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小岩井農場

パート四

本部の気取きどった建物が
櫻やボプラのこっちに立ち
そのさびしい觀測臺のうへに
ロビンソン風力計の小さな椀や
ぐらぐらゆれる風信器を
わたくしはもう見出さない
 さっきの光澤消つやけしの立派の馬車は
 いまごろどこかで忘れたやうにとまってやうし。
 五月の黒いオーヴァコートも
 どの建物かにまがって行った
冬にはこゝの凍った池で
こどもらがひどくわらった
 (から松はとびいろのすてきな脚です
  向ふにひかるのは雲でせうか粉雪でせうか
  それとも野はらの雪に日が照ってゐるのでせうか
  氷滑りをやりながらなにがそんなにおかしいのです
  おまへさんたちの頬っぺたはまっ赤ですよ)
葱いろの春の水に
楊の花芽ベムベロももうぼやける……
はたけは茶いろに堀りおこされ
厩肥も四角につみあげてある
並樹ざくらの天狗巣には
いぢらしいちいさな緑の旗を出すのもあり
遠くの縮れた雲にかかるのでは
みづみづした鶯いろの弱いのもある……
あんまりひばりが啼きすぎる
  (育馬部と本部のあひだでさへ
   ひばりなんか一ダースできかない)
そのキルギス式の逞しい耕地の線が
ぐらぐらの雲にうかぶこちら
みぢかい素朴な電話ばしらが
右にまがり左へと傾きひどく乱れて
まがりかどには一本の青木
 (白樺だらう 楊ではない)
耕耘部へはここから行くのがちかい
ふゆのあひだだって雲がかたまり
馬橇ばそりも通っていったほどだ
 (ゆきがかたくはなかったやうだ
  なぜならそりはゆきをあげた
  たしかに酵母のちんでんを
  冴えた気流に吹きあげた)
あのときはきらきらする雲の移動のなかを
ひとはあぶなっかしいセレナーデを口笛に吹き
往ったりきたりなんべんしたかわからない
   (四列の茶いろな落葉松らくやうしゃう
けれどもあの調子はづれのセレナーデが
風やときどきぱっとたつ雪と
どんなによくつりあってゐたことか
それは雪の日のアイスクリームとおなし
 (もっともそれなら暖爐だんろもまっだらうし
  moscobite も少しそっぽにけるだらうし
  おれたちには見られないぜいたくだ)
春のヴァンダイクブラウン
きれいにはたけは耕耘された
雲はけふも白金はくきん白金黒はくきんこく
そのまばゆい明暗めいあんのなかで
ひばりはしきりに啼いてゐる
  (雲の讃歌さんかと日のきしりり)
それから眼をまたあげるなら
灰いろなもの走るもの蛇に似たもの 雉子だ
亞鉛鍍金あえんめっきの雉子なのだ
あんまり長い尾をひいてうららかに過ぎれば
もう一疋が飛びおりる
山鳥ではない
 (山鳥ですか? 山で? 夏に?)
あるくのははやい 流れてゐる
オレンヂいろの日光のなかを
雉子はするするながれてゐる
啼いてゐる
それが雉子の聲だ
いま見はらかす耕地のはづれ
向ふの青草の高みに四五本乱れて
なんといふ気まぐれなさくらだらう
みんなさくらの幽靈だ
内面はしだれやなぎで
ときいろの花をつけてゐる
  (空でひとむらの海綿白金がちぎれる)
それらかゞやく氷片の懸吊けんちょうをふみ
青らむ天のうつろのなかへ
かたなのやうにつきすすみ
すべて水いろの哀愁を
さびしい反照はんせう偏光へんくわうを截れ
いま日を横ぎる黒雲は
侏羅じゅらや白堊のまっくらな森のなか
爬蟲はちゅうがけはしく齒を鳴らして飛ぶ
その氾濫の水けむりからのぼったのだ
だれも見てゐないその地質時代の林の底を
水は濁ってどんどんながれた
いまこそおれはさびしくない
たったひとりで生きて行く
こんなきままなたましひと
たれがいっしょに行けやうか
大ぴらにまっすぐに進んで
それでいけないといふのなら
田舎ふうのダブルカラなど引き裂いてしまへ
それからさきがあんまり青黒くなってきたら……
そんなさきまでかんがへないでいい
ちからいっぱい口笛を吹け
口笛をふけ 錯綜さくさう
たよりもない光波のふるひ
すきとほるものが一列わたくしのあとからくる
ひかり かすれ またうたふやうに小さな胸を張り
またほのぼのとかゞやいてわらふ
そんなすあしのこどもらだ
ちらちら瓔珞やうらくもゆれてゐるし
めいめい遠くのうたのひとくさりづつ
緑金寂静ろくきんじゃくじゃうのほのほをたもち
これらはあるひは天の鼓手こしゅ緊那羅きんならのこどもら
 (五本の透明なさくらの木は
  青々とかげらふをあげる)
わたくしは白い雑嚢をぶらぶらさげて
きままな林務官のやうに
五月のきんいろの外光のなかで
口笛をふき歩調をふんでわるいだらうか
たのしい太陽系の春だ
みんなはしったりうたったり
はねあがったりするがいい
  (コロナは八十三萬二百……)
あの四月の實習のはじめの日
液肥をはこぶいちにちいっぱい
光炎菩薩太陽マヂックの歌が鳴った
  (コロナは八十三萬四百……)
ああ陽光のマヂックよ
ひとつのせきをこえるとき
ひとりがかつぎ棒をわたせば
それは太陽マヂックにより
磁石のやうにもひとりの手に吸ひついた
  (コロナは七十七萬五千……)
どのこどもかが笛を吹いてゐる
それはわたくしにきこえない
けれどもたしかにふいてゐる
  (ぜんたい笛といふものは
   きまぐれなひょろひょろの酋長だ)
 
みちがぐんぐんうしろから湧き
過ぎて来た方へたたんで行く
むら気な四本の櫻も
記憶のやうにとほざかる
たのしい地球の気圏の春だ
みんなうたったりはしったり
はねあがったりするがいい