞございませうか。」

だまれ。おれぞう弟子でしでもなければ貴様きさま小使こづかひでもない。をつけろ。」

「へいへい。とんだ失礼しつれいをいたしました。それではごめんください。」

「うん行け。」白熊しろくまあたまきながら一生懸命いつしやうけんめいむかふへはしってきました。

 獅子ししはそのあとをじっと見送みおくってからつぶきました。

「ふん白熊しろくまめ、ぞう弟子でしにならうといふんだな。あたまうへほうがひらたくていゝ弟子でしだろよ。」そしてまたのそのそとあるしました。

 つきあかりがあをいけむりのやうになりました。

 はやしはまっくろです。

 きつね赤縞あかじま運動うんどうズボンをはいてはやしなかからしていきなり獅子ししまへをはせぬけやうといたしました。獅子しし早速さっそくさけびました。

て。きつね。こら。」きつね電気でんきをかけられたやうにブルルッとふるへてからあか火花ひばなしてくるくる二遍にへんまはって獅子ししまへちました。なぜかかほがピクピクうごいてくちよこほうっぱられ大変たいへん人相にんさうわるえます。

 獅子ししがうでみをしてまをします。

「こらきつね。きさまはまだわるいことをやめないな。このまへ詐欺さぎ尻尾しっぽをみんなかれたのを忘れたか。」

 きつねがガタガタふるへながらひました。

「へいへい。大王様だいわうさまわたくしは、いましょう正直しょうじきでございます。」こわいためにがカチカチひます。

本当ほんたうか。うそをつくなよ。いまどこへくつもりだったのだ。」

「えゝそのマラソンの練習れんしゆうでございます。」

「それは本当ほんたうだらうな。にはとりぬすみにところではなからうな。」

「へい、たしかにマラソンで、マラソンのほうでございます。」

「どうもあやしいぞ。そんならいまなに職業しよくぎやうにしてゐる。」

百姓ひやくしやうでございます。それからマラソンのほう両方りやうほうでございます。」

「どうもおまへことば調子ちやうしがおかしい。百姓ひやくしやうならなにつくってゐるんだ。」

あはひえあはひえでございます。それから大豆まめでございます。それから小豆あづきでございます。」

「さうか。おまへひえべるのか。」

「へい。それはたべませんがへますので。」

だれと。」

「えゝその、にはとりやなんかと。」

にはとりひえ粟をほしいとふのか。」

「へい。それはよくさうまをします。」

うそをつけ。にはとりひえふと下痢げりおこすのだ。おまへうそばっかりってゐる。どうもけしからんやつだ。おまへあしをみんなむしってズボンを没収ぼつしうする。昨日きのふにはとりほうからうつたへがてゐるのだ。」

 きつねはすっかりしょげてくびれてしまひました。

「これで改心かいしんすればよし、しなければこのつぎは一ぺんにいてしまふぞ。しまふぞ。ガアッ。」

 獅子ししおほきくくちひらいて一つどなりました。

 きつねはすっかりきもがつぶれてしまってたゞあきれたやうに獅子しし咽喉のどすずひかるのをてゐます。

 そのときはやしのへりのやぶがカサカサひました。獅子ししがやっとくちをあたりまへにしてひました。

だれだ。そこにるのは。こゝへい。」

 やぶなかはしんとしてしまひました。

 獅子ししはしばらくはなをひくひくさせてまたひました。

たぬきたぬき。こら。かくれてもだめだぞ。ろ。陰険いんけんなやつだ。」

 たぬきやぶからこそこそしてだまって獅子ししまへちました。

「こらたぬき。おまへきをしてゐたな。」

 たぬきをこすってこたへました。

「さうかな。」そこで獅子ししおこってしまひました。

「さうかなだって。づるめ、貴様きさまはいつでもさうだ。はりつけにするぞ。はりつけにしてしまうぞ。」

 たぬきはやはりをこすりながら「さうかな。」とってゐます。きつねはきょろきょ ろそのかほぬすました。獅子ししすこあきれてひました。

ころされてもいゝのか。呑気のんきなやつだ。おまへいまきしてゐたろう。」

「いゝや、おらはてゐた。」

てゐたって。最初さいしょからてゐたのか。」

てゐた。そしてにはかみゝもとでガァッとこゑがするからびっくりしてさまましたのだ。」

「あゝそうか。よくわかった。おまへ無罪むざいだ。あとでご馳走ちそうんでやらう。」

 きつねくちしました。

大王だいわう。こいつはうそつきです。きをしてゐたのです。てゐたなんてうそです。ご馳走ちさうなんてとんでもありません。」

 たぬきがやっきとなって腹鼓はらつゞみたゝいてきつねめました。

なんだい。ひと中傷ちうしやうするのか。おまへはいつでもさうだ。」するときつねもいよいよ本気ほんきです。

中傷ちうしやうといふのはな。ありもしないことでひとわるふことだ。おまへきをしてゐたのだからそのとほり正直しやうじきにいふのは中傷ちうしやうではない。裁判さいばんといふもんだ。」

 獅子しし一寸ちよつとステッキをつきしてひました。「こら、裁判さいばんといふのはいかん。裁判さいばんといふのはもっとえらいひとがするのだ。」

 狐がひました。

間違まちがひました。裁判さいばんではありません。評判ひやうばんです。」

 獅子ししがまるであからんだくりのいがのやうかほをしてわらひころげました。

「アッハッハ。評判ひやうばんではなんにもならない。アッハッハ。おまへたちにもあきれてしまふ。アッハ ッハ。」

 それからやっとわらふのをやめてひました。

「よしよし。たぬきゆるしてやらう。け。」

「さうかな。へい。さよなら。」とたぬきまたやぶなかみました。カサカサカサカサおとがだんだんとほくなります。なんでも余程よほどとほくのほうまでくらしいのです。

 獅子ししはそれをきっと見送みおくってひました。

きつね。どうだ。これからは改心かいしんするか、どうだ。改心かいしんするなら今度こんどだけゆるしてやらう。」

「へいへい。それはもう改心かいしんでもなんでもきっといたします。」

改心かいしんでもなんでもだと。どんなことだ。」

「へいへい。その改心かいしんやなんか、いろいろいゝことをみんなしますので。」

「あゝやっぱりおまへはまだだめだ。こまったやつだ。仕方しかたない、今度こんどばつしなければならない。」

大王様だいわうさま改心かいしんだけをやります。」

「いやいや。あさまでこゝにろ。あけまでをむしるかゝりをよこすから。もし逃げたら承知しやうちせんぞ。」

今月こんげつをむしるかかりはどなたでございますか。」

さるだ。」

さる。へい。どうかごめんをねがひます。あいつはわたくしとはこのあひだからなかわるいのでどんなひどいことをするかれません。」

「なぜなかわるいのだ。おまえはなにだましたらう。」

「いゝえ。さうではありません。」

「そんならどうしたのだ。」

さるわたくし仕掛しかけたくさわなをこわしましたので。」

「さうか。そのわなはなにをとるためだ。」

にはとりです。」

「あゝあきれたやつだ。こまったもんだ。」と獅子ししおほきくためいきをつきました。きつねもおいおいきだしました。

 むかふから白熊しろくま一目散いちもくさんはしってます。獅子ししみちへステッキをつきしてびとめました。

「とまれ、白熊しろくま、とまれ。どうしたのだ。ひどくあわてゝゐるではないか。」

「はい。ぞうめがわたくしはなばさうとしてあんまりつよります。」

「ふん、さうか。けがはいか。」

鼻血はなぢ沢山たくさんしました。そして卒倒そつたうしました。」

「ふん。さうか。それくらゐならよからう。しかしおまへぞう弟子でしにならうといったのか。」

「へい。」

「さうか。あんなにはなびるには天才てんさいでなくてはだめだ。っぱるぐらゐでできるもんぢゃない。」

「へいへい。まつたくでございます。あ、ひかけてまゐりました。どうかよろしくおねがひいたします。」

 白熊しろくま獅子ししのかげにかくれました。

 ぞう地面ぢめんをみしみしはせてはしってましたので獅子ししまたステッキをしてさけびました。

「とまれ、ぞう。とまれ。白熊しろくまはこゝにる。おまへだれをさがしてゐるんだ。」

白熊しろくまです。わたくし弟子でしにならうとひます。」

「うん。さうか。しかし白熊しろくまはごく温和おとなしいからおまへ弟子でしにならなくてもよからう。白熊しろくまじつ無邪気むじやき君子くんしだ。それよりこのきつねすこ教育きよういくしてやってもらひたいな。せめてうそをつかない位迄くらゐまでな。」

「さうですか。いや、承知しやうちいたしました。」

「いまをみんなむしらうとおもったのだがあんまり可哀かあいさうでな。教育料きよういくりやうはわしからそう。いつげつ八百円はつぴやくゑんけてれ。今月分こんげつぶんけはやってかう。」獅子ししはチョッキのかくしからおほきながまぐちしてせんべいぐらゐある金貨きんくわやつしてぞうにわたしました。ぞうはなけとってみみなかにしまひました。

「さあけ。きつね。よくふことをきくんだぞ。それから。ぞうきつねはおれからあづかったんだからはな無暗むやみっぱらないでれ。よし。さあみんなけ。」

 白熊しろくまぞうきつねもみんなちあがりました。

 きつねくびれてそれでもきょろきょろあちこちをぬすながらぞうについてき、白熊しろくまはなおさへてうちのほういそぎました。

 獅子しし葉巻はまきをくわいマッチをすってくろやましづ十日とをかつきをじっとながめました。

 そこでみんなはがさめました。十日とをかつき本当ほんたういまやまへはいるところです。

 狐も沢山たくさんくしゃみをしてきあがってうろうろうろうろをりなかあるきながらむかふの獅子ししをりなかるまっくろなおほきなけものをやみをすかしてちょっとました。