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文語詩100/77

〔秘事念仏の大師匠〕

秘事念仏の大師匠、    元信斎は妻子もて、
北上ぎしの南風、     けふぞ陸穂を播きつくる。

雲紫に日は熟れて、    青らみそめし野いばらや、
川は川とてひたすらに、  八功徳水ながしけり。

たまたまその子口あきて、 楊の梢に見とるれば、
元信斎は歯軋りて、    石を発止と投げつくる。

蒼蠅ひかりめぐらかし、  練肥ダラを捧げてその妻は、
たゞ恩人ぞ導師ぞと、   おのがつまをば拝むなり。



(下書稿2推敲後)

秘事念仏の大師匠
元信斎は妻子もて
北上ぎしの南風
けふぞ陸穂を播きつくる

雲紫に日はれて
しづに青らむ野いばらや
川は川とてひたすらに
八功徳水ながしけり

たまたまその子口開きて
楊の梢に見とるれば
元信斎は歯軋りて
石を発止と投げつくる

蒼蠅ひかりめぐらしつ
練肥ダラを捧げてその妻は
たゞ恩人ぞ導師ぞと
おのがつまをば拝むなり



(下書稿2推敲前)

秘事念仏の大師匠
元信斎は妻子もて
北上ぎしの南風
けふぞ陸穂を播きつくる

雲紫に日はれて
楊の花は黄にほゝ
川はひたすらかゞやきの
八功徳水ながすなり

その子しばらく口開きて
胡桃を仰ぎ佇めば
元信斎は歯軋りつ
石を発止と投げつくる

青きひかりの蠅めぐる
牛糞うしごえ捧げその妻は
たゞ恩人ぞ導師ぞと
おのがつまをば拝みくる



(下書稿1推敲後2)

秘事念仏の大師匠
元信斎は妻子もて
北上ぎしの南風
今日ぞ陸穂をまきつくる

雲のむらさきに日はれて
楊の花は黄にほゝ
川はひたすらかゞやきて
八功徳水ながすなり

その子やゝ倦み口あきて
くるみの梢を見てあれば
元信斎は歯ぎしりつ
石をはっしと投げつくる

青きひかりの蠅めぐる
牛肥さゝげてその妻は
たゞ恩人ぞ導師ぞと
おのが夫をば拝みくる



(下書稿1推敲後1)

秘事念仏の大師匠
元信斎は妻子もて
北上ぎしの南風
今日ぞ陸穂をまきつくる

畦よぢあるく烏鳥
足ぶみ追へばたちまちに
八功徳水かゞやける
川を北へと翔くるなり

青きひかりの蠅めぐる
牛肥さゝげてその妻は
たゞ恩人ぞ導師ぞと
おのが夫をば拝みくる



(下書稿1推敲前)

秘事念仏の大師匠
元信斎は妻と子を
北上ぎしの南風
陸穂の種子をまかしむ

一文字帽をあみだにて
烏を追へばその烏
八功徳水かゞやける
川を北へと循ぐるなり

緑青いろの蠅むるゝ
牛肥をさゝげその妻は
たゞ恩人ぞ導師ぞと
おのが夫をば拝むなり



(先駆形口語詩「〔秘事念仏の大元締が〕」)

一〇五六

〔秘事念仏の大元締が〕

一九二七、五、七、

秘事念仏の大元締が
今日は息子と妻を使って、
北上ぎしへ陸稲おかぼ播き、
   なまぬるい南の風は
   川を溯ってやってくる
秘事念仏のかみさんは
乾いた牛のコヤシを捧げ
もう導師とも恩人とも
自分の夫をおがむばかり
   緑青いろの巨きな蠅が
   牛の糞をとびめぐる
秘事念仏の大元締は
麦稈帽子をあみだにかぶり
黒いずぼんにわらじをはいて
よちよちあるく烏を追ふ
   紺紙の雲には日が熟し
   川は鉛と銀とをながす
秘事念仏の大元締は
むすこがぼんやり楊をながめ
口をあくのを情けながって
どなって石をなげつける
   楊の花は黄いろに崩れ
   川ははげしい針になる
下流のやぶからぼろっと出る 紅毛まがひの郵便屋