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復活の前

春が来ます、私の気の毒なかなしいねがひが又もやおこることでせう、あゝちゝはゝよ、いちばんの幸福は私であります

総てはわれに在るがごとくに開展して来る、見事にも見事にも開展して来る。土性調査、兵役、炭焼、しろい空等

われは古着屋のむすこなるが故にこのよろこびを得たり

総ての音は斯く言へり

総ての光線は斯くふるへり

総ての人はかくよろこべり

海浜か林の中の小さな部落で私はお釈迦様のおまつりをしたい、お菓子を一つづゝ、又はとれるだけ人人のとるにまかせつゝうまい、冷たいのみものを人々の飲むに任せまた釈迦様のあたまから浴びせるに任せ、

私はさびしい、父はなきながらしかる、かなしい、母はあかぎれして私の幸福を思ふ。私はいくぢなしの泣いてばかりゐる、あゝまっしろな空よ、
私はあゝさびしい

黒いものが私のうしろにつと立ったり又すうと行ったりします、頭や腹がネグネグとふくれてあるく青い蛇がゐます、蛇には黒い足ができました、黒い足は夢のやうにうごきます、これは龍です、とうとう飛びました、私の額はかぢられたやうです

暁烏さんが云ひました「この人たちは自分の悪いことはそこのけで人の悪いのをさがし責める、そのばちがあたってこの人たちは悲憤こう慨するのです」

功利主義の哲学者は永い間かゝって自分の功利的なことを内観し遂げました。これ実に人類の為におめでたいことではありませんか

(今人が死ぬところです)自分の中で鐘の烈しい音がする。何か物足らぬ様な怒ってやりたい様な気がする。その気持がぼうと赤く見える。赤いものは音がする。だんだん動いて来る。燃えてゐる、やあ火だ、然しこれは間違で今にさめる。や音がする、熱い、あこれは熱い、火だ火だほんとうの火、あついほんとうの火だ、あゝこゝは火の五万里のほのほのそのまんなかだ。

無上甚深微妙は百千万劫にも遭遇したてまつることかたし。われいま見聞し受持することを得たり。ねがはくは如来の第一義を解し奉らん

なんにもない、なぁんにもない、なぁんにもない。

戦が始まる、こゝから三里の間は生物のかげを失くして進めとの命令がでた。私は剣で沼の中や便所にかくれて手を合せる老人や女をズブリズブリとさし殺し高く叫び泣きながらかけ足をする。

私は馬鹿です、だからいつでも自分のしてゐるのが一番正しく真実だと思ってゐます、真理だなんとよそよそしくも考へたものです

なみだなくして人を責めるのはもとめるのです。