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四六

山火

一九二四、四、六、

血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないたゞきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
瑪瑙の針はしげく流れ
陰気な柳の髪もみだれる
  ……けたたましくも吠え立つ犬と
    泥炭岩マールの崖のさびしい反射……
或ひはコロナや破けた肺のかたちに変る
この恐ろしい巨きな夜の華の下
     (夫子夫子あなたのお目も血に染みました)
酔って口口罵りながら
村びとたちが帰ってくる

(本文=定稿)



(下書稿3推敲後)

四六

山火

一九二四、四、六、

血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないたゞきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
瑪瑙の針はしげく流れ
陰気な楊の髪もみだれる
川が瑪瑙の針をながして
柳の列をくっきり映し
灰ともつかず夜の塵ともつないものが
ぼそぼそみちやはたけにそゝぐ
或ひはコロナや破けた肺のかたちに変る
この恐ろしい巨きな夜の華の下
     (夫子 夫子 あなたのお目も血に染みました)
酔って口口罵りながら
村びとたちが帰ってくる



(下書稿3推敲前)

四六

山火

一九二四、四、六、

血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないたゞきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
夜の微塵はしげく降り
川が瑪瑙の針をながして
柳の列を出したりする
  (おゝ大師 たゝかふすべを知りませぬ!)
或ひはコロナや破けた肺のかたちに変る
この恐ろしい巨きな夜の華のいろ
     (大師 大師 あなたのお目は血に染みました)
酔って口口罵りながら
村人たちが帰ってくる



(下書稿2推敲後)

四六

山火

一九二四、四、六、

血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないたゞきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
暗の微塵はしげく降り
川が瑪瑙の針をながして
柳の列を見せたりする
  (おゝ大師 たゞひとひらの示しを賜へ)
あるひはコロナや破けた肺の形にかはる
この恐ろしい巨きな夜の華のいろ
  (大師 大師 あなたのお目も血に染みました)
酔って口口罵りながら
村人たちが溯ってくる



(下書稿2推敲前)

四六

山火

一九二四、四、六、

血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないたゞきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
夜の微塵はしげく降り
ひのきの黝い髪もみだれる
  (おゝ大師 たゞひとひらの示しを賜へ)
あるひはコロナや破けた肺の形にかはる
この恐ろしい夜の華
  (衆生無辺誓願度 煩悩無辺誓願断)
酔って口口罵りながら
村人たちが溯ってくる



(下書稿1推敲後)

四六

山火

一九二四、四、六、

血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないただきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
  ……夜のみぢんはしげく降り
    ひのきの黒い髪もみだれる……
あるひはコロナや花さふらんの形にかはる
この恐ろしい巨きな闇の華のした
犬の叫びが石灰岩のきりぎしに
あやしくこだまするなかを
春の寒さにころもをふるひ
訴訟に負けた山の部落の人たちが
酔って口口ののしりながら
峡の夜みちを帰って行く



(下書稿1推敲前)

四六

山火

一九二四、四、六、

血紅の火が
氷河のやうにぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないただきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりする
  ……夜の微塵はしげく降り
    ひばやねずこの髪もみだれる……
あるひはコロナや花さふらんの形にかはる
その恐ろしい巨きな闇の華のした
犬の叫びが
崖や林にあやしくこだまするなかを
ひとびとは雲に懺悔の灰をとり
四句誓願をはるかな雷のひびきに和して
この夜をひと夜
まだ世に出ぬその童子なる菩薩をたつね
しづかに峡をわたって行く