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〔月光の鉛のなかに〕

月光の鉛のなかに
みどりなる犀は落ち臥し

松の影これを覆へり

(本文=下書稿2推敲後)



(下書稿2推敲前)

月光の鉛のなかに
みどりなる犀は落ちたり

松の影これを覆へり



(下書稿1推敲後)

みぞれに落ちし松枝は
をちこち犀のごとくなり



(下書稿1推敲前)

鉛のいろの月しろに
緑の犀をまがへるは
冬の終りのみぞれより
欽き落されし松



(先駆形口語詩「〔鉛いろした月光のなかに〕」)

〔鉛いろした月光のなかに〕

鉛いろした月光のなかに
みどりの巨きな犀ともまがふ
こんな巨きな松の枝が
そこにもここにも落ちてゐるのは
このごろのみぞれのために
上の大きな梢から
どしゃどしゃ欠いて落されたのだ
その松なみの巨きな影と
草地を覆ふ月しろの網
あすこの凍った河原の上へ
はだかのまゝの赤児が捨ててあったので
この崖上の部落から
嫌疑で連れて行かれたり
みんなで陳情したりした
それもはるか昔のやう
それからちゃうど一月たって
凍った二月の末の晩
誰か女が烈しく泣いて
何か名前を呼びながら
あの崖下を走って行ったのだった
赤児にひかれたその母が
川へ走って行くのだらうと
はね起きて戸をあけたとき
誰か男が追ひついて
なだめて帰るけはひがした
女はしゃくりあげながら
凍った桑の畑のなかを
こっちへ帰って来るやうすから
あとはけはひも聞えなかった
それさへもっと昔のやうだ
いまもう雪はいちめん消えて
川水はそらと同じ鼠いろに
音なく南へ滑って行けば
その東では五輪峠のちゞれた風や
泣きだしさうな甘ったるい雲が
へりはぼんやりちゞれてかゝる
そのこっちでは暗い川面を
千鳥が啼いて遡ってゐる
何べん生れて
何べん凍えて死んだよと
鳥が歌ってゐるやうだ
川かみは蝋のやうなまっ白なもやで
山山のかたちも見えず
ぼんやり赤い町の火照りの下から
あわたゞしく鳴く犬の声と
ふたゝびつめたい跛調にかはり
松をざあざあ云はせる風と