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法印の孫娘

ほっそりとしたなで肩に
黒い雪袴モッペとつまごをはいて
栗の花咲くつゝみの岸を
むすめは一人帰って行った
品種のことも肥料のことも
仕事の時期やいきさつも
みんなはっきりわかってゐた
あの応対も透明で
できたら全部トーキーにも撮って置きたいくらゐ
栗や何かの木の枝を
わざとどしゃどしゃ投げ込んで
おはぐろのやうなまっ黒な苗代の畦に立って
今年の稲熱の原因も
大てい向ふで話してゐた
今日もじぶんで葉書を出して置きながら
どてらを着たまゝ酔ってゐた
あの青ぶくれの大入道の
娘と誰が考へやう
あの山の根の法印の家か
あそごはバグヂと濁り酒どの名物すと
みちを訊いたらあの知り合ひの百姓が云った
それほど村でも人付合ひが悪いのだらう
もっともばくちはたしかにうつ
あの顔いろや縦の巨きな頬の皺は
夜どほし土蔵の中にでも居て
なみなみでない興奮をする証拠である
ぜんたいあの家といふのが
巨きな松山の裾に
まるで公園のやうなきれいな芝の斜面にあって
まっ黒な杉をめぐらし
山門みたいなものもあれば
白塗りの土蔵もあり
柿の木も梨の木もひかってゐた
それがなかからもう青じろく蝕んでゐる
年々注意し作付し居り候へ共
この五六年毎年稲の病気にかゝりと書いた
あの筆蹟も立派だったが
どうしてばくちをやりだしたのか
或ひは少し村の中では出来過ぎたので
つい横みちへそれたのか
或ひはさういふ遺伝なものか
とにかくあのしっかりとした
新時代の農村を興しさうにさへ見える
うつくしく立派な娘のなかにも
その青ぐろい遺伝がやっぱりねむってゐて
こどもか孫かどこかへ行って目をさます
そのときはもう濁り酒でもばくちでもない
千九百五十年から
二千年への間では
さういふ遺伝は
どこへ口火を見付けるだらう
西はうすい氷雲と青じろいそら
うしろでは松の林が
日光のために何かなまこのやうに見え
わづかに沼の水もひかる