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小岩井農場

パート七

とびいろのはたけがゆるやかに傾斜して
すきとほる雨のつぶに洗はれてゐる
そのふもとに白い笠の農夫が立ち
つくづくとそらのくもを見あげ
こんどはゆつくりあるきだす
 (まるで行きつかれたたび人だ)
汽車の時間をたづねてみやう
こゝはぐちやぐちやした青い濕地で
もうせんごけも生えてゐる
 (そのうすあかい毛もちゞれてゐるし
  どこかのがまの生えた沼地を
  ネー将軍下の騎兵の馬が
  泥に一尺ぐらゐ踏みこんで
  すぱすぱ渉つて進軍もした)
雲は白いし農夫はわたしをまつてゐる
またあるきだす(縮れてぎらぎらの雲)
トツパーズの雨の高みから
けらを着た女の子がふたりくる
シベリヤ風に赤いきれをかぶり
まつすぐにいそでやつてくる
(Miss Robin)働きにきてゐるのだ
農夫は富士見の飛脚のやうに
笠をかしげて立つて待ち
白い手甲さへはめてゐる もう二十米だから
しばらくあるきださないでくれ
じぶんだけせつかく待つてゐても
用がなくてはこまるとおもつて
あんなにぐらぐらゆれるのだ
 (青い草穂は去年のだ)
あんなにぐらぐらゆれるのだ
さわやかだし顔も見えるから
ここからはなしかけていゝ
シヤツポをとれ(黒い羅沙もぬれ)
このひとはもう五十ぐらゐだ
 (ちよつとおぎ申しあんす
  盛岡行ぎ汽車なん時だべす)
 (三時だたべが)
ずゐぶん悲しい顔のひとだ
博物館の能面にも出てゐるし
どこかに鷹のきもちもある
うしろのつめたく白い空では
ほんたうの鷹がぶうぶう風を截る
雨をおとすその雲母摺きらすりの雲の下
はたけに置かれた二台のくるま
このひとはもう行かうとする
白い種子は燕麦オートなのだ
  (燕麦オートぎすか)
  (あんいまもごでやつてら)
このぢいさんはなにか向ふを畏れてゐる
ひじやうに恐ろしくひどいことが
そつちにあるとおもつてゐる
そこには馬のつかない厩肥車こやしぐるま
けわしく翔ける鼠いろの雲ばかり
こはがつてゐるのは
やつぱりあの蒼鉛さうえんの労働なのか
  (こやし入れだのすか
   堆肥たいひ過燐酸くわりんさんどすか)
  (あんさうす)
  (ずゐぶん気持のいゝどごだもな)
  (ふう)
この人はわたくしとはなすのを
なにか大へんはばかつてゐる
それはふたつのくるまのよこ
はたけのおはりの天末線スカイライン
ぐらぐらの空のこつち側を
すこし猫背ねこぜでせいの高い
くろい外套の男が
雨雲に銃を構へて立つてゐる
あの男がどこか気がへんで
急に鐡砲をこつちへ向けるのか
あるひは Miss Robin たちのことか
それとも兩方いつしよなのか
どつちも心配しないでくれ
わたしはどつちもこわくない
やつてるやつてるそらで鳥が
 (あの鳥何て云ふす 此処らで)
 (ぶどしぎ)
 (ぶどしぎて云ふのか
 (あん 曇るづどよぐ出はら)
から松の芽の緑玉髄クリソプレース
かけて行く雲のこつちの射手しやしゆ
またもつたいらしく銃を構へる
 (三時の次あ何時だべす)
 (五時だべが ゆぐ知らない)
過燐酸石灰のヅツク袋
水溶〔すゐやう〕十九と書いてある
学校のは十五%だ
雨はふるしわたくしの黄いろな仕事着もぬれる
遠くのそらではそのぼとしぎどもが
大きく口をあいてビール瓶のやうに鳴り
灰いろの咽喉の粘膜に風をあて
めざましく雨を飛んでゐる
少しばかり青いつめくさの交つた
かれくさと雨の雫との上に
菩提樹まだ皮の厚いけらをかぶつて
さつきの娘たちが眠つてゐる
ぢいさんはもう向ふへ行き
射手は肩を怒らして銃を構へる
  (ぼとしぎのつめたい発動機は……)
ぼとしぎはぶうぶう鳴り
いつたいなにを射たうといふのだ
爺さんの行つた方から
わかい農夫がやつてくる
かほが赤くて新鮮にふとり
セシルローズ型の円い肩をかゞめ
燐酸のあき袋をあつめてくる
二つはちやんと肩に着てゐる
  (降つてげだごとなさ)
  (なあにすぐ霽れらんす)
火をたいてゐる
赤い焔もちらちらみえる
農夫も戻るしわたくしもついて行かう
これらのからまつの小さな芽をあつめ
わたくしの童話をかざりたい
ひとりのむすめがきれいにわらつて起きあがる
みんなはあかるい雨の中ですうすうねむる
  《うな いいおなごだもな》
にはかにそんなに大声にどなり
まつ赤になつて石臼のやうに笑ふのは
このひとは案外にわかいのだ
すきとほつて火が燃えてゐる
青い炭素のけむりも立つ
わたくしもすこしあたりたい
  《おらもあだつでもいがべが》
  《いてす さあおだりやんせ》
  《汽車三時すか》
  (三時四十分
   まだ一時にもならないも)
火は雨でかへつて燃える
自由射手フライシユツツは銀のそら
ぼとしぎどもは鳴らす鳴らす
すっかりぬれた 寒い がたがたする