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三一三

産業組合青年会

一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ 席をわたったそれは誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ いきまき応へたそれは何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
村ごとのまたその聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車かを
酸えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもしやう
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
しかもこれら熱誠有為な村々の処士会同の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ

(本文=定稿推敲後)



(定稿推敲前)

三一三

産業組合青年会

一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ 艸をゆすったそれは誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ いきまき応へたそれは何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
その聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車を
荒れた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもする
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
これら村々の気鋭な同志会合の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ



(「北方詩人」発表形) 1933年10月1日

産業組合青年会

祀られざるも神には神の身土しんどがあると
あざけるやうなうつろな声で
席をわたつたそれは誰だ
……雪をはらんだつめたい雨が
  闇をぴしぴし縫つてゐる……
まことの道は
誰が云つたの行つたの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
いきまきこたへたそれは何だ
……ときどき遠いわだちの跡で
  水がかすかにひかるのは
  東に畳む夜中の雲の
  わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
村ごとの、また、その聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車かを
えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもしやう
……くろく沈んだ並木のはてで
  見えるともない遠くの町が
  ぼんやり赤い火照りをあげる……
しかもこれら熱誠有為な村々の処士会同の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ



(下書稿2推敲後)

三一三

一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり酵母をつくり医薬を頒ち
その聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰末の幾千車を
酸えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもすると
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
これら気鋭の同志会合商量協商の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
どこかで呟くそれは誰だ



(下書稿2推敲前)

三一三

一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……
たとへ苦難の道とは云へ
まこと正しい道ならば
結局いちばん楽しいのだと
みづからつぶやき呟き感傷させる
芝居の主はいったい誰だ
  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……
ここらのやがてのあかるいけしき
落葉松や銀ドロや、果樹と蜜蜂、小鳥の巣箱
部落部落の小組合が
ハムを酵母や靴をつくり
その聯合のあるものが、
山地の稜をひととこ砕き
石灰末の幾千車を
酸えた野原に撒いたりする
それとてまさしくできてののちは
あらたなわびしい図式なばかり
  ……雨がどこかでにはかに鳴り
    西があやしくあかるくなる……
祀られざるも神には神の身土があると
なほも呟くそれは誰だ



(下書稿1=断片)

(断片1)

三一三

一九二四、一〇、五、

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ
  ……雪をはらんだつめたい雨が
    闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ
  ……ときどき遠いわだちの跡で
    水がかすかにひかるのは
    東に畳む夜中の雲の
    わづかに青い燐光による……

(断片2)

  ……くろく沈んだ並木のはてで
    見えるともない遠くの町が
    ぼんやり赤い火照りをあげる……



※下書稿1の2つの断片が下書稿2に貼り込まれている。



(草稿的紙葉群「(1)〜(7)」)

(1)

祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ

(2)

つめたい雨は
宙でぴしぴし鳴ってゐる

(3)

まことの道は
誰が云ったの誰が行ったのと
さういふ風のものでない
それはたゞそのみちみづからに属すると
答へたものはいったい誰だ

(4)

ときどき遠いわだちの跡で
水がかすかにひかるのは
東に畳む夜中の雲の
わづかな青い燐光による

(5)

まことにわたくしはこのまよなかの
杉やいちゐに囲まれて
ほのかに睡る棟々の
いくつをつぎつぎ数へたことか

(6)

どこからともわからない稲のかほりと
つかれたこほろぎや水の呟き

(7)

まっくろな並木のはてで
見えるともない遠くの町が
ぼんやり赤い火照りをあげる



(草稿的紙葉群「章一〜章四」)

(章一)

祀られざるも神には神の身土があると
さう云ったのはいったい誰だ

並木の松はかたちもわかず
つめたい雨は
宙でぴしぴし鳴ってゐる
しかもときどきわだちの跡で
水がかすかにひかるのは
東に畳む夜中の雲の
わづかな青い燐光による
まことの道は
誰が云ったの誰が行ったのと
さういふ風のものでない
それはたゞそのみちみづからに属すると
答へたものはいったい何だ

まっくろな並木のはてで
見えるともない遠くの町が
ぼんやり赤い火照りをあげる

(章二)

あゝわたくしの恋するものは
わたくしみづからつくりださねばならぬかと
わたくしが東のそらに
声高く叫んで問へば
そこらの黒い林から
嘲るやうなうつろな声が
ひときれの木だまをかへし
じぶんの恋をなげうつものは
やがては恋を恋すると
さびしくひとり呟いて
来た方をふりかへれば
並木の松の残像が
ほのじろく空にひかった

(章三)

びしゃびしゃの寒い雨にぬれ
かすかな雲の蛍光をたよりながら
こんやわたくしが恋してあるいてゐるものは
いつともしらぬすもものころの
なにか明るい風象である
まことにわたくしはこのまよなかの
杉やいちゐに囲まれて
ほのかに睡るいいちいちの棟を
つぎからつぎと数へながら
どこからともわからない稲のかほりに漂ひ
つかれたこほろぎの声や水の呟き
またじぶんともひとともわかず
水たまりや泥をわたる跫音を
遠くのそらに聞きながし

から松が風を冴え冴えとし
銀どろが雪を乱してひるがへるなかに
赤い鬼げしの花を燃し
黒いすももの実をもぎる
頬うつくしいひとびとの
なにか無心に語ってゐる
明るいことばのきれぎれを
狂気のやうに恋ひながら
このまっ黒な松の並木を
はてなくひとりたどって来た

(章四)

ここはたしか五郎沼の岸で
西はあやしく明るくなり
ぼんやりうかぶ松の脚には
一つの星も通って行く
   ……今日のひるま
     鉛筆でごりごり引いた
     北上川の水部の線が
     いままっ青にひかりだす……
わたくしはこの黒いどてをのぼり
むかし竜巻がその銀の尾をうねらしたといふ
この沼の夜の水を見やうとおもう
   ……水部の線の花紺青が
     火花になってぼろぼろに散る……