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文語詩50/7

〔打身の床をいできたり〕

打身の床をいできたり、  箱の火鉢にうちゐれば、
 
人なき店のひるすぎを、  雪げの川の音すなり。
 
 
粉のたばこをひねりつゝ、 見あぐるそらの雨もよひ、
 
蠣売町のかなたにて、   人らほのかに祝ふらし。


清書稿

米穀商

打身の床をいできたり
箱の火鉢にうちゐれば
人なき店のひるすぎを
雪げの川の音すなり

こなのたばこをひねりつゝ
見あぐるそらの雨もよひ
黒き砂糖の樽蔭を
ひそかにわたる白の猫


下書稿5(推敲後)

米穀商

打身のとこをいできたり
箱の火鉢にうちゐれば
人なき店のひるすぎを
川ははるかの峡に鳴る

粉のたばこをひねりつゝ
見あぐるそらの雨もよひ
黒き砂糖の樽かげを
ひそかにわたるしろの猫


下書稿5(推敲前)

米穀肥料商

打身のとこをいできたり
箱の火鉢にうちゐする

粉のたばこをひねりつゝ
見あぐるそらの雪もよひ

黒き砂糖の樽かげを
ひそかにわたるひるの猫

人なき店の春寒み
川ははるかの峡に鳴る


下書稿4(推敲後)

米穀肥料商

打身のとこをいできたり
箱の火鉢にうちゐする

粉のたばこをひねりつゝ
見あぐるそらの雨もよひ

黒き砂糖の樽かげを
ひそかにわたるひるの猫

人なき店の春寒み
川ははるかの峡に鳴る


下書稿4(推敲前)

米穀肥料商

打身のとこをいできたり
人なき店の箱火鉢
もろ手につきてうちれば
川ははるかの峡に鳴る

黒き砂糖の樽かげを
ひそかにわたるひるの猫

はかなきかなや粉煙草
つまみて指をはじ


下書稿3

病起

商人ら
疾みてはかなきわれを嘲り
川ははるかの峡に鳴る

ましろきそらの蔓むらに
雨をいとなむみそさざい
黒の砂糖の樽かげを
さびしくわたるひるの猫

げに恥積まんこの春を
つめたく過ぐる西の風かな


下書稿2’

商人ら
やみていぶせきわれをあざけり
川ははるかの峡に鳴る

ましろきそらの蔓むらに
雨をいとなむみそさゞい
やがてちぎれん土いろの
かばんつるせし赤髪の子

恥いや積まんこの春を
つめたくすぐる春の風かな


下書稿2(推敲後)

かすかに汽車のゆれそめて
なにか惑へるこゝろあり

町の雪遠くかゞやきて
山なみ藍にひかれるを

げにあらたなるよきみちを
得してふことはあらたなる
なやみ得してふほかならず

そら葱緑にうち澄みて
病みに恥積むまひるかな


下書稿2(推敲前)

かすかに汽車のゆれそめて
なにか惑へるこゝろあり

このことまこと正しくて
身も軽けんと思へしに
はやくもこゝにあらたなる
なやみぞつもりそめにけり

げにあらたなるよきみちを
得しとし思ふてふことは
たゞあらたなるなやみをば
得してふことにほかならず

あゝいつの日か病みはてし
わが身恥なく生くるを得んや


下書稿1’(王冠印手帳 121〜122頁)

農民ら病みてはかなきわれを嘲り
ましろき春のそらに居て
その藁むらに鳥らゐて
雨に小胸をふくらばす

さてははるかに鳴る川と
冷えてさびしきゴム沓や
あゝあざけりと屈辱の
もなかを風の過ぎ行けば
小鳥の一羽尾をひろげ
一羽は波を描き飛ぶ


下書稿1(王冠印手帳 43〜45頁)

あらたなるよきみちを得しといふことは
たゞあらたなる
なやみのみちを得しといふのみ

このことむしろ正しくて
あかるからんと思ひしに
はやくもこゝにあらたなる
なみやぞつもりそめにけり

あゝいつの日かか弱なる
わが身恥なく生くるを得んや

 野の雪はいまかゞやきて
 遠の山藍のいろせり

 肥料屋の用事をもって
 組合にさこそは行くと

病めるがゆゑにうらぎりしと
さこそはひとも唱へしか


(別稿 文語詩一百篇95))

〔商人ら やみていぶせきわれをあざみ〕

商人ら やみていぶせきわれをあざみ、
川ははるかの峡に鳴る。

ましろきそらの蔓むらに、 雨をいとなむみそさゞい、
黒き砂糖の樽かげを、   ひそかにわたる昼の猫。

病みの恥つむこの郷を、
つめたくすぐる春の風かな。