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牧歌

この五列だけ
もうりんと活着
鎗葉も青く天を指す
水にはごみもうかべば
泥で踏まれた畦のすぎなもそのまゝなのに
この五列だけ それからやっぱり向ふの五列
はっきりまはりとちがふのは
一体誰が植えたのだらう
考へてみれば
あの朝太田の堺から
女たちがたくさんすけに来た
林のへりからはじめて行って
甲助が植代を掻き
佐助が硫安をまき
喜作が面をこしらえて
それからあとはどんどん植えた
けれども結局あのときは
誰が誰だかわからなかった
とにかくこゝが一わたりつき
主人もほっとしたやうに立って
みんなをさそってあすこの巨きなひばのある
辻堂で朝めしといふことになった
霧の降るまっ青な草にすわって
箸をわったりわかめを盛ったりいろいろした
ところが太田の人たちは
もう済んで来たといって
どうしても来て座わらなかった
まっ黒な林や
けわしい朝の雲をしょって
残った苗を集めたり
ところどころの畦根には
補植の苗を置いたりした
けれどもやはりあのときも
誰が誰だかわからなかった
それから霧がすっかり霽れて
日も射すやうになってから
みんなで崖を下りて行き
鉄ゲルの湧く下台とだいの田をやり出した
さうだあの時なんでも一人
たいへん手早い娘が居た
いつでもいちばんまっさきに
畦根について一瞬立った
目が大きくてわらってゐるのは
どこかに栗鼠のきもちもあった
さうだたしかにさういふことを
おれは二へんか三べん見た
けれども早いからといって
こんなに早く活着くやうに
上手に植えたとかぎらない
遅れたのばあさんのうちにこそ
かういふ五列のその植主があったかもしれない
しかし田植に限っては下手では早く進めない
それでは結局あの娘かな