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一五八

     夏幻想

一九二四、七、一三、

紺青の地平線から
かすかな茶いろのけむりがあがる
(北上川はけい気をながし
 山はまひるのうれひをながす,か)
(あ、あの鳥はなんだらう)
(ほゝじろだわ きっと)
(どれだい)
  稲草が魔法使ひの眼鏡で見たといふふうで
  天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか
  赤ペイントの高圧線に
  からだをまげてとまってゐるのは何鳥だらう
(ほゝじろでないきっと小さな五位さぎだ
 あんなに嘴が長いんだもの)
(だってせなかが青いわよ)
(そらがうつってゐるんだい)
(ははああいつはかはせみだ、
 かはせみさ、めだまの赤い、
 ああミチア今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よミチアって)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちのとがり工合
 アの字はつまり愛称だな)
(そんなら豚もミチアねえ)
(かなはないな おまへには)
(あっ飛んだ飛んだ)
(やっぱり蝉のやうだわね)
 さてこんどはしゝうどの
  月光いろの繖形花から
  はがねの翅の甲虫が
  一ぺんに千飛びあがる
(まあ大きなバッタカップですこと)
(ねえあれつきみさうだねえ)
(学名は何ていふのよ)
(ひやかしちゃいけないよ)
(知らないんだわきっと)
(Oenothera lamarkeaneていふんだ)
(ラマークの発見だわね)
(ああ)
  やれやれ一年も東京で音楽などをやったら
  すっかりすれてしまったもんだ、
  燕麦の白い鈴の上を
  二疋のへらさぎがわたって行く
(どこかで杏を灼いてるわ)
(あ炭を焼いてるんだねえ)
(炭窯じゃない 瓦窯だよ)
  窯の中には小さなドラモンド光もあり
  松林のなかは
  あたらしいテレピン油の香がいっぱいで
  窯の屋根では一羽の連雀も叫んでゐる
(風がどうも熱すぎる)
  またひときれの雷が鳴り
(まあ あたし
 月見草の花粉でいっぱいだわ)
  アイリスの火はしづかに燃える

【「一五八 〔北上川は螢気をながしィ〕」下書稿(一)】